学位論文要旨



No 213508
著者(漢字) 成瀬,勝俊
著者(英字)
著者(カナ) ナルセ,カツトシ
標題(和) ハイブリッド型人工肝臓の開発
標題(洋)
報告番号 213508
報告番号 乙13508
学位授与日 1997.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13508号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 助教授 斎藤,英昭
 東京大学 助教授 山川,満
内容要旨 第1章バイオリアクターの選択:不織布固定培養型と浮遊旋回培養型の比較【背景と目的】

 ハイブリッド型人工肝臓の中枢であるバイオリアクターについて、従来にない新しいタイプのものを開発する目的で、我々は、固定化型と浮遊培養型の二つのタイプを考案した。固定化型としては、培養細胞の固定化の基質として優れた素材であることが近年注目されているポリエステル不織布に、肝細胞を固定化して灌流血液に直接接触させるバイオリアクターを作成して不織布充填型バイオリアクターと名付けた。浮遊培養型としては、スピナーフラスコを用いた浮遊培養槽を考えた。肝細胞を浮遊培養槽によって浮遊旋回培養すると、スフェロイドとよばれる20〜30個の単離肝細胞の凝集体を形成するが、このスフェロイドは単離肝細胞と較べ単位細胞当たりの機能が良好であることが知られており、浮遊培養型において固定化型より良好な性能を発揮する可能性がある。そこで、不織布充填型と浮遊培養型の性能を比較検討した。

[方法]

 ブタの全肝から肝細胞を分離し、容積1Lの浮遊培養槽を用いて24時間浮遊培養して肝細胞スフェロイドを形成した。直径35mm、厚さ4mmの円板状の不織布12枚に1×109個の肝細胞を含む肝細胞スフェロイドを播布したものを容積50mLのカラムに充填して不織布充填型バイオリアクターを作成し、閉鎖回路において培養液を灌流して培養した。一方、浮遊培養槽に、細胞が沈殿しない範囲の最高濃度である5.0×105cells/mLとなるように、5.0×108個の肝細胞を含むスフェロイド懸濁液を取り、培養液を追加して100mLとした。両者とも、培養開始後2,4,6日目に、アルブミン分泌量の測定及びアンモニア負荷テストにおけるアンモニア除去能と尿素合成能の測定を行った。

[結果]

 不織布充填型は、浮遊培養型に較べ、アンモニア除去能、尿素合成能及びアルブミン分泌能のいずれにおいても経過を通じて有意に高い値を示した。

[考察]

 本実験では、不織布充填型が浮遊培養型と較べ2倍の細胞量を収容したが、その機能についてはアンモニア除去能、尿素合成能、アルブミン分泌能のいずれも前者が2〜3倍の能力を示しており、この細胞収容量によく付随した結果と考えられる。また、容積あたりに換算すると不織布充填型は浮遊培養型の4倍の高密度培養ができたことになり、固定化されているため長期にわたってより良好な肝機能を発揮することを考えあわせると、より臨床応用に進むためにふさわしい構造のものであることが示された。

第2章不織布充填型バイオリアクターにおける肝細胞の培養形態の検討[背景と目的]

 我々は、臨床応用に向け、不織布を円筒状に巻いてポリカーボネイト・カラムに充填し、これに肝細胞を固定化した容積200mLの不織布充填型バイオリアクターを作成した(図1)。

図1

 これまでの実験で、浮遊培養槽によって肝細胞スフェロイドを形成すると、総肝細胞数が形成前に較べ約50%に減少してしまうことが明らかとなった。そこで、肝細胞スフェロイドの優れた細胞当たりの機能が細胞数の減少を補ってなおバイオリアクターとしての性能を向上させることができるかどうかを検討する目的で、不織布充填型バイオリアクターに単離肝細胞を固定化した場合と浮遊培養槽によって形成された肝細胞スフェロイドを固定化した場合とで、それぞれの性能評価を行った。また、従来米国を中心に広く用いられてきたホローファイバー型バイオリアクターとの性能の比較をも行った。

[方法]

 コラーゲン・コートした150×270×4mmの不織布を円筒状に巻いて容積200mLのカラムに充填した。ブタ肝細胞を単離肝細胞に分離し、このうち1.0×1010個は、単離肝細胞のまま不織布充填型カラムに固定化された。一方、別の1.0×1010個は、容積4Lの浮遊培養槽によってスフェロイド形成された後に不織布充填型カラムに固定化されたが、スフェロイド形成の過程において生存肝細胞数は1.0×1010個から0.43〜0.66×1010個に減少した。これらのバイオリアクターは、閉鎖回路において培養液を灌流して培養され、灌流開始後24時間に、アルブミン分泌量及び、アンモニア除去能と尿素合成能が測定された。

[結果]

 肝細胞スフェロイドを固定化したバイオリアクターは、バイオリアクター単位では単離肝細胞を固定化したものと較べて有意に低いアンモニア除去能及びアルブミン分泌能を示した。尿素合成能については、有意差を示さなかった。細胞当たりの機能については、肝細胞スフェロイドが単離肝細胞と較べて、アンモニア除去能、尿素合成能及びアルブミン分泌能のいずれにおいても有意に高い値を示した。

[考察]

 スフェロイド形成によって、肝細胞数は形成前と比べて43〜66%に減少した。これは、肝細胞が培養槽の壁等に接触する物理的傷害により死んだためと考えられる。したがって、バイオリアクターに充填される肝細胞数が減るため、バイオリアクター単位としての機能を比較した場合は、スフェロイドを固定化した方が単離肝細胞を固定化した場合より機能が落ちる結果になった。このような細胞のコスト面の欠点と、作成に24時間かかるという時間的制約があることから、スフェロイドとしての機能向上を考えに入れてもなお現状では単離肝細胞の方が優れていると言える。また、ホローファイバー型バイオリアクターの既報のデータと比較したところ、不織布充填型バイオリアクターは単位容積当たり約4倍の細胞収容量が可能であり、また、性能についても上回ることが明らかとなった。

第3章不織布充填型バイオリアクターによるブタ肝不全モデルの同種灌流治療[目的]

 手術的にブタの肝不全モデルを作り、これに対してブタ単離肝細胞を充填した不織布充填型バイオリアクターによる同種灌流治療を行い、その治療効果を検討した。

[方法]

 ブタ肝細胞を分離し、不織布充填型バイオリアクターを、一本当たり1.0×1010個のブタ肝細胞を固定化して作成した。その翌日に、別のブタに対し、人工血管グラフトを用いた門脈下大静脈シャント、肝門部における門脈、固有肝動脈、及び総胆管の結紮を行い阻血性肝不全モデルを作成した。手術終了4時間後に、ブタ肝不全モデルの内頸静脈から全血が取られて不織布充填型バイオリアクター2本を含むハイブリッド型人工肝臓システムに灌流される治療が開始され(図2)、この灌流治療は体重に応じた時間(1時間弱)持続された。ブタ肝不全モデルは、コントロール群(LF群:n=4)、ブタ肝細胞を充填していない不織布充填型カラムを用いて灌流が行われた群(カラム群:n=4)、ブタ肝細胞を充填した不織布充填型バイオリアクターを用いて灌流が行われた群(バイオリアクター群:n=4)、そして、バイオ群でかっ灌流直前に免疫抑制剤FK506 10mgを筋肉内注射した群(バイオ+FK506群:n=5)の4群に分けられた。ブタ肝不全モデルから経時的に採血が行われ、灌流直前値(4時間値)と灌流直後値が比較され、また、灌流直後値と10時間値の群間比較が行われた。また、不織布充填型バイオリアクターの流入直前(前値)及び流出直後(後値)の血液が灌流開始後20分に同時に採血され、比較された。

図2
[結果と考察]

 LF群、カラム群、バイオリアクター群、バイオ+FK506群の平均生存期間はそれぞれ28.0、26.7、35.7、34.7時間であった。バイオリアクター群及びバイオ+FK群の生存期間は、LF群及びカラム群の生存期間に比べて有意に長かった。アンモニアについては、群間比較ではバイオ+FK群が、LF群、カラム群に対し灌流直後値において有意な効果を認めたのみであったが、灌流直後値を直前値と較べると、バイオリアクター群及びバイオ+FK群で有意に減少した。これは、灌流血中の値において後値を前値と較べると、バイオリアクター群とバイオ+FK506群で有意に低かったことを反映していると考えられる。総胆汁酸については、バイオリアクター群及びバイオ+FK群は、群間比較において灌流直後値と10時間値のいずれにおいてもLF群及びカラム群より有意に低く、また、灌流前後及びバイオリアクター前後においても有意な効果を認めた。血糖については、群間比較においてバイオリアクター群とバイオ+FK506群は、LF群、カラム群と比較して有意に高く、また、灌流前後及びバイオリアクター前後においても有意な効果を認めた。凝固能の指標としてのプロトロンビン時間については、有意な効果を認めなかった。LF群とカラム群の間では、生存時間、血中データのいずれにおいても有意差は認められず、不織布充填型バイオリアクターの性能が不織布自体の働きによるのではなく、これに固定化された肝細胞の機能によることが明らかになった。一方、バイオリアクター群とバイオ+FK506群の間にも有意差は認められず、FK506の効果については今回は結論できなかった。以上より、不織布充填型バイオリアクターはex vivoにおいても肝臓の代謝機能、糖新生能を代替する能力を持っていることが明らかとなった。

審査要旨

 本研究は、劇症肝炎、術後肝不全等の重症肝不全の治療法として注目されているハイブリッド型人工肝臓のバイオリアクターについて、従来の型の欠点を解消した新しい型である不織布充填型バイオリアクターの開発を行い、in vitroにおけるその性能を検討するとともに、ブタ肝不全モデルに対してこれを用いたex vivo同種灌流治療を行い、その成果を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.ハイブリッド型人工肝臓のバイオリアクターについて、固定化型と浮遊培養型の二つのタイプを考案した。固定化型としては、培養細胞の固定化の基質として優れた素材であることが近年注目されているポリエステル不織布に、肝細胞を固定化して灌流血液に直接接触させる構造を持つ不織布充填型バイオリアクターを開発した。浮遊培養型としては、スピナーフラスコを用いた浮遊培養槽を用い、これらのバイオリアクター内でブタ肝細胞を培養して性能を比較検討した結果、不織布充填型は、浮遊培養型に較べ、アンモニア除去能、尿素合成能及びアルブミン分泌能のいずれにおいても経過を通じて有意に高い値を示した。

 2.臨床応用に適したサイズにするために、不織布を円筒状に巻いてポリカーボネイト・カラムに充填し、これに肝細胞を固定化した容積200mLの不織布充填型バイオリアクターを作成した。そして、これに単離肝細胞を固定化した場合と肝細胞スフェロイドを固定化した場合とで、それぞれの性能評価を行った。その結果、スフェロイド形成をした場合、肝細胞数が形成前と比べて43〜66%に減少するため、細胞当たりの機能については肝細胞スフェロイドが単離肝細胞と較べてより良好であるものの、バイオリアクター単位では単離肝細胞を固定化したものの方が良好な性能を発揮することが明らかとなった。

 3.ブタの肝不全モデルを作り、これに対してブタ単離肝細胞を充填した不織布充填型バイオリアクターによる同種灌流治療を行い、その治療効果を検討した。すなわち、ブタ肝細胞を分離し、不織布充填型バイオリアクターを、一本当たり1.0×1010個のブタ肝細胞を固定化して作成し、その翌日に別のブタに対し人工血管グラフトを用いた門脈下大静脈シャント、肝門部における門脈、固有肝動脈、及び総胆管の結紮を行い阻血性肝不全モデルを作成し、これに対して不織布充填型バイオリアクター2本を含むハイブリッド型人工肝臓システムによる灌流治療を行った。その結果、不織布充填型バイオリアクターはex vivoにおいても肝臓の代謝機能、糖新生能を代替する能力を持っていることが明らかとなった。

 以上、本論文は、ハイブリッド型人工肝臓のバイオリアクターについて従来の型の欠点を解消した新しい型である不織布充填型バイオリアクターの開発を行い、これにブタ肝細胞を固定化したものが、in vitro及びブタ肝不全モデルに対するex vivo同種灌流治療のいずれにおいても良好な性能を示すことを明らかにした。本研究は、いまだに実験的治療の段階にある人工肝臓において、不織布充填型バイオリアクターがその高い性能によって臨床の現場で広く普及する可能性を示したもので、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54036