学位論文要旨



No 213523
著者(漢字) 久保田,伸彦
著者(英字)
著者(カナ) クボタ,ノブヒコ
標題(和) MOCVD法によるBi系超電導薄膜のエピタキシャル成長に関する研究
標題(洋)
報告番号 213523
報告番号 乙13523
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13523号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 助教授 中野,義昭
内容要旨

 1986年に発見された酸化物高温超電導物質は、近年、新物質探索研究とともに実用化の研究が盛んに行われている。本研究のBi-Sr-Ca-Cu-O系超電導物質(以下Bi系と略記する。)は、線材、マグネットなどへの応用が期待され、各種の酸化物超電導物質の中で実用化に近いところに位置している。実用化のためには安定した超電導特性を持つ物質を作製することが必要である。したがって、細部の結晶成長機構を理解し、結晶成長を精密にコントロールすることが重要となる。

 本論文は、実用化に適した高品質な高温超電導物質作製のために、成膜法として実用的である有機金属気相成長法(MOCVD法)により作製される、Bi系超電導薄膜の微細構造と、これに密接に関係した成長機構に関する研究結果をまとめたものである。本論文で明らかにしたことは各章ごとに以下のように要約される。

 第一章では、Bi系超電導物質に関する研究を始めるに当たっての背景、および結晶成長に関する従来の研究を紹介し、本研究の目的、本論文の構成について述べた。

 第二章では成長機構解明の糸口となる薄膜の表面形状に関して述べた。MOCVD法によりBi系2212薄膜をY3Al5O12単結晶基板上に成膜し、X線回折、原子間力顕微鏡(AFM)、および走査型電子顕微鏡(SEM)により初期成長の観察を行った。X線回折の結果、成長初期において、Bi系薄膜はc軸配向を示すことがわかった。AFM観察の結果、このc軸配向した結晶粒は面内においてb軸方向がa軸方向と比較して長く、成長に異方性があること、およびそれらの結晶粒がa-b面内で二次元成長していることを見い出した。

 また、MOCVD法により作製した、Y3Al5O12基板、MgO基板、SrTiO3基板上のBi系2212薄膜の表面平坦性を比較すると、巨視的にも微視的にもY3Al5O12基板上に成膜した膜が優れていることを見いだした。現在までに、他成膜法でY3Al5O12基板を用いて表面平坦性に優れた高品質なBi系薄膜の成膜に成功したという報告は無く、将来、デバイスへの応用を考えた際、本研究の成果は非常に重要といえる。

 第三章では、Bi系超電導物質の結晶内部に、b軸方向にのみ現れる特有の変調構造に関して述べた。この変調構造が、結晶成長に与える影響を調べるため、結晶内部の微細構造に関する考察を行った。Y3Al5O12基板上に成膜したBi系2212薄膜の内部構造を、高分解能電子顕微鏡(HREM)および電子線回折により観察した結果、変調構造の存在を明らかにすることに成功し、これが基板と膜との界面から形成されていることを見い出した。次に、原子像と電子線回折の結果を詳細に解析した結果、基板付近では変調の周期が24Åであるのに対し、表面付近ではバルク担体で観察されている値とほぼ等しい26Åであることを発見した。さらに、格子不整合に起因する刃状転位が、薄膜の各変調構造1周期の端に周期的に存在することも見いだした。Y3Al5O12基板上に成膜した場合、12Åの基板単位格子長の2倍の値、および周期的に発生する刃状転位を伴った基板と膜との格子整合により、基板界面付近の変調構造の周期が24Åとなることを明らかにした。また、逆に変調構造を介した長周期での規則的な格子整合が、膜の二次元成長時の横方向の連続性維持に寄与し、薄膜の表面平坦性にもつながっていることを示した。

 第四章では、成長単位に関して述べた。HREM観察による結晶粒界の観察、およびAFMによる初期成長の成長端におけるミクロステップの観察の結果、Bi系2212薄膜の最小成長単位は15Åであることを明らかにした。角度依存X線光電子分光法(XPS)測定の結果、角度の増加とともに4元素の中で唯一急激に脱出光電子量が増加するBi原子、すなわちBi-O層が、最表面層であることを見い出した。よって、最小成長単位はBi-O層と次のBi-O層で挟まれたBi系2212超電導物質の単位格子長の半分であることが確かめられた。

 第五章では、第二章から第四章までの結果を踏まえ、MOCVD法により作製されたBi系超電導薄膜が、15Åの厚さで二次元成長する際に、変調構造が異方性に与える影響という視点から成長機構を考察した。すなわち、変調構造を形成する際の歪エネルギーが成長界面での成長種の取り込みに影響を与えるというモデルを立て、実験の説明を試みた。このモデルによれば、歪を形成しているb-c面、つまりa軸方向が、歪エネルギー分だけ不利となり、成長が遅いという結果を与えるため、結晶粒はa軸方向に短く、b軸方向に長い形状となるはずであり、実験結果を良く説明することができる。

 成長の様式に関して薄膜の観察結果および前述の成長モデルで考察を試みた。成長の初期は二次元核発生をともないながら二次元成長し、各二次元成長粒の間隔が短くなると核発生を伴わない二次元成長となり、やがて連続膜となる成長様式が最も考えやすいことを述べた。

 Bi系薄膜には大部分を占めるc軸配向部のなかに、時折発生する異常成長粒が存在する。これらの異常成長粒の発生は、成膜する基板表面の凹凸、うねりなどの表面形状と、基板表面のダングリングボンドが大きな要因であることを明らかにした。

 第六章では、MOCVD法により作製されたBi系超電導薄膜の超電導特性に関して述べた。c軸配向膜の超電導臨界温度は70K前後であり、基板による臨界温度に多少の違いはあったが、基本的な挙動は同じであることを示した。電流密度は4.2Kにおいて106A/cm2となり、実用化が可能な値を達成した。また磁場をc軸方向に平行と垂直の2通りに印加した場合の電流密度の値は大きく異なり、Bi系超電導物質の層状構造に起因するイントリンジックピンニングセンターがその要因と考えられる。磁場をc軸配向膜に対して平行に印加した時に、測定範囲の6Tまでで電流密度の低下が起こらなかったことは、実用化の面で重要な結果である。異常成長した結晶粒は、それ自体が超電導特性の向上に寄与するものでなく、膜の連続性に悪影響を与えるだけであることを示した。

 第七章では、本研究によって得られた知見についてまとめ、本論文の結論と、今後の課題について述べた。

 以上のように、MOCVD法によるBi系超電導薄膜のエピタキシャル成長に関する研究を行い、Y3Al5O12基板を用いることにより極めて表面平坦性に優れた薄膜の作製に成功し、その成長単位がBi-O層とBi-O層に挟まれた15Åであることを明らかにした。また、結晶内部の変調構造の詳細な観察に成功し、変調構造が異方性成長に与える影響に関するモデルを提案し、Bi系超電導物質実用化のための高品質結晶作製への指針を示した。

 以上

審査要旨

 本論文は、高品質Bi-Sr-Ca-Cu-O系超伝導物質の作製を目的とし有機金属気相成長法(MOCVD法)により成長させた薄膜の構造と、これに密接に関係した成長機構に関する研究結果をまとめたものであり7章からなる。

 第一章では、Bi系超電導物質、およびその結晶成長に関する従来の研究を紹介し、本研究の目的、本論文の構成について述べている。

 第二章では成長機構解明の手がかりを与える薄膜の表面形状に関して述べている。MOCVD法によりBi系2212薄膜をY3Al5O12単結晶(YAG)基板上に成膜し、X線回折、原子間力顕微鏡(AFM)、および走査型電子顕微鏡(SEM)により初期成長の観察を行っている。まずX線回折の結果、成長初期において、Bi系薄膜はc軸配向を示すことを示し、次にAFM観察の結果、このc軸配向した結晶島は面内においてb軸方向がa軸方向と比較して長く、成長に異方性があること、およびそれらの結晶島がa-b面内で二次元成長していることを示している。

 また、MOCVD法により作製した、YAG基板、MgO基板、SrTiO3基板上のBi系2212薄膜の表面平坦性を比較し、巨視的にも微視的にもYAG基板上に成膜した膜が優れていることを見いだしている。現在までに、他成膜法でYAG基板を用いて表面平坦性に優れた高品質なBi系薄膜の成膜に成功したという報告は無く、将来、デバイスへの応用を考えた際、本研究の成果は非常に重要といえる。

 第三章では、Bi系超電導物質薄膜内部に、b軸方向にのみ現れる特有の変調構造の形成原因の解明に関する研究結果を述べている。このためYAG基板上に成膜したBi系2212薄膜の内部構造を、高分解能電子顕微鏡(HREM)および電子線回折により観察し、変調構造の存在を明らかにすることに成功するとともに、これが基板と膜との界面から形成されていることを見い出している。また変調の周期は基板付近で24Åであるのに対し、表面付近ではバルク結晶で観察されている値とほぼ等しい26Åであることを発見した。さらに、格子不整合に起因する刃状転位が、薄膜の各変調構造1周期の終わりに周期的に存在することを発見している。この理由はYAG基板上に成膜した場合、12Åの基板単位格子長の2倍の値、および周期的に発生する刃状転位を伴った基板と膜との格子整合により、基板界面付近の変調構造の周期が24Åとなるためであることことを明らかにした。また、逆に変調構造を介した長周期での規則的な格子整合が、膜の二次元成長時の横方向の連続性維持を可能とし、薄膜の表面平坦性をもたらすことを示している。

 第四章では、成長単位に関して述べている。HREM観察による結晶粒界の観察、および成長初期におけるミクロステップのAFMによる観察の結果、Bi系2212薄膜の最小成長単位は15Åであることを明らかにした。また、角度依存X線光電子分光法(XPS)測定によると、角度の増加とともに4元素の中でBi原子の脱出光電子量のみが急激に増加することから、Bi-O層が、最表面層であることを見い出した。これ等から、最小成長単位はBi-O層と次のBi-O層で挟まれた層でBi系2212超電導物質の単位格子長の半分であることを明らかにしている。

 第五章では、MOCVD法により作製されたBi系超電導薄膜が二次元成長する際の異方性の起源を明らかにしている。すなわち、変調構造を形成する際の歪エネルギーが成長界面での成長種の取り込みに影響を与えるというモデルにより、実験の説明を試みた。このモデルによれば、歪が存在するb-c面上の成長、つまりa軸方向の成長が、歪エネルギー分だけ不利となり、成長が遅いという結果を与えるため、結晶島はa軸方向に短く、b軸方向に長くなる形状となるので、実験を良く説明することができる。

 次に成長の様式に関して前述の成長モデルを用いて考察を行っている。成長の初期は二次元核発生をともないながら二次元成長し、各二次元成長島の間隔が短くなると核発生を伴わない二次元成長となり、やがて連続膜となる成長様式が最も考えやすいことを述べている。

 第六章では、MOCVD法により作製されたBi系超電導薄膜の超電導特性に関して述べている。c軸配向膜の超電導臨界温度は70K前後であり、電流密度は4.2Kにおいて106[A/cm2]となり、実用化が可能な値を達成している。また磁場をc軸方向に平行と垂直の2通りに印加した場合、電流密度の値が大きく異なる結果を得ているが、その原因をBi系超電導物質の層状構造に起因するイントリンジックピンニングセンターによるものとして説明した。さらに磁場をc軸配向膜に対して平行に印加した場合、電流密度の低下は6Tまで起こらないことを見出しており実用化への大きな可能性を示しているものと考えられる。

 第七章では、本研究によって得られた知見についてまとめ、本論文の結論と、今後の課題について述べている。

 以上これを要するに本論文は、MOCVD法によりBi系超電導薄膜のエピタキシャル成長を行い成長単位が格子定数の1/2の層成長であること、薄膜においても変調構造を持つこと、これが層成長における異方性の原因であること等を明らかにし、本法によりY3Al6O12基板上に極めて平坦で高品質の成長層が得られることを示したもので電子工学上貢献するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

 以上

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