学位論文要旨



No 213504
著者(漢字) 井上,優介
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,ユウスケ
標題(和) 単結晶ガンマカメラにおける数え落としの評価と補正法の検討
標題(洋)
報告番号 213504
報告番号 乙13504
学位授与日 1997.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13504号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 草間,朋子
 東京大学 助教授 吉川,宏起
 東京大学 講師 木村,健二郎
内容要旨 (目的)

 単結晶ガンマカメラはインビボ核医学検査に最も広く用いられているデータ収集装置であり、これを用いて様々な臓器の形態、機能の定量評価が行われている。定量測定のためにはガンマカメラの計数率が放射能に比例することが求められるが、不感時間による数え落としのため、高計数率になると放射能の過小評価を生じる。

 本検討では、ガンマカメラの計数特性を調べ、新しく考案した散乱体撮像における不感時間測定法により、患者撮像での不感時問を評価した。そして、この結果を用いた数え落とし補正を臨床測定に適用し、その有用性を検討した。本研究の目的は、ガンマカメラの数え落としを補正する汎用可能な方法を開発し、核医学検査による定量測定の信頼性を改善することである。

(方法)

 様々な放射能の点線源をガンマカメラで測定し、放射能とガンマカメラの計数率との関係を調べた。放射性物質としては99mTcを用いた。キュリメータで測定した放射能で計数率を除した値を計数効率指数とした。Nonparalyzable modelに基づき、観察された計数率がNoの時に真の計数率Ntが次の式で与えられると仮定して、数え落とし補正を行った。

 

 ここでTpは点線源の不感時間である。補正後の計数効率指数の変動係数を最小にするように点線源の不感時間を決定した(多段階放射能法)。

 様々な放射能をもつ2つの点線源を、離した状態および密着させた状態で撮像し、計数効率に対する放射能分布の影響を検討した。視野内総計数率Noを用いて、数え落とし補正を行った。補正係数Cを以下の式で求めた。

 

 観察された画像の各ピクセルの計数値にCを乗じ、補正画像を得た。

 円柱ファントムを様々な濃度の99mTc溶液で満たしてガンマカメラで撮像し、多段階放射能法により不感時間を求めた。また、円柱ファントム撮像時の不感時間を、同時に撮像した点線源の数え落としをもとに評価した(モニター線源法)。様々な放射能の点線源(モニター線源)を、コリメータに向き合う面以外を鉛で遮蔽してガンマカメラの辺縁部に置き、データ収集を行った。この直後に点線源は動かさずに99mTc溶液で満たした円柱ファントムを視野に入れ、再度データ収集を行った。円柱ファントムと点線源を同時に撮像した時の数え落としが以下の式で表されると仮定して、円柱ファントムの不感時間Tcを求め、多段階放射能法による値と比較した。

 

 ここで、Nptは点線源の真の計数率、Npは観察された点線源の計数率、Tpは多段階放射能法で求めた点線源の不感時間、Nwは観察された視野内総計数率である。

 38例の患者に胸部前面のRIアンジオグラフィを行う際に、モニター線源を用いて数え落としの程度を評価し、不感時間を求めた。放射性医薬品静注20秒前から1フレーム1秒で80秒間のデータを収集した。円柱ファントムの場合と同様に、観察されたモニター線源計数率と視野内総計数率を用いて、時間tにおける補正されたモニター線源計数率Np(t)を求めた。放射性医薬品静注前20秒間のNp(t)の平均と静注後の各フレームのNp(t)の差の2乗和が最小になるように、人体不感時間を決定した。さらに、人体不感時間を身長、体重から推定する式を求めた。また、23例の患者に腹部後面のRIアンジオグラフィを行い、胸部前面の場合と同様に、モニター線源法で不感時間を決定した。

 17例の患者に松田法による全脳血流量測定を行い、19例でGates法による糸球体濾過能(GFR)測定を行った。これらの測定に数え落とし補正を適用し、算出値に対する補正の効果を検討した。ただし、人体の不感時間としては身長、体重から推定した値を用いた。

 数え落とし補正のSPECTへの応用を検討した。円柱ファントムを様々な濃度の99mTc溶液で満たし、SPECTの撮像を行った。軸位断層像のSPECT値を放射能濃度で除した値を計数効率指数とした。各プロジェクション・データに対して数え落とし補正を行った上で軸位断層像を再構成して、補正効果を調べた。2回の血液プールSPECTが行われた13例で、数え落とし補正の有用性を検討した。99mTc標識赤血球を投与してSPECTの撮像を行い、撮像の中間点で採血を行って血中放射能濃度を測定した。数え落とし補正の前後で軸位断層像の再構成を行い、心プールのSPECT値の血中放射能濃度に対する比を心血液比として求めた。同一患者の2回の検査での心血液比の変動を数え落とし補正が縮小させるかを調べた。

(結果)

 点線源の放射能が増すと計数効率指数は低下したが、不感時間を4.99 secとして補正すると放射能に関わらず計数効率指数は一定になった。

 2つの点線源を撮像した場合、線源を離しても密着させても数え落としの程度は同等で、同時に撮像した2つの線源の数え落としの程度もほぼ等しかった。視野内総計数率に基づく補正で、数え落としの影響は良好に除去された。

 多段階放射能法により、円柱ファントムの不感時間は6.99 secと決定された。モニター線源法でも、点線源の放射能に関わらず、ほぼ等しい値が得られた。

 胸部前面RIアンジオグラフィで、モニター線源の計数率は静注後に低下したが、患者毎に最適化した人体不感時間を用いて補正すると、ほぼ一定になった。人体の不感時間Tb( sec)は8.31±0.79 sec(平均±標準偏差)であり、体重BW(kg)を身長BH(cm)で除した値と正の相関を示した(Tb=8.566・BW/BH+5.611、r=0.869)。この相関式と身長、体重から推定した不感時間を用いて、良好な数え落とし補正が可能であった。腹部後面RIアンジオグラフィでは、人体の不感時間は10.22±1.16 secで、やはり体重を身長で除した値と相関した(Tb=13.147・BW/BH+3.412、r=0.816)。

 松田法による脳血流測定に数え落とし補正を適用すると、補正しない場合を基準として、8.1%±2.0%低い値になった。Gates法によるGFR測定では、補正を行うと、補正しない場合を基準として7.2%±2.0%低い値が得られた。

 円柱ファントムのSPECTでも、放射能濃度が上がると計数効率指数は低下したが、補正後には放射能濃度に関わらず計数効率指数は一定になった。同一患者の2回の血液プールSPECTにおいて、心血液比の変動は補正前に5.7%±3.0%であったのに対し、補正後には1.8%±1.1%と、補正により縮小した。

(考察)

 点線源を用いた実験で、高計数率での計数効率低下が確認された。この低下は、nonparalyzable modelを用い、不感時間を4.99 secとして補正を行うとほぼ消失し、今回検討した範囲ではnonparalyzable modelの使用が適切であることが示唆された。

 2つの点線源を用いた実験では、計数効率が視野内総計数率で決定され、視野内で均一であることが示された。視野内総計数率に基づいて決定した補正係数を各ピクセルの計数値に乗じることで数え落とし補正を行うことが可能と考えられる。

 円柱ファントムの不感時間を多段階放射能法で求めると、点線源の場合の1.4倍になり、散乱体における不感時間の延長が確認された。散乱体の不感時間を多段階放射能法で測定するのは煩雑であり、また、患者撮像時の不感時間の評価には適用できない。計数効率が視野内で一定なことを利用し、散乱体不感時間の簡便な測定法として、モニター線源法を考案した。円柱ファントムの不感時間の測定結果は、多段階放射能法によるものとほぼ等しく、モニター線源法の信頼性が示唆された。

 胸部前面RIアンジオグラフィでは計数効率が静注後に低下したが、モニター線源法で患者毎に不感時間を決定して補正を行うと、数え落としの影響をよく除去できた。不感時間は体重を身長で除した値と相関し、モニター線源を用いなくても、不感時間を推定して補正を行うことが可能と考えられる。腹部後面のRIアンジオグラフィで決定された不感時間も体重を身長で除した値と相関したが、胸部前面像の不感時間より長い傾向があった。不感時間の推定には、胸部と腹部で別の式を用いることが適切と思われる。

 数え落とし補正を臨床測定に適用すると、松田法による脳血流量もGates法によるGFRも低下し、数え落としにより過大評価が起きていることが示唆された。補正を行うことで、これらの測定の信頼性が向上する可能性がある。

 数え落とし補正はSPECTにも適用可能であり、円柱ファントムにおいて放射能濃度とSPECT値の直線性を改善させた。血液プールSPECTにおける心血液比の個人内変動は補正を行うことで縮小し、臨床のSPECT検査で数え落としが計数効率に実質的な違いを生じ得ること、数え落とし補正がSPECTの定量性向上に寄与する可能性があることが示唆された。

(結語)

 本研究において、患者撮像にも適用できる不感時間測定法としてモニター線源法が提示され、実際の患者撮像における不感時間を測定するとともに、これが身長、体重から推定できることを示した。さらに、数え落としが種々の臨床測定に影響し得ることが示唆された。推定された不感時間を用いる数え落とし補正法は、臨床の場で容易に実行可能であり、単結晶ガンマカメラを用いた様々な検査の定量性を向上させることが期待される。

審査要旨

 本研究はインビボ核医学検査に最も広く用いられているデータ収集装置である単結晶ガンマカメラの数え落としの特性をファントム実験および患者測定で検討し、散乱状況による不感時間の変化を考慮した数え落とし補正法を開発したものであり、下記の結果を得ている。

 1.様々な放射能をもつ点線源、散乱体線源を用いた実験で、ガンマカメラの計数特性がnonparalyzable modelに適合することが示された。この実験結果を用い、多段階放射能法で不感時間を算出したところ、散乱体線源の不感時間は点線源の不感時間より長く、散乱線が増加すると不感時間が延長することが示唆された。

 2.2つの点線源を用いた実験では、数え落としの程度はガンマカメラ視野内の放射能分布には依存せず、また、計数効率が視野内で均一であることが示された。

 3.散乱体の不感時間を簡便に評価するために、同時に撮像した点線源を数え落としのモニターとして用いるモニター線源法を考案した。モニター線源法による円柱ファントムの不感時間は多段階放射能法による値とほぼ等しく、モニター線源法の信頼性が示された。

 4.モニター線源法を胸部前面RIアンジオグラフィに応用し、患者撮像時の数え落としを評価したところ、各患者毎に決定した不感時間を用いて、数え落としを良好に補正することが可能であった。人体不感時間は体重を身長で除した値と正の相関を示し、この相関式から推定した不感時間を用いても、良好に数え落としを補正できることが示された。腹部後面RIアンジオグラフィにおける不感時間も体重を身長で除した値と相関したが、胸部前面の場合よりも長い傾向がみられた。

 5.松田法による脳血流測定において、身長、体重から不感時間を推定して数え落とし補正を行うと、補正を行わない場合と比べて脳血流量算出値は平均8.1%低くなり、数え落とし補正が測定値に実質的な影響を与えることが示された。Gates法によるGFR測定では、シリンジ測定に数え落とし補正を行うとGFR算出値は平均15.1%低下したが、患者測定にも補正を行うと低下は平均で7.2%となり、シリンジ測定と患者測定の両方に数え落とし補正を行う必要性が示唆された。

 6.各プロジェクション・データに補正を行うことで、数え落とし補正はSPECTにも適用できた。血液プールSPECTにおける心プールSPECT値と血中放射能濃度の比の個人内変動は、数え落とし補正を適用することで縮小し、数え落とし補正がSPECTによる定量測定の信頼性も向上させる可能性が示唆された。

 以上、本論文は患者撮像における不感時間推定法を開発し、推定された不感時間を用いて良好に数え落とし補正を行えること、数え落とし補正が種々の臨床測定に実質的な影響を与えることを明らかにした。ここで新たに提唱された、撮像状況に応じた不感時間を用いる数え落とし補正法は、臨床の場で容易に実行可能であり、単結晶ガンマカメラを用いた様々な検査の定量性を向上させることが期待され、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク