学位論文要旨



No 213478
著者(漢字) 佐伯,秀久
著者(英字)
著者(カナ) サエキ,ヒデヒサ
標題(和) アトピー性皮膚炎および尋常性乾癬におけるHLA遺伝子領域の解析
標題(洋)
報告番号 213478
報告番号 乙13478
学位授与日 1997.07.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13478号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 古江,増隆
 東京大学 講師 竹内,二士夫
内容要旨

 アトピー性皮膚炎と尋常性乾癬は、ともに免疫異常がその発症要因のひとつと考えられており、また、ともに近年患者数が増加している疾患であり、皮膚科領域では病因の解明と治療法および予防法の開発が切望される疾患である。アトピー性皮膚炎は、以前は年齢を経るに従って軽快、治癒することが多かったが、最近では成人しても皮疹が軽快しない症例や、成人してから新たに発症する症例なども増加している。また、皮膚科的あるいは医学的知識の裏付けのない民間療法なども流行しており、免疫学的な側面からの解明が急務な疾患であると言える。尋常性乾癬も以前は欧米諸国に比べて本邦では患者数が少なかったが、食生活の欧米化などにより本邦でも近年患者数が増加してきている。また、サイクロスポリンなどの免疫抑制剤が本疾患に著効を示すことが偶然見つかってから、免疫学的側面からの解析が重要視されるようになってきた。そこで本研究では、皮膚科領域で近年重要視されているアトピー性皮膚炎と尋常性乾癬という2疾患を取り上げて、抗原提示に重要な働きをしているHLA遺伝子領域の解析を試みることにした。

 ウィルス抗原や腫瘍抗原などの細胞内で合成される抗原は、HLAクラスI分子上に抗原提示され、CD8陽性T細胞により抗原として認識される。一方、細菌抗原や血中可溶性抗原などの細胞外に存在する抗原は、HLAクラスII分子上に抗原提示され、CD4陽性T細胞により抗原として認識される。アトピー性皮膚炎、尋常性乾癬ともに、皮膚にCD4陽性T細胞が多数浸潤していることが知られているので、CD4陽性T細胞への抗原提示に関与するHLAクラスII対立遺伝子の多型性の解析を最初に行なった。HLA遺伝子は高度の多型性を有するが、HLA分子上ではアミノ酸配列の違いとして反映される。またHLAクラスII分子上には、抗原ペプチドの側鎖を収容する5つのポケットが形成されていることが明らかとなった。そこで本研究では、HLA対立遺伝子頻度の違いのみでなく、ポケットを形成する部分の特定のアミノ酸にも注目して検討を行なった。なお、尋常性乾癬ではHLAクラスI分子特にHLA-C抗原との相関が知られているが、HLA-C抗原には血清学的に同定できない抗原が多く、また対立遺伝子レベルでの解析も今だ充分には行なわれていない。このため、HLA-C対立遺伝子の多型性の解析も合わせて試みた。

 最近、抗原ペプチドがHLA分子上に提示されるまでの、細胞内での抗原処理機構の解析が進み、この機構に関わる遺伝子もクローニングされてきている。HLAクラスI分子拘束性の抗原処理機構では、細胞内で断片化された抗原ペプチドは、TAP(transporter associated with antigen processing)分子により能動的に粗面小胞体内へと運ばれ、そこでHLAクラスI分子と結合した後細胞表面上に運ばれ、抗原として提示される。TAP遺伝子は遺伝子多型を示すことから、抗原ペプチドの選択に関わっていると想定されている。そこで尋常性乾癬では、TAP対立遺伝子の多型性の解析も行なった。

 アトピー性皮膚炎は強い痒みを伴い、掻破を繰り返すことによる苔癬化局面を特徴とする慢性の湿疹・皮膚炎である。本疾患は、皮疹の重症度、各種アレルゲンに対する抗体価などから考えると、発症要因は必ずしも均一ではないと想定される。そこで本研究では、アトピー性皮膚炎の発症に関与していると考えられているダニ抗原に対する特異的抗体を有し、かつ皮疹も重症であるアトピー性皮膚炎患者37名を解析対象とした。

 HLAクラスII対立遺伝子では、患者群でDRB11302-DQB10604のハプロタイプの増加を認めた(12% vs 3%,P<0.05)。なお、DRB11302とDQB10604は強いハプロタイプを形成しており、ともにその他のハプロタイプの形成には関与していない。そのため、DRB11302とDQB10604を比較した場合、どちらの増加が第一義的な意味を持っているかに関しては、機能的な解析などを加えないと判別できない。また、HLA-DR分子上で抗原ペプチドの結合に関与するアミノ酸に注目した場合、鎖13番目のSer(Ser13)と鎖71番目のGlu(Glu71)が患者群で増加していた(Ser13;49% vs 23%,P<0.05,Glu71;27% vs 6%,P<0.05)。なお、Ser13は第4、第6ポケットの、Glu71は第4、第7ポケットの形成に関与している(図1)。但し、これらの相関は調べた対立遺伝子数あるいはアミノ酸数を掛けてP値を補正すると(corrected P:Pc)、有意差は消失した。今回の解析で有意な相関が得られなかった理由として、アトピー性皮膚炎の発症に関与するアレルゲンおよびそのT細胞エピトープが多数存在する可能性が考えられた。

 尋常性乾癬は、炎症と表皮細胞増殖により特徴づけられる難治性の炎症性角化異常症である。本研究では、東大病院皮膚科外来を通院中の尋常性乾癬患者85名を解析対象とした。また、尋常性乾癬患者も、発症年齢や家族歴の有無などの点で、必ずしも均一な集団とは言えない。そこで、発症年齢や家族歴などにも注目して、HLA対立遺伝子との相関を解析した。

 HLAクラスII対立遺伝子では、患者群でDRB11502-DQB10601のハプロタイプの増加を認めた(21% vs 12%,P<0.05)。DRB11502は他のDQB1対立遺伝子とはハプロタイプを形成しないが、DQB10601はDRB10803とも強いハプロタイプを形成している。しかし、DRB10803-DQB10601のハプロタイプは、患者群と対照群で有意差は認められなかった。したがって、DRB11502とDQB10601を比較した場合、DRB11502の増加が第一義的なものと考えられた。また、家族歴のある群ではDRB11502との有意な相関が認められた(44% vs 12%,P<0.005,Pc<0.05)。DRB11502を有する尋常性乾癬患者では、家族に同症が発症する可能性も考えられるため、家族に対しても注意深く皮疹の観察をする必要があると思われた。また、HLA-DR分子上で抗原ペプチドの結合に関与するアミノ酸にも注目して解析を行なったが、患者群と対照群で有意差は認められなかった。

 HLAクラスII対立遺伝子頻度をアトピー性皮膚炎患者(AD)と尋常性乾癬患者(PsV)で比較検討すると、DRB11302で有意差が認められた(AD14%vsPsV 2%、P<0.001,Pc<0.05)。一般にアトピー性皮膚炎では、皮膚に浸潤しているCD4陽性T細胞はTh2細胞が主体なのに対して、尋常性乾癬ではTh1細胞が主体であると言われている。この点では両疾患は対照的であり、実際両疾患を合併したとの報告はほとんどみられていない。DRB11302と結合する抗原ペプチドのT細胞エピトープがTh2細胞を活性化しやすい可能性などが考えられるが、この点に関してはまだ充分には解明されておらず、今後の解析が必要である。

 HLA-C対立遺伝子では、30歳未満の若年発症の尋常性乾癬患者において、Cw0602およびCw0704の増加を認めた(Cw0602;11% vs 1%,P<0.01,Cw0704;11% vs 1%,P<0.01)。HLA-C分子上では、6つのペプチド結合ポケットの存在が知られている。HLA-C分子上で抗原ぺプチドの結合に関与するアミノ酸に注目した場合、若年発症群で9番目のAsp(Asp9)との有意な相関が確認された(Asp9;65% vs 31%,P<0.005,Pc<0.05)。なお、Asp9はBおよびCポケットの形成に関与している(図2)。

 TAP遺伝子と尋常性乾癬の相関に関しては、最近Hohlerらが、若年発症の尋常性乾癬患者において、TAP1Aの増加をHLA遺伝子とは独立した相関として報告している。本研究での尋常性乾癬患者では、TAP2Eの減少が認められた(4% vs 11%,P<0.05)。なお、若年発症群と非若年発症群ではTAP対立遺伝子頻度に有意差は認められなかった。一般日本人集団では、DRB10901-DQB10303-TAP2E-TAP1Bのハプロタイプの形成が認められている。今回の解析では、DRB10901-DQB10303のハプロタイプは、患者群と対照群で有意差は認められないので、患者群におけるTAP2Eの減少は、HLAとは独立した相関であると考えられた。但し、この相関も調べた対立遺伝子数を掛けてP値を補正すると有意差は消失した。

 TAP2E対立遺伝子は、TAP2A、CおよびDと同様、687番目コドンがTAGと終止コドンになっており、687番目コドンがCAGでGluをコードする対立遺伝子(TAP2B、F、GおよびH)に比べて、アミノ酸で17個短い分子となっている。本研究ではTAP2Eが患者群で減少していたので、687番目コドンの対立遺伝子頻度を検討したが、Glu(患者36%、対照35%)、終止コドン(患者64%、対照65%)の頻度に、患者群と対照群で有意差は認められなかった。TAP2Eが患者群で減少していた意味合いについては、TAP分子の機能の詳細な解析を含めて、今後更なる検討が必要である。

 HLA対立遺伝子の解析法の進展、HLA分子上のペプチド結合部位の解明、抗原ペプチドのHLA分子への結合様式や抗原処理機構の解析などを通じて、今後、皮膚臨床医学の分野においても、疾患の発症機序の解明へと進むものと期待される。

図1.HLA-DR分子の立体構造とペプチド結合ポケット図2.HLA-C分子の立体構造とペプチド結合ポケット
審査要旨

 本研究は、皮膚科領域で近年重要視されているアトピー性皮膚炎と尋常性乾癬という2疾患を取り上げて、抗原提示に重要な働きをしているHLA遺伝子領域の解析を試みたものである。患者群は、ダニ抗原に対する特異的抗体を有するアトピー性皮膚炎患者37名と、尋常性乾癬患者85名であり、健常人52名を対照群とした。患者のゲノムDNAを用いて、両疾患ともにHLAクラスII対立遺伝子(DRB1、DQB1、DPB1)の多型性の解析を行なった。また、尋常性乾癬に関しては、HLA-C対立遺伝子および細胞内での抗原処理機構に関与しているTAP(transporter associated with antigen processing)対立遺伝子の多型性の解析も併せて試みており、下記の結果を得ている。

 1.アトピー性皮膚炎では、患者群でDRB11302-DQB10604のハプロタイプの増加を認めた(12% vs 3%,P<0.05)。また、HLA-DR分子上で抗原ペプチドの結合に関与するアミノ酸に注目した場合、鎖13番目のSer(Ser13)と鎖71番目のGlu(Glu71)が患者群で増加していた(Ser13;49% vs 23%,P<0.05,Glu71;27% vs 6%,P<0.05)。但し、これらの相関は調べた対立遺伝子数あるいはアミノ酸数を掛けてP値を補正すると(corrected P:Pc)、有意差は消失した。今回の解析で有意な相関が得られなかった理由として、アトピー性皮膚炎の発症に関与するアレルゲンおよびそのT細胞エピトープが多数存在する可能性が考えられた。

 2.尋常性乾癬におけるHLAクラスII対立遺伝子の解析では、家族歴のある群においてDRB11502との有意な相関が認められた(44% vs 12%,P<0.005,Pc<0.05)。また、HLAクラスII対立遺伝子頻度をアトピー性皮膚炎患者(AD)と尋常性乾癬患者(PsV)で比較すると、DRB11302で有意差が認められた(AD 14% vs PsV 2%,P<0.001,Pc<0.05)。一般に、アトピー性皮膚炎では皮膚に浸潤しているCD4陽性T細胞はTh2細胞が主体なのに対して、尋常性乾癬ではTh1細胞が主体であると言われている。この点で両疾患は対照的であり、DRB11302で有意差が認められたのは興味ある所見と考えられた。

 3.尋常性乾癬におけるHLA-C対立遺伝子の解析では、30歳未満の若年発症の尋常性乾癬患者において、Cw0602およびCw0704の増加を認めたが(Cw0602;11% vs 1%,P<0.01,Pc>0.05,Cw0704;11% vs 1%,P<0.01,Pc>0.05)、有意差をもつには至らなかった。但し、HLA-C分子上で抗原ペプチドの結合に関与するアミノ酸に注目した場合、若年発症群で9番目のAsp(Asp9)との有意な相関が確認された(Asp9;65% vs 31%,P<0.005,Pc<0.05)。

 4.尋常性乾癬におけるTAP対立遺伝子の解析では、TAP2Eの減少が認められたが(4% vs 11%,P<0.05,Pc>0.05)、有意差をもつには至らなかった。

 5.本研究では、PCR(polymerase chain reaction)-RFLP(restriction fragment length polymorphism)法を用いて対立遺伝子の解析を行なったが、認識塩基配列が存在しない部位では、mismatch-PCR-RFLP法を新たに導入して解析を行なった。その結果、日本人で初めてDQB10609の対立遺伝子が同定された。また、HLA-C対立遺伝子の解析に際しては、新たにAciIという制限酵素を用いたことにより、従来のPCR-RFLP法では区別のできなかったCw1402とCw1403の区別が可能になった。

 以上、本論文は、これまで充分には解明されていなかったアトピー性皮膚炎および尋常性乾癬におけるHLA遺伝子領域の解析により、新たに相関のみられる対立遺伝子を明らかにした。本研究は、両疾患の発症機序における、HLA分子の役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク