Human immunodeficiency virus(HIV)感染症は慢性疾患である。しかしHIVに感染してから発症するまでの期間は数年から十数年と個人差が大きい。この感染症の進行を決定する因子はウイルス側と宿主側に分けて考えられる。本研究では病状の進行に関与するウイルス側の因子を解析することを目的とした。巨細胞を形成するウイルス(SIウイルス)は、in-vitroで増殖が速く、ウイルスタイターが上がり、細胞毒性が強く、T cell line tropicであり、この出現により病気の進行は促進される。巨細胞を形成しないウイルス(NSIウイルス)は増殖が遅く、ウイルスタイターは低く、Macrophage tropicで、感染者の生体内に常時存在する。HIVのV3ループはこれらの性質の決定基を含む。V3ループのアミノ酸配列から両者を類推することができる。本研究ではV3ループのアミノ酸配列からみたquasispeciesの推移、V3ループのアミノ酸配列から類推した血清中の両者の生体内での動態をウイルス量とCD4数の変化と対比させて解析した。対象は血友病患者のHIV感染者4名とし、-80℃に保存されていた1987年以降の経時的な血清を用いて研究した。 血清中のHIV-RNA量は、血清500 lを用いてb-DNAキットで測定した。また血清中のウイルスquasispeciesの推移は、ウイルスを培養することによって生じる特定なウイルスの選択を除外するために直接血清からRNAを抽出し、HIVのV3領域についてRT-nested-PCRを行ない、得たPCR産物のクローニングを行なった後、各時点で最低10クローンについて塩基配列を調べて解析を行なった。TK-29から1993年8月,TK-2から1991年4月にシンシチウムを形成するウイルスが分離され、このウイルスのV3ループのアミノ酸配列は他者の報告にもみられるように、N末端より11番目がアルギニンであった。従って本研究では、血清中のRNAから得られたクローンのV3のアミノ酸配列のN末端より11番目がアルギニンのクローンをSI genotype、その他のクローンをNSI genotypeとして検討した。 TK-3,TK-22は検討した期間内では無症候で経過したが、TK-2,TK-29はAIDSに進行した。 クローニングによりTK-2の1987年から1992年までの5年間に集められた10検体から194クローン,TK-29の1987年から1996年までの9年間の12検体から225クローン、TK-3,TK-22では1987年から1993年までの6年間の各5検体から72,76クローンをそれぞれ得て、塩基配列を調べた。これらのデータをもとにしてウイルス量の増減、アミノ酸配列の変化の仕方、SI genotype、NSI genotypeの検出頻度の変化、majorなgenotype(出現頻度が20%以上または複数回検出されたもの)の検出期間とCD4数の変化を検討した。 無症候で経過した患者2名は、経過を通じてCD4数は概ね500/ l前後に保存されていた。HIV RNA量は経過を通じて10000RNA copy/ml前後で推移し、その量の変化は小さく、NSI genotypeのみが検出された。これらのgenotypeのアミノ酸の違いはランダムな一塩基の置換によっておきているものが大多数であった。この2名の血清10検体からmajorなNSI genotypeが17種検出されたが、そのうちの9検体から得られた15種のgenotypeは検出されたのは一回だけであり、このことはどの時点の血清にも速やかに消失するgenotypeが存在していたことを示している。このことから無症候で経過した2名では検討した期間内においては、ウイルスの排除機構は良く機能していることが推測された。 AIDSに進行した2名ではCD4数はウイルス量が増加した後に急激に減少した。ウイルス量は10000RNA copy/mlから370000RNA copy/mlの間を大きく変動しNSI genotypeとSI genotypeが検出された。majorなNSI genotypeはこの2名の血清21検体から9種類検出された。そのうち一過性に検出されたgenotypeは1種のみで残りの8種は複数回にわたって検出され、その内の1種は6年以上存続していた。この事から無症候で経過した患者とは大きく異なって、AIDSに進行したTK-2,TK-29のNSI genotypeは検討した期間内では存続期間が長かった。またウイルス量が急激に増加する前にはNSI genotypeのみが検出されたが、ウイルスが増加した時点では同時にSI genotypeが検出され以後両者は共存していた。クローンの検出過程からTK-2ではウイルスがNSI genotypeからSI genotypeへと進化したphenotypeスイッチが起きた事が追跡できた。その時期はウイルス量が多く、母体となるNSI genotypeが優勢な期間に一致していた。このSI genotypeの検出頻度の増減と血清中のウイルス量の増減とは相関する傾向にあり、SI genotypeがウイルス量の増加に関与していることが推測された。この2名からmajorなSI genotypeは10種類検出されたが、そのうちCD4数が保存されていた時期に出現した5種はアミノ酸の変化から時間とともに変化を重ねて進化していたと推定された。そしてこの5種は速やかに消失し、NSI genotypeとは異なってこれらのSI genotypeはよく排除されていると推測できた。CD4数が減少した後に出現した5種のうち4種は存続期間が長くなっていた。 以上のことからAIDSに進行した患者では、まずランダムに変化しているNSIウイルスの中からより排除されにくいクローンが選択され、ウイルス量が増加する状況下で母体となるウイルス量も増加し、その中からSI genotypeが出現して病状の進行を促進させたと推論できた。 CD4数が急激に減少した時期は、SI genotypeが出現してからTK-2では少なくとも6ヵ月以上、TK-29では少なくとも1年以上経過した後であり、またウイルス量が詳細に検討できたTK-2ではウイルス量の増加が認められてから10ヵ月経過した後であった。RNA量と感染性ウイルスの比較検討が必要と考える。また効率よく排除されないNSI genotypeが長期にわたって存続している時期においてもSI genotypeはよく排除されており、病気の進行にともなったquasispeciesに対する免疫機構の詳細な解析は今後の一つの課題であると考える。 CD4数が急激に減少する前にSI genotypeが出現しその後ウイルス量が激しく増減したが、このウイルスの増減とSI genotypeの出現頻度の増減が連動していた。この様なウイルスの質的な変化と量的な変化が病気の進行に関わっていることが強く示唆される。 以上をまとめると次のことが明らかになった。 1)SI genotypeはAIDSに進行した患者からのみ検出されたが、CD4数が保持されている間に検出されたSI genotypeは短期間のうちに変化し同一SI genotypeの存続期間は短かった。CD4数が減少した時点で検出されたSI genotypeは変化せず長期間存続した。 2)解析した期間中に、無症候であった患者ではNSI genotypeのみが検出され、これらのクローンは経過を通じて次々と変化し同一クローンの存続期間は短かった。 AIDSに進行した患者ではNSI genotypeの変化は少なく同一クローンの存続期間は長かった。 3)ウイルス量の変動とSI genotypeの占める割合は相関する傾向にあった。 4)AIDSに進行した患者においてNSI genotypeからSI genotypeへと変化する経過が追跡され、このphnotypeの変化はもとになったNSI genotypeが優勢でありウイルス量が増えている時期に観察された。 以上のように血清中のウイルスクローンの経時的な変化から、無症候で経過している患者2名ではウイルスの排除機構は良く機能していることが明らかであった。 AIDSに進行した患者においては、患者の生体内で生存しやすいNSIウイルスが定着し、ウイルス量が増加している時期に、病状の進行に関与すると考えられているSI genotypeが定着したNSI genotypeを母体として初めて検出され、病状の進行を促進したと考えられた。 今後、NSI genotypeの存続期間がウイルス量の増加、病状の進行のマーカーになりうるかどうか検討を重ねてゆきたい。 |