学位論文要旨



No 213490
著者(漢字) 海老原,充
著者(英字)
著者(カナ) エビハラ,ミツル
標題(和) ヒトおよびマウスLPC遺伝子のクローニングと遺伝子構造解析
標題(洋)
報告番号 213490
報告番号 乙13490
学位授与日 1997.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13490号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 東條,英昭
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 東京大学 助教授 塩田,邦郎
内容要旨

 ヒト染色体11q23は、白血病細胞において転座のホットスポットとなることが知られている。近年の研究により、この転座には11q23にマップされるHRX遺伝子が関与していることが示唆されている。現在までの11q23が関与している転座の研究によって、HRXと他の染色体上の遺伝子がinframeに融合し、その結果として融合タンパク質を形成していることが明らかになっている。これらの融合遺伝子が、白血病の発症にどのように関与しているのか、詳細は明らかになっていないが、融合するパートナー遺伝子の多くがDNA結合能をもつ遺伝子であることから、他の遺伝子の発現レベルや組織特異性が変化することが原因と推測されている。

 一方、他の腫瘍細胞においても11q23が関与した転座が観察されることが知られている。non-Hodgkin’sリンパ腫細胞を解析したところ、細胞遺伝学的に11q23が関与した転座t(11;14)が起っていることが明らかになった。そこで、この領域をさらに詳しく解析したところ、これまで白血病細胞で報告されていたHRX遺伝子が関与した転座とはまったく違う遺伝子部位が転座に関与していることが明らかになった。詳細な解析の結果、この遺伝子は、subtilisin-like proteaseファミリーに属する遺伝子で、タンパク質の成熟化に関与していることが示唆された。

 これまで、subtilisin-like proteaseファミリーに属する哺乳類の遺伝子は、6種類知られている。Furin、PC1/3、PC2、PC4、PACE4、PC5/6である。これらのsubtilisin-like proteasesは、ペプチドホルモン・神経ペプチド・成長因子・膜結合型成長因子レセプター・血液凝固因子・細胞接着因子・ウイルスのエンペロープの糖タンパク質などのプロセシングを行うことが示唆されている。これらのプロセッシングを受けるタンパク質は、一般に調節タンパク質(regulatory protein)と呼ばれている。

 subtilisin-like proteaseによって切断される部位に見られるアミノ酸配列は、Lys-Argが約47%、Arg-Argが22%、Lys-Lys/Arg-Lysが3%、1塩基性アミノ酸のみが14%、4つ以上の塩基性アミノ酸が9%となっている。

 さて、これらのsubtilisin-like proteaseの基本構造は次のようになっている。N末端から、pre領域(シグナルペプチド)、pro領域、catalytic domain、middle domain(P domain)、そしてそれぞれのsubtilisin-like proteaseによって異なるC末端領域である。pre領域は、分泌タンパク質などに共通に見られる配列であり、ER内で、シグナルペプチダーゼにより切断される(pre領域が切断されたタンパク質をproproteinと呼ぶ)。その後、proprotein内のpro領域が切断されて、成熟したsubtilisin-like proteaseとなる。

 この論文で報告する新しいsubtilisin-like proteaseのメンバーであるLPC(Lymphoma proprotein convertase;PC7)は、哺乳類で見つかった7番目のメンバーである。ヒトLPC遺伝子は、t(11;14)転座のブレークポイントを含むDNA断片に見つかった遺伝子であり、その3’non-coding領域内にbreakpointが存在していることが明らかになった。したがって、今まで白血病細胞で報告された11q23が関与しているTRX遺伝子が関与する転座とメカニズムが異なることが示唆された。

 そこで、ヒトLPC遺伝子cDNAをクローニングすると共に、ヒトLPC染色体DNAおよびマウスLPC cDNA、染色体DNAをクローニングして、遺伝子構造を解析した。その結果、エクソン・イントロン構造は、ヒトとマウス間で非常に良く保存されていることがわかった。その構造を図1に示す。

図1 ヒトおよびマウスLPC遺伝子の構造。

 また、ヒト、マウスLPC cDNAの塩基配列とアミノ酸配列をsubtilisin-like proteaseの他のメンバーと比較した結果、LPC遺伝子は、酵素活性に必要なcatalytic domain以外は、他のどのメンバーともかなり異なり、subtilisin-like proteaseの中の独特なサブファミリーを形成していることが示唆された。

 ノザンブロットによる解析の結果、LPCは、furinやPACE4と同様に広く多くの組織で発現していることが明らかになった。この結果は、プロモーター領域の解析によって得た結果、すなわちhouse keeping geneに見られるSp1、NF1、AP2がプロモーター領域に見つかったことと一致する。また、脳特異的な発現を示すPC1/3やPC2のプロモーター領域に見られるGRも見いだされており、glucocorticoidによって誘導されうることも示唆された。

 さらに、染色体構造を解析した結果、ヒトLPC遺伝子には少なくとも3’末端のエクソン13から17領域がduplicateしていることが示唆された。詳しく解析すると、duplicateしているヒトLPCのうち、一つは正常なエクソン1から17を保持していたが、もう一方はエクソン1から12までが欠失していることが明らかになった。さらに、エクソン1から12までが欠失したLPCのエクソン17の3’non-coding領域は欠失し、そこにL1およびAlu配列がみつかった。この2つのLPCは、ヒトのみで観察され、マウスでは見られなかった。以下に2つのヒトのLPC遺伝子の染色体構造を示す。この2つのLPCは、同じ染色体のかなり近傍に位置すると考えられるが、染色体上の順番および向きは明らかではない(図2)。

図2 ヒトLPC遺伝子の染色体構造

 このLPC遺伝子がリンパ腫の発症に関与しているかどうかは不明であるが、LPC遺伝子を過剰発現、あるいはLPC遺伝子をknockoutしたマウスを作製することによって、LPCとリンパ腫の関連および、リンパ系細胞の分化への関与が明らかにされることが考えられる。

審査要旨

 ヒト染色体11q23は、白血病細胞において転座のホットスポットとなることが知られている。近年の研究により、この転座には11q23にマップされるHRX遺伝子が関与していることが示唆されている。すなわち、HRXと他の染色体上の遺伝子がinframeに融合し、その結果として融合タンパク質を形成していることが明らかになっており、これらが白血病の発症に関与している可能性が示されている。一方、他の腫瘍細胞においても11q23が関与した転座が観察されることが、最近知られてきている。例えば、non-Hodgkin’sリンパ腫細胞では、細胞遺伝学的に11q23が関与した転座t(11;14)が起っていることが明らかとなっている。本論文は、この領域をさらに詳しく解析し、白血病細胞で報告されていたHRX遺伝子とは異なる染色体部位が転座に関与しており、この転座に関与する遺伝子は、新しいsubtilisin-like proteaseファミリーに属する遺伝子であることを報告したものであり、4章からなる。

 緒論で、研究背景を述べた後、non-Hodgin’sリンパ腫細胞における転座位置と転座に関与する遺伝子を決定している。その結果、t(11;14)転座のブレークポイントを含むDNA断片に見つかった遺伝子は、新しいsubtilisin-like proteaseのメンバーであるLPC(Lymphoma proprotein convertase;PC7)であり、その3’non-coding領域内にブレークポイントが存在していることが明らかになった。したがって、このリンパ腫は、今まで白血病細胞で報告されたHRX遺伝子転座が関与する白血病とは異なる発症メカニズムであることが示された。続いて、LPCの生理的意義を解明するために、ヒトLPC遺伝子cDNAをクローニングすると同時に、ヒトLPC染色体DNA、マウスLPC cDNAおよび染色体DNAをクローニングし、それぞれの遺伝子構造を比較解析した。その結果、これらのエクソン・イントロン構造は、ヒトとマウス間で非常に良く保存されていることがわかった。これまで、subtilisin-like proteaseファミリーに属する哺乳類の遺伝子として、furin、PC1/3、PC2、PC4、PACE4、PC5/6の6種類が知られており、これらがコードするsubtilisin-like proteasesは、ペプチドホルモン・神経ペプチド・成長因子・膜結合型成長因子レセプター・血液凝固因子・細胞接着因子・ウイルスのエンベロープの糖タンパク質などのプロセシングを行う可能性が考えられている。ヒトおよびマウスLPC cDNAの塩基配列とアミノ酸配列をsubtilisin-like proteaseの他のメンバーと比較した結果、LPCは、酵素活性に必要なcatalytic domain以外は、他のどのメンバーともかなり異なり、subtilisin-like protease中の独特なサブファミリーを形成していることが明らかとなった。また、LPCの臓器分布を調べたところ、LPC遺伝子の発現が、furinやPACE4と同様に多くの組織で観察され、この結果は、LPC遺伝子のプロモーター領域に、house-keeping geneに頻繁に見られるSp1、NF1、AP2配列が存在することとよく一致していた。さらに、ヒトLPC遺伝子で、少なくとも3’末端のエクソン13から17領域がduplicateしていることを発見し、duplicateしているヒトLPCのうち、一つは正常なエクソン1から17を保持していたが、もう一方はエクソン1から12までが欠失していることが明らかになった。さらに、エクソン1から12までが欠失したLPCのエクソン17の3’non-coding領域は欠失しており、そこにL1およびAlu配列がみつかった。この2つのLPC遺伝子の存在は、ヒトのみで観察されたが、その生理的意義の解明は、今後の課題である。これらの一連の結果より、LPC遺伝子がリンパ腫の発症に直接関与していると結論できないが、転座によりイムノグロブリンH鎖のEエンハンサーがLPC遺伝子近傍に来るため、LPC遺伝子が過剰発現し、その結果、蛋白質の正常なプロセッシングが阻害されることがリンパ腫発症の一因であると考察している。

 以上、本研究において、リンパ腫の新しい発症メカニズムについて有用な知見がえられ、学術上・応用上貢献するところが、少なくない。したがって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51054