学位論文要旨



No 213460
著者(漢字) 瀬戸,孝俊
著者(英字)
著者(カナ) セト,タカトシ
標題(和) 圧電体及び強誘電体の界面における透過や触媒等の物理的及び化学的作用に対する外部電場の影響
標題(洋) Effect of External Electric Field on Physical and Chemical Actions such as Permeation and Catalysis at the Interfaces of Piezoelectric and Ferroelectric Materials
報告番号 213460
報告番号 乙13460
学位授与日 1997.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13460号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 小間,篤
 東京大学 教授 近藤,保
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 塚田,捷
内容要旨 はじめに

 ZSM-5等のゼオライト系材料の優れた研究は、Å〜nm領域の微空間が効率的な気体分離や触媒の高選択性の達成に有効であることを我々研究者に教示してきた。筆者は、分子の作用中微空間を外部力により直接変化させる方法を考案し、検討した。ゼオライト等の均一な3次元的空間のかわりに、固体と固体の界面のような2次元的空間を利用する。片方の固体を強誘電体とするとその界面の間隙は電場によりnmレベルで変化すると考察した。これは、強誘電体や圧電体の、電場による肉眼で見えない程の微小な変形や動きを利用するものであり、本研究の中心課題である気体分離や触媒のみならず他の物理的及び化学的作用に対しても有効と考えられた。強誘電体及び圧電体の界面における摩擦、溶解、透過・分離、及び触媒の機能に対する外部電場の影響を調べた。電場誘起の次の4種類の動きを研究した。

 I.圧電効果による固固界面の動き

 II.強い静電引力による固固界面の動き

 III.圧電バイモルフの効果による固固界面の動き

 IV.圧電高分子表面での双極子の動き

 筆者は、初めて、透過・分離や触媒等の物理化学作用がこれらの電場誘起の動きに影響されること及びその影響の仕方に一定の規則や現象が存在することを見いだした。

 まず、気体の透過・分離について述べる。I,II,及びIIIに対し、気体の透過・分離のそれぞれ3種類のデバイスを構築した。気体の透過中に固固界面の間隙が電場により動くデバイスである。全て3つのデバイスで、H2やCO2等の気体の透過速度が電場により顕著に変化した。それらの変化は可逆的であり、ここに、外部の駆動力により気体の透過や分離を直接制御する新しい方法が誕生した。

Iの圧電効果によるデバイス

 Al蒸着された平滑なポリフッ化ビニリデン膜を2枚ステンレス板上に重ね合わせ、気体が膜の上部から2枚の膜の隙間を通って下部に抜け出る系を造り、1枚目の膜に直流電圧を印加出来るようにした。窒素等の気体の透過速度が導入圧力に対し指数関数的に減少した。この現象は、上部の気体が界面隙間に及ぼす応力の効果として半定量的に説明された。透過速度が電場に対し指数関数的に変化した。圧電効果による膜の歪とたわみの関係が考察され、半定量的に説明された。

IIの静電引力によるデバイス

 強誘電体は非常に大きな誘電率を持つので、強誘電体と電極の界面には電場により大きな静電引力が働き、界面の微空間がトライボロジー的に収縮する。強誘電体であるチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)円板と孔の開いたステンレス板とを研磨面同士で重ね合わせ、PZTの外周とステンレス板の境界部分にアルミニウムを斜め蒸着した。これをガラスチェンバーに取り付け、ステンレス板とPZT板上部面との間に電場を外部から印加できるようにした(図1)。次に原理を述べる。PZT円板は、ステンレス板との固固界面で、10nmオーダーの非常に小さな起伏によって支えられている。従って、気体分子はこの界面を通り抜けることが出来る。PZTの縁にはAl蒸着膜が施され隙間がかなり狭まっており、ここで気体の透過が律速となる。電場の印加により、PZT-ステンレス円板の界面と同様、律速過程を担う狭い「界面の入り口」も縮むので、気体の透過が強い影響を受ける。

 Al蒸着膜の構造がPZTの縁の部分でPZT表面構造の鋳型を形成し、間隙のサイズがPZTの縁の部分で減少していることがAFM測定により確認された。H2,He,N2及びCH4等の小さな分子の透過はKnudsen拡散で進行した。比透過係数が400Vの電圧で約8倍変化した。プロパンとn-ブタンの透過機構が、電場により、PoiseuilleとKnudsenの混合型拡散からKnudsen拡散のみへと直接変化した(図2)。電気による透過機構のスイッチングが初めて示された。これは、分離係数の顕著な変化を意味し、新しい気体分析法を切り開く重要な現象である。適切な分離係数の選択のために充填剤や温度の切り替えを必要とする従来のガスクロマトグラフィの代わりに、電圧の切り替えだけでよい気体分析法が誕生するだろう。直鎖炭化水素Cnの中でもっと大きな分子であるC7及びC8の透過速度はかなり低く、Knudsen理論速度のそれぞれ7倍及び9倍低かった。

IIIの圧電バイモルフの効果によるデバイス

 バイモルフは主に分極が逆向きの強誘電体を2枚張り合わせたもので、電場により端の方で面に垂直な変位が得られる。研磨PZTバイモルフ-Al金属蒸着膜-液状接着剤-固定された研磨極細リングの系で、電場により微小に動く強誘電体バイモルフと動かない蒸着金属の細い界面を造った。この固固界面を気体が透過する時に、バイモルフへの外部からの電圧印加によりバイモルフの変位が得られるようにした(図3)。接し合っていたAl蒸着面とバイモルフPZT面のAEM測定により、鋳型構造がナノメーターレベルまで確認された。H2とCO2の混合気体の分離を検討した。透過速度の電場による変化を確認した。分離係数がKnudsen理論比4.7を越え、6〜7倍を得た。CO2の分子の大きさが関わってくる隙間が電気で得られたことが強く示唆される。

 このIIIのデバイスはIIのデバイスよりさらに間隙巾が揃い狭まっており、間隙巾の不均一性は1nm以下恐らくは0.5nm程度と見積もられた。筆者は、「固固界面は均一にできないからその間隙巾は不均一である。」という一般に信じられている考えを凌駕した。筆者は、固固界面は"曲がったトンネル"のように均一巾の間隙を形成しうることを、初めて、示した(図4)。金属蒸着による鋳型の固固界面に電気駆動の均一歪を与えることにより造られる。人類は外部場により制御されるnear-molecular sizeの空間を手にした。本デバイスは、多くの物理化学現象の新しい制御法として化学の新しい分野を切り開くだろう。

図1 Device of electrostatic force type図2 Permeation of H2,He,CH4,N2,CO2,C3H8,and n-C4H10 under electric field at the device of electrostatic force type図3 Device of piezoelectric bimorph type図4 Principle of aperture with uniform size at the solid-solid interface of ferroelectrics図5 Catalysis at the device of electrostatic force type
強誘電体の固固界面での触媒反応(IIの効果によるもの)

 実際に、上記の気体の透過・分離の方法が触媒反応に適用できるかどうかを検討した。狭い隙間の壁で触媒反応をさせ、電場をかけて隙間を変化させる試みである。触媒への適用の第一段階として、界面の隙間が不揃いな系で行った。静電引力型のデバイスにおいて、Al蒸着はせず、かわりに、ステンレス板上Pd蒸着面に、表面粗さが6.3nmのPZT円板を被せ、外部から電圧を印加出来るようにした。原料気体はPd壁の隙間を通る間に反応する。cis-2-ブテンと水素を導入して電圧を印加したところ、それらの透過速度が顕著に減少し、n-オクタンの転化率が顕著に増大する一方、t-2-ブテンへの転化率はあまり変化しなかった(図5)。間隙の変化による分子のPd壁への衝突挙動の変化として定量的に説明された。このように、電子移動をねらいとした従来の電解反応や電極触媒とは異なる、電気による微空間制御を目的とした本系で、電場により触媒活性・選択性が変化させられることが実証された。上述のように、今後IIIのバイモルフ型デバイスの触媒への適用が期待される。

 以上の透過に関わるデバイスで、1-30nm領域の起伏を持つ固固界面では透過速度と外部力との間に次の一定の規則が存在することが見いだされた。

 「透過速度は、導入圧力や外部電場に起因する界面での応力の指数関数にほぼ比例する。」

IIの効果による摩擦の研究(強誘電体上金属の摩擦)

 界面の静電引力は、界面での力が直接関わる摩擦現象に直接的に影響するだろう。摩擦の分野では面に水平な摩擦力が面に垂直な荷重との関係において求められる。本デバイスでは電場により垂直荷重(静電引力)の迅速な変化が可能である。垂直荷重の時間変化の摩擦に対する影響を初めて実測した。下側が電極となっているPZTの上面にステンレス円板を置き、PZTの間に電場をかけつつ、ステンレス円板の静摩擦が測定出来るデバイスを作製した。直流電場の実験により、上記静電引力型デバイスでの静電引力の存在が確認された。交流電源で、周波数の変化により静摩擦係数が顕著に変化することを見いだし、考察を加えた(図6)。

図6 AC frequency-induced friction change Effects of an electric field on the static friction of a metal on a ferroelectric material
IVの効果の溶解等の物理化学現象に対する影響

 シアン化ビニリデンと酢酸ビニルの共重合体P(VDCN/VAc)中の強い双極子CN基の電場による動きが表面における溶解等の現象に影響を及ぼすかどうかを調べた。様々な電場の印加により様々な圧電定数d31を持つ膜を調製し、膜の表面・裏面におけるジメチルスルフォキシドによる溶解機能を調べた。電場の増大に伴い、両面での溶解速度の差が増大した。また、膜の表面構造が電場により影響を受けるかどうかを原子間力顕微鏡(AFM)により調べたところ、2-30nm巾の繊維状の多数のメソアセンブリーの出現が見いだされた。これらは電場誘起の双極子の動きによると考察され、高電場により安定的に配向した官能基の化学が示唆された。

審査要旨

 微空間には特有の気体分離や触媒作用など特徴的物理的及び化学的作用が生じると期待されるが、本論文では、固体と固体の界面のような2次元的空間を利用して、さらに一方の固体として強誘電体や圧電体を用いて、それらの電場による肉眼で見えない程の微小な変形や動きを利用して、強誘電体及び圧電体の界面における摩擦、溶解、透過、分離、及び触媒の機能に対する外部電場の影響を調べている。具体的には、圧電効果による固-固界面、強い静電引力による固-固界面、圧電バイモルフの効果による固-固界面、圧電高分子表面での双極子に関する4種類の電場誘起による界面での動きを研究している。本論文は7章からなる。

 第1章では、圧電体及び強誘電体とそれらの表面及び界面について概説し、本論文の研究についての位置づけを述べている。

 第2章では、電場下での強誘電体の固-固界面の気体透過に関する研究を述べている。水素や二酸化炭素などの気体の透過速度が電場により可逆的に顕著に変化することを見いだし、外部の駆動力により気体の透過や分離を直接制御する新しい方法と成り得ることを提案している。圧電効果による固-固界面の動きを利用した透過速度の制御では、Al蒸着した平滑なポリフッ化ビニリデン膜を2枚ステンレス板上に重ね、1枚目の膜に直流電圧を印加できるようにして、窒素などの気体の透過速度が導入圧力に対し指数関数的に減少すること、透過速度が電場に対し指数関数的に変化することを見いだし、界面間隙に及ぼす気体の応力および圧電効果による膜の歪みとたわみの関係により説明することに成功した。また、強誘電体であるチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)円板と孔の空いたステンレス板とを重ね合わせ、それらの界面にAl蒸着をして電場が印加できるようにした系において、水素、ヘリウム、窒素及びメタンの比透過係数が400Vの電圧で約8倍変化すること、プロパンとブタンでは透過機構が電場によりPoiseuilleとKnudsen混合拡散からKnudsen拡散のみへと変化する電気による透過機構のスイッチングを初めて示した。バイモルフは主に分極が逆向きの強誘電体を2枚張り合わせたもので、電場により端の方で面に垂直な変位が見られる。電場により微小に動く強誘電体PZTバイモルフと動かない蒸着金属の細い界面において、水素と二酸化炭素の混合気体の分離係数がKnudsen理論比4.7を越え、6-7倍もの大きな分離係数が得られることが示された。

 第3章では、電場下での強誘電体上の摩擦に関する研究をまとめている。本論文では、垂直荷重の時間変化の摩擦に対する影響を初めて実測している。直流電場の実験により、静電引力型デバイスでの静電引力の存在が確認され、交流電場で周波数の変化により静摩擦係数が顕著に変化することを見いだしている。

 第4章では、強誘電体の固-固界面での触媒反応を述べている。ステンレス板上Pd蒸着面にPZT円板を被せ、外部から電圧を印加できるようにした系において、シス-2-ブテンと水素を導入して電圧を印加したところ、トランス-2-ブテンへの転化率がほとんど変化しない一方、ブタン生成速度が顕著に増大することを見いだした。これらの結果は間隙の変化による分子のPd壁への衝突挙動の変化として定量的に説明された。

 第5章と第6章では、シアン化ビニリデンと酢酸ビニルの共重合体膜を用いて、膜の表面構造が電場により影響を受けるかどうかを原子間力顕微鏡で調べ、また、膜の表面、裏面におけるジメチルスルフォキシドによる溶解を測定して、電場の増大に伴い両面での溶解速度の差が増大することを見いだしている。また、電場の印加とともに多数の繊維状構造が形成され、高電場により官能基の安定配向が可能であることを示唆した。

 第7章は、本論文全体を通しての結論と研究の展望を述べている。

 以上、本論文は初めて、透過・分離や触媒等の物理的及び化学的作用が電場誘起の動きに影響されること及びその影響の仕方に一定の規則や現象が存在することを見いだしたもので、物理化学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本著者の寄与は極めて大きいと判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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