学位論文要旨



No 213501
著者(漢字) 松村,雅幸
著者(英字)
著者(カナ) マツムラ,マサユキ
標題(和) 肝癌患者の予後予測における血中-fetoprotein mRNAの有用性
標題(洋) Presence of -fetoprotein mRNA in blood correlates the prognosis of patients with hepatocellular carcinoma.
報告番号 213501
報告番号 乙13501
学位授与日 1997.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13501号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 助教授 高山,忠利
 東京大学 助教授 三木,一正
 東京大学 講師 小池,和彦
内容要旨 緒言

 肝細胞癌は慢性肝疾患に高頻度に合併する癌として全世界的に問題となっており、本邦においてもC型肝炎ウイルスの罹患率の高さとあいまって、肝細胞癌の発生数は年々増加している。血清アルファフェトプロテイン値(以下AFP値と記載する)は、肝細胞癌患者で高値をとることが知られており、これを用いた肝癌の早期発見と治療効果の判定が行われてきた。

 しかし、血清AFP値の大小は必ずしも肝癌患者の予後を反映せず、また早期肝癌では必ずしもAFP値の上昇がみられないことが報告されている。そこで、血清AFP値に比して、より肝癌の病態を反映する指標が必要である。

 ところで肝癌患者に対する肝移植では、移植後に高率に肝癌の再発をみることが知られており、Ferrisらは術後平均18カ月で肺、移植肝を中心とした再発がみられると報告している。肝癌におかされた肝臓が摘出されているにもかかわらず術後に肝癌の再発がみられるという事実は、すでに肝以外に転移があるかあるいは血液中に肝癌細胞が存在することを示唆している。

 以上の事実から、末梢血中の肝癌細胞を同定することができれば肝癌患者の予後を予測することも可能である。この目的のため、肝癌に特異的に発現していると考えられるAFP遺伝子に注目し、末梢血の有核細胞中にAFP mRNA陽性細胞を検出することで肝癌細胞を検出することを試みた。

材料と方法

 1.末梢血より有核細胞を分離し、Acid Guanidinium Phenol Chloroform法により全RNAを抽出。random primerを用いた逆転写反応によりcDNAを合成した後、AFP遺伝子より決定したprimerを用いてnested PCRを行った。2.本法の感度を検定する目的で、AFP高産生株であるHepG2細胞を用い、健常人末梢血5mlにて段階希釈。それを用いてAFP mRNAが検出されうるHepG2の個数を算出した。3.健常者26例、慢性肝炎17例、肝硬変13例、肝癌患者33例を用い、実際の患者での血中AFP mRNAの有無を検討した。また、AFP mRNA陽性患者における肝癌の臨床的特徴について検討した。4.本法が臨床的に有用であるかを確認するために、1992年12月より1994年10月まで当科に入院した初発の肝癌患者88例を対象に血中AFP mRNAの有無を経時的に検討し、患者の臨床経過との関連をprospectiveに検討した。対象患者は画像および組織所見にて肝癌が確認され、かつ遠隔転移あるいは門脈腫瘍塞栓をもたない者を条件とし、さらにScharschmidtの基準を参照し一年生存が期待できないような肝機能の著しく低下した患者は除外した(総ビリルビン値が15mg/dl以上の患者、プロトロンビン時間がコントロールより5秒以上延長した患者、肝腎症候群をおこしている患者、肝性脳症を繰り返し容易にコントロールできない患者)。患者は入院後、経皮的エタノール注入療法あるいは経動脈的塞栓療法にて治療を受け、退院後は定期的に外来にて経過観察した。血中AFP mRNAの有無は、入院時、治療後、および外来経過中に定期的に採血を行い検討した。また、転移出現患者の割合、および生存率につきKaplan-Meier法を用いた生存曲線を描きlog-rank法にて有意差を検討した。また、患者の生存に寄与する因子につき多変量解析を用いて検討した。

結果

 1.本法による肝癌細胞検出の感度は健常者末梢血5ml中、1-10個のHepG2を検出できる高感度であった。2.実際の患者での検討では、AFP mRNAは健常者では1例も検出されなかったが、慢性肝炎と肝硬変では各々2例ずつ検出された。また、肝癌患者では33例中17例(52%)と高頻度に検出された。3.血中AFP mRNA陽性例では肝内に存在する腫瘍の最大径、腫瘍容積および血中AFP値ともに陰性例よりも有意に増加していた。また、遠隔転移を有する6例では、全例で血中AFP mRNAが陽性を呈した。4.prospective studyの対象となった患者は88例であり、そのうち81例が研究期間満了時まで追跡可能であった。その81例のうち、22例は死亡、15例で遠隔転移が認められた。5.入院時にAFP mRNA陽性であった群では、陰性群に較べ転移出現率が有意に増加していた。一方、研究開始時の血清AFP値の中央値で分類した2群において同様の解析を行ったが、AFP値により転移の出現率には有意差を認めなかった。6.患者は外来経過中も定期的に血中AFP mRNAの有無を検討されたが、その陽転、陰転のパターンにより4群に分類された。すなわち、治療にかかわらず持続陽性あるいは持続陰性をとる群(持続陽性群および、持続陰性群)、また治療によりAFP mRNAが陰転化する群(陰転群)、また入院当初陰性であったAFP mRNAが経過中に陽転化する群(陽転群)の4群である。これら4群で転移の出現率と生命予後をKaplan-Meier法にて分析した。持続陽性群では、持続陰性あるいは陰転化群と比較し、転移出現率、死亡率ともに高いことが示された。7.患者の予後を規定する因子を検討する目的にて、研究開始時の性別、年齢、肝予備能としてのChild分類、癌の分化度としてのEdmondson分類、TNM分類による癌病期、血清AST値、血清ALT値、血清AFP値、AFP mRNAの有無、および選択した治療法の種類、血中AFP mRNAの経時的変化を多変量解析によって分析した。その結果、患者の予後を規定する最も重要な因子として血中AFP mRNAの経時的変化が最も有用であることが示された。

考案

 血中に存在する癌細胞の検出については癌細胞の種類により、それらに特異的な遺伝子発現や癌特有な遺伝子変異を検出することにより検討が行われており、肝癌以外の癌においても血液中の腫瘍細胞の存在が示唆されている。今回我々は、血中に存在する肝癌細胞の指標として、血中AFP mRNAの有無を検討した。AFP mRNAは肝癌患者の50%以上の高率で検出されたが、特に遠隔転移を有する全症例にてAFP mRNAが検出されたことは、AFP mRNAの存在が血中の肝癌細胞の存在を強く示唆し、かつそうした患者では将来の臨床経過中に遠隔転移をきたす危険性が大であることが考えられた。

 次にこの指標が肝癌患者の予後に関係するか否かを調べるため、最長4年にわたるprospective studyを行った。その結果、研究開始時に血中AFP mRNA陽性であった患者はAFP mRNA陰性患者に較べ、遠隔転移が高率に認められ、当初の予想にかなう結果であった。また、AFP mRNAの経時的変化をみると、治療後も引き続き陽性を呈する持続陽性群では、当初から陰性を保持している持続陰性群に較べ転移出現率が高く、また生存率が劣っていた。この結果は血中AFP mRNA陽性患者において流血中に癌細胞が存在することを仮定すると十分説明のつくことであった。また、治療によりAFP mRNAが陰転化する群において生存率が良好である事実は、治療によって流血中に癌細胞を放出している原病巣が消失した事を示唆し、血中AFP mRNAの消失が治療効果の判定に有用であるとも考えられる。

 最後に患者の予後規定因子を多変量解析により分析したが、その結果からも血中AFP mRNAの存在が重要であることが判明し、血中AFP mRNAの検出は患者の予後予測に際し有用な一手段であると考える。

 以上の事実より、血中AFP mRNAの検出は患者の予後および治療効果の判定、また将来的には肝癌に対する肝移植recipientの選択においても有用であると考えられる。

審査要旨

 本研究は肝癌細胞で高率に発現していると考えられるアルファフェトプロテインメッセンジャーRNA(以下AFP mRNAと記載する)を指標として肝癌患者末梢血中の肝癌細胞の同定を試みた研究であり、さらにその有無が患者の予後を予測しうるか否かを検討したものである。その結果は下記の通りである。

 1.本研究では、polymerase chain reaction(以下PCRと記載する)を用いて癌細胞の有無を検討している。肝癌細胞であるHepG2細胞を肝癌細胞のモデルとして行った結果では血液5ml中1-10個の肝癌細胞を検出しうるほどの高感度であった。

 2.AFP mRNAは健常者の末梢血中には検出されないが、肝癌患者では33例中17例と、患者の半数以上で検出された。また、慢性肝炎、肝硬変患者において各2例ずつ検出されたが、遊離した肝細胞あるいは微小な癌の存在が疑われ、こういった症例の追跡調査の必要性が示唆された。

 3.AFP mRNAが検出された肝癌患者では、AFP非検出群に較べ、腫瘍容積が大きく、また遠隔転移の症例では全例でAFP mRNAが検出された。この結果は血中でのAFP mRNAの存在が流血中の腫瘍細胞を反映することを推測させるものであった。

 4.AFP mRNAの検出が臨床的に意義を持つか否かを81例の肝癌患者を用いてprospecitiveに検討した。入院時にAFP mRNA陽性者では陰性群に比べ、転移出現率が有意に増加していた。

 5.肝癌治療後も患者は定期的に血中AFP mRNAの有無を検討されたが、その経過により患者は4群(持続陽性群、持続陰性群、陽転化群、陰転化群)に分類された。これら4群にて転移出現率と生命予後をKaplan Meier法を用いた生存分析を行った。その結果、持続陰性群に比し持続陽性群は転移出現率、死亡率ともに有意に高率であることが示された。また、患者の予後を規定する因子を多変量解析にて検討したが、その結果血中AFP mRNAの経時的変化が最も有用であることが示された。

 以上、本論文は血中AFP mRNAの存在を指標として流血中に存在する肝癌細胞を検出することを試み、またその有無が実際に患者の予後や治療効果の判定に有用であることを示した。本研究はこれからも増加の一途をたどる肝癌患者の経過観察において、予後の悪い群を予測する際に新たな指標を与えるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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