学位論文要旨



No 213518
著者(漢字) 黒河,治久
著者(英字)
著者(カナ) クロカワ,ハルヒサ
標題(和) 単一ジンバル・コントロール・モーメント・ジャイロの幾何学的研究 : 特異点と制御則
標題(洋) A Geometric Study of Single Gimbal Control Moment Gyros : Singularity Problems and Steering Law
報告番号 213518
報告番号 乙13518
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13518号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 松尾,弘毅
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 助教授 佐々木,健
内容要旨

 コントロールモーメントジャイロ(以下CMG)は人工衛星の3軸姿勢制御用のトルク発生装置である。現在の中大型人工衛星には、リアクションホイールが用いられているが、CMGはそれに比べて発生トルクが格段に大きく、宇宙ステーションなどの大型構造物の制御に有効である。

 単一ジンバルCMGはフライホイールをモータによって高速に一定速度で回転させてジャイロを作り、ジャイロの回転軸の向きをジンバル機構によって変えることによって、ジャイロ効果のトルクを出力するものである(図1)。3軸姿勢制御のためには、3個以上のCMGを組み合わせて3軸用システムとする。

図1 単一ジンバルCMG

 本研究は、単一ジンバルCMGシステム特異点と制御則についての一般論と、ピラミッド型システム(図2)の特論を扱う。特異点とは、3軸制御用のCMGシステムが2軸のトルクしか発生できなくなる状態である。CMGの制御則とは、3軸姿勢制御において所望の出力トルクを得るために、複数のCMGを動作させる手続きである。CMGが人工衛星の3軸姿勢制御という実時間のフィードバック制御に利用されるので、特異点はシステムを冗長構成にして回避しなければならない。また、3軸姿勢制御システムを設計するためには、発生可能なトルクの特性、蓄積角運動量の大きさが決定できなければならない。本研究では、従来の研究であいまいであった厳密な特異点回避制御を実現し、特性を明確にすることを目指した。そのため、運動学の幾何学的な意味を明確にし、可能な制御動作全体を定性的に記述する方法を採用した。最終的に、ピラミッド型CMGシステムでは、ある大きさの動作空間の中で任意の制御指令が与えられる場合、将来の制御指令が未知である場合は、如何なる制御則も特異点回避を完全に持続することはできない、という結論を得た。また、この問題に立脚して、制限した動作空間の中で特異点回避を保証できる制御則を提案した。

 まず一般論として、同一サイズの単一ジンバルCMGn個で構成されるシステムを考える.システムの状態はn個のジンバル角を並べた変数=(i)で与えられる.システムの全角運動量Hは各ユニットの角運動量ベクトルhiのベクトル和となり、状態変数の非線形関数である。これを運動学方程式という。出力トルクTはこれを時間tで微分した線形方程式で与えられ、T=-Cとなる。ここで、Cはヤコビ行列、の時間微分である.

 姿勢制御のために必要なトルクTcomが与えられると,この方程式を制御則によって解いてジンバル角速度を算出し、n個のCMGを操作する.行列Cは3行n列でn>3であるので,解には斉次解の自由度がある.

 特異点では、行列Cのランクが2となり、平面上のトルクは出力できるが,平面外のトルクは出力できない.特異点は角運動量Hの空間で曲面(特異面)を構成する.Hの動作空間の包絡面は自明な特異面である。その内部の面に対応するの特異点を内部特異点と呼ぶ。斉次解の自由度を利用しての空間で特異点を避ける制御を特異点回避制御という。例えば傾斜法では、特異点からの距離をあらわす評価関数を最大にする方向に斉似解を選び特異点回避を行う。そのような方法によって内部特異点の全てが回避できるかどうかが問題である。

 特異点ではある軸方向のトルクが発生できないが、特異点のの近傍での如何なる動作によっても、Hが一方から他方に通過できない場合がある。これは、特異点に定義される二次形式が定値形式の場合であり、この特異点を通過不能特異点と呼ぶ.の空間ではこの特異点は局所的に回避不可能である。通過不能特異点は,特異面に定義される符号と特異面の空間曲率によって判別できる。6ユニット以上のシステムでは、通過不能特異面は制御においてあまり問題がなく、特異点回避は傾斜法などで十分である。一方、4ないし5ユニットのシステムでは、傾斜法では不十分である。

 通過不能特異点は局所的性質であり、大域的な制御での回避は不可能とは言えない。このことを、角運動量Hからジンバル角への逆運動学によって多様体の連続な接続関係で記述した。つまり、Hの連続な経路について,無限にあるの経路を複数の多様体の経路にまとめることによる.その方法により、次のことを明らかにした:1)通過不能特異点を回避する動作は、それを含む領域に入るときの多様体の分岐において、適切な多様体を選択することである。2)どのように多様体を選択しても、将来の経路によっては特異点回避に失敗するような領域が存在する。3)ピラミッド型システムなどでは、連続なの経路で実現できないHの経路が存在する。つまり、制御則を設計し、その動作を保証するためには、2)と3)の問題が生じないできるだけ大きな動作空間で1)を実現する制御則を無矛盾に構成する必要がある。それが可能かどうかを、ピラミッド型システムについて展開した。

 対称なピラミッド型CMGは4つのCMGを正8面体の異なる面の法線方向に配置したシステムである(図2)。このピラミッド型CMGは、内部に図3の星型正8面体のまわりに巾を持った帯状の構造の通過不能特異面を有する。ここで、内側の正8面体を含む動作空間を考慮する。図のOPとOQの近傍の2つの経路について、特異点回避を厳密に保証するための必要条件を多様体の接続関係によって導いた。その結果、2つの条件が共通部分を持たず、この動作空間では将来のHの経路が未知という条件のもとでは、特異点回避に失敗する可能性があるという結論を得た。

図2 ピラミッド型システム図3 ピラミッド型システムの通過不能特異面

 上記の問題は如何なる制御則にも適用される。解決策として、次の3通りが提案されている。

 1)厳密性を犠牲にする。与えられたHの経路を厳密に実現しないで、偏差ないし迂回を許す。

 2)実時間性を犠牲にする。将来の経路が既知、ないし、ある範囲で予測できるとする。

 3)動作空間を更に制限し、厳密性、実時間性を維持する。

 1)の動作がCMG単体の動作として有効であることと、2)が一般に解を持つことは幾何学的に導くことができたが、どちらも人工衛星を含む実時間の制御を考慮すると不適当である。結局、制御則には、厳密性、実時間性、再現性が必要であることが明らかになった。

 上記3)に該当する制御則を提案した。先の問題は2つの方向の動作を同時に満たす際に生じたので、一方向だけの動作を優先させる。これを1-2+3-4=0という拘束条件をシステムに追加して実現した。この拘束条件によりシステムは3入力3出力の非冗長系となるので、独立な3変数をとって運動学方程式を書き直し、それを微分した線形方程式を解けば、斉次解の冗長性はなく、制御則はこの式だけで決定される。

 再現性を保証するためには、適当な動作空間に制限して、その中で運動学方程式が全単写となるようにする。角運動量管理のために空間の内外が判別できる形として、図4の動作空間を定義した。厳密性、実時間性、再現性を保証できる制御則で、十分大きな動作空間を持つものが提案できた。

図4 動作空間

 制御則の特長は、1)厳密性、実時間性、再現性が定義された動作空間の中で完全に保証される、2)ジンバル角が有界なのでスリップリングが不要である。3)従来の方法に比べ計算量が格段に少ない。4)動作モードを切り替えて動作空間を見掛け上拡大できる。また、一般のピラミッド型システムや宇宙ステーションMIR搭載の6個のCMGのシステムの4ユニット部分システムの制御にも適用できる。

 以上の問題と提案した制御則の有効性を地上実験によって例証した。また、ピラミッド型システム以外の種々のシステムとの比較によって提案した方式によるピラミッド型システムの利用の優位性を導いた。比較は動作空間の大きさとフライホイールの形から導出した重量によった。動作空間として球形を仮定したときは、対称な6ユニットのシステムが最適であるが、傾斜角の小さいピラミッド型システムを、拘束法で動作させた場合には、重量は15%の差しかない。また、楕円体の動作空間の場合は、5ないし6ユニットの最適なシステムと同程度の重量となる。制御や機構の単純さと、拘束法でのモード切替を加味すると、ピラミッド型を拘束法で制御する方式は十分な優位性を持つ。

 以上のように、単一ジンバルCMGシステムの特異点と駆動則についての幾何学的な研究により、特異点回避するための制御動作を定性的に明らかにし、一般的な問題とピラミッド型システムでの大域的な問題を導いた。その解決策として、実システムに適用可能な程度に単純なアルゴリズムの制御則を提案し、地上実験ならびに他のシステムとの数値的比較によってその有効性を確認した。

審査要旨

 工学修士黒河治久提出の論文は「A Geometric Study of Single Gimbal Control Moment Gyros-Singularity Problems and Steering Law-(単一ジンバル・コントロール・モーメント・ジャイロの幾何学的研究-特異点と制御則-)」と題し、英文で書かれ、10章および付録から成っている。

 コントロール・モーメント・ジャイロ(以下CMG)は宇宙機の姿勢制御用のトルク発生装置であり、蓄積角運動量とトルクが大きく、宇宙ステーションのような大型宇宙構造物の制御や、高速に姿勢変更を繰り返す人工衛星に適している。単一ジンバル方式のCMGは2重ジンバル方式に比べて発生トルクが大きいが、3軸出力のシステムが一時的に2軸しか出力できなくなる特異点の問題が存在する。その解決にはこれまで様々な方式が試みられたが、それらの方式の有効性を体系的・理論的に分析する手法がなく、そのため実用性を評価できないのが現状であった。本論文は、特異点の問題を幾何学的に解明してその一般理論を打ち立てると同時に、代表的な構成の1つであるピラミッド型システムについて、過去に提案された方式の問題点を示すと共に、特異点を回避できる新しい制御法を提案し理論および実験によってその有効性を評価している。

 第1章"Introduction"は、本研究の背景を述べ、これまでの研究を概観している。特に、人工衛星の制御では厳密性や実時間性を持つ必要があることを指摘し、それを評価するには従来の研究で用いられているようなシミュレーションでは不十分で、幾何学的解析手法が有効であることを主張し、本論文の目的ならびに論点、適用範囲を明確にしている。

 第2章"Characteristics of Control Moment Gyro"は、CMGの機構の説明と宇宙機の姿勢制御での利用についての概説であり、同様のトルク発生装置であるリアクションホイールや2重ジンバルCMGとの比較を行っている。

 第3章"General Formulation"ではCMGシステムの一般的な定式化、特異点の定義と制御則の一般解、および過去に提案された特異点回避制御の一般解を示している。

 第4章"Singular Surface and Passability"では、一般のCMGシステムの特異点の作る曲面の幾何学的解析を行っている。前半は過去の研究に基づいて特異点の形状を説明し、後半の微分幾何学的解析によって,特異点が局所的な制御によって連続に通過できるかどうかを示す通過可能性を定義し,それを特異点の曲面のガウス曲率と関連づけている.また,通過不能特異点の存在はシステムのユニット数によって異なることを示している。

 第5章"Inverse Kinematics"では、CMGの制御動作を角運動量ベクトルからジンバル角への逆運動学として捉えることにより、通過不能特異点が存在する場合の制御動作を幾何学的に解明することを試みている。特異曲面が囲む領域を3つの型に分類し,その型によっては大域的な制御によって通過不能特異点も必ず回避できるが,別の型ではいかなる制御でも特異点回避が不可能であることを明かにしている.

 第6章から第8章はピラミッド型CMGシステムに議論を限定している。第6章"Pyramid Type CMG System"では定式化とともに、対称性や逆運動学問題の特別解および全ての通過不能特異点の幾何学的な構造を導出している.

 第7章"Global Problem,Steering Law Exactness and Proposal"は本論文の中心を成す部分であり,第4章から第6章の結果を基に,ピラミッド型CMGについて厳密に特異点回避が保証できる制御法を導くことを試みている.厳密性と実時間性を保証しつつ特異点回避を実現するためには動作空間を制限する必要があることを示し,制御変数間に制約式を取り入れることにより適切な動作空間を定義する制御法を提案している.この制御法はピラミッド型CMGシステムについては特異点回避動作が保証された初めてのものであり、計算量が少ない、再現性がある、などの実時間制御上重要な特長を有することが主張されている。

 第8章"Ground Experiments"はこれまで述べた問題点と制御法を地上で構成した姿勢制御実験装置で評価した結果を述べている.提案した制御法の性能,特に厳密な特異点回避性能やプログラム量が小さく実行速度が速いという性能が実証されている.

 第9章"Evaluation"では、ピラミッド型CMGシステムに関して、提案した制御法を使ったシステムを,動作空間と重量の点から他のシステム構成と比較し、提案したシステムが現実の姿勢制御系に十分適用できることを主張している.

 第10章"Conclusions"は全体を総括して結論を述べている.

 なお、付録はCMGの別の構成である2重ジンバルCMGについての特異点解析,本文の式の導出,ユニット数が5ないし6のシステムの制御法,地上実験の詳細,ならびにCMGとロボットの類似性についての考察をまとめている.

 以上を要するに、本論文は、単一ジンバルCMGシステムの挙動を幾何学的に解析することにより、特異点の性質ならびにその局所的および大域的な回避可能性を明らかにするとともに、ピラミッド型CMGシステムに関して、実時間で動作し、特異点回避が保証され,実システムに適用可能な制御手法を提案したもので、宇宙工学ならびに制御学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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