パルプ及び紙の膨潤特性は、各種機能を付与した紙を製造するうえできわめて重要な特性であるにもかかわらず、未だに不明の点が数多く残っている。本研究では高次構造体としてパルプ及び紙を考えた場合の膨潤特性について、検討を行い、紙の場合の巨視的な構造変化からセルロースの水酸基のアクセシビリティやカルボキシル基の影響などのセルロース分子レベルでの微視的な問題まで扱い、膨潤現象とそれとは相反する現象であると考えられる角質化の解明を試みた。さらに、機械的手段のみで木材パルプのフィブリル化を著しく促進させた微細フィブリル化セルロース(MFC)の特異な膨潤及び吸着特性を検討した。 紙の膨潤については、新しい吸液試験器を使用して紙の液体吸収に伴う膨潤による構造変化を厚みの変化や寸法変化ばかりでなく、空隙構造の変化及び紙を構成するパルプ繊維の形態変化から検討した。 その結果、新しい液体吸収測定器を改良することで紙の吸水量、吸油量の時間変化を直接測定することが可能となり、紙への吸水現象と吸油現象を比較することで、吸液に伴う膨潤は、未サイズ紙の場合、吸水の初期段階でその大半が発生し、その後もゆっくりとした膨潤による吸水が進行することを確認した。また、紙への吸液量に対する坪量及び叩解の影響から、吸液量は紙の空隙構造に大きく依存することが明らかになった。 さらに、紙への吸水量、吸油量及び紙の保水値から求めた繊維間空隙体積の増加量と叩解度の関係は、乾燥状態の繊維間空隙(吸油量)との関係と同様に叩解が進むに従って減少し、特に広葉樹パルプの場合、その絶対量も非常に近い値であることがわかった。 次に膨潤状態を凍結乾燥法で保存し、水銀圧入法及びSEMによる観察で膨潤による紙層構造の変化について検討した。その結果から、膨潤により厚さは顕著に増加し、増加率はいずれの叩解度においても約1.5であった。SEM写真の観察から、この厚みの増加は主として繊維間空隙の拡大によって起こることがわかった。 また、膨潤による繊維間空隙の増加量は高叩解度のシートほど少なく、これは叩解によって切れにくい繊維間結合が増加して空隙への水の浸入を抑制するためであると考えられた。この結果は、吸液測定から計算によって求めた結果と良く一致していた。このことから凍結乾燥法によれば膨潤によって拡大した繊維間空隙構造をかなり保存できることがわかった。 膨潤試料の細孔径分布曲線は元の試料の分布曲線とほぼ同じ形状であるが、孔径の大きい方にシフトすることが確認できた。SEM写真を原画として画像処理法を利用した検討では、繊維及び空隙断面積の量的な傾向を示すことができた。 紙及びパルプの再膨潤能力については、セルロース分子レベルから考察を行い、アクセシビリティの測定から安定な水素結合の形性を推察し、さらにはパルプ中に存在するわずかなカルボキシル基の影響も検討した。具体的な方法としてパルプの保水値測定を紙に適応することによって紙を形成するパルプ繊維の再膨潤能力を評価した。紙の保水値測定の最適条件を調査し、遠心力3000Gで15分処理することによって得られる保水値は、紙の再膨潤性を特徴づける値として見なせることを確認した。測定された保水値は、平衡含水率や比表面積と比較して、抄紙時の叩解、クーチ、プレス、乾燥における紙の再膨潤能力に対する影響を、敏感かつ明快に評価できることがわかった。さらに、保水値の減少またはパルプ繊維の水素結合形成は、抄紙過程のプレスや乾燥時、繊維飽和点以下になってはじめて発生することを確認した。 このように紙の保水値の変化はセルロースの水素結合などのセルロース分子レベルの変化を反映していることが示唆された。そこで、熱処理または加熱蒸気処理することによる紙の再膨潤能力の変化を紙の保水値測定を適応することによって評価した。この結果、同じ温度であれば単なる熱処理よりも加熱蒸気処理の方が保水値の減少が大きいことを確認した。この原因について検討を行い、処理された木材パルプの結晶構造解析を行ったところ、結晶構造は何ら変化していないことがわかった。そこで、紙を形成するパルプ中の水酸基のアクセシビリティを重水素で水酸基を置換してその置換度をNMRで測定した結果、加熱蒸気処理の方が単なる熱処理よりもアクセシビリティが減少していることが確認できた。このことから、セルロースおよびヘミセルロースに存在する非結晶領域での安定な水素結合形成が保水値の減少に関係していることを推定した。 さらに、パルプ中に存在するカルボキシル基の影響を、カルボキシル基をメチルエステル化した後、保水値を測定することで評価した。この結果、カルボキシル基も保水値の減少には大きく関与し、安定な水素結合形成に影響を与えるのと同時にカルボキシル基がプロトン型であるか、イオン型であるかによっても保水値は大きく変化することを確認した。 パルプの膨潤現象と吸着現象との関係を解明するため、膨潤したパルプ中に存在する微細な空隙構造を溶質排除法で評価し、染料吸着との関係について考察した。溶質排除法で最も重要である糖溶液の濃度測定に旋光度を適用されることによって精度及び再現性に優れる測定を行うことができた。水によるパルプ膨潤は大きく分けて機械的処理による膨潤と化学的処理による膨潤があり、両者の膨潤挙動を微細孔構造という観点から比較するため、叩解処理、アルカリ処理、セルラーゼ系酵素処理などで膨潤させたパルプを使用した。繊維の部分的構造破壊を伴う叩解による膨潤パルプとヘミセルロースなどの部分的溶解を伴うアルカリ処理による膨潤パルプの微細孔分布は明瞭に異なっていた。叩解処理によって、直径10〜270Åの範囲の空隙量が増加する傾向が観察され、アルカリ処理では直径10〜36Åの空隙の増加が著しいことが確認できた。この空隙量の変化と染料吸着量の変化の関係を検討した結果、アルカリ処理パルプの場合は、直径12Å以上の空隙量と染料吸着量の間には高い相関があったが、叩解処理の場合は、わずかな叩解によって染料吸着量が著しく増加することを確認した。このことからパルプ繊維への染料吸着量は、そのパルプの持っている空隙の大きさや量が依存するが、叩解のような機械的に作られた空隙とアルカリ処理のような化学的に作られた空隙とはその吸着挙動が異なることが示唆された。 さらに、機械的手段のみでセルロース繊維のフィブリル化を著しく促進させた微細フィブリル化セルロース(MFC)の膨潤及び吸着挙動について検討した。その結果、水に分散させた状態で膨潤しているMFCの特異な構造は、数平均繊維長と保水値によって特徴づけられることを確認した。MFCをウエットエンドで紙料に添加することにより、ワイヤー上での濾水性の制御が可能となり、填料歩留り、染料歩留り、および引張り強さが向上することが明らかになった。このような抄紙系でのウエットエンド添加剤としてのMFCの利点は、その大きな比表面積と、シート中でのパルプ繊維間でのミクロなネットワーク形成が原因であることを推定した。 また、MFCの製造法の検討を行い、各種粉砕機及び分散機による木材パルプからのMFCの製造を試みた。製造されたMFCの評価には、主に数平均繊維長と保水値を使用した。この結果、融砕機(スーパーグラインデル)を使用することによって目的とするMFCが効率的に製造することが可能であり、処理方法を工夫することによっては、国内にある既存のMFCよりもさらに微細で膨潤能力の大きい超微細化も可能であることが確認できた。 融砕機は粉砕物を2枚のグラインダーですりつぶすような装置であり、この装置によってセルロースのミクロフィブリル化が行える理由は、グラインダーを構成する細かい砥粒によって、すり合わせ部にミクロな突出部が形成され、この突出部がすり合わせ面のいたるところに存在するため、1回の処理で非常に多くの剪断力をパルプ繊維が受けるためであると推察している。 さらに、製紙用添加剤としてのMFCの利用について検討した。特に融砕機を使用してMFCを製造した場合のメリットである、各種材料を同時に微細化できる点や高圧ホモジナイザー法よりもさらに微細化できる点などを生かして検討を行った。その結果、填料含有紙への利用、染色紙への利用、印刷用紙への利用、エンボス模様紙への利用、すき入れ紙への利用などで有効であることを確認した。 |