学位論文要旨



No 213500
著者(漢字) 大久保,敏之
著者(英字)
著者(カナ) オオクボ,トシユキ
標題(和) 転移性脳腫瘍検出における高速FLAIR法の臨床的有用性の検討
標題(洋)
報告番号 213500
報告番号 乙13500
学位授与日 1997.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13500号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 吉川,宏起
内容要旨 a.研究目的,背景

 侵襲性の低い頭部MRI診断の確立のために,転移性脳腫瘍の検出能において,高速FLAIR像とT2強調像と造影後T1強調像との比較を行い,高速FLAIR法の臨床的有用性の検討を行った。さらに,臨床検討の前段階として,実験用ファントームを対象にして,高速FLAIR法の撮像条件による画像の変化および適切な撮像条件を求めた。さらに,得られた条件をもとに,正常ボランティアを対象として,最適撮像条件を求めた。

b.研究方法b-1)高速FLAIR法の撮像条件検討のためのファントーム実験

 対象ファントームは,脳実質の代用として硫酸銅水溶液(0.5mM,1mM),脂肪組織の代用としてオリーブオイル,脳脊髄液の代用として蒸留水を,それぞれ20mlの樹脂製シリンジに充填し,装置附属の画像較正用の硫酸ニッケルに装着して作成した。装置はシーメンス社製Magnetom Visionを使用し,高速反転回復撮像法(IR法)と高速FLAIR法であるTurbo-FLAIR(シーメンス社製ソフトウエアの名称)法にて,TR,TE,TIを変化して撮像し,ファントームの信号強度変化を測定した。

b-2)高速FLAIR法の撮像条件検討のための正常ボランティア実験

 25歳健常成人男性の頭部を対象に,Turbo-FLAIR法にて,TRやTIを変化させて撮像した。画像の変化を観察し,CSF,白質,灰白質の信号変化をグラフ化して検討した。

b-3)転移性脳腫瘍の検出における高速FLAIR像とT2強調像と造影後Tl強調像との比較

 高速FLAIR法は,Turbo-FLAIR法を用いた。TRは9000msec,TIは2200msecであり,echo trainは7で,実効TEは119msecである。撮像領域(FOV=field of view)は22cm,画像マトリックスは,192x256であり,撮像時間は,4分21秒であった。対象は,20名の転移性脳腫瘍の患者であり,病歴,神経所見,CT所見から脳転移が疑われている。全員,Turbo-FLAIRに加え,T2強調像,造影剤投与後のT1強調像を撮影した。造影剤は,マグネビスト(日本シェーリング社製Gd-DTPA=gadopentenate-dimeglumine)を倍量投与している(0.2mmmol/kg Gd-DTPA=0.4ml/kg Gd-DTPA)。検査に関わっていない3人の神経放射線科医がそれぞれ,独立して読影した。個々の患者の2倍量造影後のT1強調像,T2強調像,高速FLAIR像を順番を無作為に入れ替えて読み,臨床情報は全く与えなかった。読影した所見を比較し、3人のうち1ないし2人が不一致であった病変はそれぞれ3人で討議し,3人合同の読影結果を2倍量造影後のT1強調像,T2強調像,高速FLAIR像個別に記録した。最後に全画像を3人で同時に読み,’best-estimated’すなわち最適と思われる診断を決定した。その際には,臨床情報や他の画像情報等得られうる材料をすべて参照した。この最適の診断の結果と,先に得られた3人合同の読影結果とを詳細に検討した。正診率を求め,2倍量造影後のT1強調像,T2強調像,高速FLAIR像とで比較した。検定には,chi-square法を用いた。Receiver operating characteristic(ROC)analysisも同時に行った。

c.結果c-1)高速FLAIR法の撮像条件検討のためのファントーム実験

 TEは良好なT2強調像を得るには,100msec以上が望まれた。スライス数や,エコートレインの制約上Turbo-FLAIR法ではTE=119msecが最適であった。

 臨床に応用する上で,TRは良好なT2強調像を得るには,9000msec以上が望まれたが,検査時間との兼ね合いで9000msecとした。

 高速FLAIR法(Turbo-FLAIR)では,TE=119msec,TR=9000msecが検査時間やスライス枚数を考慮して,最適条件と考えられた。そこでボランティアの実験ではこの条件を使用することにした。

c-2)高速FLAIR法の撮像条件検討のための正常ボランティア実験

 高速FLAIR法(Turbo-FLAIR)は,パラメーター変化により,T1,T2の影響を加味した画像が得られるが,臨床上(TR=9000msec,TI=2200msec,TE=119msec,slices=15,scan time=4min2lsec)が撮影枚数と時間の要素とを加味しても最適と考えられた。よって,この撮像条件を,b-3)転移性脳腫瘍の検出における高速FLAIR像とT2強調像と造影後T1強調像との比較,に用いることにした。

c-3)転移性脳腫瘍の検出における高速FLAIR法とT2強調像と造影後T1強調像との比較

 5mm以上の比較的大きい病変に関しては,2倍量造影後のT1強調像,高速FLAIR像ともに同等の検出率を示し,統計的に有意差はなかった(P=0.273)。一方,T2強調像は,2倍量造影後のT1強調像よりも有意に劣っていた(P<0.05)が,高速FLAIR像とは有意差はなかった(P=0.112)。

 5mm未満の比較的小さい病変に関しては,2倍量造影後のT1強調像のほうが高速FLAIR像よりも高い検出率を示し,統計的に有意であった(P<0.05)。T2強調像は,高速FLAIR像とは有意差はなかった(P=0.118)。

 全部の病変においては,2倍量造影後のT1強調像のほうが高速FLAIR像よりも高い検出率を示し,統計的に有意であった(P<.0.05)。また,T2強調像は,高速FLAIR像よりも有意に劣っていた(P<0.05)。

 脳表や脳室周囲の病変に限れば,2倍量造影後のT1強調像,高速FLAIR像ともに同等の検出率を示し,統計的に有意差はなかった(P=.309)。また,T2強調像は,高速FLAIR像よりも有意に劣っていた(P<0.05)。

 後頭蓋窩の病変に限れば,2倍量造影後のT1強調像,高速FLAIR像ともに同等の検出率を示し,統計的に有意差はなかった(P=.387)。また,T2強調像,高速FLAIR像ともに同等の検出率を示し,統計的に有意差はなかった(P=.414)。

 全病変に対するROC解析では,2倍量造影後のT1強調像の方が完全に近い診断能を示した。高速FLAIR像は,2倍量造影後のT1強調像よりも劣っていたが,T2強調像よりも優れていた。また,径10mm以上の大きな病変に対するROC解析では,高速FLAIR像は,2倍量造影後のT1強調像に匹敵する診断能の高さを示した。

d.考察

 脳実質と脳脊髄液との縦緩和時間の差を利用したIR法によって,脳脊髄液を抑制してT2強調像を得られるようになった。この方法が,脳脊髄液抑制T2強調画像(fluid-attenuated inversion recovery=FLAIR)法と呼ばれている。高速FLAIR法では、撮像時間を5分以下とすることができ,体動の影響による画質の低下の可能性は低い。

 ところで,皮質や皮質直下の脳転移が造影剤を使用しないと検出しにくいのは,そうした部位の血管性浮腫の少なさによるものだとされている。高速FLAIR法では,正常脳溝,脳槽,脳室などの中の脳脊髄液を抑制して,灰白質や皮質下白質の浮腫の描出能をT2強調像よりも向上させると考えられる。事実,本研究において,脳表部の病変にて,高速FLAIR像は,T2強調像よりも検出能が有意に優れていた。また,全部の病変についても優れていた。

 また,Gd-DTPAには,稀ではあっても重篤な副作用の報告があり、死亡例も報告されている。したがって、転移性脳腫瘍の検出においても不必要な造影剤の投与は避けられるべきであり、安全性や価格-効果比の高い検査が望まれることろである。しかし,本研究において、5mm未満の比較的小さい病変に関しては,2倍量造影後のT1強調像のほうが高速FLAIR像よりも高い検出率を示し,統計的に有意であったことを考えると,高速FLAIR像に2倍量造影後のT1強調像を加えると患者の治療方針に変更を与える可能性もある。

 以上、高速FLAIR像は、転移性脳腫瘍の検出において,T2強調像よりも優れていたが,2倍量造影後のT1強調像よりも全体の検出率やROC解析では数値的に軽度劣った。しかし,脳表や後頭蓋窩の病変では病変の大きさに関わらずに統計上有意差のない検出能を示した。さらに,高速FLAIR法には高価で副作用のあり得る造影剤を使用しないで済む利点がある。したがって脳転移の疑われる患者に対して高速FLAIR法をまずスクリーニングとして行って造影剤の使用の是非を決定するような検査法をとれば,不必要な造影剤の投与を避けることが可能であると考えられる。また,今後は,高分解能高速FLAIR法やEPI-FLAIR法による空間分解能や時間分解能の改良が期待され,さらなる病変の検出能の向上やスクリーニングとしての時間の節約が可能と思われる。

e.まとめ

 現在,転移性脳腫瘍の検出にはCT,MRIに限らず高価で副作用のあり得る造影剤の使用が必須であるとされているが,高速FLAIR法の導入により,造影剤の使用を確実に減らすことができる。高速FLAIR法は、転移性脳腫瘍の検査を安全性や価格-効果比のより高いものにすることが可能である点において、非常に有用であると考えられる。また,高速FLAIR法には,空間分解能や時間分解能の向上が今後も期待でき,スクリーニングとしての有用性が高まる可能性があると考えられる。

審査要旨

 本研究は,侵襲性の低い頭部MRI診断の確立のために,転移性脳腫瘍の検出能において,高速FLAIR像とT2強調像と造影後T1強調像との比較を行い,高速FLAIR法の臨床的有用性の検討を行ったものである。さらに,臨床検討の前段階として,実験用ファントームを対象にして,高速FLAIR法の撮像条件による画像の変化および適切な撮像条件を求めている。さらに,得られた条件をもとに,正常ボランティアを対象として,最適撮像条件を求めており,下記の結果を得ている。

 1.高速FLAIR法の撮像条件検討のためのファントーム実験の結果,TEは良好なT2強調像を得るには,100msec以上が望まれた。スライス数や,エコートレインの制約上高速FLAIR法ではTE=119msecが最適であった。臨床に応用する上で,TRは良好なT2強調像を得るには,9000msec以上が望まれたが,検査時間との兼ね合いで9000msecとした。

 高速FLAIR法(Turbo-FLAIR)では,TE=119msec,TR=9000msecが検査時間やスライス枚数を考慮して,最適条件と考えられた。

 2.高速FLAIR法の撮像条件検討のための正常ボランティア実験の結果,高速FLAIR法(Turbo-FLAIR)は,パラメーター変化により,T1,T2の影響を加味した画像が得られるが,臨床上(TR=9000msec,TI=2200msec,TE=119msec,slices=15,scan time=4min2lsec)が撮影枚数と時間の要素とを加味しても最適と考えられた。

 3.転移性脳腫瘍の検出における高速FLAIR法(上記の条件を使用)とT2強調像と造影後T1強調像との比較の結果,全部の病変においては,2倍量造影後のT1強調像のほうが高速FLAIR像よりも高い検出率を示し,統計的に有意であった。また,T2強調像は,高速FLAIR像よりも有意に劣っていた。脳表や脳室周囲の病変に限れば,2倍量造影後のT1強調像,高速FLAIR像ともに同等の検出率を示し,統計的に有意差はなかった。また,T2強調像は,高速FLAIR像よりも有意に劣っていた。後頭蓋窩の病変に限れば,2倍量造影後のT1強調像,高速FLAIR像ともに同等の検出率を示し,統計的に有意差はなかった。5mm以上の比較的大きい病変に関しては,2倍量造影後のT1強調像,高速FLAIR像ともに同等の検出率を示し,統計的に有意差はなかった。一方,T2強調像は,2倍量造影後のT1強調像よりも有意に劣っていた。全病変に対するROC解析では,2倍量造影後のT1強調像の方が完全に近い診断能を示した。高速FLAIR像は,2倍量造影後のT1強調像よりも劣っていたが,T2強調像よりも優れていた。また,径10mm以上の大きな病変に対するROC解析では,高速FLAIR像は,2倍量造影後のT1強調像に匹敵する診断能の高さを示した。以上、高速FLAIR像は、転移性脳腫瘍の検出において,T2強調像よりも優れていたが,2倍量造影後のT1強調像よりも全体の検出率やROC解析では数値的に軽度劣った。しかし,脳表や後頭蓋窩の病変では病変の大きさに関わらずに統計上有意差のない検出能を示した。さらに,高速FLAIR法には高価で副作用のあり得る造影剤を使用しないで済む利点がある。したがって脳転移の疑われる患者に対して高速FLAIR法をまずスクリーニングとして行って造影剤の使用の是非を決定するような検査法をとれば,不必要な造影剤の投与を避けることが可能であると考えられた。また,今後は,高分解能高速FLAIR法やEPI-FLAIR法による空間分解能や時間分解能の改良が期待され,さらなる病変の検出能の向上やスクリーニングとしての時間の節約が可能と思われた。

 以上,本論文は,CT,MRIに限らず高価で副作用のあり得る造影剤の使用が必須であるとされている転移性脳腫瘍の検出に高速FLAIR法を導入すれば,造影剤の使用を確実に減らすことができることを明らかにした。本研究は,これまで未知であった高速FLAIR法の転移性脳腫瘍検出における臨床的有用性を示し,検査の安全性や価格-効果比の向上に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

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