1基礎的研究 塩酸リドカインを含む外用薬は、電気刺激のみによるJORおよびピンチによる侵害的機械刺激によって生じたJORの増大を同程度に抑制した。これに対し、アスピリン軟膏ではJORに有意な変化がみられず、侵害的機械刺激によるJORの増大のみが有意に抑制された。
リドカイン製剤がJORやJORの増大を同程度に抑制したことは、リドカインの神経遮断作用が塗布された部位に発現し、知覚、圧覚、痛覚の受容体すべての応答を非特異的に阻害したことによると考えられる。このため、味覚受容体の応答にも影響することが示唆され、ヒトの口腔で使用した場合では、鎮痛効果以外の副作用として味覚異常などが誘発される可能性が考えられた。
これに対し、アスピリン軟膏が侵害的機械刺激によるJORの増大部分のみを有意に抑制したことより、本剤がリドカイン製剤とは異なり、神経伝達を阻害することなく痛覚の応答による反応のみを選択的に抑制し得ると思われた。
また、アスピリンの局所投与によりJORの増大が有意に抑制されたことは、この増大がNSAIDsに抑制されうるプロスタグランジンなどの物質の働きによる痛覚の増感である可能性が示唆され、このことからも本法が1つの鎮痛試験として有用であると思われた。
局所麻酔薬や消炎鎮痛剤の外用薬の使用濃度については、0.5〜5%濃度の使用によって抗炎症・鎮痛効果がみられると報告されている。また、5%以上のサリチル酸をヒトの正常皮膚に用いた場合、角化作用や表皮剥脱作用があるとの報告もあり、アスピリン軟膏では5%未満の濃度が適当と思われた。基礎的研究の結果では、2%濃度のアスピリン軟膏によって5%濃度のものと有意差のない鎮痛効果が得られたため、口腔粘膜に使用する場合にはその濃度を2%とした。
2臨床的検討 アスピリンは、解熱・鎮痛薬として1日1〜3gが内服投与されるが、消化性潰瘍の誘発などの副作用があり、全身的大量投与が困難となることも従来より指摘されている。これに対して外用薬としてのアスピリン軟膏は、帯状疱疹後神経痛や慢性リウマチの疼痛に対して十分な鎮痛効果を示しており、アスピリンの局所投与は副作用防止の観点からも意義のあるものと思われる。
臨床では、難治性の口腔粘膜疾患などから疼痛が長期にわたる症例では、その疾患に対する不安感から癌恐怖症に至る場合も少なくない。
二重盲検試験の結果では、アスピリン軟膏の使用により塗布後20分以内に良好な鎮痛効果が得られ、効果の持続はおよそ3〜5時間であった。また、総合的な効果判定でも、ほぼ全例に有効以上の効果が認められた。このように、比較的早期に確実な鎮痛効果が得られたことは、患者の日常生活に対する影響のみならず、精神的負担の軽減という意味からも効果は大きいと考えられる。
初診時では、口腔粘膜疾患の疼痛による摂食障害(93.3%)、会話障害(56.6%)、睡眠障害(36.7%)を訴える患者が多くみられた。これに対して軟膏の使用から3日後の調査結果では、摂食障害(30.0%)、会話障害(10.0%)が軽度〜中等度にみられた者が存在したものの、全例において障害は明らかに改善されていた。
臨床では疼痛による摂食障害に対しては、各種の塩酸リドカイン製剤が使用されてきた。しかし、これらの鎮痛効果は持続性に乏しく、われわれの基礎的研究の結果においても、2%アスピリン軟膏の方が塩酸リドカイン製剤に比べて痛覚の応答を持続的に抑制し得た。また局所麻酔薬では、神経遮断作用による味覚異常などの副作用が生じる可能性も考えられる。
しかし、持続性の自発痛が著しく、数cmにおよぶ潰瘍を呈する症例では、初診時の軟膏塗布のみでは効果発現時間、効果持続時間ともに他の症例に比較して効果がやや劣っていた。このような比較的病巣の範囲が広い症例では、軟膏を患者自身に塗布させているため、病巣部を完全に被覆することができなかった可能性も考えられる。
本調査結果では、1日に使用するアスピリンの量は30mg程度と少量であり、本試験時においても、軟膏塗布後に口腔粘膜に異常を認めた症例、味覚異常やその他の不快症状を訴えた症例はみられず、また疾患の治癒日数に関しても、アスピリン軟膏群とプラセボ群との間に有意な差はみられなかった。
本軟膏の作用機序としては、基礎的研究の結果から、末梢の神経終末に存在する受容体のうち痛覚受容体の応答を選択的に抑制することによって鎮痛効果を現していると考えられる。しかし、比較的大きい潰瘍を呈し、著明な自発痛をともなう症例では良好な鎮痛効果がすぐには得られないこと、あるいは口腔粘膜付着時間の延長等の問題は今後の検討課題と思われる。
アスピリン軟膏による鎮痛療法は、有痛性の口腔粘膜疾患に対する対症療法である。このため副作用が少なく、より強い鎮痛効果が必要とされる。本軟膏は、従来報告されてきた外用薬と比較して、より即効的かつ持続的な鎮痛効果を示した。また、疼痛により生じる摂食障害、会話障害、睡眠障害などの各障害に対しても比較的早期にその改善が認められたことより、臨床において有用であると思われる。