酢酸菌は、絶対好気性のグラム陰性細菌であり、Acetobacter属およびGluconobacter属からなる菌群である。本菌群は、糖質・アルコールに対して強い酸化活性を有することを特徴とする。今回、酢酸菌に属する異なる2属から、食酢醸造の鍵工程を触媒する膜結合型アルコール脱水素酵素(ADH)の遺伝子を取得し、遺伝生化学的に解析を行った。また、上記の解析過程で得られたADH活性を欠損した自然変異株を解析することで、変異原因である2種類の新規挿入配列を単離し、それらの特徴について解析を行った。 第一章酢酸菌Acetobacter pasteurianus由来の3成分-膜結合型ADHの構成成分である20-kDaサブユニットをコードする遺伝子のクローン化およびその機能の解析 A.polyoxogenes NCI1028株由来のADHは、異なる2種類のサブユニットから構成されていた(a2-ADH)。一方、A.pasteurianus NCI1452株由来のADHは、異なる3種類のサブユニットから構成されていた(a3-ADH)。分子量72〜78-kDaのデヒドロゲナーゼサブユニット(AdhA)、および44〜48-kDaのチトクロームcサブユニット(AdhB)は、それらを+コードする遺伝子が両タイプのADHから既にクローン化され、両者の間の相同性が高いことが示されていた。しかし、a3-ADHにのみ存在する分子量20-kDaの小サブユニット(AdhS)は、ADH活性への関与を含めてその機能は未知であった。本研究は、この小サブユニットをコードする遺伝子(a3-adhS)をクローン化し、その機能を解析することを目的とした。 精製酵素を用いて決定したNH2-末端のアミノ酸配列に基づいて、オリゴマーDNAプローブを合成し、これらとハイブリダイズする5-kb EcoRV断片をNCI1452株から取得した。a3-AdhSは、205-アミノ酸から構成される22-kDaの前駆体として合成され、NH2-末端のシグナル配列によりペリプラズム側へと分泌され、20-kDaの成熟タンパクになると考えられた。a3-adhS破壊株はADH活性が消失し、a3-AdhSを欠損する自然変異株においてもADH活性は検出できなかった。しかし、これらの株は外来のa3-adhSの導入により、ADH活性を回復した。従ってa3-AdhSは、a3-ADH活性の発現に必須であることが示された。 さらに、幾つかのADH欠損変異株と各サブユニット遺伝子を用いて、a3-ADHを構成する各サブユニットの局在性を検討した。その結果a3-AdhSの機能として、a3-AdhAを安定化することおよび機能サブユニットであるAdhABを正確なコンフォメーションで連結することへの関与が推定された。 第二章酢酸菌Gluconobacter suboxydans由来の3成分-膜結合型ADHをコードする遺伝子群の特徴およびそれらのA.pasteurianusにおける発現 酢酸菌は、Acetobacter属およびGluconobacter属の2属に分類される。G.suboxydans IFO12528株由来の3成分型-ADH(g3-ADH)は、先にクローン化したa3-ADHとの間でどのような差異が存在するのかに興味が持たれた。 そこでまず、g3-ADHの各サブユニット遺伝子の取得を試みた。g3-adhBと示唆された、チトクロームc-553(CO)をコードする遺伝子が既に報告されていたので、その3’-上流側にg3-adhAが存在すると仮定して、その領域をクローン化した。また、g3-adhSは、精製酵素のNH2-末端のアミノ酸配列に基づいてクローン化した。これらは、a2-ADHおよびa3-ADHと同様に、g3-adhAとg3-adhBとがタンデムに存在するのに対し、g3-adhSは全く別の領域に存在していた。g3-adhABは、a2-adhABおよびa3-adhABとの間で非常に高い相同性が示されたが、g3-adhSはa3-adhSとの間で全く相同性が認められなかった。また、g3-adhSはg-ppa(大腸菌由来のピロフォスファターゼ遺伝子と相同性を有する遺伝子)とタンデムに存在したが、その意味は解明できなかった。 続いて、g3-ADHの各サブユニット遺伝子を、A.pasteurianus NCI1452株由来の変異株において発現させた。g3-AdhSをa3-AdhS欠損株で発現させたが、ADH活性の回復は認められなかった。一方、g3-AdhABをa3-AdhAB欠損株で発現させたところ、ADH活性が検出された。この活性の本体を検証するために、形質転換体よりADH活性の精製を行った。その結果、g3-AdhABからなる2成分複合体のみで活性が発現しており、それはg3-ADHの1/5の比活性を示すことが判明した。従って、g3-AdhSはa3-adhSとは異なり、直接活性に必須でないことが示唆された。 第三章A.pasteurianusから単離した新規挿入配列IS1452の特徴 A.pasteurianus NCI1452株由来で、a3-adhSを欠損する自然変異株における変異原因を検討した。a3-adhSをプローブとしたサザンハイブリダイゼーションを行った結果、変異型a3-adhS近傍に1.5-kbのDNA断片の挿入が認められた。そこで、変異型a3-adhSをクローン化しその塩基配列を決定した結果、全長1,411-bpの配列(IS1452)が、a3-adhSのプロモーター領域と構造遺伝子とを分断するように挿入されていることが判明した。 配列内部には、塩基性アミノ酸に富む416アミノ酸から構成される読み取り枠(ORF416)が存在し、これはラン藻類Calothrix sp.PCC7601株由来のIS701にコードされるトランスポザーゼ(Tra1)との間で相同性が認められた。染色体中におけるIS1452のコピー数は、親株では5コピーであるのに対し変異株では6コピーであり、転移が複製的に起こることが示唆された。 トランスポザーゼの性質を反映する標的配列は、IS1452の場合、「CTAG」、「CTAA」の4-bpであった。標的配列「CTAA」は、IS701のそれと同じであり、両IS上のトランスポザーゼ間の類似性と一致するものであった。このことは、酢酸菌とラン藻類との間でIS elementの水平伝搬が起こった可能性を示唆するものである。 第四章G.suboxydans由来の挿入配列IS12528の特徴 これまで、Acetobacter属酢酸菌においては、IS1380、IS1452、およびIS1031族の3種類のIS elementsが自然変異を生じた株から発見され、酢酸菌における遺伝的不安定性の原因となっていることが示唆されてきた。しかし、もう一つの酢酸菌の属であるGluconobacter属においては、自然変異現象に関する遺伝子レベルでの解析はほとんど行われていなかった。そこで、Gluconobacter属においてもやはりIS elementsが自然変異現象に関与しているものと仮定し、ADH活性を欠失した自然変異株について、ADH活性に必須な遺伝子であるg3-adhAB周辺の検索を行った。 その結果、g3-adhA内部に全長905-bpのDNA断片(IS12528)の挿入を検出した。この塩基配列は、セルロース生産菌および根粒菌由来のIS elementsとの間で相同性が認められた。またIS12528上には、塩基性アミノ酸に富む274アミノ酸から構成されるORFが存在し、セルロース生産菌、放線菌、および根粒菌由来のトランスポザーゼとの間で、相同性が認められた。サザンハイブリダイゼーションおよびPCRにより、IS12528の分布を検討した結果、本ISは酢酸菌全般にわたり広範に分布していることが示唆された。これまでに解析してきたIS elementsのコピー数から見積もると、ある種の酢酸菌においては、それらの配列が染色体中の7%近くを占めていることが予想された。このことは、IS elementsが酢酸菌において観察される遺伝的不安定性に、大きく寄与していることを示唆するものであった。 |