エイズ(後天性免疫不全症候群)は、human immunodeficiency virus(HIV)の感染によって起こるウイルス疾患である。ウイルス発見以来様々な研究がなされているが、依然として決定的なエイズ発症予防、治療法は確立されていない。サルにも同様なウイルス疾患が見つかっており、simian immunodeficiency virus(SIV)が分離、同定されている。HIV、およびSIVは、レトロウイルスに属し約1万塩基のRNAをゲノムとして持つRNAウイルスである。このゲノム構造は、他のレトロウイルスと同様な構造蛋白をコードしている遺伝子(gag、pol、env)の他に、tat、rev、vif、nef、vpr、vpx、およびvpuの遺伝子が報告されている。このうちvpr遺伝子は、その遺伝子産物がウイルス粒子から検出され、細胞によりウイルス増殖に関与するとの報告がある。また、サルにvpr遺伝子を変異させたウイルスを感染させても発症しないとの報告から、vpr遺伝子は、in vivoにおけるウイルス増殖、およびエイズ発症に関与している重要な遺伝子であると考えられている。申請者は、このvpr遺伝子の機能を解明するため、vpr遺伝子の蛋白発現と同定、Vprの細胞内局在、ウイルス粒子におけるVprと結合する蛋白の同定を実施した。本研究は3部より構成され、得られた成果は以下のように要約される。 1.HIV-1vpr遺伝子の発現とその細胞内局在:Vprを様々な発現系で発現することを試みた。HIV-1感染性クローンからvpr遺伝子をクローニングし、大腸菌発現ベクターに導入し、大腸菌で発現させ、12kDaのVprの発現を確認した。このサイズは、Vprのアミノ酸シークエンスから予想される分子量とほぼ一致した。同様に、動物細胞発現ベクターにも導入し、ベビーハムスター腎細胞でのVprの発現を確認した。HIV-1を感染させたヒトT細胞からも、12kDaのVprが検出された。さらに、これらのVpr発現細胞、およびHIV-1感染細胞を分画しVprの細胞内局在を調べたところ、主に膜画分から検出された。HIV-1感染細胞を用いて、Vprの細胞内局在を免疫蛍光抗体法で調べたところ、細胞表面が強く染色され、細胞分画の結果と一致した。 2.HIV-1粒子におけるVprとGag p17との結合:Vprがウイルス粒子に取り込まれるという特徴からその機能を調べるため、HIV-1粒子において、Vprと結合している蛋白の同定を試みた。精製HIV-1粒子を、抗Vpr抗体、抗Gag p24抗体、抗Gag p17抗体、および抗HIV-1抗体で免疫沈降させ、抗Vpr(N端ペプチド)抗体、および抗HIV-1抗体を用いたウェスタンブロット法で沈降する蛋白を調べた。抗Gag p17抗体でVprが、抗Vpr抗体でGag p17がお互いに沈降してくることから、VprはHIV-1粒子においてGag p17と結合していることが示唆された。この結合をさらに確認するため、蛋白同士の結合を測定するTwo-hybrid法を用いて、Vprと結合するGagの領域を調べたところ、VprはGag p17のC端側と直接結合することが判明した。 3.Vpr、およびVpxによるCATのHIV粒子への取り込み:Vpr、およびVpxは、ウイルス粒子から検出されることから、治療を目的とした異種蛋白をHIV粒子に運ぶ目的に有用と思われる。chlolamphenicol acetyltransferase(CAT)をウイルス粒子に取り込ませる異種蛋白のモデルとして用い、Vpr、およびVpxと結合させ、HIV粒子に取り込ませることを検討した。その結果、HIV-1のCAT-Vpr複合蛋白はHIV-1粒子に、HIV-2のCAT-Vpx、およびCAT-Vpr複合蛋白はHIV-2粒子に、型特異的に取り込まれた。次に、変異させたHIV-1Vprを作製し、HIV-1粒子への取り込みに必要な領域を調べたところ、N端側(1-76アミノ酸)、およびC端側(77-96アミノ酸)の両方にCATをHIV-1粒子に取り込ませる機能が存在した。 以上の研究により、様々な発現系を用いてvpr遺伝子を発現させ、HIV-1感染細胞からVprを同定し、主に膜画分に局在することを証明した。さらに、免疫沈降法、およびTwo-hybrid法により、VprはHIV-1粒子においてGag p17と結合していることを明らかにした。また、型特異的な粒子取り込みに必要なHIV-1Vpr、およびHIV-2Vpxの領域を同定し、異種蛋白であるCATをHIV粒子に取り込ませ、治療に応用できることを示唆した。 よって、審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |