学位論文要旨



No 213481
著者(漢字) 吉川,雅英
著者(英字)
著者(カナ) キッカワ,マサヒデ
標題(和) キネシン分子モーターの構造面からの解析
標題(洋) Structural Studies of Kinesin Molecular Motor
報告番号 213481
報告番号 乙13481
学位授与日 1997.07.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13481号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正充
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 金井,克光
内容要旨 I.introductionA.キネシンの役割

 1.神経細胞の軸索内に代表されるように、細胞内では物質は単なる拡散現象だけで運ばれているのではなく、モーター分子をがactiveに物質輸送していることが明らかとなってきている。このモーター分子の中でもキネシンを初めとするそのスーパーファミリー蛋白(KIFs)には、非常に多種類の蛋白質があり、それぞれが異なった働きをしているのではないかと考えられる。しかし、そのような多様な分子ではあるが、実際のモーター活性を持っているドメインは分子間で非常に良く保存されており、その活性機序の理解は非常に重要であると考えられてきている。

B.キネシンの構造

 1.キネシンはkinesin heavy chain,kineisn light chainがヘテロに結合したダンベルの様な形をした分子である。このうち、N末端に340アミノ酸からなるKIFsに共通のモータードメインを有している。このモータードメインはATPの加水分解によって得られるエネルギーを使うことで、そのトラックである微小管の上を微小管のプラス端に向かって動いていく。

C.微小管の構造

 1.微小管はの2種類のお互いに非常に良く似たチュブリン分子が重合することでできる直径22nm程度の管状のポリマーである。チュブリン分子は、まずチュブリンが1つずつでダイマーを形成し、それが縦に連なって、プロトフィラメントを作り、プロトフィラメントが13本束になって微小管となっている。微小管内では、チュブリンモノマーはを区別しなければ、一回りでチュブリンモノマー3つ分上がるような構造になっている。

II.キネシンのトラックである微小管上の継ぎ目(seam line)の存在を明らかにする。A.方法1.キネシンのモータードメインの大量発現

 a)まず、キネシンのモータードメイン(キネシン頭部)が微小管の表面を密に覆うことができるように、モータードメインのみを大腸菌を使うことで大量に発現した。

2.急速凍結ディープエッチ法による微小管・キネシン頭部複合体の観察

 a)次に、キネシン頭部を微小管の表面に結合させ、急速凍結ディープエッチ法によって、微小管・キネシン頭部複合体の構造を電子顕微鏡で観察した。

B.結果1.微小管上の継ぎ目

 a)生化学的なデータと合わせることで、キネシンが微小管上のチュブリンにのみ結合することが明らかとなり、微小管単体ではわからなかった、微小管上でのチュブリンの配列が明らかとなった。つまり、今までは、その存在を予想されてはいたが、直接観察されていなかった、微小管上の継ぎ目が観察されたのである。また、この微小管の継ぎ目は、in vivoでも観察されたことから、試験管内で重合させたことによるアーティファクトではなく、本来微小管の持っている性質であることが示された。

図表
C.議論

 1.以上の結果から、微小管は上の図のモデルに示すような継ぎ目を持った構造であることが明らかになった。またこれによって、キネシンは微小管のプロトフィラメントとプロトフィラメントの間に結合しているのではなく、プロトフィラメント1本1本に結合していることも示唆された。

III.クライオ電子顕微鏡によるキネシン-微小管の三次元構造の解析A.方法1.cryo-EM

 a)これによって、微小管上でのキネシンの配列が明らかになったので、この情報をもとに微小管とキネシンモータードメインの複合体の3次元構造を解析することにした。観察方法としては、クライオ電子顕微鏡という無染色で、蛋白そのものを主に位相コントラストで写真にとる方法を用いた。電子顕微鏡も、この位相コントラストが十分に観察できるように、電子銃に電解放射型のものを用いた。

 b)我々は微小管・キネシン複合体の写真の中から、プロトフィラメントの本数が10本のものを選び出した。さきに示したように、普通の微小管は13本のプロトフィラメントを持っており、このために継ぎ目が生じてしまうが、プロトフィラメント10本のものは、この継ぎ目が無い。

2.helical reconstruction

 a)そこで得られた画像を、螺旋対象性をつかってFourier-Bessel変換を用いた画像解析に掛けることで、キネシン微小管複合体の3次元像を得ることに成功した。

B.結果と議論図表

 2.上の図(左が微小管、右がキネシン微小管複合体)に示すように微小管のプロトフィラメントの外側は長軸方向にスムーズである。

 3.右側のキネシン微小管複合体の3次元像から、キネシンは微小管の1本のプロトフィラメントに結合しているであろうことが示唆されていたが、この実験により、キネシンは微小管のプロトフィラメントの土手の部分に結合していることが明らかとなった。キネシンが微小管のプロトフィラメントに沿って運動することが以前からわかっていたので、これから、微小管上の土手の部分がキネシンの通り道になっているのではないかということが示唆された。

IV.ヌクレオチド依存性のキネシンの構造変化A.方法

 1.キネシンの実際の動きのメカニズムを解明するためにはキネシンがATPを分解する過程でどのような構造変化を起こすのかを観察しなければならない。このATPを分解する過程を模倣する意味で、いろいろなヌクレオチドの存在下で、微小管キネシン頭部複合体の構造を、クライオ電子顕微鏡で観察した。ヌクレオチドとしてはAMP-PNP,ADP+フッ化アルミニウム、ADP+りん酸、ADPを用いて観察を行った。

B.結果図表

 2.上の図に示すように、キネシン頭部の構造は、AMP-PNP及びADP/AIFの場合と、ADP/Pi及びADPの場合で大きく異なったものになった。前者はstrong bindingの状態に相当し、後者はweak bindingの状態に相当すると考えられる。

C.議論

 1.この結果は、やはり生体内の分子モーターであるミオシンと比べると大きく異なった結果である。つまり、ミオシンの場合ではweak bindingではそのトラックから離れて電子顕微鏡では観察できなくなってしまうが、キネシンの場合ではweak bindingに相当する場合でも、微小管の周辺に存在しているのである。このことが、1分子でも輸送することのできるキネシンの性質を支えているのではないかと考えられる。

 2.X線結晶解析によって、キネシン頭部のADP結合型の形は球状の形であることが既にわかっている。今回のADP/Pi及びADPの場合の像は、それとは異なって、微小管のプロトフィラメントに沿って、縦に伸びた形となっている。電子顕微鏡の画像から、得られる像は必然的に多くのキネシンの像の平均像であるので、今回の像の解釈としては、キネシン頭部自体が構造変化を起こしているのではなく、weak binding stateになると、微小管上のプロトフィラメントに沿っていればいろいろなところに結合できるようになることを示唆しているのではないかと考えられる。例えば、strong bindingの状態であれば、チュブリンにのみ結合するが、weak bindingではチュブリンにも結合するようであれば、今回の像はうまく説明することができる。

 3.以上の実験結果から、キネシン頭部の微小管への結合の仕方の変化によって動きが説明できるのではないかと考えられるが、実際にどのように動いているかについては更なる研究が必要である。

審査要旨

 本研究は、このキネシン・モーター分子がATPを加水分解して得られたエネルギーを、どのように力学的なエネルギーに変えるのかを明らかにすることを目的として、電子顕微鏡によって、そのレールである微小管との相互作用を構造の面から解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 I.キネシンのモータードメイン(頭部)を大腸菌によって大量発現した。このキネシン頭部が微小管のチュブリンにのみ結合するという性質を利用して、微小管のチュブリンの配列を急速凍結ディープエッチ法で観察した。これにより、長年予想はされていたものの、実際に存在が確かではなかった、微小管上のシームライン(継ぎ目)の存在を明らかにした。この結果は、キネシン頭部が微小管のプロトフィラメント1本に結合していることを示唆するものである。

 II.また、このシームラインは、試験管内で再構成された微小管のみに存在するのではなく、生体内の微小管にも存在することを、キネシン頭部を小脳の微小管に結合させることで明らかにしている。

 III.このシームラインがあることによってキネシン頭部-微小管複合体の3次元の構造がらせん対称性を使って解析できないことが明らかとなった。これに対し、第2部では、微小管の多形性を利用し、通常の13pfの微小管を使わず、10pfの微小管を使うことで、らせん対称性を使った画像解析の手法を使用可能にしている。キネシン-微小管複合体のクライオ電子顕微鏡で取った写真を、らせん対称性を使って画像解析した結果、キネシン頭部は、プロトフィラメントの1本1本に結合していた。キネシンは微小管プロトフィラメントの土手の部分に結合しており、そこがキネシンの通り道になっていることを示唆している。

 IV.第3部では、この手法を応用して、AMP-PNP,ADP+フッ化アルミニウム、ADP+りん酸、ADPの4種類のヌクレオチド存在下におけるキネシンの構造を観察している。前2者と、後2者がそれぞれ、strong binding,weak bindingに相当するのに合致して、大きく異なった構造であることが観察された。

 以上、本論文は1.微小管の構造、2.キネシンモータードメイン-微小管複合体の構造、3.ヌクレオチド存在下のキネシンモータードメイン-微小管複合体の構造変化、という一連の流れによって、クライオ電子顕微鏡による構造面からの解析の基礎を築いたものである。これにより、本研究はキネシンのモーター活性の仕組みの解明に非常に重要な貢献をしており、学位の授与に値するものである。

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