伝染性軟属腫(いわゆる’みずいぼ’)は小児または成人に広くみられる皮膚良性腫瘍であり、ポックスウイルスの一種である伝染性軟属腫ウイルス(molluscum contagiosum virus,MCV)の表皮角化細胞への感染によって生じる。MCVの伝播形式は機械的接触によるもので、小児ではプールや入浴により、また成人では性交渉により容易に感染が起こる。また軟属腫は免疫不全状態において数100個の単位で多発することが知られ、制御困難な日和見感染症を生じうるウイルス性疾患としての重要性が急速に増大しつつある。現在日常診療では他児感染や自家接種を防ぐ目的で軟属腫をひとつひとつ鑷子で物理的に摘除する方法が一般に行われている。この外科的治療法は確実性が高いものの疼痛と出血を伴い、また完治までに通常10回前後の通院を要するので患者に与える負担は少なくなく、新しい治療法の開発が強く望まれている。 MCVはヒトの表皮角化細胞のみで増殖し、他動物への感染実験や試験管内での培養が不可能であるためその基礎的研究は大きく立ち遅れている。1996年MCV1型のDNAの全塩基配列が決定され163のopen reading frame(ORF)の存在が予想されているが、実際にMCV蛋白の発現を通じた機能解析はなされていない。 臨床的には伝染性軟属腫は小児に好発する疾患であり、相対的に成人例は少ない。軟属腫はときに自然治癒することが知られ、消退しつつある結節の周囲には紅斑を伴い組織学的には小円形細胞の浸潤がみられる。前述したように免疫不全状態では軟属腫が多発することから、健常人ではMCV感染に対し何らかの細胞性または液性免疫が誘導され、MCV感染に対する防御機構が成立していくことが予想される。そこで今回我々は、MCV感染患者における抗体の検出と、その対応抗原をコードしているウイルス遺伝子の同定を試みた。 まず伝染性軟属腫患者の皮膚病変からMCVを分離精製し、MCV1型バリアントの全長を含む(両端部を除く)遺伝子ライブラリーを作製した。各遺伝子が挿入された組み換え牛痘ウイルスをHeLa細胞に感染させ発現したところ、免疫ブロット法で70kDaおよび34kDaの二種類の蛋白が患者血清と反応した。血清との反応性と軟属腫の臨床症状との間に特別な関係はみられなかった。この二種類の蛋白はMCVウイルス粒子をSDSで可溶化した際にもみられた。またウイルス粒子でウサギを免疫して得られた抗血清においてもこの二つの蛋白は検出された。 組み換えウイルスに挿入するDNA断片の大きさをさらに小さくして解析を進め、70kDaおよび34kDaの蛋白をコードしているORFがそれぞれMC133LおよびMC084Lであることを突き止めた。またMC133LおよびMC084Lを挿入した組み換えバキュロウイルスを作製し昆虫細胞で発現させたところ、70kDaおよび34kDaの蛋白が発現した。昆虫細胞で発現させた組み換え蛋白に対するウサギ抗血清を作製し免疫ブロット法を行ったところ、SDSで可溶化したMCVウイルス粒子蛋白の中で70kDaおよび34kDaの蛋白と反応した。 70kDaおよび34kDaの蛋白はいずれも(1)一次構造から大きな疎水性領域の存在が予想される、(2)ワクチニアウイルスおよび痘瘡ウイルスでそれぞれコンセンサスなアミノ酸配列を示す蛋白がいずれもウイルス粒子表面の膜蛋白(intracellular mature virion membrane-associated protein)である、(3)蛍光抗体法ではHeLa細胞で発現させた蛋白が細胞表面に優位に検出され、膜へのシグナル配列が存在している可能性がある、といった特徴を合わせ持っており、MCV粒子の表面に存在していると推測した。また実際に免疫電子顕微鏡法を行ったところ、70kDa蛋白に対するウサギ抗血清はウイルス粒子表面と特異的に反応し、ウイルス粒子膜蛋白であることが証明された。一方34kDa蛋白に対するウサギ抗血清ではこのような反応はみられなかったが、これは標本固定の際にパラホルムアルデヒドにより抗原性が失われ、反応しなかった可能性があると考えた。 |