学位論文要旨



No 213525
著者(漢字) 神場,知成
著者(英字)
著者(カナ) カンバ,トモナリ
標題(和) ビジュアルインタフェースの高度化に関する研究
標題(洋)
報告番号 213525
報告番号 乙13525
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13525号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 本論文では、情報機器、情報システムの視覚的ユーザインタフェース、すなわちビジュアルインタフェースを高度化する手法をさまざまな側面から論じる。

 ビジュアルインタフェースの重要性は近年ますます高くなっている。この理由は、

 1)情報機器、システムの機能の高度化、増加

 2)上記のような機器を利用するユーザ層の拡大

 3)ユーザが上記のような機器を用いてアクセスする情報量の増加が同時に進行していることである。

 まず1)に関しては、コンピュータやワークステーションなどの機能の高度化、増加はもちろん、最近では電話、FAX、コピー機などのOA製品、テレビ、ビデオ、オーディオ、カメラ、さらには電気釜や冷蔵庫といった家電製品すべてがCPUを内蔵し高度な情報処理を行っている。携帯型の電子手帳などもどんどん高度化している。これらの高度な機能をユーザが使いこなすことができるようにするためには、システムが複雑な機能をできる限りわかりやすく見せて、ユーザにとって操作可能にするような手法が必要である。

 次に2)に関しては、コンピュータが以前のように一部の専門家のものではなく、一般のオフィスでほとんどの人が使う機器となった。それに加え、1)で述べたように通常の家電製品までも情報機器としての側面が強くなったために、家庭内でもそれらの機能を使いこなす必要が生じてきた。この両方の理由から今は情報機器ユーザの中でコンピュータの専門家はごく一部であり、ほとんどのユーザは文書を書いたり、家計簿の管理をしたり、電子メールのやりとりをすることだけが目標である。このようなユーザに、分厚いマニュアルを読んで正確にコマンドを打ち込むことは期待できない。直観的に適当に操作しても大きな間違いは起こらない、というユーザインタフェースが必要である。

 3)のアクセス情報量の増大に関しては、ネットワークの進展が大きく影響している。ネットワークの整備が進み、以前のようにパソコンで行う主な作業がワープロや表計算ではなく、パソコン通信やインターネットアクセスであるというユーザも増えてきた。これに伴い、一般ユーザがアクセスする情報量は莫大なものとなった。それら大量の情報をわかりやすい形でユーザに見せることができなければ、情報は有効活用されない。World Wide Web(WWW)とそのブラウザはビジュアルインタフェースの効果的な活用例であるが、その成功でますます増えた情報に対して効率的にアクセスする方法も必要である。

 本論文ではビジュアルインタフェースを次の4つの側面から論じる。

 ・ 設計支援

 ・ メタファ

 ・ エージェント

 ・ インタラクティブビジュアライゼーション

 第一の課題である設計支援に関しては、設計モデルとしてマルチビューモデルを提案し、それに基づくビジュアルインタフェース設計ツールU-faceについて述べる。従来、ビジュアルインタフェースでは設計の初期段階でのプロトタイピングと、それを利用した操作シミュレーションに基づく問題点発見、繰り返し設計(Iterative Design)が重要であると言われてきた。しかし、操作シミュレーションだけでビジュアルインタフェース上の問題点を発見することは困難であるため、プロトタイピングツールに客観的評価を支援する機能を組み込むことが効果的である。マルチビューモデルは、設計対象のビュー(設計対象を見る側面、および記述方法)を自動的に変換する機能を持つ設計ツールを前提とする設計モデルである。そのモデルに基づき、汎用端末のビジュアルインタフェース設計ツールU-faceを構築した。U-faceでは、設計者がシステムのビジュアルインタフェースを作成すると、そのビューを自動的に検証ビューに変換する。図1にU-faceの画面例を示す。

図1.U-faceの画面例

 第二の課題であるメタファに関しては、具象メタファという考え方に基づくリアリティユーザインタフェースを提案し、それを実際に構築するためのプログラムライブラリについても述べる。メタファはビジュアルインタフェースにおける重要な考え方である「直接操作法」の基礎になり、従来デスクトップメタファが良く知られていた。しかし、従来のグラフィカルユーザインタフェース(GUI)では、抽象化したアイコンやウィンドウですべてのものを表現するために、初心者にとってそれぞれのアイコンやウィンドウが何を意味するかわかりにくいという問題があった。リアリティユーザインタフェースは、近年のマルチメディア処理技術の進歩、特にデジタルビデオの処理技術の進歩を利用し、画面全体を複数の蓄積ビデオ映像の合成で作成する手法である。デスクトップ環境であれば、机の映像や本の映像等をそれぞれ別にビデオカメラで撮影して蓄積しておき、ユーザの操作に応じて適切なカットを選択して表示する。図2にリアリティユーザインタフェースの画面例を示す。

図2.リアリティユーザインタフェースの画面例

 撮影した映像を組み合わせて容易にリアリティユーザインタフェースを構築できるようにするために、プログラムライブラリを作成した。同ライブラリはUnixのX-Windowの環境で実現されており、画面上でそれぞれの映像部品が果たす役割に応じて「操作依存ビデオ部品」「位置依存ビデオ部品」「時間依存ビデオ部品」に分類されている。

 第三の課題であるエージェントに関しては、特にネットワーク上でのパーソナライゼーション(各ユーザに対して情報をカスタマイズして提供する手法)に注目し、パーソナル電子新聞ANATAGONOMYとして実現した。同システムは、World Wide Web(WWW)上の新聞でユーザが記事を毎日読んでいると、その購読パターンから自動的にユーザの興味傾向をシステムが学習し、それに基づき次第に各ユーザの興味に応じた紙面を自動的に作成するようになることを特徴としている。同システムのサーバ上では各記事はドキュメントベクトル(記事を構成する単語の集合)で表現されている。ユーザが記事に対してスクロール、拡大等の作業を行うと、システムはユーザがその記事に興味を持ったものと見做し、その記事に含まれている単語がそのユーザのプロファイルの中で占める重みを増加させる。これにより、サーバには徐々にユーザの興味傾向が蓄積されていく。サーバ側に新しい記事が登録されると、システムはその記事内容をユーザプロファイルと比較し、各ユーザが記事に対して持つであろう興味をスコアとして予測する。予測したスコアに基づいて紙面レイアウトを自動的に作成する。レイアウトには「新聞風」「テレビ文字放送風」など複数ある。作成される紙面の例を図3に示す(これは新聞風の例)。

図3.パーソナル電子新聞ANATAGONOMYの画面例

 インタラクティブビジュアライゼーションに関しては、特に省スペース指向ビジュアルインタフェースに着目した。最近携帯端末が普及しはじめているが、一般に画面が非常に小さい場合にはパソコン等大画面の機器とは異なる問題点が出てくる。その1つは、操作ツールが占める画面スペースの割合が高くなることである。画面上の情報をユーザが操作できるためには何らかの操作ツールを表示する必要がある。その手法として半透明表示(操作ツールを半透明にして、情報と重ねて表示する)が有効であるが、たとえばハイパーテキストのように情報自身が操作可能である場合には重り部分にある情報と操作ツールの両者が操作可能になってしまうので、ユーザが各層をどのように操作するかが問題となる。本論文では、層によってユーザ操作から応答するまでの時間が異なる「遅延レスポンス」を提案し、評価実験を行った。オンライン新聞を用いた実験により、ユーザが遅延レスポンスに比較的容易に適応すること、複数の層がどのような順序で応答してもユーザのエラー率には大差ないがユーザの好みには大きな差があること、がわかった。オンライン新聞の例ならば、被験者全員が「記事本文(ハイパーテキスト)が先に応答する方が望ましい」と述べた。

 全体を通じ、ビジュアルインタフェースの問題点をさまざまな角度から論じた。今後は情報機器がますますネットワーク化され、各機器上ではネットワークを自由に行き来するエージェントが働くようになる。その際に、各ユーザが役立つ情報を容易に手に入れることができるようにするパーソナライゼーションと、プライバシーの問題は表裏一体である。両者を考慮したビジュアルインタフェースの設計が重要になるだろう。また、ビジュアルインタフェースは要素技術としての側面だけでなくインテグレーション技術としての側面も重要である。組織論まで考慮した、インテグレーション技術の側面からの検討も今後重要となるだろう。

審査要旨

 本論文は「ビジュアルインタフェースの高度化に関する研究」と題し、ユーザが情報機器・システムを扱う上で使いやすい高度なビジュアルインタフェースがどのようなものであるかを種々の側面から論じ、具体的に幾つかのインタフェースを構築して評価を行ったものであって、全8章からなる。

 第1章は「序論」であって、ユーザインタフェース研究の位置付けを述べた後、本論文の背景と目的を述べている。まず、ユーザインタフェース研究が広範囲に渡り、その学問的位置付けがややもすれば曖昧であった点を指摘し、本論文ではビジュアルに関係するものについて工学的側面からアプローチするとしている。さらに、本論文の各章の位置付けを述べている。

 第2章は「ビジュアルインタフェースの従来動向と課題」と題して、まず、ユーザインタフェースの課題について従来行われた整理について述べ、それを基に現在の情報処理機器技術に立脚したビジュアルインタフェースの課題に言及している。次に、本論文で課題として取り上げるビジュアルインタフェースの要素技術項目を列挙し、それらについて過去の研究の問題点を指摘した上で、本論文で開発する技術の特徴を概説している。

 第3章は「設計支援:ビジュアルインタフェース設計支援ツール」と題して、まず、ユーザインタフェースの多面性・多様性に着目したコンピュータ上での設計モデルとして、マルチビューモデルを提案している。これは、従来の設計モデルに種々の側面から作成したインタフェースを大局的に把握するための検証ビューを加えることで、インタフェースの変更・改良を容易とするものである。次にそれに基づいて、汎用端末用ビジュアルインタフェース設計支援ツールU-face及びU-faceIIを実際に構築し、従来のツールと比較してインタフェース設計作業が容易になるとしている。

 第4章は「メタファ:具象メタファを利用したマルチメディアユーザインタフェース」と題して、まず、従来のグラフィックスユーザインタフェースにおける問題点として、画面がシンボルで構成され、直感的な理解が困難になっている点を指摘し、現実世界に存在するもののビデオ映像を組み合わせて画面を構成するリアリティーユーザインタフェースを提案している。次に、この考えに基づくデスクトップ環境を実際に試作し、ユーザが作業の状況を記憶しやすいという効果を確認している。さらに、リアリティーユーザインタフェースの構築のためのビデオ映像の合成を容易とするクラスライブラリを作成し、その効果を実際に確認している。

 第5章は「エージェント:エージェント機能を利用したネットワーク指向ビジュアルインタフェース」と題して、まず、ユーザによる直接操作を補完するものとしてのエージェントという概念に言及している。次に、エージェントに基づくシステムの機能として、多量の情報から個々のユーザにとって有効なものを選別して提示するパーソナライゼーションに着目し、これを実際にインターネット上の電子新聞に適用してパーソナル電子新聞を構築している。ビジュアルインタフェースにおける記事のスクロールやウインドウオープン操作の履歴から半自動的にユーザの興味を抽出する手法を提案し、実験的にその有効性を示している。

 第6章は「インタラクティブビジュアライゼーション:半透明を利用した省画面指向ビジュアルインタフェース」と題して、まず、最近の携帯端末に代表される画面の小型化に対応したビジュアルインタフェースの重要性とその実現に際しての課題について言及している。次に、それに基づき、情報の有効な表示と操作性の確保という相反する要求を解決するものとして、半透明アイコンと遅延レスポンスを組み合わせるビジュアルインタフェース技術を提案している。オンライン新聞記事の操作を行うこの様なインタフェースを実際に構築し、被験者に種々のタスクを課して操作性の評価実験を行った結果、ユーザが比較的容易に遅延レスポンスという操作手法に順応することが可能であり、提案技術が画面の小型化に対応する有効なインタフェース技術になるとしている。

 第7章は「議論」であって、まず、ユーザインタフェースの評価手法を整理した上で、本論文で行った評価を位置づけている。次に、提案手法について視覚表現を用いた情報伝達の視点から議論している。また、ユーザインタフェース技術では要素技術の統合が重要であることを指摘し、本論文の研究はその様なスタンスから行ったものであるとしている。さらに、プライバシーと利便性のバランスをとったシステム設計の重要性を指摘している。

 第8章は「結論」であって、本研究で得られた成果を要約し、今後の課題について言及している。

 以上を要するに、本論文は、今後のビジュアルインタフェースの有すべき機能について論じた上で、ビジュアルインタフェース設計支援、具象メタファを用いたビジュアルインタフェース、エージェント機能としてのパーソナル電子新聞、半透明表示を利用したビジュアルインタフェースについて具体的な手法を提案し、実際にシステムを構築して性能評価を行うとともに、今後の課題について考察したものであって、電子工学、情報工学に貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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