本研究は動物細胞における主たるエネルギー源であるグルコースを細胞内に輸送するグルコース輸送体の各種のアイソフォームの機能を明らかにする目的で酵母Saccharomyces cerevisiaeを使っての異種発現系を新たに開発し、開発した系を用いて代表的なアイソフォームGlut1とGlut4のグルコース輸送の機能を比較、解析したものであり、下記の結果を得ている。 1.酵母Saccharomyces cerevisiaeの主要なグルコース輸送体を破壊した変異体を用いることにより内在性のグルコース輸送活性を無視できる値に抑えた。酵母での発現系を評価する目的で、動物細胞でこれまで知られている6種のアイソフォームのうち、唯一、グルコース輸送体として精製されているGlut1の発現をまず行った。酵母で発現したGlut1の活性と、ヒト赤血球の精製Glut1の活性を比較した。酵母で発現したGlut1はヒト赤血球Glut1と同じ比活性を持ち、種々の生化学的性質も両者で有意な差は認められなかった。 2.次に6種のアイソフォームのうち、細胞内の小胞に留まる性質を有するため、これまでの異種発現系ではその活性の詳細が調べられなかったGlut4を酵母の発現系で発現した。基質特異性、種々の阻害剤に対する感受性、2つの代表的な条件(zero-trans influx,equilibrium exchange)でのキネティクスを調べた。 3.Glut1とGlut4のグルコース輸送の様々の性質を比較したところ、SH阻害剤に対する感受性(Glut1は感受性、Glut4は非感受性)、キネティクス(Glut1ではtrans accelerationがみられるがGlut4ではみられない)に大きな相違が認められた。基質特異性、phloretin,phloridzin,cytochalasinBなどの阻害剤に対する感受性に有意な差はみられなかった。 4.Glut1、Glut4のアミノ酸配列から推定される立体構造を比較すると、Glut1は1個のexofacial Cys残基(Cys-429)を有するがGlut4にはない。Glut1のCys-429と対応する位置にあるGlut4のMet-455をCysに置換すると、他の糖輸送の性質は変わらないでSH感受性のみが増した。 5.Glut1とGlut4は同じGLUT familyに属しアミノ酸のレベルで65%の同一性を持ちながら、キネティクスの相違から両者の糖輸送の分子機序の詳細が異なることが明らかとなった。このことは、Glut1とGlut4はインスリン感受性組織で共に存在しても、その役割が異なることを示唆する。 以上本論文は酵母を使った発現系を開発することからラットGlut1とGlut4の糖輸送活性の相違点を明らかにし、インスリン感受性組織に分布し、共にインスリン刺激で細胞内から細胞膜へとトランスロケーションすることが知られている両者の生体内での役割分担の解明へ重要な貢献をした。また、本研究は、動物細胞のグルコース輸送体を活性のある形で大量生産の可能な酵母で発現できたことから、グルコース輸送体の精製、結晶化そして輸送機構の分子機序の解明へ極めて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |