内容要旨 | | 近年の光技術の進歩に伴い,光通信システムの性能も著しく向上した。しかし,将来のマルチメディア等広帯域ネットワークの拡大とともに,伝送情報のさらなる大容量化が求められ,40-100Gb/sさらにはTb/s級の超大容量システムの実現が必要となる。光通信システムの長距離大容量化において,伝送路ファイバの波長分散(GVD)と自己位相変調(SPM)等非線形光学効果による波形歪が大きな制限要因となっており,この問題を光レベルで解決し,かつ波長多重(WDM)伝送等の多重技術とも整合する方式の実現が望まれている。 光位相共役(OPC)はGVDとSPMをともに補償可能な方式であり,現状の伝送速度距離限界を打破可能な技術である。この位相共役光通信方式は,まず1979年にYariv等によりGVD補償の可能性が提案され,1992年に筆者等によりその効果が実験的に確認された。また,同方式を用いたSPM補償の可能性は,1993年に菊池とLorattanasaneにより提案され,ほぼ同時期に筆者等により効果が実験的に確認された。 OPCによる波形歪の補償構成を図1に示す。まず,信号光ESを長さL1の第一ファイバ中をパワーP1で伝送する。次に,位相共役器でESを位相共役光EC(∝ES*)に変換する。発生したECは,長さL2の第二ファイバ中をパワーP2で伝送し,伝送後に検出する。 図1 OPCによるGVDとSPMの補償 一般に,GVDとSPMによる波形歪は,二つのファイバ中のGVDとSPMの総量が等しければ補償できる。即ち,分散D(z),非線形係数(z)に対して ここに,DJ,J,はFiber-j内の分散,非線形係数の平均値およびESとECの平均パワーを表す。しかし,この平均値近似による補償では,ファイバ損失によるOPCの前後の光強度分布の非対称性が補償限界を与える。筆者等は,伝送路に損失と光増幅によるパワー変化がある場合にも適用可能なGVDとSPMの完全補償条件を理論的に示した。即ち, を満足する伝送路上の2点-z1,z2において, が成り立つように,即ち,OPCの位置から測った累積分散または累積Kerr効果が等しくなる2点において,分散に対する光Kerr効果の強度が等しくなるように設定する。-z1におけるGVDとSPMによる波形歪はOPCによる位相反転効果のため,z2における波形歪により補償される。このように,小区間毎に上記のような設定による補償を繰り返していけば,ファイバ全長に渡る完全な波形補償が可能となる。伝送路内で実際に(3),(4)式の補償条件を満足するには,損失に合わせて分散を減少させた分散逓減ファイバを用いればよい。 図2にOPC伝送システム構成を示す。図2(a)に示したOPCを伝送路の中間に置く構成に加えて,上記完全補償理論を用いると,図2(b)-(c)に示したOPCを端局に配置する構成も可能となる。この場合,小さな分散値のファイバを伝送路として用い,送信局あるいは受信局内に配置した大きな分散値のファイバを補償ファイバとして用いる。これらの構成では伝送路として既存のファイバと光アンプをそのまま使うことが可能であり,WDM等従来システムのアップグレードに適する。 図2 OPCを用いた伝送システム構成 位相共役光は2次非線形媒質中の光パラメトリック効果または3次非線形媒質中の四光波混合(FWM)等により発生可能である。特に,FWMを用いる場合,位相共役光の発生効率Cは,非線形係数,入力励起光パワーPPおよび有効相互作用長の積の二乗に比例する。 分散シフトファイバ(DSF)を用いて位相共役光の発生実験を行った(図3)。ESを励起光EPと合波(波長間隔3nm)した後,DSF(23km)に入力した。位相整合をとるため,励起光の波長はDSFの零分散波長に一致させた。図4にDSFへの入力励起光パワーPPに対するCの測定結果を示す。PPの増大とともに,誘導ブリルアン散乱(SBS)により励起光が反射されるためCが飽和する。そこで,EPに低速(120kHz)の周波数変調をかけSBSを抑圧した。これによりCの飽和は回避され,CはPP=50mW(実験上の最大パワー)に至るまでPPの2乗に比例して増加し,最大変換効率-4.6dBを得た。この結果は,零分散波長の制御や非線形係数の増大等の改良による無損失変換の実現を期待させるものである。 図3 位相共役光の発生実験構成図4 入力励起光パワーに対する出力信号光および位相共役光パワー 上記OPCを用いた波形補償効果の確認のために,20Gb/s-3,000kmの伝送実験を行った(図5)。20Gb/sのIM変調信号光ESを2段の前置補償ファイバ(DD-DCF)に入力し,波形を予め歪ませた(前置補償)。このESを図3の位相共役器によりECに変換し,全長3,036kmの伝送路に入力した。このときOPC前後の総GVDと総SPM量をほぼ一致させた。図中に示した波形の変化の様子から明らかなように,前置補償により激しく歪んでいた波形が伝送路を進むにつれて次第に回復し,3,036km伝送後に良好な波形が再現した。このとき,符号誤り率は109以下の良好な特性であった。上記結果は,OPCによるGVDとSPMの完全補償条件((3),(4)式)の効果を明瞭に実証している。 図5 前置補償を用いた20Gb/s-3,000km伝送実験 OPCのGVDとSPMの補償効果は,伝送速度と伝送距離の拡大を可能にする。中点補償構成によると,20Gb/s信号を+18ps/nm/km程度の大きな分散の伝送路(1.3m単一モードファイバに相当)の場合でも3,000km以上,分散が-1.0ps/nm/km程度のDSFの場合には10,000km級の長距離伝送が可能となることが計算機シミュレーションによりわかった。 一方,WDM伝送への適用の観点からは端局補償構成が優れている。従来のWDM伝送においては,伝送路の2次分散によりチャンネル毎の分散が異なるため,全チャンネルを等しく分散補償するのが困難であるうえ,非線形効果も補償されない。これに対して前置補償OPC方式においては,チャンネル毎に最適の補償ファイバを割当てることにより(図6),GVDとSPMの完全な補償が可能となる。しがかって,本方式により,WDM伝送システムの高速化による大容量化と伝送距離の大幅な拡大が可能になる。 図6 前置補償構成によるWDMシステム OPCシステムはその効果がトランスペアレントであり,各チャンネルのビットレートや光変調方式が変わっても全く同じ構成で対処できる。したがって,従来のシステムの性能改善や一度敷設したシステムのアップグレードとともに,チャンネル毎にビットレートや光変調方式が異なるような,フレキシブルなWDMシステムの構築への適用が期待できる。また,OPCはGVDとSPMによる波形歪の補償に限らず,WDM伝送時のFWMや相互位相変調(XPM)によるチャンネル間クロストーク,さらにはラマン効果などの高次の非線形効果も補償可能である。このようなOPCの補償効果は,今後超高速短パルス伝送などに広く適用され,高品位伝送システムの構築に役立っていくと考えられる。さらに付随する波長変換機能を生かしたネットワーク応用も含め今後の広範な応用が期待される。 |