学位論文要旨



No 213457
著者(漢字) 鈴木,稔
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ミノル
標題(和) 高性能円筒型固体電解質型燃料電池に関する研究
標題(洋)
報告番号 213457
報告番号 乙13457
学位授与日 1997.07.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13457号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 吉田,豊信
 物質工学工業技術研究所   榊,啓二
内容要旨

 本論文は、円筒型固体電解質型燃料電池(SOFC)の高出力密度化を目的とした研究を通して得られたSOFC要素技術に関する研究成果をまとめたものであり、7章よりなる。

 SOFCは、燃料電池の中でも最も高い発電効率が期待され、日米欧で開発が進められている。SOFC開発は、製造技術、材料物性、電気化学測定といったセラミックス、電気化学の広範な領域を基盤としている。本論文は、円筒型SOFCの高性能化に取り組み、電極界面構造の最適化の過程において、律速段階が変わるほどの電極の高性能化が可能であることを初めて明らかにするなどの本分野における重要な知見を獲得しつつ、従来を大幅に上回る円筒型セルの発電特性を得るという成果をまとめたものである。高性能化の過程で得られた知見を基礎的な側面から明らかすることは、今後のSOFC開発の方向性を明確にし、実用化を進展させる意義がある。

 1章は序論であり、本研究の背景である燃料電池の社会的意義および国内外における開発状況を概説し、本論文の目的と方針を明らかにしている。

 2章では、SOFCの作動原理・材料・構造および技術課題を概説し、SOFC研究における本論文の意義を明らかにしている。

 3章においては、SOFCの高性能カソードに関して得られた結果をまとめている。電気化学蒸着(EVD)法により安定化ジルコニア(YSZ)電解質薄膜を作製し、成膜の基板となるランタンマンガナイト(LSM)と成膜されたYSZ薄膜との界面のカソードとしての電気化学的特性を検討した。その結果、このカソードは、従来LSM/YSZ系電極の特性を大幅に上回る極めて高い活性を示した。これは、EVD法の初期段階において、多孔質LSM粒子間の空孔に入り込んだ位置にYSZが析出し、それがYSZ電解質膜と連続し、有効なYSZ/LSMY界面を極めて大きくすることが可能であったためである。このカソードは性能が向上しているだけではなく、従来と全く異なる酸素依存性、温度依存性を示し、反応の律速段階が異なることが明らかになった。既往の研究では律速段階がLSM上の酸素種の表面拡散であるとされてきたが、EVD法で作製したカソードでは解離酸素の表面拡散が疑似平衡に達し、ガス側の拡散が主たる律速段階になる結果を示した。この結果は、SOFCのカソードの性能の極限値を初めて明らかにしたものとして意義づけられる。

 4章においては、EVD法で作製したSOFCアノードに関して検討した結果をまとめたものである。EVD法によってRu-YSZアノードを作製し、高い活性を示すアノードの試作に成功するとともに、EVD法によるアノード作製機構を明らかにした。EVD法においては、成膜時の電子伝導が律速過程となるため、アノード作製時には、金属粒子を覆うようにYSZ薄膜が成長することを示した。こうして得られたアノード/電解質界面の微構造をモデル化し、界面微構造と電極特性との関係の解析を試みた。解析モデルは、アノード/電解質界面から任意に離れた反応サイトでの、酸化物イオンの伝導に伴う電圧降下と、電極反応に用いることができる過電圧の和が一定であるというものであり、EVD法で作製したアノードでは、作製原理に基づいて、電解質とアノード側のYSZ電解質が完全に連続しているという特徴を有するため、解析モデルから計算される結果と、実験結果とが良い一致を示すことが明らかとなった。この結果は、サーメット層電解質部分のイオン伝導の寄与と電極活性部位での特性とを電極微構造の観察結果に基づいて解析することにより、微構造・材料物性と高性能SOFC電極特性との関係を把握することができることを示したものであり、今後のSOFC電極開発の指針を与えるものである。

 5章においては、円筒型SOFC開発の最大の課題といえるインターコネクター薄膜に関して、特に円筒型構造で重要となる材料特性を検討した結果をまとめている。まず、ランタンクロマイトの相転移を含む熱膨張挙動を酸化・還元両雰囲気での測定によって明らかにし、熱膨張挙動の側面からの最適組成を選択した。次に薄膜の場合に問題となるランタンクロマイトの混合導電性に基づく酸素透過現象を、レーザーアブレーション法で作製した緻密薄膜を用いた電子ブロッキング電極法によって検討した。ランタンクロマイトの酸化物イオン伝導は、低酸素分圧側において、酸素空孔濃度の増加によって、その導電率が増大することが明らかになった。酸素透過の問題は、従来報告されていた結果よりも軽微であり、膜厚が20m以上では酸素透過による効率低下が0.3%以下になり、実用上の影響がなくなることを明らかにするなど、円筒型セルへのインターコネクター薄膜の適用性を物性面から明確にした。

 6章においては、3章、4章、5章の成果をもとに、円筒型セルを試作し、発電特性を検討した結果、および円筒型SOFCの内部抵抗、発電効率を解析した結果をまとめている。発電試験においてはインターコネクター付円筒セルで、従来を大幅に上回る高い出力密度の発電を達成した。円筒型セルは、従来、機械的信頼性は高いが、高出力密度化ができず、コスト、容積の点で問題があるとされてきたが、本研究で得られた発電結果は円筒型SOFCの高出力密度化の可能性を実証したものして意義づけられる。また、円筒型セルの内部抵抗を各要素毎に解析し、発電条件下のセル内の電流分布、作動条件とセル特性、発電効率との関係を明らかにし、今後の円筒型セル開発の指針を示した。

 7章においては、本研究によって得られた知見をまとめるとともに、実用化を目指した今後のSOFC開発について展望した。

 以上

審査要旨

 本論文は、円筒型固体電解質型燃料電池(SOFC)の高出力密度化を目的とした研究を通して得られたSOFC要素技術に関する研究成果をまとめたものであり、7章よりなる。

 SOFCは、燃料電池の中でも最も高い発電効率が期待され、日米欧で開発が進められている。SOFC開発は、製造技術、材料物性、電気化学測定といったセラミックス、電気化学の広範な領域を基盤としている。本研究においては、円筒型SOFCの高性能化に取り組み、カソード/電解質界面微構造の最適化によって、律速段階が変わるほどの高性能化が可能であることを初めて明らかにするなどの基礎的な知見を獲得しつつ、従来を大幅に上回る円筒型セルの発電特性を得るという成果を得た。高性能化の過程で得られた知見を基礎的な側面から明らかすることは、今後のSOFC開発の方向性を明確にし、実用化を進展させる意義がある。

 1章は序論であり、本研究の背景である燃料電池の社会的意義および国内外における開発状況を概説し、本論文の目的と方針を明らかにしている。

 2章では、SOFCの作動原理・材料・構造および技術課題を概説し、SOFC研究における本論文の意義を明らかにしている。

 3章においては、SOFCの高性能カソードに関して得られた結果をまとめている。電気化学蒸着(EVD)法により安定化ジルコニア(YSZ)電解質薄膜を作製し、その時に成膜の基板となるランタンマンガナイト(LSM)多孔質基板と成膜されたYSZとの界面のカソードとしての電気化学的特性を検討した結果、既往の研究により知られていた特性を大幅に上回る極めて高い活性を示した。EVD法の初期段階であるCVD過程において、基板のLSM粒子を包み込む形状でYSZが析出することによって、従来の方法に比べて有効なYSZ/LSMY界面を極めて大きくすることが可能であった。このカソードは性能が向上しているだけではなく、従来と全く異なる酸素依存性、温度依存性を示し、反応の律速段階が異なることが明らかになった。従来は律速段階がLSM上の酸素種の表面拡散であるとされてきたが、EVD法で作製したカソードでは解離酸素の表面拡散が疑似平衡に達し、ガス側の拡散が主たる律速段階になることが示された。この結果は、SOFCのカソードの性能の極限値を初めて明らかにしたものとして意義づけられる。

 4章においては、SOFCのEVD法で作製したアノードに関して検討した結果をまとめたものである。EVD法によってRu-YSZアノードを作製し、高い活性を示すアノードの試作に成功するとともに、EVD法によるアノード作製機構を明らかにした。EVD法においては、成膜時の電子伝導が律速過程となるため、アノード作製時には、金属粒子を覆うようにYSZ薄膜が成長することを示した。こうして得られたアノード/電解質界面の微構造をモデル化し、界面微構造と電極特性との関係の解析を試みている。解析モデルは、アノード/電解質界面から任意に離れた反応サイトでの、酸化物イオンの伝導に伴う電圧降下と、電極反応に用いることができる過電圧の和が一定であるというものである。EVD法で作製したアノードは、電解質とアノード側のYSZ電解質が完全に連続しているため、YSZを液体電解質と同様とみなした解析モデルから計算される結果と、実験結果とが良い一致を示した。本論文の結果は、微構造・材料物性と高性能SOFC電極の特性との関係を、アノード側のイオン伝導の寄与と電極活性部位での特性とを電極微構造の解析に基づいて合成することにより解析することが可能であることを示したものである。

 5章においては、円筒型SOFC開発の最大の課題といえるインターコネクター薄膜に関して、特に円筒型構造で重要となる材料特性を検討した結果をまとめている。まず、ランタンクロマイトの相転移を含む熱膨張挙動を酸化・還元両雰囲気での測定によって明らかにし、熱膨張挙動の側面からの最適組成を選択した。次に薄膜の場合に問題となるランタンクロマイトの混合導電性に基づく酸素透過現象を、レーザーアブレーション法で作製した緻密薄膜を用いた電子ブロッキング電極法によって検討している。ランタンクロマイトの酸化物イオン伝導は、低酸素分圧側において、酸素空孔濃度の増加によって、その導電率が増大することが明らかになった。酸素透過の問題は、従来報告されていた結果よりも軽微であり、膜厚が20m以上では酸素透過による効率低下が0.3%以下になり、実用上の影響がなくなることを明らかにするなど、円筒型セルへのインターコネクター薄膜適用性を物性面から明確にしている。

 6章においては、3章、4章、5章の成果をもとに、円筒型セルを試作し、発電特性を検討した結果、および円筒型SOFCの内部抵抗、発電効率を解析した結果をまとめている。発電試験においてはインターコネクター付円筒セルで、従来を大幅に上回る高い出力密度の発電を達成した。円筒型セルは、従来、機械的信頼性は高いが、高出力密度化ができず、コスト、容積の点で問題があるとされてきたが、本研究で得られた発電結果は円筒型SOFCの高出力密度化の可能性を実証したものして意義づけられる。また、円筒型セルの内部抵抗を各要素毎に解析し、発電条件下のセル内の電流分布、作動条件とセル特性、発電効率との関係を明らかにし、今後の円筒型セル開発の指針を示した。

 7章においては、本研究によって得られた知見をまとめるとともに、実用化を目指した今後のSOFC開発について展望した。

 以上に示すように、本論文はSOFC高性能化のための重要技術を研究したものであり、SOFCの基本的な特性を理解し、その高性能化を進める上で大きな貢献をするものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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