学位論文要旨



No 213515
著者(漢字) 吉富,雄二
著者(英字)
著者(カナ) ヨシトミ,ユウジ
標題(和) 管材の塑性接合技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 213515
報告番号 乙13515
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13515号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 朝田,泰英
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 加藤,孝久
 東京大学 助教授 中村,俊哉
内容要旨

 塑性変形を利用した管材の接合法は,接合の機構により,次のような方法に分類される。

 (1)被接合部材の自緊作用により接合部材との境界に生じる残留接触圧力で接合する方法

 (2)被接合部材に設けた環状溝に接合部材を塑性流動により喰い込ませて接合する方法

 (3)重ね合わせた接合部材と被接合部材の両方または一方に塑性変形を与えて接合する方法

 これらの接合法の中で自緊作用による接合法が工業的には最も多く利用されており,特にローラエキスパンド法が熱交換器の管材の接合に用いられてきた。しかしながら,最近のように使用環境に応じて管材に特殊な材質を用いたり,構造も多様化すると,従来のローラエキスパンド法では十分に対応できなくなってきた。

 本研究は,このような管材の接合技術のニーズに対応した新しい管材の接合法の開発を目的として,接合機構及び条件,接合部の信頼性,工業的な利用技術について検討を行ったものである。

 以下,本論文の構成と概要を示す。

 本論文は,第1章〜第9章で構成されている。

 第1章では,管材の塑性接合技術について従来の研究結果を概観して,本論文の主題を明確にすると同時に本研究を遂行するにあたっての方針を述べた。従来から熱交換器の伝熱管の接合には,図1に示すようなローラエキスパンド法が用いられてきた。同図のようにテーパが付いたマンドレルを回転させながら前進させることにより,ローラが遊星運動しながら半径方向に押し出され,管材が半径方向に広げられ管板に接合される。この接合法では,接合過程における繰り返しひずみによる伝熱管の割れや腐食環境中における接合部の応力腐食割れなどが問題となり,信頼性の面で,その適用が限定されていた。そのため,ゴムで発生した圧力を利用して管材を接合することが試みられたが,発生圧力が低いことやゴムの耐久性などの問題から工業的に利用されるに至らなかった。また,接合機構に適した接合部の構造が提案されていないので,接合部の固着力及びシール性についても十分満足するものが得られなかった。

図1 ローラエキスパンド接合法

 そこで,本研究では,等方圧力を利用して管材を接合する機構及び条件を明らかにするとともに,本接合法を実現する要素技術を開発し,信頼性が高く,工業的に利用できる接合法を開発することを目的とした。

 第2章では,管材を塑性変形させて被接合部材に接合する方法において,接合過程における管材の塑性変形挙動について検討した。従来から用いられているローラエキスパンド法では,図2に示すように管材が被接合部材の管穴に接触するまで,管材は繰り返しひずみを受けながら押し広げられて被接合部材に接合される。この場合,エキスパンダローラの本数が多いほどひずみ範囲が小さくなる。したがって,エキスパンダローラの本数を無限大にすると,ひずみ範囲は零になり,接合過程における繰り返しひずみによる管材の割れは皆無になると考えられる。これは,管材に内圧を負荷して押し広げ,被接合部材に接合させることにより実現できる。

図2 エキスパンド接合時の管材の周方向ひずみ

 第3章では,接合部の結合力,すなわち固着力の発生機構について検討した。被接合部材の管穴に環状溝を設けないで内圧により管材を接合した場合,管材と被接合部材との境界に生じる残留接触圧力は小さくなり,これにより生じる接合部の固着力は非常に小さくなる。そこで,図3に示すように被接合部材の管穴に環状溝を設け,管材に内圧を負荷して環状溝に局部的に喰い込ませて接合する方法を提案した。この場合,接合部の固着力は塑性変形した管材が管穴まで弾性的に収縮変形することによって生じ,図4に示すように管材の肉厚と外半径との比t/r2,環状溝部における管材の半径方向変位rgに比例する。また,接合部の固着力は,環状溝を設けない場合に比べて大幅に向上する。

図3 管材の塑性接合構造図4 接合部の固着力の計算値(環状溝がある場合)

 第4章では,接合部のシール機構について検討した。環状溝に管材を局部的に喰い込ませて接合した場合,接合部のシール機構は鋸歯形金属ガスケットによるシール機構に類似しており,環状溝の角部における過大な残留接触圧力によって発生する。この場合,残留接触圧力の増加とガスケット係数の低下による相乗効果で,管穴に環状溝を設けない場合に比べて接合部のシール性を大幅に向上できる。

 第5章では,内圧によって管材を被接合部材の管穴に設けた環状溝に局部的に喰い込ませて接合する方法において,接合圧力pi,環状溝幅lg,溝深さhgなどの接合条件について検討した。環状溝に管材を塑性変形させるために必要な接合圧力piは,図5に示すように環状溝幅lgが小さく,管材の肉厚tが厚くなるに伴って大きくなる。そのため,被接合部材の管穴に設ける環状溝幅には適正寸法がある。接合圧力の低減及び接合部の固着力や水密度を向上させる観点から,その幅lgを次式のような範囲にすることを提案した。

図5 環状溝幅と接合圧力の関係

 

 また,環状溝の深さhgは,管材の外径が25.4mmの場合には,0.4mmに設計することが適正である。

 第6章では,内圧によって接合した管材の特性,固着力,水密度,残留応力及び耐食性について検討した。その結果,割れ感受性が高いチタニウム管に内圧を負荷して被接合部材に接合した場合,ローラエキスパンド法の接合過程で発生していた割れは皆無である。また,第5章で提案した適正な幅の環状溝を被接合部材の管穴に設けることにより,管材の降伏応力以上の固着力と工業的に十分利用し得る水密度が得られる。さらに,内圧による接合法では,変形が均一な状態で与えられるので,管材はほとんど加工硬化しない。そのため,接合部に生じる引張りの加工残留応力はローラエキスパンド接合部に比べて著しく小さくなり,耐応力腐食割れ性も著しく向上する。

 以上,述べたような接合部の強度信頼性に関する検討結果を総合的に評価すると,内圧による接合法は従来から用いられているローラエキスパンド法に比べて優位にある。

 第7章では,第5章で提案した新しい管材の塑性接合法を実現する手段としてゴムを加圧媒体に用いた高圧力発生技術及びこれを利用した管材の塑性接合装置について検討した。その結果,管材を塑性変形させる加圧媒体にシリコンゴムを用い,そのシール材として円錐形のくぼみを有する皿型形状のウレタンゴムを組み合わせて用いることにより,約400MPaの高圧力を発生できる技術を開発した。そこで,このような圧力発生エレメントに軸方向荷重を負荷する油圧シリンダ,油圧シリンダに圧力油を供給する油圧発生装置から構成される管材の接合装置を開発した。本装置は,すでに200基以上の化学プラント用熱交換器の伝熱管の接合に適用した。

 第8章では、開発した管材の接合技術を化学プラント以外の製品へ適用することについて検討した。本接合装置のエレメントを交換及び新しい機能を有するエレメントを用いて,原子炉計装管の遠隔部の接合,原子力プラント用熱交換器の伝熱管の位置決めと接合などに適用した。さらに,管材の塑性接合装置に,管材に軸圧縮荷重を負荷する機構を付加してバルジ成形装置に発展させ,モータフレームや長尺管の張出し成形に適用した。

審査要旨

 本論文は、「管材の塑性接合技術に関する研究」と題し、9章からなる。熱交換器等の基本構造である管と管板の塑性接合の機構を理論的、実験的に検討し、従来、使用されてきたローラー拡管による接合に見られた欠点を解消して、健全性、信頼性の高い接合方法として静的内圧接合を可能とするゴム圧拡管装置を開発し、その実用性と信頼性を、各種試験と、実製品への適用を通して立証したものである。

 第1章は「緒言」であり、管と管板の塑性接合技術の変遷を概括し、代表的接合法であるローラー拡管、ゴム圧拡管、液圧拡管の問題点を指摘し、研究目的と方針を設定している。

 第2章は「管材の塑性接合における変形挙動の検討」と題し、従来多用されているローラー拡管による塑性接合過程で管に生じる塑性変形履歴を実験により測定し、ローラー個数に依存する変動歪の発生が、その欠点である割れ発生の原因であり、ローラー個数を増すと、この変動歪幅が減少するとした。ゴム圧、液圧等を利用する静的内圧拡管の場合、変動歪は発生せず、かつ、管板に設けられた環状溝に管が食い込む事により必要な接合性能が得られるとし、塑性解析を管肉厚、管-管板隙間、環状溝幅を種々替えて行った結果、管全面降伏内圧の4倍以上の接合内圧が必要との結論を得た。

 第3章は「管材接合部の結合力発生機構」と題し、管板に塑性接合された管の引き抜き強さである結合力を、弾塑性解析に基づいて予測する方法を検討し、環状溝が有る場合、静的内圧拡管では管が溝に食い込むことにより結合力が発生し、溝が無い場合に比べ接合力が飛躍的に向上する事を明らかにした。

 第4章は「接合部のシール機構」と題し、種々の環状溝を持った管-管板静的内圧拡管による結合部の漏洩試験を行って、環状溝がある場合のシール性は管の溝角部への食い込みにより、無い場合に比べて飛躍的に向上すること、且つ、最適溝幅が存在することを示した。

 第5章は「管材の塑性接合条件」と題し、静的内圧拡管により接合する場合に必要な、結合力、シール性を得るに最適な接合圧力、環状溝幅、環状溝深さについて、前章までの解析と実験の結果を検討し、管材の降伏応力、管の外径と肉厚、環状溝の幅と深さに基づいて接合内圧を定める経験式を導いた。又、適切な結合力とシール性が得られる溝幅と溝深さを求めた。

 第6章は「接合部の強度を信頼性」と題し、ローラー拡管と静的内圧拡管で塑性接合した管-管板接合部の割れ強度、加工硬化性、結合力、シール性、疲労強度、残留応力を実験的に測定し、両拡管接合法の優劣を比較して実用上の信頼性を検討した。この結果、いずれの面でも、静的内圧拡管による接合部はローラー拡管による場合に比べ高い強度を有し、実用上の信頼性が高いことを示した。

 第7章は「ゴム圧を利用した塑性接合装置の開発」と題し、静的内圧による拡管方法として、実用性の高いゴム圧を用いた拡管装置を開発した経緯について述べている。ゴムを縦方向に圧縮するとき生じる横方向圧力と縦方向負荷圧力の比である圧力変換効率を提案し、これによってゴム材料の特性を評価して、最適加圧材料としてシリコンゴムを選定し、又、シリコンゴムを加圧部に使用する際のシールリングの材質と形状を検討して、実用性の高いゴム圧拡管装置を開発し、化学プラント用多管式熱交換器の管-管板接合に使用してその実用性を立証した。

 第8章は「塑性接合装置の製品への適用」と題し、著者が開発したゴム圧拡管装置を多くの装置の管-管板の接合に適用した結果について述べている。現在の所、原子炉計装管の圧力容器鏡板への接合、原子力用熱交換器の位置決め接合、モーターフレームの張り出し成形に適用され、製品の品質、接合部の信頼性、作業効率のいずれでも、従来の拡管方法に比べて高い性能を示したことが報告されている。

 第9章は以上の結果をまとめた「結論」である。

 以上要するに、本論文は、管-管板の塑性接合の基本機構について実験理論両面から詳細に検討を加え、静的内圧による拡管法の優位性を指摘し、これを用いる場合の接合部の最適構造、接合内圧の最適化手法を開発し、この結果に基づいて、実用性の高いゴム圧拡管装置を開発し、これを実際に適用して健全性と信頼性に優れた管-管板の塑性接合を可能にしたもので、機械工学と機械工業の発展に貢献する所が極めて大きい。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク