本研究は神経細胞に於いてその特徴ある形態と機能を維持する上で重要な働きをしていると考えられる細胞骨格の動態の解析を行っている。特に、神経軸索の主要な構成成分になっている微小管とニューロフィラメントが如何様な形態、即ちpolymer或いはsubunitとして運ばれるのかという未だ解決されていない問題に取り組んでいる。ここでは実験系として、培養神経細胞と硬骨魚類の神経細胞をin situで用い、これに蛍光消退回復法(FRAP)を組み合わせて以下のような結果を得ている。 1.マウス培養後根神経節細胞に蛍光色素で標識したニューロフィラメントH蛋白を微量注入し、光っている軸索にレーザーを当ててその一部をphotobleachすると、その部分はrecovery half time 20分前後で徐々に回復した。bleach部分はどの方向にも動かず大多数のpolymerは軸索内に於いてstationaryであることが解った。このことから、軸索輸送時のニューロフィラメントの形態はsubunitであろうことが示唆された。また同じ処方で蛍光ラベルをしたニューロフィラメントL蛋白で同様の実験を行い蛍光回復の時間をH蛋白と比較すると、L蛋白は約40分のrecovery half timeで局所に於いてpolymerと入れ替わっていることが解った。このことは、ニューロフィラメントのpolymerにおけるH、L各々の立体的配置を反映したものと考えられ、これは電子顕微鏡を用いた過去のデータとも一致していた。 2.ビオチンで標識したニューロフィラメントH蛋白を微量注入后、1,3,13,22時間後に細胞を固定し免疫電顕法によって、金コロイドの付いた抗体で注入されたニューロフィラメントHの動態を解析した。如何なる時間、視野に於いても金コロイドの取り込まれ方はspottyで、enmasse或いはen blocとして取り込まれている所見は得られなかった。このことは、先の結果と併せて軸索輸送時のニューロフィラメントの形態がpolymerではなくsubunitであることを強く示唆している。 3.ゼブラフィシュの16〜32細胞期卵の割球に蛍光色素でラベルをしたチュブリン分子を微量注入し、24時間後にこれを取り込んで蛍光を発している神経細胞軸索にFRAPを行った。軸索を伸展中の脊髄運動神経或いはRohon-Beard細胞の何れにおいてもbleachした位置は動かず、recovery half time約45分で蛍光を回復した。このことからtubulinの軸索輸送時の形態はpolymerではなくoligomer/heterodimerであることが強く支持された。 以上、本論文は二つの系を用いた実験から軸索輸送時に於ける細胞骨格蛋白の形を明らかにした。特に、個体の中でin situで解析を行った実験は本報が初めてであり、培養細胞の違いに因って生じていた従来までの結果を統合し、長年の論争に新たな区切りをつけた点に於いて極めて重要であり、学位の授与に値するものと考えられる。 |