木材は植物体により形成されたものなので、その複雑な組織構造のため破壊機構が複雑であり、また、節等の欠陥を含み、強度性能がばらつくので工業材料として信頼性が低い。アコースティック・エミッション(以下AEと略す)は材料内の亀裂の形成や進展などに伴って発生する弾性波で、各種材料の破壊過程の解明、破壊のクライテリアの推測、工業製品や構造部材の欠陥検出や強度推定のための材料評価に応用されている。そこで、本論文では、木材の破壊メカニズムの解明への応用と、木質材料の強度評価のための非破壊検査への応用の観点から、AEの特性を調べ、さらに、木材のAEグレーディングシステムの開発、木材接着部の強度評価、合板の接着不良の検出システムの開発などの目的で実験を行い、木材・木質材料の信頼性向上のためのAEの適用を模索し、その応用の可能性を検討した。 第二章においては、木材の基礎的な破壊試験から発生するAE特性について検討した。2.2節ではスギ材の静的圧縮、静的引張、静的引張繰返し、および引張疲労等の異なる強度試験において検出されるAEの特徴について検討した。また、2.3節では、スギ材の引張試験において発生するAEについて破壊力学を用いてその発生メカニズムについて考察し、破壊機構解明や破壊強度の推定へAE計測の応用について検討した。 スギ材を用いて、木材の荷重様式の異なる強度試験、すなわち、繊維方向の静的圧縮、静的引張、静的引張繰返し、および引張疲労試験において発生するAEの特徴について検討し、次のような結果を得た。 (1)静的圧縮試験においては、塑性変形にともなって突発型AEが発生した。 (2)静的引張試験においては、比較的低い応力からも突発型AEの発生がみられ、応力の増加にともない発生率が増加した。 (3)10回の静的引張繰返し試験では、AE事象総数は繰返し回数が増すごとに減少した。これは、Kaiser効果によるものと考えられる。 (4)繰返し速度20Hzの疲労試験においては、peak load AE、opening AE、closure AEおよび連続型AEが観測された。peak load AE、opening AE、closure AEの発生率の合計は、繰返し回数が増すとともに増加し、破壊間際では1サイクルあたり約100カウントであった。負荷応力が比例限度以下であると推定される試験片においては、peak load AEは検出されなかった。 また、スギ材を用いて、木材の縦引張試験におけるAEと破壊強度との関係について検討し、さらに、そのAEの特徴について破壊力学的な考察を行い、次のような結果を得た。 (1)任意の応力まで負荷したときのAE事象総数は、破壊強度と高い負の相関関係にあることが認められ、強度の推定に有効である。 (2)AE事象総数は応力の2乗に比例し、これは線形破壊力学の小規模降伏の概念を用いて求めた関係に一致する。 (3)検出したAEはゆっくりと増加するslow AEと急に発生するrapid AEに分類できる。Slow AEは木材中にもともと含まれているミクロなクラックの開口によって発生し、rapid AEは木材の破壊の過程で現れる延性的な性質に対応すると考えられる。 第三章においては、木材グレーディングへのAEの応用を模索した。3.2節ではスギ材およびエゾマツ材の小試験片の曲げ試験を行い、AE特性を圧縮や引張試験と比較し検討した。また、節やもめなどの欠陥を含むエゾマツの曲げ試験を行い、これらの欠陥のAEによる検出と強度評価の可能性を調べた。3.3節では、節を含むスギ材の曲げ試験から発生するAE特性を調べ、ヤング率とAE指標による強度評価について検討した。さらに、3.4節では、ローラ型AEセンサーを取り付けた3点曲げ自動送りストレスグレーディングマシンを試作し、ベイマツ2×4材のAEを測定し、節や目切れ等の欠陥検出や強度評価について、ヤング率測定とAE測定を併用した木材AEグレーディングの実用性について検討した。 スギ材およびエゾマツ材の無欠陥材の小試験片による曲げ強度試験の結果発生したAE事象数は、200以下で引張や圧縮試験で発生するAEよりも極端に少なかった。また、節およびもめ等の欠陥を含む小試験片の曲げ試験では、AEが小さな荷重から多量に発生した。特に、無欠陥材と同程度の比重やヤング率のもめ材は肉眼では検出しにくいので、AEによる検出が期待できる。AE事象総数について荷重の2乗による回帰を行ったときの回帰係数は節およびもめ等の欠陥の評価に有効であった。 また、節を含むスギ小試験片の曲げ強度試験の結果、ヤング率と破壊強度との間にある程度の相関関係が認められるが、ばらつきが大きく材料評価に関しては十分とはいえない。AE事象総数と荷重の2乗との回帰係数をAEの指標とした場合、破壊強度の26%程度の負荷までのAE指標は破壊強度とは負の相関性が認められ、また、節径比とも相関性が認められた。ヤング率は材料内の公称的平均的材質を示し、AEは材料内の局部的な応力集中を示すので、節径比に代わる欠陥の評価法として利用が可能で、材料の平均的材質を示すヤング率と併用することにより信頼性の高い強度評価が期待できる。 3×8cm断面のベイマツ材の節等の欠陥検出および強度評価にAEを適用するため、自動送り3点曲げ試験機にローラー型AEセンサーを取り付け、AEグレーディングマシンを試作した。節や目切れ部分でAEの発生が認められ、AEによる欠陥検出が可能であることが分かった。ヤング率は破壊強度とある程度相関関係があった。また、欠陥部の強度評価という点では、節径比よりもAEの方が優れており、AE計数率が120以上の材は、400kgf/cm2以下の破壊強度であった。したがって、ヤング率測定とAEの欠陥評価の併用により信頼性の高い木材AEグレーディングが可能であることが分かった。 第四章においては、木材接着の強度試験で発生するAE特性を調べ、さらに、合板の接着不良検出のためのAE試験機の実用性を検討した。4.2節では、レゾルシノール・フェノール共縮合接着剤で直交型と平行型の2種類の引張せん断試験を行い、AE発生特性を調べた。その際、硬化剤量不足、圧締圧不足、テフロンシート挿入などにより接着不良を起こさせ、木材接着のAEによる評価について検討した。4.3節では、テフロンシート挿入による接着不良合板の曲げ試験を行い、AEの発生特性を調べた。さらに、4.4節では、2台の実大合板用のAE試験機を試作し、テフロンシート挿入合板、および、実際の接着不良を含むフローリング合板製品の検査を行い、接着不良の検出と評価の可能性について検討した。 レゾルシノール木材接着部の欠陥検出、強度推定のための試験法へのAEの応用を検討するために、直交型、平行型の2種類の引張せん断試験片を作製し、硬化剤不足、圧締不足、テフロンシート挿入等の接着不良を起こさせ、AEによる接着不良の検出の可能性について検討した。接着不良試験片は一般に破壊強度が低く、低い荷重から比較的多くAEが発生した。さらに、標準試験片の破壊荷重の1/2程度までのAE事象総数と荷重の2乗との回帰係数は、破壊荷重とは負の相関関係が認められ、強度の推定へのAEの応用が可能であることが分かった。また、面外せん断がかかる接着層においては、接着層にかかるモーメントの2乗とAE事象総数の回帰係数をAE指標にすることにより、接着力の評価ができることが分かった。 AEを用いて、工場内で合板の接着不良を検出するための非破壊試験機を開発することを目的とし、テフロンシートを挿入し故意に製造した欠陥合板から発生するAEについて調べた。スパン280mmの4点曲げ試験時に発生するAEは、300kHzのハイパスフィルターを介することによって、比例限度以降の合板の破壊によるAEのみを検出することができた。また、合板に任意の曲げたわみを与えた場合、圧縮側にある接着不良やトンネルなどの欠陥をAEによって検出することが可能であることが分かった。 自動送りの910×1820mm合板用AE試験機を試作し、テフロンシートを挿入した3層合板を検査した結果、接着不良部にローラー型センサーが接触しているときに顕著なAE発生が認められた。また、300×1820mmフローリング合板用AE試験機を試作し、工場の製造工程で発生した接着不良を含む欠陥製品の検査を行った結果、接着不良部がローラー型センサーを通過する際に多量のAEが検出された。この時のAE計数総数と接着不良部分の長さとの間に相関関係が認められ、AEによる合板の欠陥検出の実用性、さらに、接着部の評価の可能性があることが分かった。 |