学位論文要旨



No 213527
著者(漢字) 竺,長新
著者(英字)
著者(カナ) ズウ,チョウシン
標題(和) STMによるSi(100)表面上へのAl吸着と膜成長の研究
標題(洋) Adsorption and growth of Al on Si(100)surfaces as studied by scanning tunneling microscopy
報告番号 213527
報告番号 乙13527
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13527号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河津,璋
 東京大学 教授 菊田,惺志
 東京大学 教授 前田,康二
 東京大学 教授 岡野,達雄
 東京大学 助教授 高橋,敏男
 筑波大学 助教授 重川,秀実
内容要旨

 Si(100)清浄表面上のAl初期成長については低速電子線回折(LEED:Low Energy Electron Diffraction)、走査型トンネル顕微鏡(STM:Scanning Tunneling Microscope)等の手段によりこの十年間種々研究されている。これらの従来の研究特徴は膜成長の熱力学的平衡状態を描く点にある。しかし、実際の薄膜成長過程は常に熱力学的と動力学的過程を伴っている。したがって、金属膜成長初期の基礎物理や応用面においてAl膜成長初期の原子配列構造とその成長動力学を微視的に調べ明らかにすることは重要である。

 本研究は半導体表面上における金属成長初期の吸着構造と成長動力学的過程を明らかにすることを目的とする。具体的には、基板の温度と被覆率を変化させ、Si(100)表面上におけるAl原子配列、Al島(核)の密度及び分布をSTMを用い測定し、Al/Si(100)表面の構造とAl膜成長初期の動力学的過程について調べた。

Si(100)表面上にAlの吸着構造と成長様式0.5monolayer(ML)以下の成長

 基板温度350℃以下で0.5ML以下のAlを吸着させた場合は、Al原子はSiダイマー列に対して垂直なダイマー列を形成して成長する。吸着したAl原子の配列構造モデルとしては、今までに2種類モデルが提案されている。一つは、AlダイマーボンドがSiダイマーボンドと垂直の関係をなす形でorthogonal-dimerモデルと呼ばれる。もう一つはAlダイマーボンドがSiダイマーボンドに対して平行をなす形でparallel-dimerモデルと呼ばれる。Si(100)表面へのAl吸着構造を正確に解明するために、吸着したAl原子のダイマーボンドをSTMによって実空間で調べた。

 Alを吸着させ、正負の試料バイアスを印加して観察したSTM像を図1に示すようにAlダイマーの輝点はバイアスの正負に依存して変化する。試料バイアス正で観察する時、電子が探針先端から表面の電子非占有状態へトンネルする。そのSTM像を図1(a)に示す。Siダイマー列の間の明るい楕円形状(protrusions)は表面の電子非占有状態の空間分布を反映している。Alダイマーのダングリングボンドの各々が電子によって占有されないので、Alボンドと*Al反ボンドの両方が電子非占有状態になっている。したがって、明るい輝点がAl-Alダイマーボンドの位置と考えられ、楕円形輝点の長軸方向がSiダイマー列と垂直となるので、AlダイマーボンドはSiダイマーボンドと平行をなしていると考える。一方、試料バイアス負の場合、電子が表面の占有状態からトンネルするので、図1(a)の各々楕円形輝点は図1(b)に示すように二つ小さい輝点に変化する。これらの小さい輝点はAlダイマーの電子占有状態の局所密度(LDOC:local density of occupied state)の空間分布を反映している。それは主にAl-Si backbondsの電子状態によるものである。したがって、図1(b)に示す小さい輝点がAl-Si backbondsに対する位置に相当すると考えられる。以上によりAl/Si(100)表面がparallel-dimerモデルによって成長することが解明できた。

図1

 Alダイマー列の末端ではそれぞれのAlがSiダイマーのダングリングボンドとbackbondsを形成するため、Siダイマーのボンドは壊れて、各Siダイマーには各1のダングリングボンドが残っている。したがって、Alダイマー列の末端はAlダイマーによって終端されている。さらにSTM像の分析によって、Alダイマ一列の末端の最も安定した構造がダイマー構造と考えられる。

0.5ML以上の成長様式

 Alを0.5ML吸着した時にSi(100)表面のダングリングボンドがすべて飽和され、完全な(2×2)構造のAl単原子層を形成する。Alの吸着量が0.5ML以上になると、ダングリングボンドがすべて飽和されているので、Al(2×2)層上に小さなAlクラスターが形成され始める。しかし、吸着量が多くなるに従いAl(2×2)構造をとっていたAlダイマーがAlクラスターに吸収され始め、約1.4MLになるとAl(2×2)が完全に消滅する。この過程においてSTMでAl(2×1)構造は観察されなかった。したがって、LEED観察による報告されている(2×1)バタンーは基板のSi(100)-2×1の構造と考えられる。

高温における成長

 350℃以上におけるAlの成長は、300℃以下の成長と非常に異なっている。図2(a)は基板温度500℃でAlを0.06ML蒸着した、試料バイアス-2Vで観察したSTM像である。Alに関連した特徴はSiダイマー列間に現れる孤立した球形の輝点である。この球形輝点はAl-Si分子と考えられ、これは高温によるAl原子とSi基板の表面原子の間の強い相互作用の結果である。試料バイアス+2Vで観察した時、図2(a)中の球形輝点が図2(b)に示すように二つの小さい輝点(subprotrusions)に変わる。これらの輝点の変化はAlに関連した電子状態の空間分布を反映している。電子遷移状態の分析によるAlに関連した各ユニットは4個のAl原子と1個或は2個のSi原子から構成されていると考えられる。

図2
Al膜成長初期の動力学的過程

 STMによるSi(100)表面におけるAl原子の吸着、表面拡散、核形成など成長動力学を原子レベルで調べた。確率分析により吸着原子の等方性拡散(isotropic diffusion)の条件下における安定核の形成速度の理論式(1)を得た。

 

 ここでNは核の数密度、は被覆率に関する定数、Dは吸着原子の表面拡散係数、Rは蒸着速度、は表面上に自由原子としての吸着原子の滞在時間(lifetime)である。式(1)でNが基板温度依存性を持つ特徴を表わす。この依存性の分析によって、2つの転移温度T01とT02が存在することが分かる。2つの転移温度は核の形成と成長過程を3つの温度領域に分ける。3つの温度領域における成長過程の特徴は完全凝縮、初期非完全凝縮、非完全凝縮と呼ばれる。式(1)を3つの温度領域において解析的に近似計算することによって、次式を得た。

 

 

 

 ここでTは蒸着時の基板温度、Eaは吸着エネルギー、kはBoltsman定数、Edは吸着原子の表面拡散エネルギーである。温度領域T01<T<T02の特徴は、吸着原子の再蒸発がまだ無視できる程度なので、凝縮係数が小さくなり自由原子の数密度が増加し、核の形成確率を増加させるにある。なお、転移温度は基板表面の性質、吸着原子の表面拡散エネルギー、吸着エネルギーなどの要因により左右されるので、吸着系によっては二つの転移温度が一つの転移温度になっている可能がある。

 以上の理論解析に基づいてSi(100)表面におけるAl原子の拡散係数、吸着エネルギーなどに関係するデータを測定するための実験を行った。本実験では、各孤立している単一ダイマー及びダイマー列を一つの核(あるいは島)として数えてSi(100)表面上に吸着したAl核(島)数密度を正確に測定し、Si(100)表面におけるAl核の数密度の基板温度依存性を求めた。基板温度が上昇するとともに核の数密度は減少していき、転移温度T01に達すると核の数密度は最小になる。さらに、基板温度を上昇させると逆に核数密度が増加する。核形成理論に基づいてこれらの測定したデータよりSi(100)表面におけるAl成長初期過程での表面拡散エネルギー、吸着エネルギー、拡散係数の因子などのパラメーターを求めた。

審査要旨

 本論文は、「Adsorption and growth of Al on Si(100)surfaces as studied by scanning tunneling microscopy(STMによるSi(100)表面上へのAl吸着構造と膜成長の研究)」と題し、半導体表面上における金属薄膜成長の初期の吸着構造と成長の動的過程を明らかにした論文である。即ち、走査トンネル顕微鏡法(STM)を主たる測定手段として、シリコン(001)表面上におけるAlの原子配列、Alの島の濃度及び分布を、基板温度、被覆率を変化させながら測定し、Al/Si(100)表面の構造とAl薄膜成長の初期段階の動的過程をしらべたものである。

 本論文は6章よりなる。

 第1章は、序論であり、金属/半導体の研究、特に、Al/Si(100)の研究の重要性と、現在までの研究の概略、未解決な点について記述されている。

 第2章は、本研究において、基板として用いている、Si(100)表面の原子的な構造に関して、主として、従来のSTMを用いた研究により明らかになった点について記述している。

 第3章は、本研究において用いられた、STM装置、Si(100)基板の清浄方法、蒸発源の構成、蒸着速度の制御等の実験方法に関して記述されている。

 第4章は、Si(100)表面におけるAlの吸着構造に関する結果について述べられている。Alの被覆率が、0.5ML以下の場合、吸着時の基板温度が350℃以下では、Al原子は基板のSiダイマー列に対して、垂直なダイマー列を形成して成長する。吸着したAl原子の配列構造模型は、現在までに、2種類のモデルが提案されている。1つは、Alダイマーボンドが基板のSiのダイマーボンドに対して垂直に吸着する場合であり、orthogonal-dimerモデルと呼ばれており,もう一つは、AlダイマーボンドがSiのダイマーボンドに平行に吸着する場合で、parallel-dimerモデルと呼ばれている。実際の表面がどちらの配列構造になっているかを、正負の印加電圧においてSTMによりしらべた。試料電圧が正の場合には、電子は、探針尖端から、試料表面の非占有準位へとトンネルする。このとき得られたSTM像は、Siのダイマー列に垂直な方向に長軸を有する楕円形である。また、試料電圧が負で、試料表面の占有準位に対応するSTM像においては、平行ダイマーの場合のAl-Siのバックボンドに対応する位置で、輝点が観察された。これらの結果より、Al/Si(100)表面が、parallel-dimerモデルによって成長することが明らかになった。

 350℃以上における吸着は、300℃以下の吸着と異なっており、正負の試料電圧に対するSTM像の結果から、単位構造が4個のAl原子と2個のSi原子からなるものが存在していると考えられる。

 第5章は、Al薄膜の形成の初期段階を、Al原子の吸着、表面拡散、核形成などの成長の動的過程を考慮して、原子レベルで考察したものである。即ち、安定核の形成速度の理論式を提案し、その基板温度依存性が2つの転位温度により3つの温度領域に分けられることを示し、それらの各領域は、完全凝縮、初期不完全凝縮、不完全凝縮とし特徴づけられる。初期不完全凝縮の領域においては、吸着原子の再蒸発がまだ無視できる程度であるので、単原子の濃度が増加し、核形成の確率を増加させる。

 このような理論解析に基づいて、Si(100)表面におけるAl原子の拡散係数、吸着エネルギー等の評価を行った。即ち、Alの核の濃度を正確に測定し、核の濃度の温度依存性を求めた。基板温度の上昇とともに島の濃度は減少していき、転位点で最小となり、それ以上では、逆に濃度が増加する領域の存在することを明らかにした。これらの結果を、速度式と比較して、表面拡散エネルギー、吸着エネルギー等の値を求めることができた。

 第6章は、終章として、本研究で得られた一連の知見に関する総括が加えられている。また、今後行っていくべき研究の方向性に関する著者の見解が述べられている。

 以上を要するに、本研究は、STMを用いることにより、半導体表面上における金属薄膜の形成の初期過程に関して、核の形成の動的過程を考慮することにより、いくつかの重要な知見を得ている。本研究は、この分野に多くの寄与をする研究であると見なせる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位申請論文として合格と認められる。

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