学位論文要旨



No 213506
著者(漢字) 冨山,宏子
著者(英字)
著者(カナ) トミヤマ,ヒロコ
標題(和) AIDSの悪化因子HLA-B*3501分子により提示されるHIV-1由来の細胞傷害性T細胞エピトープの解析
標題(洋)
報告番号 213506
報告番号 乙13506
学位授与日 1997.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13506号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 金井,芳之
内容要旨

 HIV-1感染者において、細胞傷害性T細胞(CTL)がHIV-1の感染及びAIDSの発症に重要な役割を果たしていると考えられている。HIV-1のCTLエピトープを明らかにすることは、HIV-1感染者の体内でのCTLによるHIV-1の排除機構を解析するうえで重要である。われわれは以前から、HLA-B35分子により提示されるHIV-1のCTLエピトープを明らかにするために検討を行ってきた。結果、2人のHLA-B35陽性のHIV-1感染者の末梢血リンパ球から、10種のHIV-1由来のペプチド特異的CTL活性が誘導でき、これらのペプチドが、HLA-B35分子により提示されるCTLエピトープである可能性を示唆した(Table1)。本研究において、これらの10種のCTLエピトープがHLA-B35拘束性のCTLエピトープであることを確認し、さらにエピトープの詳細な解析をするために、各エピトープに特異的なCTLクローンの樹立を試みた。その結果、10種のうち9種のペプチドに対して特異的CTLクローンが作製できた。これらのエピトープ特異的CTLクローンは、HLA-B*3501陽性細胞に、HIV-1の遺伝子を組み込んだワクシニアウィルスを感染させた標的細胞に対して、特異的なCTL活性を示した(Table 2)。この結果より、CTLクローンが樹立できた9種のペプチドはHLA-B*3501分子により提示されるCTLエピトープであることが確認された。この9種のエピトープのうち、pol由来の4つのエピトープ(HIV-B35-18,HIV-B35-SF2-25,HIV-B35-SF2-4)と、nef由来の2つのエピトープ(HIV-SF2-6)に特異的なCTL活性が、7名のHIV-1感染患者のうち、3名以上の患者の末梢血リンパ球を4回のペプチド刺激後に誘導された。よって、これらのエピトープが、HLA-B35分子を持つHIV-1感染者において、共通にみられるCTLエピトープであることが明らかになった(Table 3)。また、8種のエピトープ特異的CTL活性が、患者の末梢血リンパ球をただ1回のペプチド刺激で誘導でき、これらのエピトープがHIV-1感染者で強く認識されるエピトープであることが示唆された(Table 3)。以上の結果から、HLA-B35分子は、多数のCTLエピトープを提示できることが明らかになった。尚、HLA-B35陽性の健常人では、そのリンパ球をこれらのエピトープで4回刺激後でも特異的CTL活性が誘導されず、これらのCTLエピトープに対する反応が、HIV-1感染患者特異的であることが明らかであった。本検討で対象とした7人のHIV-1感染者のうち、10種のエピトープに対するCTLの活性が全く認められなかった患者は1人であった。他の患者は1〜4個のエピトープに対してCTL活性を示した。これらの7人の患者のCD4+T細胞数は100〜483/lであったが、CD4+T細胞数と、認識されるエピトープの個数の間には、相関は認められなかった。経時的な患者の病態変化とこれらのHLA-B35拘束性のエピトープに対する、CTL活性の変化を検討することは、AIDSの進行における患者の免疫反応の役割を明らかにする上で、今後検討を行うべき課題であると考えられる。HLA-B35分子は、AIDSの早期発症及び、悪化因子として報告されている。その機構については、いまだに不明であるが、一つの可能性として、HIA-B35分子がCTLエピトープを提示出来ないという仮説が考えられていた。しかし、本研究により、その仮説は否定された。

Table1.HLA-B35陽性HIV-1感染者より特異的CTLを誘導できたHIV-1SF-2株由来ペプチドTable2.HIV-1SF-2株由来ペプチド特異的CTLクローンによるリコンビナントワクシニアウィルス感染細胞の認識Table3.HIV-1感染患者リンパ球からのエピトープ特異的CTLの誘導:ペプチドで一回刺激後の反応

 一方、HIV-1 clade Bに属するHIV-1由来の変異エピトープに対するCTLクローンの認識を検討した結果、今回検討に用いたHIV-1 clade B由来の22種の変異エピトープのうち、19種類がCTLの認識に影響していた。そのうち、7種類の変異エピトープでは、オリジナルのエピトープと比較して、CTL活性の認識感度が減少しており、残る12種類の変異エピトープは各エピトープ特異的CTLクローンにより認識されなかった(Table4)。CTLクローンの認識に変化がなかったのは、3種類の変異エピトープのみであった。以上の結果から、CTLにより認識されなかった12種の変異エピトープのうち、2種類はHLA-B*3501分子との結合親和性が顕著に低下しており、10種の変異エピトープはそのアミノ酸置換がTCRの認識に重要な影響を与えていることが示された。また、CTLクローンの認識が低下していた7種類の変異エピトープのうち、5種類はHLA-B*3501分子との結合親和性が低下しており、2種類はTCRの認識に弱い影響を与えていた。これらの結果から、変異エピトープに対するCTLの認識の変化には、ペプチドとHLA-B35分子の結合親和性の変化とTCRの認識の変化の2つの現象が関係し、HLA-B35拘束性のHIV-1特異的CTLの変異エピトープの認識の変化には、主に後者が関係していることが本検討で明らかにされた。多くのHIV-1感染者は、5-10年の無症候期間を経た後にAIDSを発症すると報告されているが、このAIDS発症には、CTLに認識されない変異HIV-1の出現が原因となっているのではないかと考えられており、現在、HIV-1の変異とCTLの認識の変化は非常に注目されている。今後、これらのCTLエピトープについて、個々の患者から検出された、変異エピトープに対するCTLの認識を解析することは、CTLの認識からHIV-1がエスケープする機構を解明する上で非常に重要であると考えられる。

Table4.変異ペプチドのHLA-B*3501分子との結合親和性の変化とCTLクローンの認識
審査要旨

 本研究は、HIV-1の感染及びAIDSの発症の予防に重要な役割を果たしていると考えられている細胞傷害性T細胞(CTL)の役割を明らかにするために、AIDSの悪化因子として報告されているHLA-B35分子により提示される、CTLエピトープの同定を行ない、HIV-1感染者におけるCTLエピトープの認識の詳細な解析を行なったものであり、下記の結果を得ている。

 1.HLA-B35陽性HIV-1感染者の末梢血リンパ球から特異的CTL活性が誘導できた10種のHIV-1SF2由来のペプチドが真のCTLエピトープであることを確認するために、各ペプチド特異的CTLクローンの作成を試みた。結果10種のうち、9種のペプチド特異的CTLクローンが作成された。これらのCTLクローンは、C1RB*3501細胞にペプチドを結合させた標的細胞に対して、結合したペプチドの濃度依存性にCTL活性を示し、またC1RB*3501細胞にHIV-1SF2のGag-Pol,Env,Nefのそれぞれの遺伝子を組み込んだvaccinia virusを感染させた標的細胞に対して特異的CTL活性を示した。これらの結果から、9種のエピトープがHLA-B*3501によって提示されるCTLエピトープであることが確定された。CTLエピトープはPol由来が5、Env由来が2、Nef由来が2であった。

 2.同定されたCTLエピトープがHIV-1感染者で広く認識されるエピトープであるかどうかを確認するために、7名のHLA-B35陽性のHIV-1感染者末梢血リンパ球を9種のエピトープで4回刺激し、特異的CTL活性の誘導を検討した結果、6種((Pol由来4、Nef由来2)のエピトープが3名以上のHIV-1感染者で誘導され、これらが広く認識されるエピトープであることが明らかであった。

 3.9種のエピトープがHIV-1感染者で強く認識される、immunodominantなエピトープであるかどうかを確認するために、HIV-1感染者の末梢血リンパ球をエピトープペプチドで1回刺激後に特異的CTL活性を確認した。Env由来の1種を除く、8種のエピトープ特異的CTL活性が誘導され、これらのエピトープがimmunodoninantなエピトープであることが確認された。

 4.同定されたエピトープの変異をHIV-1cladeBで検索したところ、各エピトープで1種以上、合計22種の変異エピトープが検索された。これらのエピトープに対するCTLの認識の変化をCTLクローンを用いて検討したところ、19/22の変異エピトープの認識がもとのエピトープと比較して減少していた。この原因を解析したところ、変異エピトープのアミノ酸の置換がHLA-B*3501との結合親和性に影響していたものが7種、T細胞受容体(TCR)の認識に影響していたものが12種であった。

 以上、本論文は、HLA-B*3501分子によって9種のHIV-1由来のCTLエピトープが提示されることを明らかにし、この結果から、HLA-B*3501分子がAIDSの悪化因子である原因として、CTLエピトープを提示できないという可能性が否定された。今後、HIV-1感染者から分離されたHIV-1について、これらのエピトープの変異とCTLの認識の変化を解析することは、HIV-1が免疫系からエスケープする機構を解明する上で重要と考えられる。また、HLAクラスI分子により提示される多数のCTLエピトープを同定することは、HIV-1のワクチン開発にも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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