学位論文要旨



No 213513
著者(漢字) 伊東,良浩
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ヨシヒロ
標題(和) 打音法によるコンクリート構造物の非破壊検査に関する研究
標題(洋)
報告番号 213513
報告番号 乙13513
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13513号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 小長井,一男
 建設省 主任研究員 小澤,一雅
内容要旨

 コンクリート構造物の損傷や劣化を非破壊で検査する手法の一つとして、構造物の表面を打撃したときの音で評価を行う打音法がある。この方法は非常に簡便であり実際には有用な情報も得られているにもかかわらず、検査手法としての位置づけは不明確で、直感的あるいは経験的な手法として認識されているのが現状である。言い換えれば、打撃音を解釈するための理論に関する研究や測定方法に関する研究があまりなされておらず、打撃音を定量的に評価する方法が確立していないことが、打音法の位置づけを極めて曖昧にしている大きな原因と思われる。このような現状を踏まえ、本研究は打音法の理論的根拠を示し位置づけを明らかにすること、また、これに基づいて具体的な測定方法や実構造物への適用方法等を提案することを目的とした。

 コンクリートを打撃したときの打撃音は,打撃されたコンクリートの表面振動によって生じる空気圧の変化である。ここで、打撃音を音響機器で測定する場合と被打撃物の表面振動を直接振動子で測定する場合との違いを考えると、打撃音の場合には、被打撃物の振動を空気という気体を介して測定いることに大きな違いがある。介在する空気が持つ特性(伝達関数、放射インピーダンスなど)が未知でその影響が大きい場合には、測定された打撃音に占める被打撃物の情報の割合が小さくなるが、その影響が小さいとすれば打撃音は被打撃物の振動を表していると見なしてよいと考えられる。

 そこで、まずマイクを被打撃物の近傍に設置することによって空気の影響をできるだけ小さくして、打撃音と表面振動の違いを比較した。図-1は,直径20mmの鋼球を寸法が10×10×40cmの無筋コンクリート供試体に落下させたときの,打撃音と表面振動をほぼ同一位置で同時に測定した結果である。両者は同様の卓越周波数成分を有し、波形の相互相関関数rもt=0でr=0.9となり,打撃音はコンクリートの振動とほぼ同一であることがわかった。つまり打音法は,例えば衝撃振動法や超音波法などのように振動や弾性波を用いる手法と同等の理論的根拠を有していると考えられた。

図-1 同一箇所における打撃音と表面振動の比較

 そこでさらに、コンクリートに生じるひび割れを打撃音によって評価可能であるか、またそれらが弾性波の問題として解析可能であるかを確認するため、実験および2次元動的FEM解析を行い比較した。実験は、コンクリート供試体の中央部に深さの異なる切り欠きを入れ、JIS A1127に示されるようなたわみ共振、縦波共振が生じるように打撃を加え、これを測定した。解析は時間領域で行い、着目位置の変位をフーリエ変換することによって、切り欠き深さの違いによる共振周波数の変化を求めた。図-2はこの実験と解析によって得られた卓越周波数を比較したものであるが、両者は一致し打撃音をコンクリート表面の振動として評価可能であることが明らかとなった。以上、一連の実験及び解析から打撃位置、測定位置を適切に選択することにより、打音法は振動測定や弾性波測定と同等の取り扱いが可能であることを明らかにした。

図-2 実測値と解析結果の比較

 上記の結果を踏まえて、寸法が10×10×40cmの鉄筋コンクリート供試体数体に、異なる載荷力の曲げを加えて数段階のひび割れ程度の供試体を作製し、発生したひび割れが打撃音に及ぼす影響を調べた。その結果、鉄筋コンクリートにおいても、コンクリートに曲げひび割れが発生し始めるあたりから共振周波数が低下し始め、載荷力の増大によってひび割れが進展するのにしたがい、共振周波数が低下していくことが明らかとなった。

 このように打撃音によって部材などの共振周波数の低下をとらえることができれば、ひび割れ等の損傷の進展を把握することは可能である。しかし、これを実構造物に適用することを考えると,実際には構造物が健全であったときの初期値が明確でないことが多く,得られた結果だけでは評価を下せない場合や明確な共振周波数が得られない場合が多い。そこで、実構造物においては種々に変化している環境要因を利用する方法を考え,環境変化がひび割れ程度の異なる供試体の打撃音に及ぼす影響の程度を調べた。本研究では、まずコンクリートの乾湿の変化を考え、ひび割れ程度の異なる供試体を水浸および乾燥させて打撃音を測定し、含水率が打撃音に及ぼす影響を検討した。それぞれ15kN、30kN、50kN、56kNまで載荷した4ケースの供試体におけるたわみ共振の変化を図-3に示す。載荷力を15kNとした供試体では、共振周波数の変化はほとんど認められないのに対して、それ以上の載荷力を与えた供試体においては,載荷によって共振周波数が低下するが、これを水浸するとかなり値が回復し、再度これを乾燥させると逆に載荷直後の値よりも共振周波数は低下する傾向を示した。このような傾向はたわみ共振周波数だけでなく,縦波共振,ねじり共振の場合においても同様であった。図-4は水浸後および乾燥後に測定したたわみ共振周波数から算定された動弾性係数の変化量とこのときの重量変化から,重量が0.1%変化した場合の動弾性係数の変化量を算定したものである。ひび割れの無い供試体では重量変化率0.1%に対して0.2%程度の動弾性係数変化率であったのに対して、載荷力が30kN以上の供試体では3%〜6%の変化が認められ、明らかに損傷程度の大きなものは動弾性係数がコンクリートの乾湿に非常に大きな影響を受けていることがわかった。このとき、ひび割れ幅の変化を観察したところ写真-1のようであり、水分によって供試体のひび割れが開閉するのがわかった。つまり,共振周波数に影響を及ぼしている原因は水分そのものの影響もあるが、主に水分によるひび割れ幅(ひび割れ深さ)の増減であると判断された。なお、追加実験として長さ2.0m、幅1.5m、厚さ0.2mの床版ンクリートの載荷試験を行い、載荷力および水分供給におよぼす打撃音の影響を測定した。その結果ほぼ同様の傾向が得られ、ある程度複雑な形状や支持条件を持つ構造物でも、環境変化を利用した損傷評価が可能であることがわかった。

図-3 たわみ共振周波数の乾湿による変化図-4 質量が0.1%変化した場合の動弾性係数変化率写真-1 水浸によるひび割れ幅の減少
審査要旨

 我が国では、戦後、高度経済成長にともない非常な勢いで社会資本整備が進められ、青函トンネル、本四連絡橋、関西空港など代表にされるように世界でも有数の大規模な土木構造物を次々と完成させてきた。しかし、高度経済成長に陰りが見え、低成長時代へと急速に転換してきている現在においては、これら社会資本の維持管理が大きな課題となってきている。このような大きな転換点に位置している現在、構造物の維持管理に関わる技術開発の必要性が増大してきており、良質で低廉な調査診断技術、補修補強技術の研究開発が重要となってきている。とりわけ構造物の危険箇所、劣化個所、欠陥などを検知する調査技術は、補修補強の必要性、位置、規模を決定するために本来不可欠のものであり、調査結果の優劣が大きくそれ以降の補修補強工事の有効性を左右するものであると考えられる。

 コンクリート構造物の損傷や劣化を非破壊で検査する手法の一つとして、構造物の表面を打撃したときの音で評価を行う打音法がある。この方法は非常に簡便であり実際には有用な情報も得られているにもかかわらず、検査手法としての位置づけは不明確で、直感的あるいは経験的な手法として認識されているのが現状である。言い換えれば、打撃音を解釈するための理論に関する研究や測定方法に関する研究があまりなされておらず、打撃音を定量的に評価する方法が確立していないことが、打音法の位置づけを極めて曖昧にしている大きな原因と思われる。このような現状を踏まえ、本研究は打音法の理論的根拠を示し位置づけを明らかにすること、また、これに基づいて具体的な測定方法や実構造物への適用方法等を提案するものである。

 第1章は序論であり、本研究の位置づけと必要性および研究の方針を説明している。

 第2章はこれまでのコンクリート構造物の非破壊検査手法を整理し、既往の技術の一般的な特徴、問題点を示した後、これらを1次調査に用いるとした場合の長所短所を比較している。次に、打音法に関する既往の研究を示し、既往の研究によって明らかにされていない点、および打音法を1次調査手法として用いる場合の問題点を整理している。

 第3章は本研究における打音法の概念を示した後、コンクリートを打撃したときの打撃音の発生機構について、既存の振動理論、音響理論、および衝突に関する理論を用いて明らかにしている。次に打撃音測定装置を示し、これを用いた打撃音の測定方法を説明している。この中で打撃音がコンクリート表面の振動と等価と考えてよく、打撃位置や測定位置を適切にとればコンクリートの縦波共振やたわみ共振、ねじり共振を抽出することが可能であることを示している。また、打撃音に影響を及ぼすと考えられる因子、例えば支持条件やコンクリート表面の状態が及ぼす影響について検討を行っている。

 第4章はコンクリートの損傷としてひび割れを考え、ひび割れがコンクリートの打撃音に及ぼす影響について無筋および鉄筋コンクリート供試体を用いて基礎的な実験および解析を実施している。実験は無筋コンクリートに人工的に切り欠きを入れたモデル、および鉄筋コンクリートに曲げ載荷により曲げひび割れを発生させたモデルに関して、ひび割れ深さがコンクリートの打撃音に及ぼす影響を調べ、これを2次元FEM解析により検証している。次にひび割れ程度の異なる供試体について、コンクリート中の水分や温度等の環境条件が打撃音に及ぼす影響について検討を行っている。

 第5章は打音法を実構造物へ適用する場合の手法に関する研究をまとめたものである。まず、実構造物に適用する際に考えられる振幅データのばらつきを利用して、打撃音振幅を評価し異常箇所を抽出する方法について述べ、次に高速道路床版を模擬した床版コンクリートの載荷実験を行い、同一位置で打撃音を測定した結果について述べている。以上の2例により、打撃音の空間的なバラツキや時間的な変化によるコンクリートの損傷評価手法について言及している。

 第6章は、本論文の総括であり、本論文の成果をとりまとめたものである。

 以上を要約すると、非破壊試験である打音法の理論的実証を行うとともに、実構造物の損傷評価手法を提案しており、コンクリート工学の発展に寄与するところ大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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