学位論文要旨



No 213468
著者(漢字) 山添,和明
著者(英字)
著者(カナ) ヤマゾエ,カズアキ
標題(和) 犬におけるハロセン誘発性肝障害の発症機序に関する研究
標題(洋)
報告番号 213468
報告番号 乙13468
学位授与日 1997.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第13468号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 助教授 稲葉,睦
 東京大学 助教授 西村,亮平
内容要旨

 ハロセン誘発性肝障害は、ハロセン麻酔の合併症として最も重要な疾患で、肝血流量を低下させる薬剤を併用するなど低酸素下において頻発し、酸素供給が十分であれば殆ど発症しないとされている。したがって、本症の発症機序には、肝酸素濃度が重要な因子として関与すると考えられているが、ハロセンがそれ自体濃度依存性に直接肝血流量を低下させ、肝低酸素症を誘発させるため、その詳細は不明である。ハロセンは低酸素条件下における嫌気的代謝過程でフリーラジカルを生じ、肝細胞障害が引き起こされると考えられるが、フリーラジカルの産生は低酸素状態あるいは虚血時に認められるヌクレオチドの代謝とこれに伴うプリン代謝に関連して産生されることも知られている。したがってハロセン誘発性肝障害の発症機序を明らかにする上では肝血流量を制御しうる肝灌流系を用いて検討する必要がある。そこで肝酸素供給量が制御出来ることを確認した門脈動脈化法による肝灌流系を用いて、ハロセン誘発性肝障害の発症機序を検討した。

 まず、臨床的に用いられるハロセンの麻酔濃度を吸入させ、肝組織中過酸化リン脂質と脂質過酸化代謝物であるマロンジアルデヒド(MDAs)、さらに抗酸化系酵素であるスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)およびグルタチオンペルオキシダーゼ(GSH-px)活性を経時的に測定し、ハロセンの影響を検討するとともに、酸素供給量、消費量とMDAsとの関係を検索し、ハロセン吸入と肝酸素濃度との関係を検討した。ついで肝組織ヌクレオチドおよびオキシプリン濃度を測定し、ハロセン吸入によるエネルギー代謝系への影響について検討した。さらに、初代培養肝細胞を用い、ミトコンドリアのチトクローム還元酵素を阻害するシアン化合物(NaCN)を用い酸化的リン酸化を抑制した条件下でハロセン投与によるヌクレオチド、アラントイン、脂質過酸化物ならびに細胞内Ca2+濃度の変動について検討した。

肝組織中の過酸化リン脂質、MDAsならびに抗酸化系酵素活性の変動:

 低酸素条件下でハロセンを吸入させたA群では吸入開始1時間後に過酸化ホスファチジルコリン(PC)が有意に増加し、また低酸素のみのC群では過酸化PCは増加傾向を示すものの、A群のそれと比較して軽度であった。また、肝組織中MDAsはA群では遊離型および蛋白結合型MDAともに吸入開始1、2時間後に増加した。これに対し、十分な酸素供給下でハロセン吸入させたB群ではMDAの有意な増加は認められなかった。また、ハロセン吸入時には肝酸素供給量および消費量と総ならびに蛋白結合型MDAとの間に有意な負の相関が認められた。また、抗酸化系酵素活性に有意な変動は認められなかった。したがって、低酸素条件下におけるハロセン吸入はフリーラジカルの産生を亢進させ、このフリーラジカルはハロセンの嫌気的代謝により産生されるものと考えられた。

肝組織中ヌクレオチドならびにオキシプリン濃度の変動:

 低酸素条件下でハロセン吸入を行ったA群のアデノシン三リン酸(ATP)ならびにグアニン三リン酸(GTP)濃度、とくにATP濃度は、ハロセン吸入30分以降有意な低値を推移し、低酸素のみのB群に比較しても低値を示した。したがって、臨床的に用いられる低用量であってもハロセンの吸入は、おそらくミトコンドリアの酸化的リン酸化経路を阻害することで、低酸素による肝エネルギー代謝の低下をさらに増悪するものと考えられた。一方、各群のオキシプリン濃度は、A群ではハロセン吸入後の時間経過に伴ってオキシプリン総量が増加し、また、キサンチンならびに尿酸濃度の増加が著明であった。また、低酸素条件のみのB群でも灌流2時間後にキサンチンならびに尿酸濃度が増加したが、その程度はA群に比較して軽度であった。したがって、前述した結果と合わせて考えてみると、低酸素条件下におけるハロセン吸入はハロセンの嫌気的代謝によるフリーラジカルの産生に加えて、肝のエネルギー代謝の低下をさらに増悪することで、プリン代謝に基づくフリーラジカルの産生をも亢進させていることが明らかとなった。

初代肝培養細胞におけるエネルギー代謝、脂質過酸化物、ならびに細胞内Ca2+の変動:

 ヌクレオチドのうち、ATP濃度はNaCNに加えてハロセンを投与したA群では30分後に有意に低下し、180分後まで低値を推移した。一方、ハロセン投与のB群およびNaCN投与のC群においてもATP濃度は経時的に減少したが、その減少率はA群に比較して小さかった。したがって、ハロセンは前述したin vivoでの結果と同様、in vitroにおいても、ハロセンあるいはNaCN単独投与によるエネルギー代謝の低下を増強させることが明らかとなった。また、アラントイン値はA群では60分後以降に有意に増加し、プリン代謝に伴うフリーラジカル産生はハロセン投与により亢進していると考えられた。細胞内Ca2+はA群では投与約100分後に増加し、その後減少した。また、同時に細胞死が発現した。またハロセン単独投与のB群でも細胞内Ca2+の増加とそれに伴う細胞死が認められた。したがって、ハロセンによりエネルギー代謝の低下ならびにフリーラジカルの産生が亢進し、また細胞内Ca2+の増加をもたらすことで細胞死が引き起こされると考えられた。

 以上のことから、ハロセン誘発性肝障害は、ハロセン投与によるエネルギー代謝の低下とハロセンの嫌気的代謝で産生されるフリーラジカルに起因し、細胞内Ca2+の増加をもたらすことで発症することが明らかとなった。

審査要旨

 本論文はハロセン麻酔の合併症として重要なハロセン誘発性肝障害の発症機序を明らかにしたもので、緒論と総括を含む5章から構成される。本論文の各章を要約すると以下の通りである。

 まず第2章では肝血流量を制御しうる肝灌流系として門脈血動脈化法について検討し、本研究を遂行する上で有用な方法であることを確認している。

 つぎに第3章では臨床的に用いられるハロセンの麻酔濃度を吸入させ、肝組織中過酸化リン脂質と主要な脂質過酸化代謝物であるマロンジアルデヒド(MDAs)、さらに抗酸化系酵素であるスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)およびグルタチオンペルオキシダーゼ(GSH-px)活性を経時的に測定し、ハロセン吸入の影響を検討するとともに、酸素供給量、消費量とMDAsとの関係を検索し、肝酸素濃度とハロセン吸入との関係を検討している。低酸素条件下でハロセンを吸入させたA群では吸入開始1時間後に過酸化ホスファチジルコリン(PC)が有意に増加し、また低酸素のみのC群では過酸化PCが増加傾向を示すものの、A群のそれと比較して軽度であった。また、肝組織中MDAsはA群では遊離型および蛋白結合型MDAともに吸入開始1、2時間後に増加した。これに対し、十分な酸素供給下でハロセン吸入させたB群ではMDAの有意な増加は認められなかった。また、ハロセン吸入時には肝酸素供給量および消費量と総ならびに蛋白結合型MDAとの間に有意な負の相関が認められた。また、抗酸化系酵素活性に有意な変動は認められなかった。これらのことから、ハロセン吸入時に認められるフリーラジカルはハロセンの嫌気的代謝により産生されるものと考察している。ついで肝組織中ヌクレオチドならびにオキシプリン濃度を測定し、ハロセン吸入時のエネルギー代謝系の変動について検討している。低酸素条件下でハロセン吸入を行ったA群のATP濃度は、ハロセン吸入30分以降有意な低値を推移し、低酸素のみのB群に比較しても低値を示した。このことから、臨床的に用いられる低用量であってもハロセンの吸入は、おそらくミトコンドリアの酸化的リン酸化経路を阻害することで、低酸素条件下における肝エネルギー代謝の低下をさらに増悪するものと考えている。一方、A群ではハロセン吸入後、キサンチンならびに尿酸濃度が増加した。低酸素条件のみのB群でもキサンチンならびに尿酸濃度は増加したが、その程度はA群に比較して軽度であった。このことから、低酸素条件による肝のエネルギー代謝の低下をハロセン吸入はさらに増悪し、プリン代謝に基づくフリーラジカルの産生を促進させていることを明らかにしている。

 第4章では、初代培養肝細胞を用いてハロセンやミトコンドリアの酸化的リン酸化を阻害するシアン化合物(NaCN)による肝エネルギー代謝、脂質過酸化ならびに細胞内Ca2+の変動について検討している。プリン代謝に伴うフリーラジカルの産生は前述したin vivoでの成績と同様にin vitroにおいてもハロセン投与により亢進していた。また、細胞内Ca2+はハロセンとNaCNを投与した群では投与約100分後に増加した後減少し、同時に細胞死が観察された。したがって、ハロセンによりエネルギー代謝の低下ならびにフリーラジカルの産生が亢進し、また細胞内Ca2+の増加とそれに引き続く細胞死が引き起こされると考察している。

 以上、本論文はハロセン誘発性肝障害が、ハロセン投与によるエネルギー代謝の低下とハロセンの嫌気的代謝で産生されるフリーラジカルに起因し、細胞内Ca2+の増加をもたらすことで発症することを明らかにしたもので、獣医学学術上ならびに臨床的にも貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54034