本論文は6章から成る。第1章は序論、第2章は実験方法、第3章では理論的背景とN2の対称性分離K殻光吸収スペクトル、第4、5、6章はそれぞれ、O2,NO,COの対称性分離K殻光吸収スペクトルと高分解能光吸収スペクトルの測定結果とその解析の詳細が述べられている。 第1章では、分子分光学における軟X線分光の位置づけをし、特に分子の軟X線分光の研究の現状を概観している。そして、本研究の目的である直線分子の内殻励起状態の電子構造の解明のために、直線偏光に対して、非等方的な光吸収が起こることを利用した「対称性分離分光法」の原理を説明している。 第2章では、放射光を用いた直線分子の電子・イオン同時計測実験のために改良した10m斜入射分光器と新規に開発した電子・イオン同時計測装置について述べている。特に、今回開発した計測装置では、運動エネルギー2eV以上の解離イオンの検出に、位置敏感型検出器を内蔵した平行平板型静電式エネルギー分析器を作成し、取り込み角度を放射光の電気ベクトルの水平方向、垂直方向に変えられる設計にしている。 第3章では、2原子分子のK殻光励起の場合について、解離イオンの角度分布の理論背景と対称性分離光吸収分光法の詳細について述べている。この方法は、分子の回転周期に対してオージェ崩壊が数桁速く起こることを利用して、光の電気ベクトルに対して0または90度方向での解離イオン生成の光エネルギー依存性を測定するものである。これによって1s-,1s-励起状態への遷移を完全に分離することができる。代表的な例としてN2のK殻光吸収スペクトル測定に応用した例を示している。この方法により、特に連続状態で混在した2電子励起と形状共鳴状態を分離することに成功し、理論計算と直接比較可能なスペクトルを得ている。 第4章ではO2の対称性分離K殻光吸収スペクトルと高分解能光吸収スペクトルの測定結果と、その量子化学計算による解釈について述べており、これまで帰属が不可能であった連続状態のピークを厳密に帰属している。そして、開殻系では交換相互作用を正しく取り入れることが必要であることを指摘している。 第5章では同じ開殻系のNOについて同様の実験と理論計算を行い、帰属と共にそれぞれの連続状態に対するイオン化断面積の光エネルギー依存性を求めている。 第6章ではCO分子に対して、C-K、O-K殻の対称性分離光吸収スペクトルを測定し、内殻空孔の緩和を取り入れたSCF計算で実験結果が満足に説明できることを示している。 以上を要約すると、本論文の提出者繁政英治氏は、放射光を用いた高分解能分光器、さらに、高感度の角度分解型イオン、電子同時計測装置を開発した。そして、「対称性分離光吸収分光法」という新しい方法論を考え出し、これをいくつかの代表的な直線分子に適用して、それらの内殻励起状態の詳細を解明する事に成功した。この研究は、連続状態への光イオン化断面積の理論計算との比較を可能にしただけでなく、引き続いて起こる脱励起、解離のダイナミックスの研究へつながるものであり、内殻励起分子分光の今後の研究の発展に大きく寄与するものである。 したがって、繁政英治氏は博士(理学)の学位を授与される資格を有するものと認める。 なお、本論文に述べられている研究成果は共著論文の形で公表済みである。共著者は研究の指導者、研究協力者であるが、論文提出者の寄与が最も大きいと判断される。また、共著論文の内容を学位論文にすることについては、全ての共著者の承諾を得ている。 |