学位論文要旨



No 213467
著者(漢字) 佐藤,彰彦
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,アキヒコ
標題(和) ヒト免疫不全ウイルスvpr遺伝子の研究
標題(洋)
報告番号 213467
報告番号 乙13467
学位授与日 1997.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第13467号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 見上,彪
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 大塚,治城
 東京大学 教授 吉川,やす弘
内容要旨

 エイズ(後天性免疫不全症候群)は、Human Immunodeficiency Virus(HIV)の感染によって起こるウイルス疾患である。現在、HIV-1型(HIV-1)とHIV-2型(HIV-2)の2種類のウイルスが発見されている。サルにも同様なウイルス疾患が見つかっており、その原因としてsimian immunodeficiency virus(SIV)が分離、同定されている。ウイルス発見以来、HIVの感染・複製機構、HIV感染からエイズ発症に至るまでの機序について様々な研究がなされているが、依然として決定的なAIDS発症予防、治療法は確立されておらず、今後の研究が期待されている。HIV、およびSIVは、レトロウイルスに属し約1万塩基のRNAをゲノムとして持つRNAウイルスである。このゲノム構造は、他のレトロウイルスと同様な構造蛋白をコードしている遺伝子(gag、pol、env)の他に、tat、rev、vif、nef、vpr、vpx、およびvpuの遺伝子が報告されている。tat、revは、ウイルスの蛋白発現、増殖に必要な調節遺伝子であるが、他のアクセサリー遺伝子は必ずしもin vitroにおけるウイルス増殖に必要な遺伝子ではない。このうちvpr遺伝子は、HIV-1、HIV-2、SIVmac、SIVmnd、SIVsmmに存在するが、SIVagmには存在しない。しかし、Vprとアミノ酸ホモロジーが高く、vpr遺伝子から派生した遺伝子と考えられているvpx遺伝子は、HIV-1には存在しないが、HIV-2、SIVmacに存在し、ほとんどのHIV、およびSIVグループウイルスには、vpr遺伝子、またはvpx遺伝子、あるいはvpr遺伝子とvpx遺伝子の両方が存在することがわかっている。このvpr遺伝子、およびvpx遺伝子の遺伝子産物は両方ともウイルス粒子から検出され、これらの遺伝子は細胞によりウイルス増殖に関与するとの報告がある。また、サルにvpr遺伝子を変異させたウイルスを感染させても発症しないとの報告から、vpr遺伝子は、in vivoにおけるウイルス増殖、およびエイズ発症に関与している重要な遺伝子であると考えられている。申請者は、このvpr遺伝子の機能を解明するため、vpr遺伝子の蛋白発現、VprのHIV感染細胞からの同定、Vprの細胞内局在、およびウイルス粒子におけるVprと結合する蛋白の同定を実施した。本研究は3部より構成され、得られた成果は以下のように要約される。

 1.HIV-1vpr遺伝子の発現とその細胞内局在:Vprはその遺伝子配列から96アミノ酸と推測されている。まず、Vprを様々な発現系で発現することを試みた。HIV-1感染性クローンpNL432からvpr遺伝子をクローニングし、大腸菌発現ベクター(pUC118N)に導入し、大腸菌(JM109)で発現させた。VprのN端の14アミノ酸を合成し、モルモットに免疫して抗Vpr(N端ペプチド)抗体を作製した。この抗体を用いたウェスタンブロット法により、12kDaのVprの発現を確認した。このサイズは、Vprのアミノ酸シークエンスから予想される分子量とほぼ一致した。同様に、vpr遺伝子を動物細胞発現ベクター(pMAM-neo)にも導入し、ベビーハムスター腎細胞(BHK-21)で発現させ、Vprの発現を確認した。この抗体を用いたウェスタンブロット法により、pNL432由来のウイルスを感染させたヒトT細胞(MT-2)からも、同じ12kDaのVprが検出された。HIV-1感染細胞で発現しているVprは、大腸菌で発現させたVprと同じ分子量であることから、Vprは細胞内において糖鎖付加等の修飾を受けていないことを明らかにした。これらのVpr発現細胞、およびHIV-1感染細胞を分画しVprの細胞内局在を調べたところ、主に膜画分から検出された。また、免疫蛍光抗体法、および免疫沈降法に用いるため、大腸菌で発現させたVprを精製後モルモットに免疫して、抗Vpr抗体を作製した。他のヒトT細胞(M8166)にHIV-1を感染し、Vprの細胞内局在を免疫蛍光抗体法で調べたところ、細胞表面がよく染色され、細胞分画の結果と一致した。また、VprのC端を変異させたところ、C端の19アミノ酸を削った場合(1-77アミノ酸)は発現したが、33アミノ酸を削った場合(1-63アミノ酸)は検出できなくなり、64-77アミノ酸が発現に重要なことを証明した。

 2.HIV-1粒子におけるVprとGag p17との結合:Vprは、HIV-1粒子から検出されることから、その機能はウイルス感染の初期に作用しているものと考えられる。そのため、Vprがウイルス粒子に取り込まれるという特徴からその機能を調べるため、HIV-1粒子において、Vprと結合している蛋白の同定を試みた。HIV-1粒子のGagはPr55gagの形で出芽し、プロテアーゼにより切断され、Gag p17、Gag p24等の蛋白になる。Vprは、Pr55gagだけを発現させて形成させたウイルス粒子からも検出されることから、Gagとの関連が予想される。精製HIV-1粒子を、抗Vpr抗体、抗Gag p24抗体、抗Gag p17抗体、および抗HIV-1抗体で免疫沈降させ、抗Vpr(N端ペプチド)抗体、および抗HIV-1抗体を用いてウェスタンブロット法をおこない、沈降してくる蛋白を調べた。抗Gag p17抗体でVprが、抗Vpr抗体でGag p17がお互いに沈降してくることから、Vprはウイルス粒子においてGag p17と結合していることが示唆された。この結合をさらに確認するために、蛋白同士の結合を測定するTwo-hybrid法を用いて、Vprと結合するGagの領域を調べたところ、VprはGag p17のC端側と直接結合することが判明した。

 3.Vpr、およびVpxによるCATのHIV粒子への取り込み:Vpr、およびVpxは、ウイルス粒子から検出され、そのウイルスに取り込まれる過程は、Gagを介しておこなわれることから特異性が高く、Gagと同等の量がウイルス粒子から検出されている。そのため、治療を目的とした異種蛋白をHIV粒子に運ぶ目的に、Vpr、およびVpxは有用と思われる。chrolamphenicol acetyltransferase(CAT)をHIV粒子に取り込ませる異種蛋白のモデルとして用い、Vpr、およびVpxのN端側に結合させ、複合蛋白の形でCATをHIV粒子に取り込ませることを検討した。その結果、HIV-1のCAT-Vpr複合蛋白はHIV-1粒子に、HIV-2のCAT-Vpx、およびCAT-Vpr複合蛋白はHIV-2粒子に、型特異的に取り込まれた。この系を用いて、HIV-1VprとHIV-2Vpxとのキメラを作製し、ウイルスの型特異性を決定する領域を調べたところ、HIV-1Vpr、およびHIV-2VpxともN端側の領域が型特異的な粒子への取り込みを決定していた。次に、変異させたHIV-1Vprを作製し、HIV-1粒子への取り込みに必要な領域を調べたところ、N端側(1-76アミノ酸)、およびC端側(77-96アミノ酸)の両方にCATをHIV-1粒子に取り込ませる機能が存在した。N端側を欠失させた結果から、HIV-1Vprの27-76アミノ酸が、HIV-1粒子に特異的に取り込まれるのに必要な領域であった。HIV-1VprのC端はHIV-1とHIV-2の粒子に取り込まれたが、HIV-2Vpx、およびHIV-2VprのC端にはその機能は見られなかった。

 以上の研究により、様々な発現系を用いてvpr遺伝子を発現させ、HIV-1感染細胞からVprを同定し、主に膜画分に局在することを証明した。さらに、免疫沈降法、およびTwo-hybrid法により、VprはHIV-1粒子においてGag p17と結合していることを明らかにした。Gag p17は、HIV-1粒子のマトリックス蛋白であり、HIV-1が細胞内に侵入後、preintegration complexを形成し、HIVゲノム等を核内に運ぶ機能が報告されている。Vprの機能を解明する上でこの発見は重要な意義がある。また、型特異的な粒子取り込みに必要なHIV-1Vpr、およびHIV-2Vpxの領域を同定し、異種蛋白であるCATをHIV粒子に取り込ませ、治療に応用できることを示唆した。

審査要旨

 エイズ(後天性免疫不全症候群)は、human immunodeficiency virus(HIV)の感染によって起こるウイルス疾患である。ウイルス発見以来様々な研究がなされているが、依然として決定的なエイズ発症予防、治療法は確立されていない。サルにも同様なウイルス疾患が見つかっており、simian immunodeficiency virus(SIV)が分離、同定されている。HIV、およびSIVは、レトロウイルスに属し約1万塩基のRNAをゲノムとして持つRNAウイルスである。このゲノム構造は、他のレトロウイルスと同様な構造蛋白をコードしている遺伝子(gag、pol、env)の他に、tat、rev、vif、nef、vpr、vpx、およびvpuの遺伝子が報告されている。このうちvpr遺伝子は、その遺伝子産物がウイルス粒子から検出され、細胞によりウイルス増殖に関与するとの報告がある。また、サルにvpr遺伝子を変異させたウイルスを感染させても発症しないとの報告から、vpr遺伝子は、in vivoにおけるウイルス増殖、およびエイズ発症に関与している重要な遺伝子であると考えられている。申請者は、このvpr遺伝子の機能を解明するため、vpr遺伝子の蛋白発現と同定、Vprの細胞内局在、ウイルス粒子におけるVprと結合する蛋白の同定を実施した。本研究は3部より構成され、得られた成果は以下のように要約される。

 1.HIV-1vpr遺伝子の発現とその細胞内局在:Vprを様々な発現系で発現することを試みた。HIV-1感染性クローンからvpr遺伝子をクローニングし、大腸菌発現ベクターに導入し、大腸菌で発現させ、12kDaのVprの発現を確認した。このサイズは、Vprのアミノ酸シークエンスから予想される分子量とほぼ一致した。同様に、動物細胞発現ベクターにも導入し、ベビーハムスター腎細胞でのVprの発現を確認した。HIV-1を感染させたヒトT細胞からも、12kDaのVprが検出された。さらに、これらのVpr発現細胞、およびHIV-1感染細胞を分画しVprの細胞内局在を調べたところ、主に膜画分から検出された。HIV-1感染細胞を用いて、Vprの細胞内局在を免疫蛍光抗体法で調べたところ、細胞表面が強く染色され、細胞分画の結果と一致した。

 2.HIV-1粒子におけるVprとGag p17との結合:Vprがウイルス粒子に取り込まれるという特徴からその機能を調べるため、HIV-1粒子において、Vprと結合している蛋白の同定を試みた。精製HIV-1粒子を、抗Vpr抗体、抗Gag p24抗体、抗Gag p17抗体、および抗HIV-1抗体で免疫沈降させ、抗Vpr(N端ペプチド)抗体、および抗HIV-1抗体を用いたウェスタンブロット法で沈降する蛋白を調べた。抗Gag p17抗体でVprが、抗Vpr抗体でGag p17がお互いに沈降してくることから、VprはHIV-1粒子においてGag p17と結合していることが示唆された。この結合をさらに確認するため、蛋白同士の結合を測定するTwo-hybrid法を用いて、Vprと結合するGagの領域を調べたところ、VprはGag p17のC端側と直接結合することが判明した。

 3.Vpr、およびVpxによるCATのHIV粒子への取り込み:Vpr、およびVpxは、ウイルス粒子から検出されることから、治療を目的とした異種蛋白をHIV粒子に運ぶ目的に有用と思われる。chlolamphenicol acetyltransferase(CAT)をウイルス粒子に取り込ませる異種蛋白のモデルとして用い、Vpr、およびVpxと結合させ、HIV粒子に取り込ませることを検討した。その結果、HIV-1のCAT-Vpr複合蛋白はHIV-1粒子に、HIV-2のCAT-Vpx、およびCAT-Vpr複合蛋白はHIV-2粒子に、型特異的に取り込まれた。次に、変異させたHIV-1Vprを作製し、HIV-1粒子への取り込みに必要な領域を調べたところ、N端側(1-76アミノ酸)、およびC端側(77-96アミノ酸)の両方にCATをHIV-1粒子に取り込ませる機能が存在した。

 以上の研究により、様々な発現系を用いてvpr遺伝子を発現させ、HIV-1感染細胞からVprを同定し、主に膜画分に局在することを証明した。さらに、免疫沈降法、およびTwo-hybrid法により、VprはHIV-1粒子においてGag p17と結合していることを明らかにした。また、型特異的な粒子取り込みに必要なHIV-1Vpr、およびHIV-2Vpxの領域を同定し、異種蛋白であるCATをHIV粒子に取り込ませ、治療に応用できることを示唆した。

 よって、審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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