学位論文要旨



No 213459
著者(漢字) 澤田,宗久
著者(英字)
著者(カナ) サワダ,ムネヒサ
標題(和) 中央日本の浅間火山で観測されるB型地震の震源メカニズムとN型地震の起源
標題(洋) The source mechanism of B-type and explosion earthquakes and origin of N-type earthquakes observed at Asama volcano,central Japan
報告番号 213459
報告番号 乙13459
学位授与日 1997.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13459号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 武尾,実
 東京大学 教授 浜野,洋三
 京都大学 教授 石原,和弘
 東京大学 助教授 笹井,洋一
 東京大学 助教授 渡辺,秀文
内容要旨

 浅間火山の火山性地震の観測は1910年にOmori(1912)によって開始された.浅間山は桜島・十勝岳と同様の安山岩質の活火山であり,ブルカノ式の爆発的噴火をする火山として知られている.1910年から1960年代のはじめにかけて,浅間火山は活発な噴火活動を繰り返した.最近では,1982年と1983年に2回の噴火活動を行った後,静穏な状態が続いている.

 浅間火山に発生する火山性地震は:

 a)通常の構造性の地震に波形が似たP相・S相の比較的明瞭なA型地震;

 b)初動の立ち上がりもS相も不明瞭でenvelopeが紡錘形の,安山岩質の活火山に特徴的なB型地震;

 c)5〜9Hzの高周波の振動で始まり,2-4Hzのmonochromaticな波が長時間継続し,時には振動継続時間が10分間にも及ぶことのあるN型(T型)地震;

 d)火山の爆発に伴って発生する爆発地震;

 e)火山性微動.

 の5種類に大別される.A型地震は浅間火山の火口の西側の海水面下1-4kmの範囲と火口の東約2.6kmにある観測点SAN付近を震央とし,震源の深さが海水面付近の山体に発生する.それ以外のb)-e)の火山性地震はマグマが地表に流出する径路となる火道にその振動の起源を持つ.Minakami(1960)はB型地震の日別発生頻度から,浅間火山の噴火の確率的な予測を行うことに成功した.これは,浅間山の火山活動とB型地震の発生頻度との相関が極めて良く,発生頻度がある程度以上増加すると,浅間火山が必ず噴火するという単純明快な観測事実に基礎を置いている.ところで桜島・十勝岳・浅間火山のB型地震は互いに波形など良く似ている.しかし,N型地震は浅間火山と十勝岳には発生するが,桜島火山には発生しない.これはN型地震の発生が火山体の構造に依存することを意味する.

 本研究の目的はB型地震の発生頻度が増加すると何故浅間火山が噴火するのか,その物理的根拠を究明することにある.本研究では,浅間火山の火道に発生の起源を持つと思われるB型地震・N型地震・爆発地震の波形解析とB型地震のうちのBM(Medium-frequency B-type)とBL(Low-frequency B-type)についてソースモデルの検討を行い,以下の結論を得た.

 1)浅間火山に発生するB型地震は定性的には安山岩質マグマの発泡あるいは火道内での火山ガスの分離に伴う振動であると考えると,浅間火山の火山性地震の発生頻度と火山ガスの放出量との相関,N型地震の発生原因などを合理的に説明できる.またこの考えはB型地震の発生頻度が浅間火山の活動推移を推定する上で極めて良い指標となっていることを支持する.

 2)浅間火山に発生するB型地震は,5-9Hzの波が卓越するBH(High-frequency B-type)と1-4Hzの波の卓越するBL(Low-frequency B-type)の他にBM(Medium-frequency B-type)と呼ぶべきB型地震が存在する.BMは低周波部分がBL,高周波部分がBHのスペクトル構造と酷似する.言い換えると,BMはBHとBLが重畳したようなスペクトル構造を持つ.

 3)BL・BM・爆発地震の震源位置はBHに比べ相対的に浅い.BLと爆発地震の波形はRayleigh波が卓越するものと思われる.

 4)N型地震は初動から震源を求めると火口の下,海水面下0-1km近辺にきまる.しかし,N型地震の主要動は火口の東約2.6kmの位置にある観測点SANで振幅・振動継続時間とも最大となる.またスペクトルも観測点SANで最もシャープとなる.これは主要動の振動源が観測点SAN付近にあることを意味する.

 5)N型地震発生の過程を調べると,まずB型の群発地震が発生する.つぎにB型地震の尾部のやや延びたB型とN型地震とのhybrid型と呼ぶべき地震が発生する.そのあとに典型的なN型地震が出現するという経過をたどる.典型的なN型地震の振動のはじめのhigh-frequencyの部分のランニング・スペクトルはB型地震-BMかBHのランニング・スペクトルと酷似する.

 6)従って,N型地震はB型地震によってtriggerされると考えて良い.B型地震の振動を起こす実体が高温の火山ガスであり,この高温の火山ガスが火口の下の主火道から割れ目かあるいは火道の支脈を通り,観測点SAN付近の地下水と接触し,加熱された地下水から高圧の水蒸気が発生して振動源となり,N型地震が発生すると考えると4)5)を合理的に説明しうる.これは,N型地震の長時間の振動エネルギーが熱エネルギーによって補給されることを意味する.

 7)B型地震のsource mechanismの検討をTakeo(1987),Uhira and Takeo(1994)のプログラムを用いて行った.BH型地震についてはhigh-frequencyのためsource mechanismの推定が困難である.BMとBLの低周波部分(1Hz近辺)について,1)explosive source,2)円筒状の圧力源,3)tensile crack,4)momennt tensor Mzz成分,5)鉛直方向のsingle force,6)CLVDの6つの候補のうちから妥当と思われるものを推定することを試みた.このうち,explosive sourceはBM・BL・爆発地震とも理論波形は観測波形に比べてN-S成分の振幅が小さすぎて,観測波形を全く説明できない.またsingle force modelは観測波形を説明するには,上向きの力が卓越するようなモデルにする必要がある.上向きの力が卓越するということは,火山ガス等が下向きに噴出する事を意味し,これも採用しがたい.BM・BLの低周波部分については結局2)のcylindrical modelに絞られる.ただし,cylinderの膨張だけではなくて,収縮も考慮しなければ観測波形を説明できない.爆発地震の初相に関しては一例のみの解析であるが,4)のmomennt tensorのMzz成分が観測波形との対応が一番良い.これは,爆発地震の振動が火山ガスの上下方向への噴出にともなって励起される振動であることを示唆する.

審査要旨

 火山性地震は火山現象のダイナミックな過程の情報を伝えている.火山で発生する地震は古典的には観測される波形によって分類されてきた.浅間山は桜島・十勝岳と同様の安山岩質の活火山であり,ブルカノ式の爆発的噴火をする火山として知られており,その火山性地震の観測は1910年に大森博士によって開始された.その後,1910年から1960年代のはじめにかけての活発な噴火活動を繰り返し,その間に観測された多くの火山性地震の観測波形データを基に,A型地震,B型地震,N型(T型)地震,爆発地震及び火山性微動という古典的分類が水上博士によってなされた.A型地震は浅間火山の火口の西側の海水面下1-4kmの範囲と火口の東約2.6km付近を震央とし,震源の深さが海水面付近の山体に発生する.それ以外の火山性地震はマグマが地表に流出する径路となる火道にその振動の起源を持つ.さらに,Minakami(1960)はB型地震の日別発生頻度から浅間火山の噴火の確率的な予測を行うことに成功し,浅間山の噴火活動とB型地震の活動が密接に関連していることを示した.しかし,これまでの浅間山における火山性地震の研究は爆発地震の例を除けばほとんどその震源メカニズムを解明する定量的研究が行われておらず,上記の経験則を物理的に裏付けることは成功していなかった.

 本論文では,B型地震の発生頻度が増加すると何故浅間火山が噴火するのか,その物理的根拠をB型地震の波形解析とインバージョン解析により明らかにした.火山性地震は通常の地震に比べて規模が小さいものが多いため,少数の観測点でしか観測データが得られない場合が多い.世界的に見ても,火口付近でB型地震の記録が継続して観測されているのは浅間山火山と桜島火山ぐらいであり,この貴重なデータから様々な制約があるとはいえ一定のモデルを求める試みは,火山物理学の分野では評価されることである.本論文で解析したB型地震も同様で,インバージョン解析に使えるデータは僅か1点であるため,B型地震の震源モデルを一意的に決定することは出来ていない.しかし,これまでの火山性地震のモデルとして提唱されているものの中から,候補となる震源モデルを解明している.その結果,浅間火山に発生するB型地震は安山岩質マグマの火道内における発泡あるいは火道内での火山ガスの分離に伴う振動であると考えられること明らかにした.この結論は,浅間火山のB型地震の発生頻度が浅間火山の活動推移を推定する上で極めて良い指標となっていることの背景を説明するものである.さらに,浅間山火山に特徴的な極めて長い振動継続時間を持ち,そのスペクトルも極めて単調なN型地震の発生が,B型地震の発生メカニズムと深く係わっていることも明らかにした.

 N型地震は初動から震源を求めると火口の下,海水面下0-1km近辺にきまる.しかし,N型地震の主要動は火口の東約2.6kmの位置で振幅・振動継続時間とも最大となる.また,N型地震発生の時系列を調べると,まずB型の群発地震が発生し,つぎにB型地震の尾部のやや延びたB型とN型地震とのhybrid型と呼ぶべき地震が発生する.

 そのあとに典型的なN型地震が出現するという経過をたどる.これらの解析結果を総合して,本論文では,N型地震とB型地震の関連について次のような仮定を提唱している.B型地震の振動を起こす実体が高温の火山ガスの放出であり,この火山ガスが火口の下の主火道から割れ目かあるいは火道の支脈を通り,火口の東約2.6kmの付近の地下水と接触し,加熱された地下水から高圧の水蒸気が発生してN型地震を発生する振動源となっている.これは,N型地震の長時間の振動エネルギーが熱エネルギーによって補給されることを意味する.N型地震については,これまで単にその長い継続時間と特徴的なスペクトル構造を説明する定性的なモデルが出されているのみであったが,本論文で初めてその振幅の空間的分布とB型地震との発生時系列の関連も含めて説明するモデルが出された.さらに,このモデルは,本論文の前半で行った波形解析に基づくB型地震の発生メカニズムと密接に関連し,合理的なものとなっている.

 B型地震やN型地震は極めて規模の小さいものが多く,データに大きな制約があるにも関わらず,様々な工夫を凝らして解析を行い,これらの地震の発生の関連を明らかにした点は高く評価できる.また,提唱されたモデルは今後の火山学的観測により検証可能なものであり,さらに新しいモデルへと発展させる可能性もある.従って,博士(理学)を授与できると認める.

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