近年、シリコンデバイスの高機能化、高集積化に伴って、シリコン基板に対してますます高い完全性が要求されるようになってきた。シリコン結晶の育成中に融液から結晶に導入される不純物原子やドーパントの分布を把握することは、結晶の構造的不完全性に及ぼす結晶成長条件の影響を明らかにし、その不完全性に起因するデバイスの電気的特性の劣化を低減するするための、より正確な成長条件の制御を実現するのに不可欠であると言える。 また、デバイスの高集積化、デバイスパターンの微細化の進展に伴って、シリコン結晶中に存在する微小欠陥がデバイスの電気的特性に及ぼす影響が顕在化してきた。デバイス特性を直接劣化させるプロセス導入欠陥(またはプロセス誘起欠陥)の主たる源は、as-grownの状態の結晶中に既に存在する結晶成長導入(grown-in)欠陥である。grown-in欠陥の分布を把握することはシリコン結晶の構造的不完全性を評価することにつながる。 X線トポグラフィは、対象とする結晶の広い範囲にわたる歪み場を非破壊で捉えることができる手法として、単結晶の評価に広く使われている。結晶中の不純物やgrown-in欠陥の分布は、それらによって引き起こされる歪み場として観察される。しかし、通常のX線光学系では、X線の角度拡がりが大きく、歪み場に対する感度が低いために、as-grownの状態ではなく、結晶を熱処理して歪みをより顕在化させてから専ら観察している。シリコン結晶中の不純物やgrown-in欠陥が結晶格子に及ぼす歪みの大きさは極く小さいことから、その歪み場のX線トポグラフィによる観察もas-grownの状態ではなされていなかった。 著者らは、これまでに平面波X線トポグラフィという手法を採用することで、as-grownの状態でシリコン結晶の歪み場を観察できるようにした。この手法は、非対称反射を利用してX線の角度拡がりを特定の波長においてサブradと非常に狭くすることによって、X線トポグラフィの歪みに対する感度を向上させたものである。 一般に、X線トポグラフの撮像媒体として用いられるX線フィルムや原子核乾板は、像を得るのに現像、定着などの煩雑な湿式処理を必要とする。また、それらのX線の露光量に対する感度の線形性領域は1桁から2桁と狭く、最終的に、回折X線強度の変動を正確に保持したまま、X線トポグラフの全体を数値化するには、細心の注意を払いつつ膨大な手間と時間をかけざるを得なかった。 それに対して、イメージングプレート(IP)という撮像媒体は、湿式処理を必要とせず、専用の装置で読み取るだけで、記録されたX線トポグラフを数値データに変換してくれる。またX線の露光量に対する感度の線形性領域も広く、通常5桁ほどが保証されている。著者らは、平面波X線トポグラフィの撮像媒体としてIPを初めて採用して以来、その格子歪み解析への本格的な利用を進めてきた。 以上のような事情を背景として、本研究の目的は、第一に、IPに記録された平面波X線トポグラフ(以下、単にトポグラフと記す)からシリコン結晶の格子歪みの変動を測定するための解析システムを構築することに置かれた。トポグラフからシリコン結晶の格子歪みの変動を求めるまでの作業を解析システムとして統合し、定量性の保証された解析結果を効率良く導き出せるようにすることを目指した。 その目的に則って、数値化されたトポグラフに対して、格子歪み解析に適した処理を実行するための専用の解析ソフトウェアを開発した。このソフトウェアが動作するコンピュータとIPの読み取り装置をネットワークで結び付けることにより、シリコン結晶の格子歪みを測定するシステムを構築した。高い演算処理能力と歪み解析に特化した設計のおかげで、本解析システムを利用することによって、短時間にかつ効率的に解析処理を実行でき、トポグラフ全体すなわち試料上の任意の位置での格子歪みを容易に測定することを可能とした。 次に、実際の解析結果において本来の格子歪み変動を覆い隠す外的要因を根本的に解明し、格子歪みの解析技術の高精度化を図って、シリコン結晶の格子歪みの解析手法を確立することを本研究の二番目の目的とした。 まず、IPをトポグラフの撮像媒体に利用すること自体が引き起こす、格子歪み変動の外的要因を解明した。IPの特性を評価した結果、IPのゆらぎノイズに起因する格子歪みの測定誤差は2×10-8程度と見積もられた。またIPの空間分解能の影響で、格子歪みの変動周期が短くなると、変動の振幅は減衰して求められてしまうが、本研究で見積もったところ、実用上0.5mm以上の周期をもつ変動については、振幅が80%以上保持されたので、問題なく測定できるとしてよいことが分かった。 IPの空間分解能の不足を補うために、平面波X線トポグラフィの光学系において、試料の後段に非対称反射を用いた拡大結晶を配置して、試料の回折像を一次元的に拡大してIPに撮影した。拡大像と拡大しない通常の回折像から格子歪みを測定し比較したところ、変動周期が0.5mm以下の格子歪み変動についても、IPのゆらぎノイズに起因する測定誤差よりも大きい有意な振幅が得られた。 IPの特性を定量的に測定することで、短距離の格子歪み変動に及ぼす誤差要因を把握することができた。ところが、多くの試料を評価して行くうちに、殆どの試料において、数10mmオーダの格子歪みの長距離変動に一定の傾向が生じることが明らかになってきた。そこで、散乱面に沿った方向に連続的に回折強度の変化を記録できる回転トラバース法という実験手法を考案して、それで得られたX線像(トラバース像)を用いて、試料の散乱面に沿った方向の一定の入射角のずれと、入射X線強度の不均一な空間分布を評価し、それらの影響を試料のトポグラフの強度分布から除去した。その補正されたトポグラフから格子歪み変動を求めたところ、長距離変動における一定の傾向は解消された。 この補正の意味を明らかにし、通常の解析において格子歪みに一定の長距離変動の傾向が生じる原因を解明するために、動力学的X線回折理論に基づいたレイトレース計算を実行して、シンクロトロン放射光を利用した平面波X線トポグラフィを再現した。実験結果に合致する計算条件と実験に基づく考察から、トラバース像を用いた入射X線強度の不均一な分布の補正は、各結晶光学素子の動力学的な回折特性と光学素子間のブラッグ条件からの相対的な角度のずれを解消することに相当し、一方、トラバース像を用いた試料の散乱面に沿った方向での一定の角度のずれの補正は、外的要因によって試料に導入された一様な反りを解消することに相当することが示された。すなわち、トラバース像を利用した補正で、試料本来の格子歪み以外の要因をトポグラフ上の強度変動から除去できたことが証明された。 以上のとおり、解析結果における格子歪みの短距離変動及び長距離変動に影響する外的要因を解明し、その要因によって引き起こされる本来の歪みとは無関係な変動を定量的に把握することによって、解析技術の高精度化を達成し、シリコンの格子歪みの解析手法を確立することができた。 最後に、いくつかのas-grownシリコン結晶を試料として、それらのトポグラフを解析して試料の格子歪み変動である格子面間隔の変化d/dと格子面方位の変化を測定した。トポグラフの縞状のコントラストに対応するd/dの短距離変動は、結晶成長中に取り込まれた不純物の不均一分布によって生じた。不純物分布と相関のあるの長距離変動は、結晶成長中の融液の長周期の対流による応力の不均一な分布を、他方、不純物分布と相関のないの長距離変動は、融液の対流以外の不規則な事象に起因する応力の不均一分布をそれぞれ反映して、結晶成長後もその影響をfrozen-in歪みとして保持していることの現われであると考えられる。さらにd/dとの変動を詳細に調べた結果、grown-in欠陥の存在する領域では、それ以外の領域とは変動の仕方が相違したことから、as-grownの状態では非常に困難であるgrown-in欠陥の存在領域をも識別できる可能性が示された。 このように格子歪みの解析は、as-grownの状態でシリコンの構造的不完全性を把握するのに極めて有効であることから、今後は、求められた格子歪み変動と結晶育成条件を照らし合わせて両者の対応を明らかにしながら、結晶育成技術をより向上させることに大いに貢献することが期待される。 |