本論文は、黒潮及びその隣接海域において有用魚類の主要餌料生物であるマクロ動物プランクトンの組成とその生物量の分布パターンを黒潮の流軸変動など海洋物理学的変動と対応させて研究したものである。 第1章の緒論では、黒潮海域を中心とするプランクトンの分布及び生物量に関するこれまでの研究の総説を行い、マクロ動物プランクトンについて、黒潮の流軸変動に対する種組成、分布様式及び現存量がどのような変化をするか、また、黒潮前線域におけるプランクトンの微細分布構造が黒潮流軸の短期変動に対応してどのように変化するかなど水産上重要な知見がないことを指摘し、それらを明らかにすることを本論文の目的としている。 第2章では、黒潮の流軸パターンがC型(蛇行・違州灘沖冷水型)であった1971年、N型(直進型)であった1972年、A型(大蛇行・熊野灘沖冷水塊型)の1977年に大規模なプランクトン採集調査に基づくケーススタディを行い、マクロ動物プランクトンの主要構成群であるカイアシ類、オキアミ類、ヤムシ類、サルパ類の割合の変化、湿重量と個体数の水平分布様式、種組成の変化のパターンを分析している。得られた知見の要点を各動物群及び黒潮流軸の変動パターン別に示すと以下のようになる。 <カイアシ類> N型時(直進期):カイアシ類の黒潮性種はC、A型時に比べ黒潮海域だけでなく沿岸水域にも出現する。沿岸性種のParacalanus parvusは拡散せず沿岸水域において個体数密度を増加する。 A型時(大蛇行期):Calanus sinicusの分布量は増加する可能性が高く、A型時の場合Centropages abdominalis、Acartia omoriiの接沿岸性種は伊豆海嶺以北の沿岸水域に多く出現する。 C型時(蛇行期):A型期同様、黒潮内側縁辺域でCalanus sinicusはパッチ状の分布を形成し、分布量はN型時に比べ多くなる。また、親潮性カイアシ類はC型流路の場合、その他の流型に比べ犬吠埼以南の海域に出現する可能性が高い。 <オキアミ類> 採集方法によるためオキアミ類の多くは幼生期が多く、黒潮流路による分布の特徴は充分に把握できなかった。しかし、沿岸性のEuphausia nanaが沿岸水域に分布し黒潮の蛇行期には、より沖合に分布すること、Euphausia similisが沿岸水域〜黒潮海域に広く分布すること、Thysanoessa物プランクトンの出現様式を検討し、内部波周期により中・深層性のプランクトンが0〜150m層に補給されることを明らかにしている。その結果をまとめれば、東支那海の大陸棚縁辺域の1定点で36時間における2時間間隔のSTD、係留系による潮流計の測定から、12時間を周期とする内部潮汐波が認められ、黒潮とは異なる南〜南西の10cm/secの中層流が認められた。マクロ動物プランクトンの全沈澱量、湿重量は中層流が西向流時に増加、南流時に減少することが認められ、また、中層性11種のカイアシ類とSagitta lyraの出現量は表層混合層の厚さと同周期で変化した。 第5章では、黒潮流の日レベルでの短期変動とマクロ動物プランクトン生物量とその種組成の変化との関係を1980年4月の2隻の調査船による同時採集による房総沖でのケーススタディにより明らかにしている。調査の行われた6日間において黒潮流路は約20浬離岸した。黒潮の離岸にともないカイアシ類、尾虫類は個体数密度の増加するのに対し、ヤムシ類は減少することが認められた。主要沿岸性カイアシ類のParacalanus parvus、Acartia omorii、ヤムシ類のSagitta nagaeは黒潮の離岸にともない増加傾向を、黒潮性種のSagitta enflata、S.pacifica、Pterosagitta dracoは減少傾向を認めた。これらの減少は黒潮の離岸に伴う沿岸水域の拡大により、それら沿岸性種が移流した結果であることを推定した。また、Noctiluca miliaris、Salpa fusiformisは黒潮の離岸に伴う表面水温20℃の海域に出現量のピークが認められ、黒潮の沖合移動に対応した分布量の変化を示した。この現象は黒潮による収束作用であることを推論した。表面水温別個体数密度では沿岸性種は14〜17℃でピークを示し、それ以下でも以上でも減少し、黒潮性種は19℃で分布量は急激に増加し、20〜21℃においてピークを示した。 以上要するに、本研究は、黒潮海域という広大なフィールドにおいて有用魚の主要餌料動物プランクトン及び仔魚を捕食する動物プランクトンの分布様式、分布密度の変動を黒潮流軸の変動など海洋物理変動と関連づけて解析したもので、黒潮域における漁業資源の管理・予測の応用面で多大な貢献をなしたものと判断される。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |