コントロールモーメントジャイロ(以下CMG)は人工衛星の3軸姿勢制御用のトルク発生装置である。現在の中大型人工衛星には、リアクションホイールが用いられているが、CMGはそれに比べて発生トルクが格段に大きく、宇宙ステーションなどの大型構造物の制御に有効である。 単一ジンバルCMGはフライホイールをモータによって高速に一定速度で回転させてジャイロを作り、ジャイロの回転軸の向きをジンバル機構によって変えることによって、ジャイロ効果のトルクを出力するものである(図1)。3軸姿勢制御のためには、3個以上のCMGを組み合わせて3軸用システムとする。 図1 単一ジンバルCMG 本研究は、単一ジンバルCMGシステム特異点と制御則についての一般論と、ピラミッド型システム(図2)の特論を扱う。特異点とは、3軸制御用のCMGシステムが2軸のトルクしか発生できなくなる状態である。CMGの制御則とは、3軸姿勢制御において所望の出力トルクを得るために、複数のCMGを動作させる手続きである。CMGが人工衛星の3軸姿勢制御という実時間のフィードバック制御に利用されるので、特異点はシステムを冗長構成にして回避しなければならない。また、3軸姿勢制御システムを設計するためには、発生可能なトルクの特性、蓄積角運動量の大きさが決定できなければならない。本研究では、従来の研究であいまいであった厳密な特異点回避制御を実現し、特性を明確にすることを目指した。そのため、運動学の幾何学的な意味を明確にし、可能な制御動作全体を定性的に記述する方法を採用した。最終的に、ピラミッド型CMGシステムでは、ある大きさの動作空間の中で任意の制御指令が与えられる場合、将来の制御指令が未知である場合は、如何なる制御則も特異点回避を完全に持続することはできない、という結論を得た。また、この問題に立脚して、制限した動作空間の中で特異点回避を保証できる制御則を提案した。 まず一般論として、同一サイズの単一ジンバルCMGn個で構成されるシステムを考える.システムの状態はn個のジンバル角を並べた変数=(i)で与えられる.システムの全角運動量Hは各ユニットの角運動量ベクトルhiのベクトル和となり、状態変数の非線形関数である。これを運動学方程式という。出力トルクTはこれを時間tで微分した線形方程式で与えられ、T=-Cとなる。ここで、Cはヤコビ行列、はの時間微分である. 姿勢制御のために必要なトルクTcomが与えられると,この方程式を制御則によって解いてジンバル角速度を算出し、n個のCMGを操作する.行列Cは3行n列でn>3であるので,解には斉次解の自由度がある. 特異点では、行列Cのランクが2となり、平面上のトルクは出力できるが,平面外のトルクは出力できない.特異点は角運動量Hの空間で曲面(特異面)を構成する.Hの動作空間の包絡面は自明な特異面である。その内部の面に対応するの特異点を内部特異点と呼ぶ。斉次解の自由度を利用しての空間で特異点を避ける制御を特異点回避制御という。例えば傾斜法では、特異点からの距離をあらわす評価関数を最大にする方向に斉似解を選び特異点回避を行う。そのような方法によって内部特異点の全てが回避できるかどうかが問題である。 特異点ではある軸方向のトルクが発生できないが、特異点のの近傍での如何なる動作によっても、Hが一方から他方に通過できない場合がある。これは、特異点に定義される二次形式が定値形式の場合であり、この特異点を通過不能特異点と呼ぶ.の空間ではこの特異点は局所的に回避不可能である。通過不能特異点は,特異面に定義される符号と特異面の空間曲率によって判別できる。6ユニット以上のシステムでは、通過不能特異面は制御においてあまり問題がなく、特異点回避は傾斜法などで十分である。一方、4ないし5ユニットのシステムでは、傾斜法では不十分である。 通過不能特異点は局所的性質であり、大域的な制御での回避は不可能とは言えない。このことを、角運動量Hからジンバル角への逆運動学によって多様体の連続な接続関係で記述した。つまり、Hの連続な経路について,無限にあるの経路を複数の多様体の経路にまとめることによる.その方法により、次のことを明らかにした:1)通過不能特異点を回避する動作は、それを含む領域に入るときの多様体の分岐において、適切な多様体を選択することである。2)どのように多様体を選択しても、将来の経路によっては特異点回避に失敗するような領域が存在する。3)ピラミッド型システムなどでは、連続なの経路で実現できないHの経路が存在する。つまり、制御則を設計し、その動作を保証するためには、2)と3)の問題が生じないできるだけ大きな動作空間で1)を実現する制御則を無矛盾に構成する必要がある。それが可能かどうかを、ピラミッド型システムについて展開した。 対称なピラミッド型CMGは4つのCMGを正8面体の異なる面の法線方向に配置したシステムである(図2)。このピラミッド型CMGは、内部に図3の星型正8面体のまわりに巾を持った帯状の構造の通過不能特異面を有する。ここで、内側の正8面体を含む動作空間を考慮する。図のOPとOQの近傍の2つの経路について、特異点回避を厳密に保証するための必要条件を多様体の接続関係によって導いた。その結果、2つの条件が共通部分を持たず、この動作空間では将来のHの経路が未知という条件のもとでは、特異点回避に失敗する可能性があるという結論を得た。 図2 ピラミッド型システム図3 ピラミッド型システムの通過不能特異面 上記の問題は如何なる制御則にも適用される。解決策として、次の3通りが提案されている。 1)厳密性を犠牲にする。与えられたHの経路を厳密に実現しないで、偏差ないし迂回を許す。 2)実時間性を犠牲にする。将来の経路が既知、ないし、ある範囲で予測できるとする。 3)動作空間を更に制限し、厳密性、実時間性を維持する。 1)の動作がCMG単体の動作として有効であることと、2)が一般に解を持つことは幾何学的に導くことができたが、どちらも人工衛星を含む実時間の制御を考慮すると不適当である。結局、制御則には、厳密性、実時間性、再現性が必要であることが明らかになった。 上記3)に該当する制御則を提案した。先の問題は2つの方向の動作を同時に満たす際に生じたので、一方向だけの動作を優先させる。これを1-2+3-4=0という拘束条件をシステムに追加して実現した。この拘束条件によりシステムは3入力3出力の非冗長系となるので、独立な3変数をとって運動学方程式を書き直し、それを微分した線形方程式を解けば、斉次解の冗長性はなく、制御則はこの式だけで決定される。 再現性を保証するためには、適当な動作空間に制限して、その中で運動学方程式が全単写となるようにする。角運動量管理のために空間の内外が判別できる形として、図4の動作空間を定義した。厳密性、実時間性、再現性を保証できる制御則で、十分大きな動作空間を持つものが提案できた。 図4 動作空間 制御則の特長は、1)厳密性、実時間性、再現性が定義された動作空間の中で完全に保証される、2)ジンバル角が有界なのでスリップリングが不要である。3)従来の方法に比べ計算量が格段に少ない。4)動作モードを切り替えて動作空間を見掛け上拡大できる。また、一般のピラミッド型システムや宇宙ステーションMIR搭載の6個のCMGのシステムの4ユニット部分システムの制御にも適用できる。 以上の問題と提案した制御則の有効性を地上実験によって例証した。また、ピラミッド型システム以外の種々のシステムとの比較によって提案した方式によるピラミッド型システムの利用の優位性を導いた。比較は動作空間の大きさとフライホイールの形から導出した重量によった。動作空間として球形を仮定したときは、対称な6ユニットのシステムが最適であるが、傾斜角の小さいピラミッド型システムを、拘束法で動作させた場合には、重量は15%の差しかない。また、楕円体の動作空間の場合は、5ないし6ユニットの最適なシステムと同程度の重量となる。制御や機構の単純さと、拘束法でのモード切替を加味すると、ピラミッド型を拘束法で制御する方式は十分な優位性を持つ。 以上のように、単一ジンバルCMGシステムの特異点と駆動則についての幾何学的な研究により、特異点回避するための制御動作を定性的に明らかにし、一般的な問題とピラミッド型システムでの大域的な問題を導いた。その解決策として、実システムに適用可能な程度に単純なアルゴリズムの制御則を提案し、地上実験ならびに他のシステムとの数値的比較によってその有効性を確認した。 |