学位論文要旨



No 213524
著者(漢字) 渡邉,茂樹
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,シゲキ
標題(和) 位相共役光通信システムの研究
標題(洋)
報告番号 213524
報告番号 乙13524
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13524号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 保立,和夫
内容要旨

 近年の光技術の進歩に伴い,光通信システムの性能も著しく向上した。しかし,将来のマルチメディア等広帯域ネットワークの拡大とともに,伝送情報のさらなる大容量化が求められ,40-100Gb/sさらにはTb/s級の超大容量システムの実現が必要となる。光通信システムの長距離大容量化において,伝送路ファイバの波長分散(GVD)と自己位相変調(SPM)等非線形光学効果による波形歪が大きな制限要因となっており,この問題を光レベルで解決し,かつ波長多重(WDM)伝送等の多重技術とも整合する方式の実現が望まれている。

 光位相共役(OPC)はGVDとSPMをともに補償可能な方式であり,現状の伝送速度距離限界を打破可能な技術である。この位相共役光通信方式は,まず1979年にYariv等によりGVD補償の可能性が提案され,1992年に筆者等によりその効果が実験的に確認された。また,同方式を用いたSPM補償の可能性は,1993年に菊池とLorattanasaneにより提案され,ほぼ同時期に筆者等により効果が実験的に確認された。

 OPCによる波形歪の補償構成を図1に示す。まず,信号光ESを長さL1の第一ファイバ中をパワーP1で伝送する。次に,位相共役器でESを位相共役光EC(∝ES*)に変換する。発生したECは,長さL2の第二ファイバ中をパワーP2で伝送し,伝送後に検出する。

図1 OPCによるGVDとSPMの補償

 一般に,GVDとSPMによる波形歪は,二つのファイバ中のGVDとSPMの総量が等しければ補償できる。即ち,分散D(z),非線形係数(z)に対して

 

 

 ここに,DJ,J,はFiber-j内の分散,非線形係数の平均値およびESとECの平均パワーを表す。しかし,この平均値近似による補償では,ファイバ損失によるOPCの前後の光強度分布の非対称性が補償限界を与える。筆者等は,伝送路に損失と光増幅によるパワー変化がある場合にも適用可能なGVDとSPMの完全補償条件を理論的に示した。即ち,

 

 を満足する伝送路上の2点-z1,z2において,

 

 が成り立つように,即ち,OPCの位置から測った累積分散または累積Kerr効果が等しくなる2点において,分散に対する光Kerr効果の強度が等しくなるように設定する。-z1におけるGVDとSPMによる波形歪はOPCによる位相反転効果のため,z2における波形歪により補償される。このように,小区間毎に上記のような設定による補償を繰り返していけば,ファイバ全長に渡る完全な波形補償が可能となる。伝送路内で実際に(3),(4)式の補償条件を満足するには,損失に合わせて分散を減少させた分散逓減ファイバを用いればよい。

 図2にOPC伝送システム構成を示す。図2(a)に示したOPCを伝送路の中間に置く構成に加えて,上記完全補償理論を用いると,図2(b)-(c)に示したOPCを端局に配置する構成も可能となる。この場合,小さな分散値のファイバを伝送路として用い,送信局あるいは受信局内に配置した大きな分散値のファイバを補償ファイバとして用いる。これらの構成では伝送路として既存のファイバと光アンプをそのまま使うことが可能であり,WDM等従来システムのアップグレードに適する。

図2 OPCを用いた伝送システム構成

 位相共役光は2次非線形媒質中の光パラメトリック効果または3次非線形媒質中の四光波混合(FWM)等により発生可能である。特に,FWMを用いる場合,位相共役光の発生効率Cは,非線形係数,入力励起光パワーPPおよび有効相互作用長の積の二乗に比例する。

 分散シフトファイバ(DSF)を用いて位相共役光の発生実験を行った(図3)。ESを励起光EPと合波(波長間隔3nm)した後,DSF(23km)に入力した。位相整合をとるため,励起光の波長はDSFの零分散波長に一致させた。図4にDSFへの入力励起光パワーPPに対するCの測定結果を示す。PPの増大とともに,誘導ブリルアン散乱(SBS)により励起光が反射されるためCが飽和する。そこで,EPに低速(120kHz)の周波数変調をかけSBSを抑圧した。これによりCの飽和は回避され,CはPP=50mW(実験上の最大パワー)に至るまでPPの2乗に比例して増加し,最大変換効率-4.6dBを得た。この結果は,零分散波長の制御や非線形係数の増大等の改良による無損失変換の実現を期待させるものである。

図3 位相共役光の発生実験構成図4 入力励起光パワーに対する出力信号光および位相共役光パワー

 上記OPCを用いた波形補償効果の確認のために,20Gb/s-3,000kmの伝送実験を行った(図5)。20Gb/sのIM変調信号光ESを2段の前置補償ファイバ(DD-DCF)に入力し,波形を予め歪ませた(前置補償)。このESを図3の位相共役器によりECに変換し,全長3,036kmの伝送路に入力した。このときOPC前後の総GVDと総SPM量をほぼ一致させた。図中に示した波形の変化の様子から明らかなように,前置補償により激しく歪んでいた波形が伝送路を進むにつれて次第に回復し,3,036km伝送後に良好な波形が再現した。このとき,符号誤り率は109以下の良好な特性であった。上記結果は,OPCによるGVDとSPMの完全補償条件((3),(4)式)の効果を明瞭に実証している。

図5 前置補償を用いた20Gb/s-3,000km伝送実験

 OPCのGVDとSPMの補償効果は,伝送速度と伝送距離の拡大を可能にする。中点補償構成によると,20Gb/s信号を+18ps/nm/km程度の大きな分散の伝送路(1.3m単一モードファイバに相当)の場合でも3,000km以上,分散が-1.0ps/nm/km程度のDSFの場合には10,000km級の長距離伝送が可能となることが計算機シミュレーションによりわかった。

 一方,WDM伝送への適用の観点からは端局補償構成が優れている。従来のWDM伝送においては,伝送路の2次分散によりチャンネル毎の分散が異なるため,全チャンネルを等しく分散補償するのが困難であるうえ,非線形効果も補償されない。これに対して前置補償OPC方式においては,チャンネル毎に最適の補償ファイバを割当てることにより(図6),GVDとSPMの完全な補償が可能となる。しがかって,本方式により,WDM伝送システムの高速化による大容量化と伝送距離の大幅な拡大が可能になる。

図6 前置補償構成によるWDMシステム

 OPCシステムはその効果がトランスペアレントであり,各チャンネルのビットレートや光変調方式が変わっても全く同じ構成で対処できる。したがって,従来のシステムの性能改善や一度敷設したシステムのアップグレードとともに,チャンネル毎にビットレートや光変調方式が異なるような,フレキシブルなWDMシステムの構築への適用が期待できる。また,OPCはGVDとSPMによる波形歪の補償に限らず,WDM伝送時のFWMや相互位相変調(XPM)によるチャンネル間クロストーク,さらにはラマン効果などの高次の非線形効果も補償可能である。このようなOPCの補償効果は,今後超高速短パルス伝送などに広く適用され,高品位伝送システムの構築に役立っていくと考えられる。さらに付随する波長変換機能を生かしたネットワーク応用も含め今後の広範な応用が期待される。

審査要旨

 本論文は、「位相共役光通信システムの研究」と題し、光ファイバ伝送路中に光位相共役器を挿入することにより、光ファイバの群速度分散と自己位相変調効果を同時に補償する方式に関する基礎研究の成果をまとめたものである。

 エルビウム添加光ファイバ増幅器(Erbium-Doped Optical Fiber Amplifier:EDFA)を直接光中継器として用いた長距離光ファイバ伝送システムでは、ファイバの損失が増幅器の利得により繰り返し補償されるため、再生中継を行うことなく1,000kmを越える伝送距離が実現される。しかしこのような長距離光増幅中継系では、光ファイバの自己位相変調効果と群速度分散の相互作用によって伝送波形歪が生じる。この問題を解決する方法として伝送路中で伝送光信号の位相共役を行う方式が知られているが、本論文ではこの方式による歪補償原理の厳密な理論を提示し、さらにシステム実験により原理の確認を行っている。

 本論文は8章から構成されている。

 第1章は「序論」であり、光ファイバの分散と非線形効果を補償する必要性と、これまでに提案された補償技術のまとめを行っている。次にこれらの補償技術と光位相共役システムの比較を行い、本方式の特長と適用領域を明らかにしている。

 第2章は「光位相共役の基礎と電場歪の補償」と題し、光位相共役の基礎概念をまとめ、光伝送路中で生じる電場の位相揺らぎを位相共役により補償できることを示している。

 第3章は「光位相共役による伝送ファイバ内波形歪の補償」と題し、伝送ファイバ中で生じる歪みの補償理論を展開している。まず、群速度分散と非線形性を完全に補償するための一般化された条件を導出した。この条件は、

 (1)位相共役器前後のファイバを等数の小区間に分割したとき、位相共役器を中心にして対応する小区間中の群速度分散と非線形効果の比が等しいこと、

 (2)対応する小区間中での分散量が等しいこと、

 である。

 さらにこの条件を実現する方法を検討している。従来提案されていた中点での位相共役に加えて、位相共役器を端局に配置する構成も可能となることを示した。この場合、小さな分散値のファイバを伝送路として用い、送信局あるいは受信局内に配置した大きな分散値のファイバを補償ファイバとして用いる。これらの構成では伝送路として既存のファイバと光増幅器をそのまま使うことが可能であり、WDM等従来システムのアップグレードに適する。

 第4章は「位相共役光の発生」と題し、各種の位相共役デバイスの特徴と課題を示す。次に分散シフト光ファイバを用いた位相共役デバイスの実験を行い、励起光による誘導ブリルアン散乱を抑圧することにより、実用上十分な発生効率が可能であることを示している。

 第5章は「伝送実験」と題し、光位相共役を用いた各種伝送実験を行い、伝送波形歪の補償効果を実証している。とくに前置補償を用いたシステムにおいて20Gbit/s-3,000kmの伝送実験に成功し、導出した補償原理の正当性が確認された。

 第6章は「長距離大容量伝送の可能性」と題し、計算機シミュレーションにより長距離・大容量化の可能性について検討している。とくに前置補償構成のWDM伝送システムにおいては、各チャンネルごとに異なる分散値の補償ファイバを用意することにより、ファイバの二次分散の影響も回避できることを示した。

 第7章は「波長多重伝送における非線形効果の補償と応用」と題し、位相共役によりチャンネル間クロストークが抑圧可能であることを理論、実験両面から示した。

 第8章は本論文の結論である。

 以上のように本研究では、長距離光ファイバ伝送系において障害になる群速度分散と非線形性による伝送波形歪を抑圧する手法として、伝送路中に光位相共役デバイスを挿入する方法に関する基礎研究を行った。完全歪補償を実現する条件を導出したのち、この理論に基づいて前置補償構成のシステムを設計し、20Gbit/s-3,000kmの伝送実験に成功した。また、さらなる大容量・長距離化の可能性についても検討を行った。本論文は、将来の超長距離・超大容量光ファイバ通信技術に寄与すると考えられ、電子工学への貢献が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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