学位論文要旨



No 213516
著者(漢字) 武田,信之
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,ノブユキ
標題(和) ドラムブレーキのノイズに関する研究
標題(洋)
報告番号 213516
報告番号 乙13516
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13516号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大野,進一
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 鎌田,実
 東京大学 助教授 須田,義大
内容要旨

 100年以上の歴史をもつ自動車は,多くの利便性によって,高速道路網の整備拡張と共に,ますます社会生活に密着し,その性能や耐久性は,改良されつづけている.しかしながら,古くからの技術的問題点が,未だに散在している.その中の今日的問題として,主制動装置のブレーキノイズが挙げられる.ブレーキノイズは,ドライバがブレーキを掛けると,しばしば発生する,数百〜数千Hzのブレーキ構成部材の振動音である.

 自動車のブレーキノイズは古くから研究され、振動源や振動系の解析には加速度計,ホログラフィによるモード解析,有限要素法等を利用した多くの報告がされている.

 しかしながら,その多くは,対象とするブレーキノイズの特定周波数だけの振動解析等で終っている.ブレーキノイズの広域振動数に対する解析や,具体的ノイズ低減手法にまで結びついている研究報告はきわめて少ない.

 そこでブレーキノイズの具体的な低減手法を提言できることを目的とし,以下の研究を行った.

 ブレーキの自励振動発生の機構は,ライニングの負性抵抗特性による自励振動と,摩擦を介した非対称連成項による自励振動に分けられるが,本研究では,はじめにノイズへの影響が大きいと考えられるライニングの負性抵抗に起因する振動を研究対象として取り上げ,自励振動の発生防止方法についてハイブリッドライニングを用いたブレーキノイズの防止の研究を行った.

 さらに,自励振動が発生した後のリミットサイクル状態での連成振動系の振動を小さく抑えることができるように,ブレーキ構成部材の振動特性を利用した非対称シューを用いたブレーキノイズの低減の研究を行った.

 はじめにハイブリッドライニングを用いたブレーキノイズの防止の研究について述べる.

 ライニング摩擦特性がシューの自励振動発生に及ぼす影響について,2自由度モデルを用いて解析的に検討した結果,いわゆる-V特性が正勾配に近いライニングをシューのトウ側に張ると,シューの振動の安定領域が広くなることが推定された.しかしながら,-V特性が正勾配に近いライニングは,ブレーキノイズを抑制する点では望ましいが,一般的に摩擦係数が低いことや摩耗寿命が短い等の副作用を生じるため,シューの全面に使用することは難しい.そこで,-V特性が正勾配に近いライニングをトウ側の一部に張り,残りの大部分に従来ライニングを張ることによってライニングに必要な諸性能を確保しておくハイブリッドライニングを検討することとした.

 そのため,多自由度の連成自励振動モデルを作成し,ハイブリッドライニングの振動について解析を行った結果,-V特性が正勾配に近いライニングをトウ側の一部(シュー全体の約20%)に張るだけで,ブレーキノイズの発生をかなり防止できることが分かった.

 -V特性が正勾配に近いカーボン系ライニングを試作開発してシューのトウ側20%に張り,このハイブリッドライニングを実機に取付け,ブレーキノイズ防止の確認試験を行った.その結果,従来ライニングを張ったブレーキに比べ,ハイブリッドライニングを張ったブレーキでは,ブレーキノイズの発生頻度・レベル共に大幅に低減することを確認した.またハイブリッドライニングは,大部分に従来ライニングを用いているので,ライニングに要求される諸性能を損なわないことも確認した.

 つづいて,非対称シューを用いたブレーキノイズの低減の研究について述べる.

 ライニングの負性抵抗による励振や,ブレーキの構造に由来する非対称連成項による励振を,完全に防止することはかなり難しいと考えられるので,ブレーキ構成部材であるドラムとシューの振動特性を変えてブレーキノイズを抑制する手法を解析的に検討した.

 まずドラムとシューの連成振動モデルについての解析から,ドラム単品の固有値,シュー単品の固有値およびドラムとシューのアッセンブリの固有値が互に近接していて,かつドラムの固有モードの腹と節およびシューの固有モードの腹と節の位置が近接しているとき,ドラムとシューの連成振動が大きくなることが分かった.

 したがって逆に,基本次数から高次数まで,各固有値と固有モードの腹と節の位置を離しておくことができればブレーキノイズ低減手法として望ましいと考えられるが,実際にそのようなブレーキを設計することは複雑で難しい.そこで,より簡便な方法として,1対2枚のシューを非対称構造(非対称シュー)にすることを考えた.

 非対称シューを用いたブレーキアッセンブリの振動特性についてシミュレーション計算を行った結果,非対称シューを用いた場合,2枚のシューのうちどちらかのシューの固有値と固有モードの腹と節の位置がドラムの固有値とドラムの固有モードの腹と節の位置から離れることにより,ドラムとシューの連成振動が小さく抑えられ,大きなノイズにならないことが分かった.また,実機試験において,ハイブリッドライニングの効果と同様に,非対称シューブレーキは,ブレーキノイズの低減に大幅な効果があることを確認できた.

 以上のように本研究は,ブレーキノイズの発生機構について考察を行い,これに基づいてブレーキノイズの抑制を図ることを目的としてハイブリッドライニングを用いたブレーキノイズの防止と非対称シューを用いたブレーキノイズの低減について,解析的および実験的に検討を行ったものである.研究結果として,ブレーキノイズの具体的な低減手法を提言することができた.

審査要旨

 武田信之提出の論文は、「ドラムブレーキのノイズに関する研究」と題し、11章から構成されている。

 本論文の研究は、自動車のドラムブレーキのノイズの発生機構について考察を行い、これに基づいてブレーキノイズの抑制を図ることを目的として、「ハイブリッドライニングを用いたブレーキノイズの防止」と「非対称シューを用いたブレーキノイズの低減」について、解析的および実験的に検討を行ったものである。

 第1章は「緒言」と題し、本研究の背景、目的、研究の前提条件と範囲、従来の関連研究、および本研究の内容と構成について述べている。

 第2章は「摩擦特性とブレーキノイズの発生」と題し、ライニング摩擦特性がシューの自励振動に及ぼす影響について、2自由度モデルを用いて解析的に検討した結果、いわゆる-V特性が正勾配に近いライニングをシューのトウ側に張ると、シューの振動の安定領域が広くなることが推定されることを述べている。

 第3章は「ハイブリッドライニングを用いたブレーキノイズの防止」と題し、-V特性が正勾配に近いライニングは、ブレーキノイズを抑制する点では望ましいが、一般的に摩擦係数が低いことや摩擦寿命が短い等の副作用を生じるためシューの全面に使用することは難しいので、第2章の結果からの推定を基にして、-V特性が正勾配に近いライニングをトウ側の一部に張り、残りの大部分に従来のライニングを張ることによって、ライニングに必要な諸性能を確保するハイブリッドライニングの構想を述べ、多自由度の連成自励振動モデルを作成し、-V特性が正勾配に近いライニングをトウ側の一部(シュー全体の約20%)に張るだけで、ブレーキノイズの発生をかなり防止できることを解析している。

 第4章は「ハイブリッドライニングに関する実験装置」と題し、供試品には、-V特性が正勾配に近いカーボン系ライニングをシューのトウ側20%に張ったブレーキを用い、実験装置として、-V特性測定装置、ノイズ低減の効果確認のためのシーソ制動試験機、シャシーダイナモ制動試験機、および実車を用いた試験条件と方法について述べている。

 第5章は「ハイブリッドライニングに関する実験結果」と題し、シミュレーションモデルに用いたパラメータの測定結果を述べ、さらにハイブリッドライニングブレーキは、従来のライニングを張ったブレーキに比べ、ブレーキノイズの発生頻度・レベル共に大幅に低減することを確認し、また大部分に従来ライニングを用いているので、ライニングに要求される諸性能を損なわないことも確認している。

 第6章は「ドラムとシューの連成振動」と題し、ライニングの負性抵抗による励振や、ブレーキの構造に由来する非対称連成項による励振を完全に防止することはかなり難しいと考えられるので、ブレーキ構成部材であるドラムとシューの振動特性を変えてブレーキノイズを抑制する手法を解析的に検討している。また、ドラムとシューの連成振動モデルを作成し、ドラム単品の固有値、シュー単品の固有値、およびドラムとシューのアッセンブリの固有値が互いに近接していて、かつドラムの固有モードの腹と節およびシューの固有モードの腹と節の位置が近接しているとき、ドラムとシューの連成振動が大きくなることを解析している。

 第7章は「非対称シューを用いたブレーキノイズの低減」と題し、第6章での検討からブレーキノイズ低減手法としては、基本次数から高次数まで、各固有値と固有モードの腹と節の位置を離しておくことが望ましいと考えられるが、実際にそのようなブレーキを設計することは複雑で難しいので、より簡便な方法として、1対2枚のシューを非対称構造(非対称シュー)にして、2枚のシューのうちどちらかのシューのモードの腹と節の位置が、ドラムの節直径モードの腹と節の位置と異なることによって、連成振動の大きさを抑制させようという狙いについて述べている。

 第8章は「非対称シューに関する実験装置」と題し、1対2枚のシューが対称構造および非対称構造であるブレーキを作成し、非対称シューノイズ低減効果を確認するための打撃による伝達関数の大きさの比較、シーソ制動試験機および実車による試験の条件と方法について述べている。

 第9章は「非対称シューに関する実験結果」と題し、第8章に示した実験装置において、対称シューの場合には基本次数から高次数までのうちの数次のモードで、ドラムとシュー連成振動が大きくなるが、非対称シューでは、基本次数から高次数まで、ドラムとシューの連成振動の大きさが小さく抑えられ、非対称ブレーキシューはブレーキノイズの低減に大幅な効果があることを確認している。

 第10章は「ドラムと2枚のシューの連成振動モデル」と題し、ドラムと2枚のシューの連成振動を表現できるシミュレーションモデルを作成し、非対称シューを用いた場合には、2枚のシューのうちどちらかのシューの固有値と固有モードの腹と節の位置がドラムの固有値とドラムの固有モードの腹と節の位置から離れることにより、ドラムとシューの連成振動が小さく抑えられ、大きなノイズにならないことを計算でも確認できたことを述べている。

 第11章は「結論」と題し、本研究の「ハイブリッドライニングを用いたブレーキノイズの防止」と「非対称シューを用いたブレーキノイズの低減」について、全体のまとめを述べている。

 以上を要するに、本論文は、ドラムブレーキにおける自励振動の発生機構と連成振動の大きさについて解析的に考察し、その結果を用いてブレーキノイズの防止と低減を図ったものであり、工学上寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク