学位論文要旨



No 213529
著者(漢字) 實森,彰郎
著者(英字)
著者(カナ) ジツモリ,アキオ
標題(和) 産業用超音波センシングの高度化に関する研究
標題(洋)
報告番号 213529
報告番号 乙13529
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13529号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 助教授 石川,正俊
 東京大学 助教授 出口,光一郎
 東京大学 助教授 佐々木,健
内容要旨

 産業における超音波計測は、超音波が光などの他の媒体にはない特性を持っているため広く活用されているが、必ずしもその特徴を十分に生かしきれず、新たなニーズに十分応えられていないのが現状であり、更なる高度化が必要である。本論文では、産業用センシングにおける高度化とは低コストでより多くの情報を短時間内で得ることと考え、系統的に扱われているセンシングシステムの概念に基づいて、超音波センシングを分析し、そこでの高度化のためには、センサと対象とのインタラクション部分の物理的考察を十分に行い、できるだけシンプルに適切な情報を抽出できるようにすること、これらの特性を十分に生かした適切な処理方式の採用により情報を取り出すこと、得た情報を人間に正しく、かつ、分かり易く伝えるためのマンマシンインタフェースを構築し、素早く認識・判断ができるようにすること、および、これらを有機的に結合させてシステム構築することが重要であるという観点から、特に、非破壊検査および生産工程での部品ハンドリングのための物体形状判別に関して、3つの事例で研究した。以下に各事例毎に要旨を記す。

1.円周アレイ型トランスデューサに基づく超音波イメージングと特徴抽出

 超音波イメージングセンサの現状と問題点について検討した結果にもとづき、コンパクトな3次元イメージングを実現するために研究を行った。

 (1)円周アレイトランスデューサを提案する。それは微小素子を円周上に配列した2次元トランスデューサで、その構成、原理を示す。

 (2)シミュレーションにより円周アレイトランスデューサは、従来から研究されているマトリックス状アレイと比べて、実用的にはほぼ同等の指向特性を備えていること、角度を変えたときの走査特性の均一性はむしろ優れていることを明らかにする。

 (3)実験とシミュレーションにより、焦点が中心軸に近い場合には超音波ビームは良好に形成されることを示す。焦点が中心軸からずれるに従って焦点化の特性が悪くなるが、これは各素子の幅に原因することを明らかにすると共に、要求する偏向角に対して必要な素子の大きさをシミュレーションにより求められることを示す。

 (4)試作した中心周波数2.5MHz、開口半径12mm、素子数32の円周アレイト型ランスデューサを用いた実験により、3次元イメージングの基礎となる2次元イメージングが可能であることを示す。

 (5)円周アレイの幾何学的特長を生かした走査方法と走査回路を提案する。

 (6)エコー源の3次元位置とエコーの強さをカラーTVモニタに表示するために、位置をモニタ面上のX,Yおよび色相に、エコー強さを明度に対応させた新しい表示法を提案する。

 (7)時間軸波形をカラー画像に変換するための装置を示す。

 (8)試作したトランスデューサと送受信回路を用いた実験で、データを取得し、提案した方法による表示結果を示すことにより、リアルタイム3次元イメージング装置を実現することが可能であることを述べる。

 本研究での高度化のための技術的ポイントは、

 (1)少ない素子数、良好な指向性の2次元(円周)アレイセンサ

 (2)センサの幾何学的構造を生かした単純な回路での超音波ビームの電子的2次元走査法

 (3)取得した3.5次元データ(反射点の3次元位置およびエコー強さ)の表示法

 にある。これらの統合により、比較的小さい実用的な規模のシステムで、物理的情報を保持したままでの3次元リアルタイムイメージングシステムを達成できる見込みを得た。

2.リニアアレイ型トランスデューサによるラム波超音波探傷システム

 ラム波を用いた探傷における現状と問題点について調べ、ラム波のモードにより欠陥特性が異なるために欠陥評価が正しくできないという問題点を解決するための一段階としての研究を行った。

 (1)板中に存在し得るモードの位相速度に合わせて板の表面を駆動するリニアアレイ型トランスデューサを用いたラム波の発生法を提案する。

 (2)リニアアレイ型トランスデューサの各素子を素子間隔/位相速度で与えられる時間づつずらせて駆動することにより、その位相速度を持ったラム波を駆動できることを示す。

 (3)送受信器を試作し、いろいろなモードのラム波を電子的に、高速に変更できることを実験により確認する。

 (4)ラム波の発生検出条件を順次変えて得たエコーを2次元パターンとして表示する方法を提案する。

 (5)模擬欠陥を設けた鋼板を用いた実験により、各モードでの特性がパターンとして把握できることを示す。

 本研究でのポイントは、

 (1)リニアアレイセンサを用いたラム波の発生と検出法

 (2)発生および検出するラム波のモードの電子的制御

 (3)複数モードによるエコーを同時に示す2次元パターン表示法

 である。これらにより、各種モードでの欠陥からのエコーを高速で取得し、パターンとして表示されるので、板内の同一欠陥に対する各種モードのラム波の挙動、モード変換も含めて、同時に観察できるようになる。この手法により、欠陥の種類とラム波との関連の研究が促進され、ラム波による欠陥評価の高度化が達成できると考えている。

3.チャープ超音波による物体の検出と形状判別

 境界近傍に存在する物体の検出における従来法での問題点、すなわち、分解能を上げるためにパルス幅を狭くするとS/Nが劣化することや、超音波トランスデューサと境界との距離が正確に分からないと物体からのエコーのみを抽出できないという問題点を解決するために、新しいセンシング方式の研究を行った。

 (1)物体の検出と形状判別のために、チャープ状の超音波を照射する方式を提案する。これは、従来の送受信点からの距離計測の概念ではなく、物体の近傍に基準面をとった新しい概念によるものである。

 (2)提案した方法を実際に応用する際に生じる課題について検討する。

 (1)チャープ波のパラメータの設定基準を明らかにする。

 (a)各反射面からの反射波が互いに干渉しあって有効な情報が得られることから、チャープ波の時間長さの条件を明らかにする。

 (b)周波数掃引範囲が大きいほど小さな距離差を検出できることを示す。

 (c)時間測定の誤差が、距離測定に及ぼす影響を調べ、チャープ波の時間長さは長い方が、誤差が小さいことを示す。

 (2)チャープ波が作る音場を調べ、物体への照射条件を検討する。

 (a)インパルス応答法を用いて音場を計算する方法を示す。

 (b)音場の各点での時間波形をパターンとして分かり易くする表示方法を提案する。

 (c)上記計算法および表示法を、特性が良く知られている正弦波パルスに適用し、提案した表示法が有効であることを示す。

 (d)チャープ波について計算、表示し、その音場特性を考察する。その結果、チャープ波の最大周波数を用いて計算した理論指向性関数でのメインローブ内に物体が含まれるように、超音波を照射しなければならないことを明らかにする。

 (3)提案した方法の応用例により、その有効性を示す。

 (1)表面直下欠陥の検出への応用

 (a)人工的に作成した模擬欠陥を設けた鋼材により実験的に評価する。

 (b)T=10s,f1=3.6MHz,f2=10MHzのチャープ波を用いて、表面から1mmの位置にある欠陥を検出できることを示す。

 (c)受信波の包絡線周波数より欠陥の深さ測定が可能であることを示す。

 (d)受信波の包絡線の変調率より欠陥の大きさを求めることができることを示す。

 (2)テーブル上に置かれた部品の検出と形状判別への応用

 円柱より構成され平面図が同じ形状の物体に、T=5ms、f1=35kHz、f2=100kHzのチャープ波を照射し、包絡線形状が物体形状により著しく変化し、物体の検出および形状判別の可能性があることを示す。

 (4)上で提案したチャープ超音波による物体の検出および形状判別法の理論的検討を行う。

 (1)複雑な形状の物体であっても超音波反射体としては有限個の関数列で表せることが明らかにし、これに基づいて反射物体モデルを作成する。

 (2)物体の形状を判別するのに、トランスデューサからの距離情報は必要なく、物体の反射面エコーが分離でき、それらの距離関係がわかれば良いことを指摘する。

 (3)送信波のエネルギーのみを検出して複数の反射面エコーを分離できるのは、幅の狭い正弦波パルスと線形周波数変調波であることを示す。

 (4)複雑な物体に対してチャープ波を照射したときのエコーについて検討し、2乗検波後の波形は反射点間の距離に対応した周波数スペクトルを持つことを明らかにする。

 (5)提案した方法の特徴をまとめ、本方式の応用展開の方向付けをする。

 本研究での高度化のための技術的ポイントは、

 (1)複数の反射面を持つ対象へのチャープ波の照射

 (2)チャープ波の包絡線の抽出、フーリェ変換

 (3)スペクトルから物体形状の判別

 であり、これらの統合により、S/Nが良い、高速サンプリングを必要としない、エコーを取り出すために高精度の時間ゲートを必要としないという利点を有したシステムが実現できる。極めて良好なS/Nで、複雑な処理をすることなく、安価なシステムが得られる。また、高速サンプリングを必要としないことから超音波周波数を上げることができ、高分解能化が可能となる。

 以上、超音波センシングの3つの事例において、物理特性を活用したセンサの構成、センサの構造と特性を生かした信号処理、およびマンマシンインタフェースの工夫によって、高度化、すなわち、単位時間当たりの情報量の増大および低コスト化を達成することができた。

審査要旨

 産業における超音波センシングのニーズは幅広い。超音波の光などの他の媒体にはない特性,すなわち,位相情報,自在な波形信号処理,開口合成,多くの伝搬モードなどがその背景にあるが,現状では必ずしもその特徴を十分に生かしきれてはいない。本論文は,産業における超音波センシングの応用範囲の拡大を目指し,対象情報に適合した効率的なトランスデューサ構造,シンプルでハードウエア化容易な信号処理方式,多量の情報を人間に伝達するための表示方式,の3点のバランスの取れた高度化を求める立場から,新しい測定原理と基礎理論,および実用性の高いセンシングシステムの構成法を与えたもので,全体で6章から構成されている。

 第1章の序論においては、上記の問題意識と研究課題が整理されるとともに,産業におけるセンシングの高度化とは,低コストで短時間により多くの情報を取り込むことであると位置づけている。

 第2章においては,円周アレイ型トランステューサに基づく超音波イメージングと特徴抽出と題し,以下の特徴を有するコンパクトな3次元イメージングセンサについて述べている。その特徴とは,1)従来の2次元正方アレイトランスデューサを,実質的には1次元の円周アレイトランスデューサに置き換えることによって,大幅な簡素化を実現した点,2)円周アレイ化しても,ほぼ同等の指向性とサイドローブレベルが維持できることを,シミュレーションと実験により明らかにした点,3)円周アレイの幾何学的特徴を生かした軸対称の走査方式と走査回路を提案した点,4)エコー源の3次元位置と強度を,色の進出と後退の感覚に対応付けて表示する方法を実用化した点に要約される。論文提出者は,上記のシステムを試作し,水中の異物の検出と金属中の欠陥の検出に応用して,良い結果を得たと述べている。

 続く第3章は,リニアアレイ型トランスデューサによるラム波超音波探傷システムと題し,以下の特徴を有する薄板の傷や欠陥の検出判定システムについて述べている。なお,ラム波は両面が自由な薄板を伝わる波のことであり,多くの伝搬モードと,表面状態に応じた複雑なモード転移が存在することが知られていたが,扱いの困難さのゆえに,長らく研究が進展していなかった。論文提出者のシステムの特徴は,1)モードの位相速度に合わせて板の表面を駆動する新しいリニアアレイ型トランスデューサの提案,2)アレイの各素子の位相を電子的かつ高速に変更することによるモード走査方式の提案,3)モードに対応する位相速度を1軸目に,エコーの時間遅れを2軸目にとった板中の欠陥の2次元表示方式の提案にある。論文提出者は,上記のシステムを試作し,模擬欠陥を設けた鋼板を用いた実験により,モードにより異なる欠陥の反射特性がパターンとして容易に把握できたと報告している。

 続く第4章は,チャープ超音波による物体の検出と形状判別と題し,境界近傍に存在する物体の検出における問題点,すなわち境界面と対象物体のエコーとの時間的分離が困難な問題,および,分解能を上げるためにパルス幅を狭くするとS/Nが劣化する問題を解決するために,チャープ波のエコーの包絡線を利用する方法を述べている。この方法の特徴は,1)従来の距離計測の応用の立場ではなく,近傍の境界面に基準面を置く干渉測定の考え方に基づくこと,2)検波したエコー波形の包絡線の検出で十分であることから,容易に超音波の高周波数化が図れること,3)チャープ波のパラメータの設定方法や,中心をはずれた位置におけるチャープ波の音場の解析から,対象物体の空間的広がりに関する条件を明らかにしたことにある。論文提出者は,上記のシステムを試作して鋼材の表面直下欠陥の検出へ応用し,エコーの包絡線の周期から欠陥の深さが,その変調率から欠陥の大きさが判定できたと報告している。

 続く第5章は,チャープ超音波センシングの基礎的考察と題し,第4章で述べた方法が,ある条件下で理論的に最適な方法として導かれることを述べている。すなわち,1)超音波が十分に高い周波数をもつ場合,複雑な形状の物体も有限個の反射体の和で表されること,2)物体の形状の判別には,これらの反射体相互の位置関係でほぼ十分なこと,3)包絡線検出によってエコーを分離する際の最適波形は,振幅変調波ではパルス波,位相変調波形ではチャープ波であることを論じ,上記の方法を理論的に根拠付けている。

 最後の第6章は結論であり,以上の成果を総括するとともに,将来の発展方向や応用展開について論じている。

 以上,要するに,本論文は,産業における超音波センシングの応用範囲の拡大を目指し,効率的なトランスデューサ構造,シンプルでハードウエア化容易な信号処理方式,多量の情報を人間に伝達するための表示方式,の3点に関して,新しい測定原理と基礎理論および実用性の高いセンシングシステムの構成法を与えたもので,本研究のセンシング技術への波及効果は大きく,計測工学上の貢献が大きい。よって,本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51060