学位論文要旨



No 213511
著者(漢字) 山村,喜一
著者(英字)
著者(カナ) ヤマムラ,ヨシカズ
標題(和) 肝疾患治療薬グリチルリチンの体内動態と薬効発現に関する基礎および臨床研究
標題(洋)
報告番号 213511
報告番号 乙13511
学位授与日 1997.09.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13511号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 柴崎,正勝
内容要旨 序論

 甘草の主成分であるグリチルリチン(G)は、抗アレルギー、抗炎症作用、肝細胞障害抑制および修復作用を有し、肝疾患およびアレルギー疾患の治療に広く用いられている。肝疾患患者におけるGの静脈内投与による治療は、臨床の場で広く使用されているが、経口投与では、十分な効果が得られていない。この原因は、Gが胃液中でグリチルレチン酸(GA)に加水分解されるためと考えられてきたが、十分な検討がなされていない。さらに、Gの静脈内投与による治療は、患者の臨床検査値あるいは病態を観察しながら、経験的に行われているのが現状である。一方、ヒトにおけるGの体内動態研究に関する報告は極めて少なく、投与後のGの動態を解析するまでには至っていない。この主な原因として、Gの定量上の問題が挙げられる。すなわち、Gは水溶性薬物であるために、従来の定量法では、生体由来の夾雑物の影響を大きく受け、生体試料中のG濃度を十分な感度で測定できなかったためと考えられる。

 Gは主に肝臓より胆汁を介して未変化体として排泄される薬物である。したがって、肝疾患患者ではGの体内動態が大きく変動することが予想される。そこで、本研究では、以下の3つの項目を目的として検討を行った。

 1)生体試料中のGの高感度で信頼性の高い定量法を開発する。

 2)Gとその活性代謝物グリチルレチン酸(GA)のヒトおよびラットにおける体内動態を明らかにする。

 3)投与量設定を目的として、肝疾患患者および肝障害ラットにおける、Gの血漿中濃度と肝機能改善効果との関係について解析する。

1.生体試料中のGの高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による定量法の開発

 生体試料中のGは、イオン対試薬を用いてイオン対を形成させ、塩析して有機溶媒で抽出した。蛍光試薬(臭化メチルメトキシクマリン)と反応させた後、HPLCカラムに注入し、蛍光検出した。各生体試料中から得られたクロマトグラムについて、Gの保持時間に妨害ピークは認められなかった。本定量法は、特異性、再現性に優れ、かつ高感度であることから、Gの体内動態研究に有用と考える。なおGの代謝物GAは、ジクロロメタンで抽出後、HPLCを用いて、UV検出により定量した。

2.健常人におけるGの体内動態解析2-1.静脈内投与

 健常人にG40、80および120mgの静脈内投与後のGの血漿中濃度推移を、2-コンパートメントモデルに基づいて解析した結果、中枢コンパートメント中の分布容積(Vc)の値は、ヒトでの血漿容量とほぼ一致した。また、使用した投与量範囲内においてGの血漿中濃度一時間曲線下の面積(AUC)は投与量に比例して増大した。G静脈内投与後の血漿中と尿中には、代謝物であるGAは検出されなかった。Gの尿中排泄率(0-24h)は2%以下であった。また、Gは血球中にほとんど移行しないことが示された。

2-2.経口投与

 G100mgの経口投与後の血漿中には未変化体のGは検出されず、代謝物GAのみが検出された(0.2g/ml以下)。Gは経口投与後、胃液中でGAに加水分解されるために、体循環血に検出されないと考えられてきた。そこで、健常人から採取した胃液を用いて、Gの安定性試験を行った結果、Gは胃液中で5時間まで安定であることがわかった。

3.肝疾患患者におけるGの体内動態解析3-1.静脈内投与

 慢性肝炎患者8名、急性肝炎患者4名および肝硬変患者6名を対象に、G120mgの静脈内投与を行った。Gの血漿中濃度は患者間で大きく変動した。Gの消失半減期(t1/2)は、急性肝炎患者(平均4.1h)、慢性肝炎患者(6.0h)および肝硬変患者(15.3h)の順に遅延し、健常人での値と比較して、各々2、3および7.5倍に延長した。全身クリアランス(CLtot)は、各々70,40および20%に減少した。以上のことから、Gの体内動態は患者の病態により著しく異なることが示唆された。なお、各患者のG投与後の血漿中GA濃度は、1g/ml以下であった。

4.Gの体内動態と臨床効果との関係解明4-1.肝炎患者における血漿中G濃度と肝機能改善との関係

 急性肝炎患者1名に入院直後からG120mg1日1回の繰り返し投与を行った。入院時の血清中ASTとALTレベルは各々835と1955IU/Lであったが、投与63日目には各々45と68IU/Lと、ほぼ正常範囲内の値にまで低下した。22日目のGのt1/2とCLtotは各々7.6時間と2.8ml/h・kgであったが、63日目での各々の値は3.4時間と11.6ml/h・kgとなり、健常人での値とほぼ一致した。以上のことから、同一患者においても肝機能の程度により、Gの体内動態が大きく異なることが示された。

 慢性、急性肝炎患者と肝硬変患者19名におけるGのCLtotと血清中ASTとALTレベルとの間に負の相関関係が認められ(r=-0.670、r=-0.504)、各患者群ごとに比較した場合、さらに良好な負の相関関係が得られた。

4-2.慢性肝炎患者における血漿中G濃度と肝機能改善効果との関係

 慢性肝炎患者にGを2週間にわたり連日投与を行った。80mg投与群の血漿中ASTとALTレベルの改善率は、各々62.2%と64.5%、120mg投与群では各々63.1%と68.7%であり、いずれの投与においても、同程度の肝機能改善が認められた。さらに、肝機能の値とGのCLtotの関係を用いて算出した平均血漿中G濃度が、5g/ml以上で30%以上の肝機能の改善効果を示すことが示唆された。

5.ラットにおけるGの体内動態の解析5-1.静脈内投与

 ラットにG(2、10および50mg/kg)静脈内投与後の血漿中G濃度は、いずれにおいても2相性を示し減衰した。投与後24時間の尿中排泄率は、未変化体が投与量の各々3%以下,GAが各々0.04%以下であった。Gのt1/2、CLtotおよびVdssは、投与量間で差は認められなかった。

5-2.経口投与

 G2および10mg/kgの経口投与の場合、投与後1時間の血漿中にのみGが各々0.2と0.4g/ml検出された。50mg/kg投与では、血漿中にGが明らかに検出され、そのAUCは7.3±1.8g・h/mlであった。静脈内投与後のGのAUCの比較から求めたバイオアベイラビリティ(BA)は約1%であった。代謝物のGAは投与後1時間でのみ0.4g/mlの濃度が検出された。

 ラットの胃液中でのGの安定性を検討した結果、Gは少なくとも3時間まで安定であることが示された。

5-3.ラット腸管からのGの吸収動態

 Gの腸管からの吸収動態をIn situ loop法により検討した。結紮した回腸部にG(10および50mg/kg)を投与し、100分間にわたり摂取した腸間膜静脈血中には、未変化体のGが投与量の各々平均1.2%および1.9%が回収され、GAが各々0.2%および0.4%が回収された。腸管ホモジネート中から、Gのみが投与量の4.8%回収され、腸管ループ内からGとGAが各々83.8%と0.5%回収された。以上のことから、Gは腸管から極めて吸収されにくいことが示された。したがって、G経口投与後の低いBAの原因は、Gが腸管からほとんど吸収されないためであることがわかった。

5-4.肝障害ラットにおけるGの体内動態と効果との関係

 四塩化炭素を用いて肝障害ラットを作成し、G5mg/kgの静脈内投与を行った。肝障害群における血漿中濃度は、コントロール群に比べて、明らかに高く推移した。肝障害群のGのt1/2は、コントロール群の3.4倍に延長した。GのCLtotと血漿中ASTとAITレベルとの関係は負の相関関係を示した(各々r=-0.838とr=-0.873)。以上のことから、ラットにおいても、肝炎患者と同様にGの体内動態パラメータと血漿中ASTとAITレベルとの間に密接な関係が示唆された。

 次に、Gの体内動態と効果の関係を明らかにするために、Gを繰り返し投与して血漿中G濃度を維持する方法として、静注以外の経路として腹腔内投与を検討した。

 G(2、10および50mg/kg)の腹腔内投与後、各投与量ともに投与30分で最高血漿中濃度に到達し、その値は各々4.7,33.0および238.9g/mlであった。AUCと投与量との間に比例関係が認められ、BAは約80%と高かった。このことから、腹腔内投与は、静脈内投与に匹敵する投与経路であり、繰り返し投与法として有用であることが示された。

 肝障害ラットに四塩化炭素-オリブ油の混液を8週間(週2回投与)にわたり投与しながら、6週目より2週間にわたって1日おきにG5、10、25および50mg/kgの腹腔内投与を行った。5mg/kg投与群は肝機能の改善が認められず、10、25および50mg/kg投与群では、コントロール群と比較して30%以上の肝機能改善が認められた。G10、25および50mg/kg投与群の平均血漿中G濃度は、5g/ml以上を示した。この濃度は、慢性肝炎患者で示唆された濃度とほぼ同じ値であった。G最終投与後の肝臓中のGのみかけのKp値は1.7であった。代謝物のGAは肝臓中には検出されなかった。以上のことから、臨床においてGの平均血漿中濃度を5g/ml以上に維持することにより、十分な効果が得られることが示唆された。以上のことから、以下のことが示された。

6.まとめ

 1 水溶性薬物であるGをイオンペアを形成させ、塩析することによって、有機溶媒に抽出できた。さらに蛍光試薬でのGのラベル化により、高感度なHPLC法が確立できた。

 2 Gの経口投与後の極めて低いBAの主な原因は、腸管からほとんど吸収されないためであることを明かにした。

 3 Gの静脈内投与により肝機能が改善されることを確認した。肝機能の改善を示すGの平均血漿中濃度は、5g/ml以上であることが明かにし、肝機能検査値を指標とした肝疾患患者におけるGの投与量設定を可能とした。

審査要旨

 肝疾患治療薬グリチルリチンの体内動態と薬効発現に関する基礎および臨床研究

 甘草の主成分であるグリチルリチン(G)は、肝疾患およびアレルギー疾患の治療に広く用いられている薬物である。肝疾患患者におけるGの静脈内投与による治療は、臨床の場で広く使用されているが、経口投与では、十分な効果が得られていない。この原因は、Gが胃液中でグリチルレチン酸(GA)に加水分解されるためと考えられてきたが、十分な検討がなされていない。一方、ヒトにおけるGの体内動態研究に関する報告は極めて少ない。すなわち、Gは水溶性薬物であるために、従来の定量法では、生体由来の夾雑物の影響を大きく受け、生体試料中のG濃度を十分な感度で測定できなかったためと考えられる。Gは主に肝臓より胆汁を介して未変化体として排泄される薬物のために、肝疾患患者ではGの体内動態が大きく変動することが予想される。そこで本研究では、Gの定量法の開発、Gとその活性代謝物GAの体内動態の解明、投与量設定のためのGの血漿中濃度と肝機能改善効果との関係の解明を目的として検討を行った。

1.生体試料中のGの高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による定量法の開発

 生体試料中のGは、イオン対試薬を用いてイオン対を形成させ、塩析して有機溶媒で抽出した。蛍光試薬と反応させた後、HPLCカラムに注入し蛍光検出した。本定量法は、特異性、再現性に優れかつ高感度であり、Gの体内動態研究に有用と考える。

2.健常人および肝疾患患者におけるGの体内動態解析

 健常人にG静脈内投与後の体内動態は線形性を示し、また中枢コンパートメント中の分布容積の値は、ヒトでの血漿容量とほぼ一致した。G100mgの経口投与後の血漿中には、代謝物GAのみが検出された(0.2g/ml以下)。健常人の胃液中でのGは5時間まで安定であることがわかった。

 G120mgの静脈内投与後のGのt1/2は、急性、慢性肝炎患者および肝硬変患者の順に遅延し、CLtotは、健常人の値に比較して各々70,40および20%に減少した。以上のことから、Gの体内動態は患者の病態により著しく異なることが示唆された。

3.Gの体内動態と臨床効果との関係解明

 急性肝炎患者1名に入院直後からG120mg1日1回の繰り返し投与を行い、追跡した。入院時の血清中ASTとALTレベルは各々835と1955IU/Lであったが、投与63日目には、ほぼ正常範囲内の値にまで低下し、Gのt1/2とCLtotは、健常人での値とほぼ一致した。以上のことから、同一患者においても肝機能の程度により、Gの体内動態が大きく異なることが示された。慢性、急性肝炎患者と肝硬変患者における各患者群ごとのGのCLtotと血清中ASTとALTレベルとの間に良好な負の相関関係が認められた。慢性肝炎患者にGを2週間にわたり連日投与を行い、80mg、120mg投与群のいずれにおいても、同程度の肝機能改善が認められた。さらに平均血漿中G濃度が、5g/ml以上で30%以上の肝機能の改善効果を示すことが示唆された。

4.ラットにおけるGの体内動態の解析

 ラットにG静脈内投与後の体内動態は線形性を示した。G50mg/kgの経口投与後のAUCと静脈内投与後のAUCの比較から求めたBAは約1%であった。ラットの胃液中で、Gは少なくとも3時間まで安定であることが示された。In situ loop法により、Gは腸管がら極めて吸収されにくいことが示され(2%以下)、G経口投与後の低いBAの原因は、Gが腸管からほとんど吸収されないためであることがわかった。

5.肝障害ラットにおけるGの体内動態と効果との関係

 肝障害群におけるG5mg/kgの静脈内投与後の血漿中濃度は、コントロール群に比べて明らかに高く推移し、t1/2は3.4倍に延長した。GのCLtotと血漿中ASTとALTレベルとの関係は、負の相関関係を示した。以上のことからラットにおいても、肝炎患者と同様にGの体内動態パラメータと血漿中ASTとALTレベルとの間に密接な関係が示唆された。

 肝障害ラットにおいて、10〜50mg/kg投与群では、コントロール群と比較して30%以上の肝機能改善が認められ、その平均血漿中G濃度は、5g/ml以上を示した。この濃度は、慢性肝炎患者で示唆された濃度とほぼ同じ値であり、臨床においてGの平均血漿中濃度を5g/ml以上に維持することにより、十分な効果が得られることが示唆された。

 以上のことから、高感度なHPLC法を確立し、Gの経口投与後の極めて低いBAの主な原因は、腸管からほとんど吸収されないためであることを明かにし、肝機能の改善を示すGの平均血漿中濃度は、5g/ml以上であることを解明した。さらに、肝機能検査値を指標とした肝疾患患者におけるGの投与量設定を可能とした。

 以上、本研究はGの定量法、体内動態およびGの濃度と効果に関する新しい知見を示し、薬物動態学の臨床応用に寄与するところ大であり、よって博士(薬学)の学位に十分に値するものである。

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