学位論文要旨



No 213479
著者(漢字) 竹田,扇
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,セン
標題(和) 神経細胞に於ける細胞骨格蛋白の動態
標題(洋) Dynamics of Neuronal Cytoskeletal Proteins
報告番号 213479
報告番号 乙13479
学位授与日 1997.07.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13479号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 金井,克光
内容要旨

 神経細胞の内部には微小管、ニューロフィラメント、アクチン線維の蛋白からなる細胞骨格が構築されている。このうちニューロフィラメントは神経軸索の基本的な支持体として存在し、これは分子量の異なるL蛋白(分子量68kD)、M蛋白(同150kD),H蛋白(同200kD)という三種類の蛋白質から構成されている。此等の蛋白質が神経細胞体で合成されてから、如何様にして軸索へ運搬されこれが既存ニューロフィラメントへ組み込まれるか、更には一度組み込まれたニューロフィラメント蛋白がどのような動きをするかということはこれまで明らかにされていなかった。本論の第一部においては、マウスの後根神経節細胞を用いてニューロフィラメントH及びLサブユニットの動態を解析した。この結果ニューロフィラメント蛋白はポリマーではなくオリゴマーの形で運搬されていること、H蛋白はL蛋白に較べてかなり速くターンオーバーしていることが判った。微小管は、神経細胞の軸索輸送と密接な関係を有し、微小管に依って形成された軌道の上をキネシンやダイニンといったモーター蛋白が動くということが示唆されている。微小管それ自体はチュブリンと呼ばれる分子量55kDの蛋白質がヘテロダイマーを作りこれが重合して出来ている。このチュブリン分子が軸索に運ばれる際、オリゴマーの形をとるのか、ポリマーであるのかは長く議論の的となるところであり、培養細胞のレベルでは種々の点で議論の硬直状態を招いていた。本論の第二部に於いては、ゼブラフィッシュを用いて生体内でのチュブリン分子の動態を検討し、生体内でのチュブリンの輸送形態がオリゴマー或いはヘテロダイマーであることを明らかにした。

1.後根神経節細胞に於けるニューロフィラメントH蛋白の動態

 神経細胞に於ける中間径線維であるニューロフィラメントのうち、Lサブユニットはフィラメントの中心に位置し、MサブユニットとHサブユニットがその周辺に重合し、ほかのニューロフィラメントと架橋を形成することがしられていた。そこで、私はニューロフィラメントの各サブユニットのトポロジカルな差異がその動態に反映されるであろうと推測し実験をおこなった。

 8週齢のマウスから取り出した初代培養後根神経節細胞にフルオレセインで標識したニューロフィラメントH蛋白を微量注入し、これらが細胞内在のニューロフィラメントに取り込まれ細胞全体が蛍光を発するようになるのを待って488nmのアルゴンレーザーで巾2m程の印を付けた(photobleaching)。この印をその後約1時間に渡って観察すると消退していた蛍光は徐々に回復し約45分でほぼphotobleaching前のレベルに回復した。蛍光が最初の50%にまで回復するのに要する時間をrecovery half time(T1/2)として30例に就いて算出すると約19分であった。更にこの印は観察中、成長円錐側或いは神経細胞体側のいずれの方向にも動かなかった。同様の実験をニューロフィラメントL蛋白に就いて行うと消退した部分は動かなかったが、T1/2は約34分でありHサブユニットに較べて明らかに遅かった。また、神経細胞中で特定のニューロフィラメントのサブユニットが微量注入に依って増え、これがstoichiometricな平衡を乱しHサブユニットのターンオーバーを見かけ上速めた可能性が考えられたので、蛍光ラベルしたH蛋白とラベルしていないL蛋白を、1:4のモル比で混合し同様の実験を試みた。この実験系12例のT1/2の平均は約18分であり、H蛋白とL蛋白で見られたT1/2の差はニューロフィラメントの表層にあってターンオーバーしやすいHサブユニット固有の性質に依るものであると考えられた。

 次に、ビオチン標識したニューロフィラメントHを培養後根神経節細胞に微量注入し、抗ビオチン抗体、金コロイド二次抗体を用いてH蛋白の既存ニューロフィラメントへ取り込まれる様子を観察した。微量注入後1,13,21時間毎に細胞を固定しH蛋白の取り込みパタンを観察したが、取り込みはニューロフィラメント上のランダムな多数の箇所で起こり、ポリマーが入った様子や特定の部位への嗜好性はみとめられなかった。このことは、先の蛍光消退部分が不動であった事と合わせてニューロフィラメント構成蛋白質がポリマーではなくオリゴマーとして軸索内を運搬されているということを示している。

2.ゼブラフィッシュ神経細胞in situでのチュブリン分子の動態

 遅い軸索輸送で運ばれる細胞骨格蛋白質の輸送形態に就いての議論は全て培養細胞でのものであった。そこで私は次に生きた個体中で、而も軸索が伸展している条件下で蛍光消退回復法(FRAP)が出来る脊椎動物としてゼブラフィッシュに注目した。この動物は発生初期には透明であり蛍光色素を使う実験には適している。また体節当たりの神経細胞数も少なく各々の細胞に就いての記載もよくなされており使いやすい。

 まずこの系では培養細胞とは異なるエネルギーレベルのレーザー照射を行うので、photodamageの評価から行った。16〜32細胞期のゼブラフィッシュ胚にフルオレセインで標識したチュブリンを微量注入し、28.5℃で約24時間発生させた後、運動神経細胞の軸索でphotobleachingを行った。約2時間後に固定し電子顕微鏡用の処理を施しその超薄切片を観察し微細形態レベルでPhotodamageの認められないレーザー出力を決定し、この値の範囲内で以後の実験を行った。約2000個の受精卵に微量注入を行うとその2〜3%がきれいな輪郭を有した神経細胞をもっており、発生24時間後で成長円錐が追いやすい位置にあるRohon-Beard cell(RB cell)に就いてその伸びを測定した。成長円錐の伸展速度は約30m/hrであり文献からの推定値に一致した。

 蛍光消退回復法(FRAP)は合計36の個体に就いて運動神経細胞、感覚神経細胞の双方で行った。何れの場合でも印の位置は変化せず時間と共にゆっくりと蛍光の回復が見られた。第一部で算出した方法と同様の仕方でT1/2を計算すると今回は約44分であり、これは培養細胞系での報告例とほぼ同じであった。このことから今まで培養細胞系で支持されてきた、細胞骨格蛋白の輸送形態がオリゴマーであるという仮説が本論のin situでの神経細胞でも確認できた。

審査要旨

 本研究は神経細胞に於いてその特徴ある形態と機能を維持する上で重要な働きをしていると考えられる細胞骨格の動態の解析を行っている。特に、神経軸索の主要な構成成分になっている微小管とニューロフィラメントが如何様な形態、即ちpolymer或いはsubunitとして運ばれるのかという未だ解決されていない問題に取り組んでいる。ここでは実験系として、培養神経細胞と硬骨魚類の神経細胞をin situで用い、これに蛍光消退回復法(FRAP)を組み合わせて以下のような結果を得ている。

 1.マウス培養後根神経節細胞に蛍光色素で標識したニューロフィラメントH蛋白を微量注入し、光っている軸索にレーザーを当ててその一部をphotobleachすると、その部分はrecovery half time 20分前後で徐々に回復した。bleach部分はどの方向にも動かず大多数のpolymerは軸索内に於いてstationaryであることが解った。このことから、軸索輸送時のニューロフィラメントの形態はsubunitであろうことが示唆された。また同じ処方で蛍光ラベルをしたニューロフィラメントL蛋白で同様の実験を行い蛍光回復の時間をH蛋白と比較すると、L蛋白は約40分のrecovery half timeで局所に於いてpolymerと入れ替わっていることが解った。このことは、ニューロフィラメントのpolymerにおけるH、L各々の立体的配置を反映したものと考えられ、これは電子顕微鏡を用いた過去のデータとも一致していた。

 2.ビオチンで標識したニューロフィラメントH蛋白を微量注入后、1,3,13,22時間後に細胞を固定し免疫電顕法によって、金コロイドの付いた抗体で注入されたニューロフィラメントHの動態を解析した。如何なる時間、視野に於いても金コロイドの取り込まれ方はspottyで、enmasse或いはen blocとして取り込まれている所見は得られなかった。このことは、先の結果と併せて軸索輸送時のニューロフィラメントの形態がpolymerではなくsubunitであることを強く示唆している。

 3.ゼブラフィシュの16〜32細胞期卵の割球に蛍光色素でラベルをしたチュブリン分子を微量注入し、24時間後にこれを取り込んで蛍光を発している神経細胞軸索にFRAPを行った。軸索を伸展中の脊髄運動神経或いはRohon-Beard細胞の何れにおいてもbleachした位置は動かず、recovery half time約45分で蛍光を回復した。このことからtubulinの軸索輸送時の形態はpolymerではなくoligomer/heterodimerであることが強く支持された。

 以上、本論文は二つの系を用いた実験から軸索輸送時に於ける細胞骨格蛋白の形を明らかにした。特に、個体の中でin situで解析を行った実験は本報が初めてであり、培養細胞の違いに因って生じていた従来までの結果を統合し、長年の論争に新たな区切りをつけた点に於いて極めて重要であり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク