学位論文要旨



No 213496
著者(漢字) 林,俊次
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,シュンジ
標題(和) アクリル系粘着剤の粘着特性に及ぼすタッキファイヤーの影響
標題(洋)
報告番号 213496
報告番号 乙13496
学位授与日 1997.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13496号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水町,浩
 東京大学 教授 佐分,義正
 東京大学 助教授 小野,擴邦
 東京大学 助教授 空閑,重則
 森林総合研究所 複合化研究室長 秦野,恭典
内容要旨

 粘着剤は、ガムとタッキファイヤーとのブレンド系からなるにもかかわらず、その相溶性、相図についての系統的な検討はほとんど行われてこなかった。わずかに報告されている研究例では、相溶系・非相溶系という分類に着目しているため、タッキファイヤーを系統的に選択して粘着剤を系統的にブレンドし、それらに基づいて相図を系統的に作成するという観点には立っていなかった。また、相図について明らかにしなければならない系が数多くあった。そこで、本研究では、ロジン系タッキファイヤーのかさ高さに着目して、ロジン系タッキファイヤーを系統的に分類し、アクリル共重合体とロジン系タッキファイヤーとのブレンドから成るアクリル系粘着剤について90例の相図を作成し、相溶性にこついて考察した。ロジン系タッキファイヤーを3種類に分類し(共役2重結合を有する未変性のロジン系、水素化ロジン系、不均化ロジン系)、さらにそれらのエステル化物のアルコール成分のかさ高さによってタッキファイヤーを分類し(かさ高さ:ノンエステルタイプ<メタノール<エタノール<2-エチルヘキサノール<ジエチレングリコール<グリセロール<ペンタエリスリトール)、その性質およびアクリル共重合体とのブレンド物の相溶性を明らかにした。

 その結果、タッキファイヤーの成分であるアルコールがかさ高くなるほど、タッキファイヤーの軟化点、Tg、酸価、分子量は増加することがわかった。また、タッキファイヤーの成分であるアルコールがかさ高くなるほど、アクリル共重合体とタッキファイヤーとのブレンド系のTgは高くなることがわかった。また、アクリル共重合体とロジンとのブレンド系、アクリル共重合体と水素化ロジンとのブレンド系、およびアクリル共重合体と不均化ロジンとのブレンド系はいずれも、タッキファイヤーがかさ高くなるほど(タッキファイヤーのTgが高くなるほど、ブレンドのTgが高くなるほど)相溶の範囲は狭くなることがわかった。

 一方、アクリル共重合体とノンエステルタイプとのブレンド系は、タッキファイヤー自身の性質、ブレンドのTg、および相図のいずれも特異的傾向を示すことがわかった。つまり、ノンエステルタイプのタッキファイヤーはエステルタイプに比べてかさ高さは小さいにもかかわらず、必ずしもTgが最も低く、相溶の範囲が最も広いというわけではなかった。これはフリーのカルボキシル基に由来するものと推定される。

 一方、粘着剤の相図と粘着特性との関係を論じた研究についても過去にはほとんど見あたらなかった。そこで本研究では、アクリル系粘着剤を相溶系と非相溶系とに分けて、そのはく離強さの温度・速度依存性、転がり摩擦係数の速度依存性、およびプローブタックの破壊エネルギーの温度・速度依存性について検討した。また、はく離強さの温度・速度依存性に関連して破壊形態の観察も行った。

 その結果、はく離強さ、転がり摩擦係数、およびプローブタックの破壊エネルギーのいずれも、粘着剤の相溶性の違いに大きく影響を受けることがわかった。

 相溶系のアクリル系粘着剤は、タッキファイヤー濃度の増加によってガラス転移温度が上昇し、はく離強さ、転がり摩擦係数、およびプローブタックの破壊エネルギーに、粘弾性が反映していることを確認した。一方、非相溶系のアクリル系粘着剤は、タッキファイヤーを配合しても粘着剤のマトリックス相のガラス転移温度や粘弾性がほとんど変化せず、タッキファイヤーから成る分散相がある種のフィラーのような役割を果たしていることを示唆する結果が得られた。

 相溶系のアクリル系粘着剤では、タッキファイヤー濃度が増加するとともにはく離強さの合成曲線は低速域へシフトすることがわかった。非相溶系のアクリル系粘着剤では、タッキファイヤー濃度が増加しても、はく離強さの合成曲線の速度軸に沿ったシフトはなかった。また、タッキファイヤー成分を増加しても、ピーク付近の領域を除いてその絶対値の変化は認められなかった。

 相溶系のアクリル系粘着剤の転がり摩擦係数の曲線は、タッキファイヤー濃度が増加するとともに低速域へシフトすることがわかった。非相溶系のアクリル系粘着剤の転がり摩擦係数の曲線は、タッキファイヤーを混合しても速度軸に沿ったシフトはなかった。また、タッキファイヤー濃度の増加とともに、高速域でその絶対値が低下することがわかった。

 相溶系のプローブタックの破壊エネルギーの合成曲線は、引きはがし速度Vpeakでピークを有する上に凸の曲線を示し、タッキファイヤーの増加とともにVpeakは速度軸に沿って低速側へシフトし、ピークの絶対値は小さくなることがわかった。

 非相溶系のプローブタックの破壊エネルギーの合成曲線は、タッキファイヤーを加えても速度軸に沿ったシフトはなく、その絶対値のみが低下することがわかった。

 粘着剤の粘着特性の測定は規格に基づく狭い条件(速度、温度、荷重など)のものが多く、そこから導かれた経験則には科学的意義付けを明確にしにくいことが多い。そこで本研究では、アクリル共重合体とロジン系タッキファイヤー(水素化ロジン、不均化ロジン、未変性ロジン)から成る粘着剤ついて、粘着特性を広い測定条件(温度、速度、荷重など)で測定した。さらに、相図と粘着特性とを関連させて総合的に考察した。

 その結果、相溶系の場合、タッキファイヤーがかさ高くなるほど粘着剤のTgが上昇し、バルクの粘弾性(貯蔵弾性率、損失弾性率)は高温低周波数側へシフトし、はく離強さの曲線、プローブタックの曲線は速度軸に沿って低速側へシフトすることがわかった。また、荷重oをせん断クリープ破壊時間tbの対数に対してプロットした曲線は、tb軸に沿って長時間側へシフトすることがわかった。一方、非相溶系の場合は、タッキファイヤーを加えてもバルクの粘弾性は変化せず、粘着特性の曲線(はく離強さ、プローブタック、保持力)は、タッキファイヤーを含まないアクリル共重合体を基準として、時間軸に沿ってシフトしないことがわかった。

 一方、フリーのカルボキシル基を有するノンエステルタイプのタッキファイヤーをブレンドした系は、粘着特性も、相図と同様に特異的な傾向を示すことがわかった。つまり、ノンエステルタイプのタッキファイヤーはエステルタイプに比べて、かさ高さは小さいにもかかわらず、必ずしも粘着特性の曲線のシフトの程度が最も小さいというわけではなかった。これはフリーのカルボキシル基に由来するものと推定される。

 また、顕微鏡的にみて相分離系であるにもかかわらず、1つのTgを示し、はく離強さとプローブタックの曲線が、タッキファイヤーを含まないアクリル共重合体と比較して低速側へシフトするようなブレンド系がみつかった。非相溶系の場合は、タッキファイヤーを加えてもバルクの粘弾性は変化せず、粘着特性の曲線(はく離強さ、プローブタック、保持力)は、タッキファイヤーを含まないアクリル共重合体を基準として、時間軸に沿ってシフトしないことが通例であった。しかし、上のタイプは、非相溶系であるにもかかわらず、例外的挙動を示した。

 ロジン系タッキファイヤーはアビエチン酸を主成分とし共役2重結合を有し、これが粘着剤の劣化の主因とされている。通常は水添や不均化によって変性し安定化される。変性タイプと未変性タイプの劣化の違い、具体的には酸素吸収量や規格に基づいた(温度、速度、荷重など)粘着特性についての報告はあったが、粘着特性を広い測定条件(温度、速度、荷重など)で把握して、変性タイプと未変性タイプとの違いを検討した例はなかった。そこで、粘着特性を広い条件で測定し、変性タイプと未変性タイプとの違いが粘着特性に及ぼす影響について検討した。

 その結果、アクリル共重合体と未変性ロジンのエステルとのブレンド系の粘着特性は、アクリル共重合体と変性ロジンのエステルとのブレンド系と比較して、タッキファイヤーのTgから予測されるよりも大きい程度で、時間軸に沿ってシフトすることがわかった。このことは、アクリル共重合体と未変性ロジンとのブレンドの凝集力が、タッキファイヤーのTgから予測されるよりも高くなっていることを示唆するものと考えられる。これには、未変性ロジンの酸化劣化が何らかの形で関与しているものと推定できる。

 以上より、アクリル系粘着剤の粘着特性は、粘着剤の相溶性に大きく影響されることがわかった。また、相溶系であれば、タッキファイヤーを配合することで粘着特性を変化させることができることがわかった。さらに、タッキファイヤーのかさ高さを適宜選択することで(タッキファイヤーのTgを適宜選択することで)、粘着特性をコントロールできることがわかった。以上の知見は、粘着剤を配合する際に指針を与えるものと考えられる。

審査要旨

 粘着製品は、使用の便利さと多様な機能によって我々の日常生活に浸透しているだけでなく、先端技術や医療を含む多くの産業分野にその応用分野を拡大している。天然ゴム、ロジン樹脂、テルペン樹脂のような、樹木から採取された物質が粘着剤成分として大量に使用されており、粘着剤工業は林産物の工業的利用を目指す林産学の中で一つの重要な分野を形成している。ただ、粘着剤に関する技術が年々多様化し、その需要が着実に増加しているのに対し、粘着現象の本質に係わる科学的研究は極めて不十分であり、とくにブレンド物を扱う際に基本的に重要な、成分同士の相溶性と実用特性との関係に関する系統的な研究は殆ど行われていない。

 本論文は、アクリル系共重合体と林産物系タッキファイヤー樹脂とのブレンドについて熱力学的相図を明らかにするとともに、粘着特性に及ぼす相溶性の影響を詳細に研究したもので、9章よりなっている。

 第1章では、本論文に関する既往の研究について詳述し、本論文の目的と意義を明示した。

 第2章では、アクリル系共重合体とロジン系タッキファイヤーからなる約90系のブレンドについて相図を作成し、タッキファイヤーの化学構造と相溶性との関係について考察した。タッキファイヤーの骨格の一部であるアルコールが嵩だかくなるほどタッキファイヤーの軟化点、ガラス転移温度、酸価および分子量が大きく、また、相図における相溶領域が狭くなるという一般的な法則性が存在することを指摘した。

 第3章では、アクリル系粘着剤における相溶性がはく離強さならびに転がり摩擦係数に大きな影響を与えることを実験的に示した。完全相溶系の場合には、タッキファイヤー濃度の増加にともなって粘着剤のガラス転移温度が上昇し、はく離強さならびに転がり摩擦係数が速度軸に沿って低速側へシフトするが、完全非相溶系の場合にはタッキファイヤーを配合してもそのようなシフトが見られないことを確認した。

 第4章では、アクリル系粘着剤のプローブタックの破壊エネルギーが成分同士の相溶性の違いによって大きく異なることを明らかにした。完全相溶系の場合には、タッキファイヤー濃度が増すに従って破壊エネルギーのマスターカーブが低速側へシフトし、ピークの高さは漸次低下することがわかった。これに対して、完全非相溶系の場合にはタッキファイヤーの濃度が変化しても速度軸に沿ったシフトが見られないことを確認した。

 第5章では、アクリル系共重合体と未変性ロジンとの相溶性とそのブレンド物のはく離強さ、プローブタックおよび保持力のレオロジカルな特徴との関係について研究した。同じタッキファイヤー濃度で比較すれば、完全相溶系の場合には、タッキファイヤー分子が嵩だかくなるほど粘着剤のガラス転移温度、バルクの貯蔵弾性率、損失弾性率は高温・低周波数側へシフトし、はく離強さやプローブタックのマスターカーブは低速側へシフトし、また、保持力曲線は長時間側へシフトすることを見出した。一方、非相溶系の場合には、タッキファイヤーを加えても粘着剤のマトリックス相のバルクの粘弾性は変化せず、粘着特性が速度軸あるいは時間軸に沿ってシフトすることはないことを見出した。

 第6章では、一連の水素化ロジンとアクリル系共重合との相溶性を明らかにするとともに、このグループのブレンドのうち、完全相溶系と完全非相溶系のものについてはく離強さ、プローブタックおよび保持力を広い測定条件の下で評価した。その結果、前者の場合には水素化ロジンが粘着剤のバルクの物性を変化させ、それに対応して粘着特性もタイムスケールに沿った変化をするが、後者の場合にはそれが粘着剤のマトリックス相の物性を変化させないため、絶対値がわずかに変化するだけになることを明らかにした。

 第7章では、アクリル系共重合体と一連の不均化ロジンとのブレンドについて同様の研究を行った。このグループの一連のブレンドについても相図と粘着特性のレオロジー的特徴の解明を行った。

 第8章では、アクリル系粘着剤の粘着特性に及ぼすタッキファイヤーの化学構造の影響を解明するために、水素化ロジンを含む系と未変性ロジンを含む系の粘着特性を広い温度・速度範囲で測定し、相互に比較した。その結果、後者の粘着特性は前者のそれと比較して、タッキファイヤーのガラス転移温度から予想されるよりも大きい程度で時間軸シフトが起こることがわかった。このことは、このブレンド系の凝集力が異常に高くなっていることを示唆しているものと考え、その原因について考察した。

 第9章では、本研究を総括するとともに、ここで得られた主な知見をまとめた。

 以上、要するに、本論文は粘着剤の相溶性と粘着特性との関係を系統的に明らかにし、粘着現象のメカニズムに関する新しい知見と新規粘着剤の開発のための貴重な指針を提案したもので、学術的にも応用面においても貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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