粘着剤は、ガムとタッキファイヤーとのブレンド系からなるにもかかわらず、その相溶性、相図についての系統的な検討はほとんど行われてこなかった。わずかに報告されている研究例では、相溶系・非相溶系という分類に着目しているため、タッキファイヤーを系統的に選択して粘着剤を系統的にブレンドし、それらに基づいて相図を系統的に作成するという観点には立っていなかった。また、相図について明らかにしなければならない系が数多くあった。そこで、本研究では、ロジン系タッキファイヤーのかさ高さに着目して、ロジン系タッキファイヤーを系統的に分類し、アクリル共重合体とロジン系タッキファイヤーとのブレンドから成るアクリル系粘着剤について90例の相図を作成し、相溶性にこついて考察した。ロジン系タッキファイヤーを3種類に分類し(共役2重結合を有する未変性のロジン系、水素化ロジン系、不均化ロジン系)、さらにそれらのエステル化物のアルコール成分のかさ高さによってタッキファイヤーを分類し(かさ高さ:ノンエステルタイプ<メタノール<エタノール<2-エチルヘキサノール<ジエチレングリコール<グリセロール<ペンタエリスリトール)、その性質およびアクリル共重合体とのブレンド物の相溶性を明らかにした。 その結果、タッキファイヤーの成分であるアルコールがかさ高くなるほど、タッキファイヤーの軟化点、Tg、酸価、分子量は増加することがわかった。また、タッキファイヤーの成分であるアルコールがかさ高くなるほど、アクリル共重合体とタッキファイヤーとのブレンド系のTgは高くなることがわかった。また、アクリル共重合体とロジンとのブレンド系、アクリル共重合体と水素化ロジンとのブレンド系、およびアクリル共重合体と不均化ロジンとのブレンド系はいずれも、タッキファイヤーがかさ高くなるほど(タッキファイヤーのTgが高くなるほど、ブレンドのTgが高くなるほど)相溶の範囲は狭くなることがわかった。 一方、アクリル共重合体とノンエステルタイプとのブレンド系は、タッキファイヤー自身の性質、ブレンドのTg、および相図のいずれも特異的傾向を示すことがわかった。つまり、ノンエステルタイプのタッキファイヤーはエステルタイプに比べてかさ高さは小さいにもかかわらず、必ずしもTgが最も低く、相溶の範囲が最も広いというわけではなかった。これはフリーのカルボキシル基に由来するものと推定される。 一方、粘着剤の相図と粘着特性との関係を論じた研究についても過去にはほとんど見あたらなかった。そこで本研究では、アクリル系粘着剤を相溶系と非相溶系とに分けて、そのはく離強さの温度・速度依存性、転がり摩擦係数の速度依存性、およびプローブタックの破壊エネルギーの温度・速度依存性について検討した。また、はく離強さの温度・速度依存性に関連して破壊形態の観察も行った。 その結果、はく離強さ、転がり摩擦係数、およびプローブタックの破壊エネルギーのいずれも、粘着剤の相溶性の違いに大きく影響を受けることがわかった。 相溶系のアクリル系粘着剤は、タッキファイヤー濃度の増加によってガラス転移温度が上昇し、はく離強さ、転がり摩擦係数、およびプローブタックの破壊エネルギーに、粘弾性が反映していることを確認した。一方、非相溶系のアクリル系粘着剤は、タッキファイヤーを配合しても粘着剤のマトリックス相のガラス転移温度や粘弾性がほとんど変化せず、タッキファイヤーから成る分散相がある種のフィラーのような役割を果たしていることを示唆する結果が得られた。 相溶系のアクリル系粘着剤では、タッキファイヤー濃度が増加するとともにはく離強さの合成曲線は低速域へシフトすることがわかった。非相溶系のアクリル系粘着剤では、タッキファイヤー濃度が増加しても、はく離強さの合成曲線の速度軸に沿ったシフトはなかった。また、タッキファイヤー成分を増加しても、ピーク付近の領域を除いてその絶対値の変化は認められなかった。 相溶系のアクリル系粘着剤の転がり摩擦係数の曲線は、タッキファイヤー濃度が増加するとともに低速域へシフトすることがわかった。非相溶系のアクリル系粘着剤の転がり摩擦係数の曲線は、タッキファイヤーを混合しても速度軸に沿ったシフトはなかった。また、タッキファイヤー濃度の増加とともに、高速域でその絶対値が低下することがわかった。 相溶系のプローブタックの破壊エネルギーの合成曲線は、引きはがし速度Vpeakでピークを有する上に凸の曲線を示し、タッキファイヤーの増加とともにVpeakは速度軸に沿って低速側へシフトし、ピークの絶対値は小さくなることがわかった。 非相溶系のプローブタックの破壊エネルギーの合成曲線は、タッキファイヤーを加えても速度軸に沿ったシフトはなく、その絶対値のみが低下することがわかった。 粘着剤の粘着特性の測定は規格に基づく狭い条件(速度、温度、荷重など)のものが多く、そこから導かれた経験則には科学的意義付けを明確にしにくいことが多い。そこで本研究では、アクリル共重合体とロジン系タッキファイヤー(水素化ロジン、不均化ロジン、未変性ロジン)から成る粘着剤ついて、粘着特性を広い測定条件(温度、速度、荷重など)で測定した。さらに、相図と粘着特性とを関連させて総合的に考察した。 その結果、相溶系の場合、タッキファイヤーがかさ高くなるほど粘着剤のTgが上昇し、バルクの粘弾性(貯蔵弾性率、損失弾性率)は高温低周波数側へシフトし、はく離強さの曲線、プローブタックの曲線は速度軸に沿って低速側へシフトすることがわかった。また、荷重oをせん断クリープ破壊時間tbの対数に対してプロットした曲線は、tb軸に沿って長時間側へシフトすることがわかった。一方、非相溶系の場合は、タッキファイヤーを加えてもバルクの粘弾性は変化せず、粘着特性の曲線(はく離強さ、プローブタック、保持力)は、タッキファイヤーを含まないアクリル共重合体を基準として、時間軸に沿ってシフトしないことがわかった。 一方、フリーのカルボキシル基を有するノンエステルタイプのタッキファイヤーをブレンドした系は、粘着特性も、相図と同様に特異的な傾向を示すことがわかった。つまり、ノンエステルタイプのタッキファイヤーはエステルタイプに比べて、かさ高さは小さいにもかかわらず、必ずしも粘着特性の曲線のシフトの程度が最も小さいというわけではなかった。これはフリーのカルボキシル基に由来するものと推定される。 また、顕微鏡的にみて相分離系であるにもかかわらず、1つのTgを示し、はく離強さとプローブタックの曲線が、タッキファイヤーを含まないアクリル共重合体と比較して低速側へシフトするようなブレンド系がみつかった。非相溶系の場合は、タッキファイヤーを加えてもバルクの粘弾性は変化せず、粘着特性の曲線(はく離強さ、プローブタック、保持力)は、タッキファイヤーを含まないアクリル共重合体を基準として、時間軸に沿ってシフトしないことが通例であった。しかし、上のタイプは、非相溶系であるにもかかわらず、例外的挙動を示した。 ロジン系タッキファイヤーはアビエチン酸を主成分とし共役2重結合を有し、これが粘着剤の劣化の主因とされている。通常は水添や不均化によって変性し安定化される。変性タイプと未変性タイプの劣化の違い、具体的には酸素吸収量や規格に基づいた(温度、速度、荷重など)粘着特性についての報告はあったが、粘着特性を広い測定条件(温度、速度、荷重など)で把握して、変性タイプと未変性タイプとの違いを検討した例はなかった。そこで、粘着特性を広い条件で測定し、変性タイプと未変性タイプとの違いが粘着特性に及ぼす影響について検討した。 その結果、アクリル共重合体と未変性ロジンのエステルとのブレンド系の粘着特性は、アクリル共重合体と変性ロジンのエステルとのブレンド系と比較して、タッキファイヤーのTgから予測されるよりも大きい程度で、時間軸に沿ってシフトすることがわかった。このことは、アクリル共重合体と未変性ロジンとのブレンドの凝集力が、タッキファイヤーのTgから予測されるよりも高くなっていることを示唆するものと考えられる。これには、未変性ロジンの酸化劣化が何らかの形で関与しているものと推定できる。 以上より、アクリル系粘着剤の粘着特性は、粘着剤の相溶性に大きく影響されることがわかった。また、相溶系であれば、タッキファイヤーを配合することで粘着特性を変化させることができることがわかった。さらに、タッキファイヤーのかさ高さを適宜選択することで(タッキファイヤーのTgを適宜選択することで)、粘着特性をコントロールできることがわかった。以上の知見は、粘着剤を配合する際に指針を与えるものと考えられる。 |