学位論文要旨



No 213512
著者(漢字) 勝木,太
著者(英字)
著者(カナ) カツキ,フトシ
標題(和) コンクリート用各種繊維補強材の耐アルカリ性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 213512
報告番号 乙13512
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13512号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 古関,潤一
 建設省 主任研究員 小澤,一雅
内容要旨

 コンクリート用補強材として用いられる一方向繊維強化プラスチック(FRP)材料は,コンクリート中に埋設して使用されることが多く,長期的に高アルカリ環境下に曝される。したがって,化学繊維と高分子材料系樹脂とで集束されるFRP材料においては,鋼材ではあまり考えられなかった対アルカリについて明らかにする必要があった。現在,各種FRPロッド,またこれらFRP材料を構成する各種繊維およびマトリックス樹脂の耐アルカリ性については貴重な研究がなされている。しかし,既往の研究において,アルカリによるFRP材料の劣化メカニズムを明らかにし,その劣化進行を定式化した報告は非常に少ない。

 そこで本研究では,高温,高濃度条件下のアルカリ溶液に各種繊維および各種FRPロッドを浸漬しアルカリによってどのように劣化が進行するのか明らかにするとともに,劣化するものについてはその進行を定式化し,経時的に引張強度の低下を推定することを試みた。写真-1に温度40℃のNaOH溶液に浸漬した各種繊維を走査電子顕微鏡(SEM)で観察した結果を示す。ガラス繊維の場合,繊維表面から徐々に浸食が進み,繊維がやせ細っていく現象が確認できた。しかし,アラミドと炭素繊維の場合,ガラス繊維を浸漬したNaOH溶液の2倍の濃度にも関わらず明らかな劣化は認められなかった。また引張試験結果においてもガラス繊維のような強度低下は認められず,耐アルカリ性に非常に優れていることが確認された。そこで解析モデルは,図-1に示すような二次元領域を考えた場合,繊維表面からの完全反応層の厚さが式(1)のステファン問題を解くことによって得られるとした。

写真-1 各種繊維のSEM像図-1 劣化モデル

 

 ここで,t:浸漬時間(hrs)

 C:繊維表面のアルカリ濃度(mol/l)

 r:繊維中心から未反応層厚さ(cm)

 D:アルカリの拡散係数(cm2/hrs)

 F(C,r,t):アルカリの消費を伴う反応

 次に,アルカリと反応した層の強度は無視し,反応していない部分の強度を浸漬前の強度と同じであると仮定することで,浸漬日数毎の強度推定式(2)を得た。図-2にアルカリ濃度を変化させて浸漬したガラス繊維の引張強度を推定した結果を示す。実験値と解析値は多少ばらつきはあるものの解析によって強度低下を推定できることが分かった。

 

 0:浸漬前の引張強度

 t:浸漬日数t時間経過後の引張強度

 S0:浸漬前の繊維断面積

 St:浸漬日数t時間経過後の断面積

 R0:浸漬前の繊維半径

図-2 解析モデルの検証

 次に,繊維の場合と同じ条件で浸漬した各種FRPロッド断面をEPMAを用いてNa分析した結果を写真2に示す。GFRPロッドの場合,明らかに外部から浸透したと考えられるNaが検出されたが,AFRPおよびCFRPロッドには殆どNaが検出されなかった。マトリックスは全てビニルエステル樹脂であるにも関わらず,耐アルカリ性の低いガラス繊維を混入したGFRPロッドのみにNaの浸透が起こることから,アルカリの浸透はロッド中の繊維の耐アルカリ性に大きく左右されることが分かった。

写真-2 EPMAによるNa分布測定結果

 次に,GFRPロッドにNaが浸透した部分を拡大して分析した結果を写真-3に示す。ここに示すSEM像からロッド中のガラス繊維は樹脂層に近い部分のガラス繊維が劣化しており中心部は劣化を受けていない。これは写真3(b)の劣化した部分のAlカウント数が繊維中心部よりも少なく,ガラス繊維中のAlが溶出していることからも判断できる。また写真-3(c)において,Naは繊維が劣化した部分に吸着していること,劣化は繊維内部まで進行していないこと等から,Naは繊維と樹脂の界面に生じた拡散能力の高い劣化層を通して内部に浸透したと考えられる。そこで,この浸透過程を解析的に評価できるように,ガラス繊維の劣化を考慮したロッドの劣化をモデル化した。モデルはガラス繊維と樹脂の界面に要素を設け,その要素は反応層を形成するまではガラス繊維の劣化モデルと同じように進行するが,反応層を形成した後の拡散係数は大きくして計算するモデルである。写真-4に解析結果を示すが,反応層は繊維内部よりも界面要素のほうが先行する結果となり,実際の劣化を評価できることが分かった。しかし,この計算は反応後の拡散係数に支配されており,実際の浸透速度を評価するには反応後の拡散係数を既知にしなければならない。そこで単純にNaの分布測定結果からマクロ的にアルカリの浸透を推定する方法を提案した。筆者はフィックの拡散方程式を簡略化した一次元モデル式を利用し,Naがロッド内部へ一次元的に浸透する距離を次式で評価した。

写真-3 Na浸透部分のマイクロ分析写真-4 解析結果

 

 式(3)中の拡散係数kは,温度40℃および温度60℃で浸漬されたGFRPロッド断面のNa分布測定結果を基に決定した。すなわち,Naがカウントされていない部分の面積を,図-3に示すような単純な円の面積に換算して半径を算出し,式(3)を用いて求めた。次に,アルカリによるGERPロッドの強度低下を評価することにする。ここで,劣化したGFRPロッドの引張強度を算出するため,ガラス繊維の場合と同様に式(2)を用いて定式化した。図-4にアルカリ濃度1.0mol/l,温度40℃および60℃で浸漬されたGFRPロッドの破断強度と浸漬日数の関係を示す。また図中には,最小二乗法で近似した結果とNaの分布測定結果を用いて計算した結果から算出される拡散係数と式(2)を用いて計算した結果である。図中の実験値と計算結果はほぼ一致しており,マクロ的な評価ではあるがアルカリによるGFRPロッドの強度低下を十分推定できることが確認された。

図-3 アルカリ浸透領域の単純モデル化図-4 劣化したGFRPロッドの引張強度
審査要旨

 コンクリート用補強材として用いられる一方向繊維強化プラスチック(FRP)材料は、コンクリート中に埋設して使用されることが多く、長期的に高アルカリ環境下に曝される。したがって、化学繊維と高分子材料系樹脂とで集束されるFRP材料においては、鋼材ではあまり考えられなかった耐アルカリ性について明らかにする必要がある。現在までコンクリート補強用各種FRPロッド、またこれらFRP材料を構成する各種繊維およびマトリックス樹脂の耐アルカリ性については貴重な研究がなされている。しかし、アルカリによるFRP材料の劣化メカニズムを明らかにし、その物理的特性の劣化進行を定式化した報告は非常に少ないのが現状である。本研究では、高温、高濃度条件下のアルカリ溶液に各種繊維および各種FRPロッドを浸漬し、アルカリによってどのように劣化が進行するのかを明らかにするとともに、劣化の進行を定式化し、経時的に引張強度の低下を推定することを試みている。

 第1章は序論であり、本研究の位置づけと必要性および研究の方針を説明している。

 第2章は既往の研究をとりまとめたものであり、本研究の必要性を明確にしている。

 第3章はコンクリート補強用各種FRPロッド、各種繊維およびマトリックス樹脂の耐アルカリ性について明らかにするために実施したアルカリ溶液を用いた高温促進浸漬試験を説明している。

 第4章は高温、高濃度条件下で劣化促進された各種繊維を走査電子顕微鏡(SEM)で観察し、アルカリによって繊維に劣化が生じているか否かに関する視覚的な検査を行なっている。さらに、FRPロッド内にアルカリが浸透しロッド内部の繊維に何らかの影響を与えた箇所を確認するために、電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いて、ロッド断面内のNa+分布を測定し、ロッド内部の繊維の劣化性状をSEMで確認している。

 第5章は繊維単身、マトリックス樹脂およびFRPロッドの引張試験を実施し、劣化促進を受けたそれぞれの材料の引張強度変化について明らかにしている。さらに、第二段階として、アルカリによって劣化した材料に対してその劣化を定量的に予測する評価手法を提案している。

 第6章はアルカリによるガラス繊維の劣化を一種のアルカリ・シリカ反応と考え、アルカリとガラス繊維の反応層の増加を拡散律速理論を応用して評価し、浸漬日数ごとの引張強度の低下を推定している。

 第7章はGFRPロッド内へのアルカリ浸透のメカニズムを明らかにするとともに、その浸透過程を解析的に評価する数値実験を行っている。さらに、GFRPロッドの強度低下をマクロ的ではあるが、拡散律速理論を応用して定式化し、長期材令での劣化予測を行っている。

 第8章は、本論文の総括であり、本論文の成果をとりまとめたものである。

 以上を要約すると、アルカリによって劣化したコンクリート補強用各種繊維補強ロッドのメカニズムを明らかにするとともに、その劣化進行を定量的に評価できる計算手法を提案し、劣化促進試験の結果から長期材令での劣化予測を可能にしたものであり、コンクリート工学の発展に寄与するところ大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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