学位論文要旨



No 213476
著者(漢字) 佐々木,司
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ツカサ
標題(和) 分裂病の連鎖研究 : 東部カナダの分裂病および関連疾患多発家系を用いた6番染色体短腕遺伝マーカーの解析
標題(洋) A linkage study of schizophrenia : evaluation of 6p markers in eastern Canadian multiplex families with schizophrenia and related disorders
報告番号 213476
報告番号 乙13476
学位授与日 1997.07.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13476号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 助教授 中安,信夫
 東京大学 講師 天野,直二
 東京大学 講師 福田,正人
内容要旨

 精神分裂病の発症に遺伝的要因が関与していることは双生児研究、家系研究などから明らかにされている。しかし、実際の遺伝様式は不明であり、これまでの連鎖研究、相関研究の結果では一貫した肯定的結果は得られていなかった。

 ところで最近、複数の研究グループが分裂病と6番染色体短腕(6p21-p24)との肯定的な連鎖を報告し注目を集めている。これらの報告は、同染色体部位における分裂病遺伝子の存在可能性を示唆するが、問題点も認められる。まず、連鎖の示唆された領域が研究グループにより少しずつ異なっており、全ての報告を併せると40cMにわたっている。さらに、連鎖の可能性を認めなかった研究グループもこれまで3つに及んでいる。また、仮に連鎖の報告が正しかったとしても、解析に用いた家系の規模が比較的小さいため、実際にどの家系が6番短腕と連鎖しているのかが明らかでない。したがって、さらに多くの家系での検討が必要とされている。

<方法>

 本研究では、白人の分裂病多発家系5家系を用いてこの6番染色体領域(6p21-p24)の解析を行った。これらの家系はカナダ太平洋岸の限られた地域(1つの島からなる州)より集められたもので、いずれもケルト人を先祖にもつ家系である。5家系全体で122人について罹患、非罹患を含めてDSM-III-Rで診断が検討されている。このうち36例が分裂病または分裂感情病と診断され、ほかに14例が分類不能の精神病、分裂病型人格障害、分裂病質人格障害または妄想性人格障害と診断された。なお、実際の遺伝子解析は122例中、DNAが収集された91例について行った。

 遺伝子マーカーとしては、同染色体領域の17の領域にある18のマイクロサテライトマーカー(二塩基、三塩基、または四塩基繰り返し配列)を用いた。このうち2つのマーカーは同じ遺伝子領域に存在するので、統計解析には2つのマーカーのハブロタイプを用いた。

 分裂病では遺伝様式が明らかでないため、統計解析にはパラメトリック法(従来のロッド値解析)とノンパラメトリック法の両方の解析方法を用いた。パラメトリック法では浸透率を70%とする常染色体優性遺伝と劣性遺伝の2つの様式を仮定して解析した。ノンパラメトリック法については、SAGEパッケージのSIBPALプログラムを用いてaffected sibpair解析を行った。罹患者の定義については、パラメトリック法、ノンパラメトリック法ともに、狭義(分裂病および分裂感情病)と広義(狭義の2疾患に上記の分裂病スペクトラムの疾患を加えたもの)の2つのカテゴリーについてそれそれ解析した。

<結果>

 5家系の全体でみると、パラメトリック法では、いずれの遺伝様式(優性または劣性、および狭義または広義)でも組み換え率=0の距離で正(0以上)のロッド値は全く認められず、ほとんどのマーカーで連鎖を否定するロッド値(=-2以下)が得られた。

 これに対してノンパラメトリック法(=affected sibpair解析)では狭義、広義のいずれの診断カテゴリーにおいても、複数の領域で注目に値するp値(0.03から<0.00005)が得られた。さらに、affected sibpair解析の結果を各家系ごとにみると、5家系のうち2つの家系(001および029)で高いp値(0.02から<0.00005)が認められた。

 このうち家系001については、マーカーD6S291に対して最も強い結果が得られた。しかし、周囲のマーカー(D6S105、MOG、TRMI-1)を合わせてハブロタイプを解析したところ、有意な結果は得られなかった。またD6S1006については、その正確な位置が明らかでないため、他のマーカーを含めたハブロタイプの解析は現段階では不可能であった。したがって、家系001の連鎖について結論を得ることは、現段階ではできなかった。

 一方、家系029では、領域D6S277を中心に5つのマーカーで高いp値(0.0003から<0.00005)が広義の診断カテゴリー下で得られた。また、これらのマーカーのハブロタイプでも同じレベルのp値が得られた。(なお、この家系では狭義の診断カテゴリーでは罹患者のsibpairが得られないため、狭義のカテゴリー下でのaffected sibpair解析は行っていない。)

 興味深いことにこの家系(029)では、パラメトリック法でも劣性遺伝において、D6S277で組み換え率=0の距離において比較的高いロッド値(=1.71)が得られた。また、D6S277と隣接するマーカー(D6S259またはF13A1)を用いたmultilocus linkage analysisでもD6S277(組み換え率=0の距離)に対して同じ劣性遺伝の様式下でそれぞれ1.85および1.43のロッド値が得られた。さらに、最適の遺伝様式を推定してロッド値を計算するmfreeプログラムを用いたところ、最大で約2.0のロッド値(multiple testingに対する補正なし)がD6S277周辺で得られた。

〈考察〉

 Affected sibpair解析で得られた上記のp値については、ゲノム全体の解析で多数のマーカーを検討したと仮定すべきであり、そのためのmultiple testingに対する補正が必要である。Lander,Eらの検討(Nature Genetics 1995)によれば、sibpair解析の場合には0.0007以下のp値は示唆的かつ学術的に報告すべきレベル(ロッド値1.9以上に相当)として、また0.00002以下のp値はsignificant(ロッド値で3.3以上に相当)なレベルとして考えられる。従って、家系029でD6S277を中心とする5つのマーカーについて得られたp値(0.0003から<0.00005)は、少なくともこの家系の分裂病とこの染色体領域の連鎖を示唆するレベルと考えられる。また同家系で同じD6S277に対して、比較的高いロッド値が得られたことも興味深い。

 このD6S277は、これまでの6p21-24領域における分裂病の連鎖研究で最も大規模で、かつ最も有意な結果の得られたStraubら(Nature Genetics 1995)の研究で示唆されたD6S296とほぼ同じ領域(1cM未満の距離)に296とほぼ同じ領域(1cM未満の距離)に存在することが明らかにされ存在することが明らかにされている。

 したがって、これまでの報告と併せて考えると本研究の結果は、罹患者数の規模の点などから慎重に解釈する必要はあるものの、分裂病多発家系の一部で6番染色体短腕領域との連鎖が存在する可能性を示唆するものと考えられる。

審査要旨

 本研究は分裂病の罹患に関連する遺伝子の解明を目的に、これまでの研究から候補領域として最も注目されている6番染色体短腕の遺伝マーカーの連鎖解析を行ったものである。対象には東部カナダの分裂病およびそれに関連する疾患を多発する比較的規模の大きい5家系を用い、ノンパラメトリック法(affected sibpair法、SAGEパッケージのSIBPALプログラムを使用して計算)および古典的パラメトリック法を用いて解析し、以下の結論を得ている。

 1.パラメトリック法で5家系全体を解析した結果では、優性遺伝、劣性遺伝のいずれの遺伝様式を想定しても、組み替え率=0の距離では、いずれのマーカーについても正のロッド値は得られず、ほとんどのマーカーで連鎖の否定を示唆する-2以下のロッド値が得られた。

 2.これに対してノンパラメトリック法では、複数のマーカーに対して注目に値するp値(<0.05)が5家系全体の解析で得られた。

 3.さらにノンパラメトリック法の結果を1つ1つの家系ごとにみると、5家系のうち2つ家系で高いp値(0.02から<0.00005)が複数のマーカーに対して得られた。

 4.特にこのうち1家系では、これまでの他のグループからの報告で最も注目される領域に位置するD6S277を中心とする5つのマーカーに対して高いp値(0.0003から<0.00005)が得られた。これらのp値は、本来ならゲノム全体にまたがるべき検定の多重性を考慮に入れても、連鎖の可能性を示唆するレベルであった。また、これらのマーカーのハプロタイプの解析でも、罹患者では同領域での組み替えは認められず、やはり連鎖を示唆する結果であった。さらにこの家系では、パラメトリック法を用いた解析でも連鎖を支持するロッド値(=1.7、劣性遺伝として想定)がD6S277に対して得られている。

 以上、本論文は分裂病罹患に関わる遺伝子の候補領域として注目される6番染色体短腕領域を解析し、同領域の分裂病への連鎖の可能性を支持する結果を示した。本研究では比較的規模の大きい家系を解析したため個々の家系ごとの検討が可能であり、遺伝的異種性の可能性が高い分裂病の中で同領域との連鎖が示唆される家系の特定が可能であった。これは従来の諸研究では得られなかった点である。以上より、本研究は連鎖解析による分裂病遺伝子の候補部位の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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