肝疾患治療薬グリチルリチンの体内動態と薬効発現に関する基礎および臨床研究 甘草の主成分であるグリチルリチン(G)は、肝疾患およびアレルギー疾患の治療に広く用いられている薬物である。肝疾患患者におけるGの静脈内投与による治療は、臨床の場で広く使用されているが、経口投与では、十分な効果が得られていない。この原因は、Gが胃液中でグリチルレチン酸(GA)に加水分解されるためと考えられてきたが、十分な検討がなされていない。一方、ヒトにおけるGの体内動態研究に関する報告は極めて少ない。すなわち、Gは水溶性薬物であるために、従来の定量法では、生体由来の夾雑物の影響を大きく受け、生体試料中のG濃度を十分な感度で測定できなかったためと考えられる。Gは主に肝臓より胆汁を介して未変化体として排泄される薬物のために、肝疾患患者ではGの体内動態が大きく変動することが予想される。そこで本研究では、Gの定量法の開発、Gとその活性代謝物GAの体内動態の解明、投与量設定のためのGの血漿中濃度と肝機能改善効果との関係の解明を目的として検討を行った。 1.生体試料中のGの高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による定量法の開発 生体試料中のGは、イオン対試薬を用いてイオン対を形成させ、塩析して有機溶媒で抽出した。蛍光試薬と反応させた後、HPLCカラムに注入し蛍光検出した。本定量法は、特異性、再現性に優れかつ高感度であり、Gの体内動態研究に有用と考える。 2.健常人および肝疾患患者におけるGの体内動態解析 健常人にG静脈内投与後の体内動態は線形性を示し、また中枢コンパートメント中の分布容積の値は、ヒトでの血漿容量とほぼ一致した。G100mgの経口投与後の血漿中には、代謝物GAのみが検出された(0.2g/ml以下)。健常人の胃液中でのGは5時間まで安定であることがわかった。 G120mgの静脈内投与後のGのt1/2は、急性、慢性肝炎患者および肝硬変患者の順に遅延し、CLtotは、健常人の値に比較して各々70,40および20%に減少した。以上のことから、Gの体内動態は患者の病態により著しく異なることが示唆された。 3.Gの体内動態と臨床効果との関係解明 急性肝炎患者1名に入院直後からG120mg1日1回の繰り返し投与を行い、追跡した。入院時の血清中ASTとALTレベルは各々835と1955IU/Lであったが、投与63日目には、ほぼ正常範囲内の値にまで低下し、Gのt1/2とCLtotは、健常人での値とほぼ一致した。以上のことから、同一患者においても肝機能の程度により、Gの体内動態が大きく異なることが示された。慢性、急性肝炎患者と肝硬変患者における各患者群ごとのGのCLtotと血清中ASTとALTレベルとの間に良好な負の相関関係が認められた。慢性肝炎患者にGを2週間にわたり連日投与を行い、80mg、120mg投与群のいずれにおいても、同程度の肝機能改善が認められた。さらに平均血漿中G濃度が、5g/ml以上で30%以上の肝機能の改善効果を示すことが示唆された。 4.ラットにおけるGの体内動態の解析 ラットにG静脈内投与後の体内動態は線形性を示した。G50mg/kgの経口投与後のAUCと静脈内投与後のAUCの比較から求めたBAは約1%であった。ラットの胃液中で、Gは少なくとも3時間まで安定であることが示された。In situ loop法により、Gは腸管がら極めて吸収されにくいことが示され(2%以下)、G経口投与後の低いBAの原因は、Gが腸管からほとんど吸収されないためであることがわかった。 5.肝障害ラットにおけるGの体内動態と効果との関係 肝障害群におけるG5mg/kgの静脈内投与後の血漿中濃度は、コントロール群に比べて明らかに高く推移し、t1/2は3.4倍に延長した。GのCLtotと血漿中ASTとALTレベルとの関係は、負の相関関係を示した。以上のことからラットにおいても、肝炎患者と同様にGの体内動態パラメータと血漿中ASTとALTレベルとの間に密接な関係が示唆された。 肝障害ラットにおいて、10〜50mg/kg投与群では、コントロール群と比較して30%以上の肝機能改善が認められ、その平均血漿中G濃度は、5g/ml以上を示した。この濃度は、慢性肝炎患者で示唆された濃度とほぼ同じ値であり、臨床においてGの平均血漿中濃度を5g/ml以上に維持することにより、十分な効果が得られることが示唆された。 以上のことから、高感度なHPLC法を確立し、Gの経口投与後の極めて低いBAの主な原因は、腸管からほとんど吸収されないためであることを明かにし、肝機能の改善を示すGの平均血漿中濃度は、5g/ml以上であることを解明した。さらに、肝機能検査値を指標とした肝疾患患者におけるGの投与量設定を可能とした。 以上、本研究はGの定量法、体内動態およびGの濃度と効果に関する新しい知見を示し、薬物動態学の臨床応用に寄与するところ大であり、よって博士(薬学)の学位に十分に値するものである。 |