学位論文要旨



No 213503
著者(漢字) 中島,淳
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,アツシ
標題(和) クローン病とヒト主要組織適合性抗原遺伝子との相関及びクローン病初期病変におけるT細胞クロナリティの解析
標題(洋) HLA-Linked Susceptibility and Resistance Gene in Crohn’s Disease,and Specific T Cell Clonal Accumulation in Intestinal Lesion of Crohn’s Disease.
報告番号 213503
報告番号 乙13503
学位授与日 1997.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13503号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武藤,徹一郎
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 上西,紀夫
内容要旨 (研究の背景・目的)

 クローン病(CD)は主として若年者に発症し、主に消化管に病変の主座をおく原因不明の疾患である。病因として抗酸菌の一種や麻疹ウイルスなどが疑われているが、いまだ証明されておらず現在では自己免疫疾患の一つと考える研究者が多い。

 種々の自己免疫疾患とHLAとの相関が認められている。CDとHLAとの関係は血清学的な方法では白人においては有意な相関は認められず、日本人においては、HLAのClassIIのDR4-DQ4に強い相関があることが報告されていた。これは白人を対象とした研究では、人種を一致させた研究がなされていないのが一因と考えられる。一方クローン病にはしばしば家族内発症が認められるためクローン病の原因遺伝子の存在が予想されていた。このようなわけでクローン病とHLAのClassIIとの相関を再検討し、より詳しく調べることでクローン病の原因遺伝子に関する何らかの情報が得られないかと考えるに至った。又、IDDMではHLAのDQ分子上の57番目に特定のアミノ酸がくることが知られているが、クローン病でもこのようなClassII分子の構造上の特徴がないかについても興味がもたれた。このようなわけで、本論第1部ではクローン病とHLAとの相関をより細かく解析できるHLAのDNA typingを行い解析を行った。

 ところで自己免疫疾患を考えるにあたり、その発症の初期にどのような免疫応答がなされているかを調べることは大変意義のあることと思われる。この点を突き詰めると病気の始まりでT細胞がどのような抗原を認識して活性化するのかを知ることが極めて重要であると考えられる。これは、ひとたびT細胞が活性化するとあとはサイトカインをはじめとする非特異的炎症が進行してわれわれが知り得る病理像を呈してくると考えられる。特にヒトでは、そのような初期病変へのアクセスが大変難しく初期の免疫応答についてはほとんど知られていない。一方クローン病においては、内視鏡技術の進歩と多くの臨床家の努力によって、発症の初めに腸管に1〜2ミリ径の周囲に白色のハローを伴う赤い発赤---アフタ様病変と呼ばれている---が認められ、しばらくするとこのアフタは、腸管の縦方向に並び小さな潰瘍を形成し、ついでこれらの小潰瘍は、縦に繋がりクローン病でよく認められる深い縦走潰瘍を形成することが知られている。ところでT細胞が有する抗原受容体(TCR)は中央に可変領域をもち膨大な数の抗原に対し可変部分が異なることによって対応している。一つのT細胞が特定の抗原を認識して活性化し増殖すると同じTCRを有するT細胞のみが増殖することが知られている。これをクロナリテイ(Clonality)とよび、一般にある抗原をT細胞は認識し活性化すると数種類のT細胞が増殖しOligoclonalな増殖を示すことが知られている。私は先に述べたアフタに着目して本論第2部ではアフタにおいて特異的に活性化増殖しているT細胞のClonalityを調べ発症初期に活性化しているT細胞の手がかりを得ることで病因追求の糸口にできたらと考え、またこのようなT細胞がT細胞ワクチンとなりえるかの可能性を調べるため本研究を行った。

第一部:クローン病におけるHLA ClassIIのDNAタイピングと第一義的に疾患感受性を規定するClassII遺伝子の同定(対象と方法)

 90人の家族歴のないクローン病の患者より末梢血よりゲノムDNAを抽出しHLAのClassIIのDPA,DPB,DQA,DQB,DRB特異的各プライマーで、各ClassIIの第2エクソン領域を増幅し、ナイロンメンブレン上にDot-blotし、約100種類のラヂオアイソトープでラベルした塩基配列特異的オリゴヌクレオチドプローブとハイブリダイゼーションを行いHLAのClassIIの各Alleleのタイピングを行った。また特定のAlleleの塩基配列は、ABI社製自動シークエンサーで行った。

(結果)(1)Allele解析

 Allele解析よりDPA1,DPB1については、有意な相関は認められなかった。DQに関しては、DQA1*03,DQB1*0401,及びDQB1*0402が疾患と正の相関を示し、DQB1*0602が疾患と負の相関を示した。DRに関しては、DRB1*0405、DRB1*0410が疾患と正の相関を示し、DRB1*1501,DRB1*1302が疾患と負の相関を示した。

(2)Haplotype解析

 Allele解析より疾患と有意な相関を示したAlleleを含むHaplotype解析よりDRB1*0405-DQA1*03-DQB1*0401,DRB1*0410-DQA1*03-DQB1*0402,及びDRB1*0802-DQA1*03-DQB1*0402が疾患と正の相関を示した。また、DRB1*1501-DQA1*0102-DQB1*0602とDRB1*1302-DQA1*0102-DQB1*0604が疾患と負の相関を示した。

 以上の結果より日本人のクローン病の患者では第一義的に疾患と正の相関を示すAlleleはDQB1*04であると考えられる。また、第一義的に疾患と負の相関を示すAlleleはDQA1*0102であると考えられた。

(3)病型との相関

 疾患と有意な相関を示したAlleleについて、Perforating typeとNon-Perforating type,Anal lesionの有無、手術の有無などについて各頻度を比べてみたが、有意な相関は認められなかった。

(4)相関するAlleleのアミノ酸配列

 疾患と第一義的に相関するDQB1*04の第2エクソンのアミノ酸配列を他のDQB1 Alleleと比べるとDQB1*04は第56番目のロイシンが特異的であることが示された。

(考察)

 本研究では日本人のCD患者について第一義的に相関するHLA class II alleleを同定した。人種を問わずクローン病では世界で初めての報告である。ここで本疾患におけるHLAの意味について若干の考察を行ってみたい。

 IDDMや慢性関節リウマチにおいてHLA分子上のアミノ酸配列で特定の位置に特定のアミノ酸が認められることが報告されている。これに関しては、抗原との結合に関与する部分のClassII分子上の特定のアミノ酸配列の差が疾患の原因となる抗原の提示のしやすさ、しにくさをきめているのではないかと推測する研究者がいる。クローン病と第一義的に相関するAllele DQB1*04の第56番目のアミノ酸が特異的である点、及び疾患感受性と抵抗性と相関するAlleleが同じ第6染色体上にあることを考えると、かなり大胆な推測になるが、ClassIIとクローン病との相関は何らかの抗原の提示の難易度を反映しているのではないかと推測できる。一方クローン病では家系内発症がしられているので何らかの原因遺伝子の存在が予想される。このようなわけで本研究のあとにクローン病の原因遺伝子を家系解析より同定しようとする計画をたてたが、日本人では家系症例のDNAを集めるのに予想外に難航しまる2年たった現在も十数家系しか集まっていない。昨年フランスのグループが、50家系を解析し第16番染色体上に原因遺伝子をマップしたことが報告されたので、われわれも集まった家系のみだが解析を行ったところ、preliminaryな結果だが、日本人では、原因遺伝子は第16番染色体上にも、第6番染色体上にも存在しないようである。これは先ほど述べたClassIIとクローン病との相関を支持する結果である。

第二部:クローン病の初期病変におけるT細胞クロナリテイの解析(方法)

 10人のクローン病患者より内視鏡下で得られた一つの生検材料より抽出したRNAは逆転写酵素によりcDNAとし、22対のTCR可変領域特異的プライマーでPCR法により増幅し、熱変性したあと10%グリセオールを含む5%アクリルアミドゲルで25度の恒温条件で電気泳動しナイロンメンブレンに転写しTCR非可変領域特異的なオリゴヌクレオチドプローブでハイブリダイゼーションを行いTCR特異的クロナリテイをレントゲンフィルム上に可視化した。特異的クロナリテイを示すバンドは、ゲルより切り出して塩基配列を決定した。

(結果)

 患者末梢血にはクロナリテイは認められなかったが、非炎症部腸管には、すでにクロナリテイが認められた。健常者でも腸管粘膜には、クロナリテイが認められた。この正常粘膜において認められるクロナリテイは、同一患者では、腸管の別の部位でも全く同一のバンドを認めた。アフタには、非炎症部に認められないバンドーアフタ特異的クロナリテイ--を数個のみ認めた。このアフタ特異的バンドは同一患者で別の部位より採取したアフタでも同一なバンドが認められ塩基配列も同じであった。潰瘍部分には、無数のクロナリテイを認めた。また、免疫抑制剤をすでに投与されている患者では、病変部、非病変部を問わずクロナリテイは、殆ど認められなかった。アフタ特異的バンドの塩基配列より得た、TCRの抗原認識部位のアミノ酸配列(CDR3領域)は患者ごとに異なっており共通の配列は見い出せなかった。

(考察)

 アフタ様病変は極めて小さく、一方では腸管粘膜はリンパ球の海といわれるぐらい無数のリンパ球が存在する。そういう訳で本研究で最も苦労した点は、極めて小さな生検材料一個から解析するシステムを作る点であった。正常粘膜にすでにクロナリテイが存在するのは、一つの解釈として腸管が腸内細菌を主とする外来抗原と積極的に免疫応答をおこなっているためと思われる。しかしながら腸管の異なる部位でもクロナリテイのパターンが同じことを考えるとかなり特異的な応答の反映と思われるので今後さらなる研究が必要と思われる。アフタ特異的クロナリテイに関しては、空間的に異なる腸管でも同一のものが認められること、潰瘍部分でも引き続き同一のものが認められること、患者がその後病状が悪化していること等を考えると病気の発症初期よりかなり重要な役割を担っていることが推測される。また、Oligoclonalであることは、本疾患の原因がスーパー抗原のようなものではない何らかの抗原が原因であることを示唆するものであると考えられる。また、アフタ特異的バンドより得たCDR3領域のアミノ酸領域は、患者ごとに異なっており何ら共通の配列を有していなかった。これは、患者ごとにHLAが異なるためと、必ずしも抗原の同じ部位をみているのではないからであると考えられる。この結果よりクローン病ではT細胞ワクチンの可能性は見い出せなかった。免疫抑制剤をすでに投与されている患者のアフタからは、クロナリテイは検出されなかった。これはこの患者がその後病態がコントロールされたことを考えあわせると、免疫抑制剤の作用点はアフタ特異的T細胞が活性化する段階か、それ以前ということとなる。

 以上の考察より今後は、アフタ特異的T細胞を単離してその解析をすることが必要であると考えるとともに、Pathogenを含めた抗原探しが極めて重要と考えられた。

審査要旨

 本研究は本論第1部ではクローン病とHLAとの相関をより細かく解析できるHLAのDNA typingを行い解析を行った。本論第2部ではクローン病初期病変において特異的に活性化増殖しているT細胞のClonalityを調べた。

1.クローン病におけるHLA ClassIIのDNAタイピングと第一義的に疾患感受性を規定するClassII遺伝子の同定(1)Allele解析

 Allele解析よりDPA1,DPB1については、有意な相関は認められなかった。DQに関しては、DQA1*03,DQB1*0401,及びDQB1*0402が疾患と正の相関を示し、DQB1*0602が疾患と負の相関を示した。DRに関しては、DRB1*0405,DRB1*0410,が疾患と正の相関を示し、DRB1*1501,DRB1*1302が疾患と負の相関を示した。

(2)Haplotype解析

 Allele解析より疾患と有意な相関を示したAlleleを含むHaplotype解析よりDRB1*0405-DQA1*03-DQB1*0401,DRB1*0410-DQA1*03-DQB1*0402,及びDRB1*0802-DQA1*03-DQB1*0402が疾患と正の相関を示した。また、DRB1*1501-DQA1*0102-DQB1*0602とDRB1*1302-DQA1*0102-DQB1*0604が疾患と負の相関を示した。

 以上の結果より日本人のクローン病の患者では第一義的に疾患と正の相関を示すAlleleはDQB1*04であると考えられる。また、第一義的に疾患と負の相関を示すAlleleはDQA1*0102であると考えられた。

(3)病型との相関

 疾患と有意な相関を示したAlleleについて、Perforating typeとNon-Perforating type,Anal lesionの有無、手術の有無などについて各頻度を比べてみたが、有意な相関は認められなかった。

(4)相関するAlleleのアミノ酸配列

 疾患と第一義的に相関するDQB1*04の第2エクソンのアミノ酸配列を他のDQB1 Alleleと比べるとDQB1*04は第56番目のロイシンが特異的であることが示された。

2.クローン病の初期病変におけるT細胞クロナリテイの解析

 患者末梢血にはクロナリテイは認められなかったが、非炎症部腸管には、すでにクロナリテイが認められた。健常者でも腸管粘膜には、クロナリテイが認められた。この正常粘膜において認められるクロナリテイは、同一患者では、腸管の別の部位でも全く同一のバンドを認めた。アフタ(初期病変)には、非炎症部に認められないバンドーアフタ特異的クロナリテイーを数個のみ認めた。このアフタ特異的バンドは同一患者で別の部位より採取したアフタでも同一なバンドが認められ塩基配列も同じであった。潰瘍部分には、無数のクロナリテイを認めた。また、免疫抑制剤をすでに投与されている患者では、病変部、非病変部を問わずクロナリテイは、殆ど認められなかった。アフタ特異的バンドの塩基配列より得た、TCRの抗原認識部位のアミノ酸配列(CDR3領域)は患者ごとに異なっており共通の配列は見い出せなかった。

 以上、本研究第一部では日本人のクローン病患者について第一義的に相関するHLA class II alleleを同定した。人種を問わずクローン病では世界で初めての報告である。また第二部では、初期病変において特異的に活性化増殖しているT細胞のClonalityを調べ初期病変特異的T細胞の存在を示した。本研究はクローン病の病因解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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