学位論文要旨



No 213509
著者(漢字) 金子,悟
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,サトル
標題(和) アセチルコリンエステラーゼ阻害物質フペルジンAおよび含フッ素類縁体の合成研究
標題(洋)
報告番号 213509
報告番号 乙13509
学位授与日 1997.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13509号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
内容要旨

 フペルジンA(1)は、ヒゲノカズラ科の植物[Huperzia serrata(Thunb.)Trev.]から単離されたアルカロイドで、その構造は、Liuら(1986年)によって決定された(Figure 1)。アセチルコリンエステラーゼ(AChE)に選択的な阻害活性を示し、アルツハイマー病治療薬として大変注目を浴びている。1の全合成は、Qianら(1989年)およびKozikowskiら(1989年、1993年)によって報告され、(-)-1の不斉合成は、不斉補助基として(-)-8-フェニルメントールを化学量論量使用する方法により達成されている(Kozikowskiら、1991年)。

Figure 1.

 著者は、この顕著なAChE阻害作用を有している1に着目し、1)効率的な不斉合成法の開発、2)薬物動態に優れた新規含フッ素類縁体の探索、3)構造活性相関に関する新たな知見の獲得、等を目的として研究に着手した。

 まず、効率的な不斉合成法の確立を念頭に置き、光学活性塩基を利用した連続不斉ミカエル付加-分子内アルドール反応と、光学活性ホスフィンを利用した触媒的不斉アリル化-環化反応について詳細に検討した(Scheme 1)。

Scheme 1.Asymmetric synthesis of the key intermediate(+)-4 of(-)-huperzine A(1)

 前者は、塩基として(-)-シンコニジン(5)を用いると不斉収率64%eeで(+)-4を与えた。後者は、不斉配位子にフェロセニルホスフィン誘導体(R)-(S)-7を利用すると不斉収率64%eeで(+)-6が生成し、二重結合の異性化によって(+)-4を与えた。二通りの方法によって得られた(+)-4からは、それぞれ再結晶によって光学的に純粋な重要合成中間体(+)-4が得られ、既知の方法に準じて、天然型の光学活性体である(-)-1へ誘導した(Scheme 2)。

Scheme 2.Synthesis of optically active natural(-)-huperzine A[(-)-1]

 次に、1の類縁体を設計するにあたり、報告されている構造活性相関から、極めて近似した三次元的分子構造が必須であると推察された。また、脂溶性の向上を計り血液脳関門の透過性や作用部位への長期滞在といった薬理作用の改善を期待し、含フッ素類縁体11-14をデザインし(Figure 2)、ラセミ体として合成した。

Figure 2.

 第一に、(±)-6からケトン15に誘導し、フッ素アニオンを触媒としてTMSCF3を付加させ、脱水してエステル16を得た。さらに、加水分解、Curtius転位反応および脱保護を順次行い11を合成した。次に、(±)-6からケトアルデヒド17に誘導してCF3基を付加させると、アルデヒドにのみ化学選択的かつ立体選択的に付加し、脱シリル処理してジオール18を得た。これに、Corey-Winterのオレフィン合成法を応用して鍵合成中間体19を得た。メチル基を導入してアルコール20に誘導しカルボン酸に酸化した後、11の合成に習って12を合成した。また、鍵合成中間体19からエステル21に導き、CF3基を導入してカルバマート22に変換した後、脱保護して13を合成した(Scheme 3)。

Scheme 3.Synthetic strategy of fluorinated huperzine A analogues(11-13)

 一方、(±)-6から二重結合を位置選択的に生成させた臭化アリル23を得て、カルバマート24に誘導した。続いて、エチルエステル25としてマスクした後、脱保護、還元、フッ素化を順次行い14を合成した(Scheme 4)。

Scheme 4.Synthesis of(±)-12-fluorohuperzine A(14)

 合成した天然型(-)-フペルジンA[(-)-1]および一連の新規含フッ素類縁体(11-14)のAChE阻害活性を測定して、その結果をTable 1にまとめた。

Table 1.Inhibitory activity against acetylcholinesterase(AChE)and butyrylcholinesterase(BuChE)

 11-14は、(-)-1には及ばないものの、明らかに選択的なAChEの阻害活性を示した。また、14位よりも、12位をフッ素で置換した方が活性への影響が少ないことも判明した。しかしながら、モノフルオロ置換体14でも、活性の低下が避け難いことから、メチル基に基づく疎水的相互作用が酵素蛋白質との結合において大きな働きを担っているものと考えられた。

 以上のように、著者は、(-)-1の重要合成中間体(+)-4を触媒的不斉反応を利用して得る方法を確立し(-)-1の不斉合成を達成した。また、新規含フッ素類縁体11-14を合成し、AChE阻害活性を評価した。近い将来、これらの合成法や構造活性相関に関する知見を基に、有益な薬理活性物質が創製され、アルツハイマー病の克服に道が開けることを切に願うものである。

審査要旨

 フペルジンA((-)-1)はヒカゲノカズラ科の植物から単離されたアルカロイドで、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)に選択的な阻害活性を示す。本論文は、抗痴呆薬としての可能性を秘めた(-)-1を所望の絶対配置の光学活性体として大量に得るための効率的な不斉合成法を開拓し、さらに、含フッ素フペルジンA類縁体を設計、合成し、それらの生物活性を検討した経緯を述べたものである。

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 まず、合成中間体((+)-4)の効率的な不斉合成法の確立を目的として、光学活性アミンを用いた不斉マイケル付加-分子内アルドール反応による方法を詳細に検討した。その結果、1,4-シクロヘキサジオンから5工程で得られる2とメタクロレインの光学活性アミンを用いた反応によって3がジアステレオマーの混合物として得られ、これから4が光学活性体として得られることが判明した。各種光学活性アミンを検索した結果、(-)-シンコニジン(5)を化学量論量用いることにより、(+)-4が64%eeで得られることを見出した。さらに効率の良い方法を検討し、光学活性ホスフィンを配位子とし、-アリルパラジウム錯体を用いる2の不斉アリル化反応によって、6が光学活性体として得られることを見出した。そこで、各種の光学活性ホスフィン配位子を検索し、0.2当量のフェロセニルホスフィン誘導体(7)を用いることによって、(+)-6が64%ee得られることを見出した。(+)-6はその光学純度を損なうことなく(+)-4に変換でき、得られた(+)-4は再結晶によって、エナンチオマーとして純粋な(+)-4に導くことができた。(+)-4からは既知の方法に準じて、天然型の(-)-1を得ることができた。

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 つぎに、1の類縁体を設計するにあたり、脂溶性の向上を計ることによって血液脳関門の透過性の改善を期待して、極めて近似した三次元的分子構造を持つ含フッ素体(8〜11)をデザインし、ラセミ体として合成した。

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 合成した天然型(-)-1、非天然型(+)-1、およびラセミ体の8〜11のAChE阻害活性を測定した結果、(+)-1の活性はきわめて弱いこと、8〜11は(-)-1には及ばないものの活性が認められることが判明した。しかし、メチル基をモノフルオロメチル基に置換した11でも活性の低下が認められることから、(-)-1と酵素蛋白質との間の結合が極めて緻密であることが示唆された。

 以上、本研究は、フペルジンA((-)-1)の合成中間体((-)-4)を触媒的不斉反応を利用して得る方法を確立し、(-)-1の不斉合成を達成すると共に、新規含フッ素類縁体も合成してそれらのAChE阻害活性の評価を行ったもので、有機合成化学、医薬品化学に貢献するものであり、博士(薬学)の学位に値するものと認める。

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