学位論文要旨



No 213531
著者(漢字) 辻野,二朗
著者(英字)
著者(カナ) ツジノ,ジロウ
標題(和) 熱プラズマ蒸着法によるYBa2Cu3O7-X膜の作製と結晶成長機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 213531
報告番号 乙13531
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13531号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 助教授 寺嶋,和夫
内容要旨 1.はじめに

 現在、高温酸化物超電導体を線材として利用するためにYBa2Cu3O7-Xのテープ化に関する研究が盛んに行われている。テープ線材の作製に対しては主に気相成長プロセス、ゾルゲル法などの化学的プロセス、液相エピタキシー成長などの溶融成長プロセスが試みられている。本研究で用いた熱プラズマ蒸着法は気相成長プロセスの1種類であるがスパッタリング、化学気相蒸着法(CVD)、レーザーアブレーションなどの一般的な低圧プラズマとは異なり200Torrの高酸素圧と4000K-6000Kの高い気体温度を持つ「熱プラズマ」を利用する。本研究はこの熱プラズマを用いたYBa2Cu3O7-X膜の作製プロセスの特徴を明らかにするものである。

 未だ十分に解明されているとは言えないYBa2Cu3O7-X膜の結晶成長機構については、初期成長から厚膜に至る成長過程を明らかにし、さらに、BCF理論に基づく結晶成長モデルを構築することによって過飽和度をパラメーターとする定量的な評価を行い、膜質を左右する成長様式の制御の指針となるようにした。

 また、高速成膜や多結晶基板および多結晶テープ上への成膜を行い、得られた試料の膜質、超電導特性を評価することによって実用的な超電導線材の作製プロセスとしての可能性を示した。

2.実験方法

 始めに主に酸素シースガスからなるガスをプラズマ化し、プラズマ中に粉末状の原料を供給し、瞬時に蒸発させる。これを、水冷式のステンレス製基板ホルダーの上に設置した基板に照射することによって、YBa2Cu3O7-Xを結晶化する。この時の基板温度はホルダー表面から約5mm下に埋め込まれた熱電対によってモニターした。プラスマ消火後は、酸素ガスをチャンバー内に供給し約5分後に1気圧の酸素雰囲気とした。この時の基板ホルダーの冷却速度は約40℃/minであり成膜後、約15分間で200℃程度まで冷却された時点で試料を取り出した。原料粉末には粒径が2-3mの仮焼粉を用いY:Ba:Cuの組成は1.2:2:3とした。成膜に使用した基板材料は(100)SrTiO3(STO)、(100)MgO(MgO)、(110)NdGaO3(NGO)、部分安定化ジルコニア(YSZ)多結晶の4種類で、基板の大きさは10×10×0.5(mm)とし、成膜時はステンレス製ホルダー上の同サイズの溝に設置した。また、実験目的に応じて10°のオフ角を持つSTOおよび100mmの長さのフレキシブルYSZ多結晶も使用した。代表的な成膜条件を表1に示す。

表1 代表的な成膜条件
3.結果および考察(1)熱プラズマ蒸着法によるYBa2Cu3O7-Xの成膜方法と特徴

 YBa2Cu3O7-X原料粉末を導入した時のプラズマの発光分光分析からY,Y+,YO,Ba,Ba+,Cu,Ar+およびラジカル酸素が同定された。また、これらの励起温度は4000K-6000Kと計算され、平衡状態に近い熱プラズマでは気体温度も同程度の高温であると考えられた。基板直上のBa+の発光強度分布より基板直上から約5mmまでの領域に急激な温度、プラズマのエネルギーの勾配が存在することが予想され、基板に到達する蒸着種が形成される境界層と考えられた。

 異なる基板温度で作製後、急冷した試料の臨界温度(Tc)と平面TEM観察の結果から、780℃-860℃の基板温度で成膜中のYBa2Cu3O7-Xは正方晶の領域にあるが、その酸素量は6.4(x=0.6)に近く、短い冷却時間で斜方晶の領域まで変化すると考えられた。

 基板-トーチ間距離の変化にともない初期成長様式が変化したが、この原因として基板-トーチ間距離が小さいほど蒸着種であるクラスターが小さくなるといった基板位置によるクラスターの大きさの変化が考えられた。

 室温の基板上で急冷した試料の熱プラズマアニールにより基板表面に膜が形成されるため、基板上の微粒子が分解し、その後、表面拡散によってYBa2Cu3O7-X膜として結晶化するという成膜過程が考えられた。

(2)熱プラズマ蒸着法により作製したYBa2Cu3O7-X膜の結晶成長過程

 成膜時間が30秒までの成長初期では同時多層成長様式が見られた。この段階では過飽和度の観点から2次元核の粗大化によって結晶粒中心における過飽和度が増大し、結晶粒同士が完全に合体する前に新たな2次元核が発生していると考えられた。30秒から60秒の間に同時多層成長様式からスパイラル成長に成長様式が変化したが、スパイラル成長は、30秒間成膜した試料の原子間力顕微鏡観察からお互いに傾斜をもった結晶粒同士の合体により引き起こされると考えられた。

 さらに、初期成長過程を評価するためにオフSTO基板とNGO基板上へ5秒間の成膜を行いSTO上の膜の表面モフォロジーとの違いについて考察した。オフSTO基板上に成膜した試料はSTOの場合と比較して密度の高い結晶粒で表面が覆われたが、この原因は基板ステップ上ではテラス上よりも核発生に必要なエネルギーが小さくてすむため頻繁に2次元核発生が起こるためと考えられた。また、NGO基板上では平坦な表面モフォロジーが見られたが、これは基板とYBa2Cu3O7-Xの格子整合性の観点から格子整合性が優るNGO基板ではYBCO/NGO界面エネルギーがYBCO/STO界面エネルギーより小さいために核形成に必要なエネルギーも小さくなり、その結果、基板表面で臨界半径の小さな核が高い頻度で発生したことが原因と考えられた。

(3)過飽和度の成長機構に及ぼす影響

 原子間力顕微鏡観察から基板温度の上昇や原料供給速度の減少にともなってスパイラルステップの間隔が広くなる傾向が見られた。BCF理論、クラスター状の蒸着種などを前提とした成長モデルとの比較からステップ間隔が基板温度や原料供給速度により変化する過飽和度に反比例して広がると考えられた。また、基板温度の上昇に伴って結晶粒密度が小さくなる傾向も見られたが、これは基板温度の上昇にともない過飽和度が低下し、その結果、核発生頻度が減少したことが原因と考えられた。YBa2Cu3O7-X膜の成長速度は過飽和度と基板温度によって影響を受けた。基板温度を上昇させた場合には過飽和度の減少だけでなく、平衡濃度の大きさが成長速度に影響した。一方、原料供給速度を変化させた場合には基板温度の影響がないために成長速度は過飽和度に比例した。

 現在、本プロセスにおける蒸着種の構造、拡散過程など詳細な蒸着機構については明らかでないが、蒸着種は高密度のプラズマによりクラスターの状態にある可能性が高い。クラスターを前提として構築した本モデルによって実験結果を説明することができたことから、クラスターに対してもBCF理論に基づく結晶成長機構の適用が可能であることが確認されたと言える。

(4)各種基板上へのYBa2Cu3O7-X膜の作製

 単結晶基板上に成膜した試料では、基板温度によって配向性が変化した。MgO上の試料では基板温度の低下にともなってc軸配向性からa軸配向性への変化がはっきりと現れた。STO上の試料でも同様の配向性の変化が見られたが、基板温度依存性は小さく、また、空孔や粒界も少なくMgO上よりも平坦な膜が得られた。

 STO上に100nm/minおよび220nm/minの成膜速度で作製した試料はc軸配向性と緻密な表面モフォロジーを示し、Jcはそれぞれ2.1×105と5.4×104(A/cm2,OT)であった。220nm/minの成膜速度で作製した試料におけるJcの低下は、Jcの磁場依存性の挙動から結晶粒界における弱結合の影響と考えられた。YSZ多結晶上に成膜した試料はc軸配向性を示し、その結晶性は基板温度の上昇にともなって向上したが、面内配同性の向上は見られなかった。77K、0TでのJcは640℃、30分の成膜条件で作製した試料で最も高く約3500A/cm2を示した。10cmの長さのYSZ多結晶テープ上へ成膜した試料では中心部と端部のX線回折により均一なc軸配向膜であることが確認された。さらに、同部分のTcの測定結果はいずれも80K以上を示したことから、本プロセスによってフレキシブル多結晶基板上に10cmのYBa2Cu3O7-X膜を高速で成膜可能なことが確認された。

審査要旨

 本論文は「熱プラズマ蒸着法によるYBa2Cu3O7-X膜の作製と結晶成長機構に関する研究」と題し、圧力2.6x104Pa以上において4000-6000Kの高温酸素雰囲気を容易に形成しうる熱プラズマを用いたYBa2Cu3O7-X(YBCO)膜の作製プロセスに関して、主として結晶成長機構の観点からまとめたものである。特に、成長過程の詳細な観察に基づき新たな結晶成長モデルを構築し、エピタキシャル成長の制御指針を示したことは特筆に値する。また、高速成膜や多結晶基板および多結晶テープ上への成膜を行い、膜構造・組織や超電導特性を評価することによって超電導線材、磁気シールド材などへの適用に関しても検討している。論文は6章から成っている。

 第1章では酸化物超電導体発見までの歴史的な経緯とその意義について述べるとともに、多様な酸化物超電導体薄膜プロセシングをまとめ、気相成膜プロセスにおける熱プラズマ蒸着法の位置付けを行っている。

 第2章は実験装置、及びプロセス評価に関する。基板直上のプラズマからの発光スペクトル解析から、酸化物の形成を促進する原子状酸素の存在を確認するとともに、Baイオンの発光強度の分布から基板直上約5mmの境界層領域に急激な温度、プラズマ密度の勾配が存在することを明らかにしている。又、基板-トーチ間距離と初期成長様式の関連から蒸着種はクラスターであり、プラズマからの距離が短いほどクラスターサイズが小さくなることを見い出している。更に、成膜後の大気中でのクエンチ実験により、1050-1130Kで成膜中のYBCOはYBa2Cu3O6.4組成の正方晶であるが、冷却過程で斜方晶に変態することを確認し、変態過程での酸素プラズマアニールが高Tc化に有効であることを示している。

 第3章では核生成から成長過程に至る堆積過程のAFMによる詳細な観察結果をまとめている。堆積開始後30秒までの初期過程では2次元核の粗大化に伴って核中央部における過飽和度が増大し、粒同士が完全に合体する前に2次元核が連続的に発生すること、30秒から180秒の間では互いに傾斜をもった結晶粒同士が合体し、2次元核発生型の成長からスパイラル成長に成長様式が変化することを見い出している。更に、(100)面から10°傾斜したSrTiO3基板上の成膜ではステップ上での2次元核発生により、スパイラル成長からステップフロー型の成長に変化すること、NdGaO3(100)基板上では核形成に必要なエネルギーが小さくなり、臨界半径の小さな核が高い頻度で発生し、2次元的に平坦な膜が得られること等を示している。

 第4章では前章の結果を踏まえ、BCF理論に基づく新たなクラスター結晶成長モデルを構築し、クラスターからのスパイラル成長における過飽和度とステップ間隔および成長速度の関係を導いている。又、本モデルにより、基板温度や原料供給速度とスパイラルステップ間隔との相関を過飽和度により統一的に説明しうることを示すとともに、堆積速度に関する基板温度や原料供給速度をパラメータとした実験結果も矛盾なく記述できるとしている。

 第5章では熱プラズマの高速成膜、大面積成膜といった特長を検討するため、単結晶基板、多結晶基板、テープ状基板を用いた高速成膜を行い、得られた膜の構造・組織および超電導特性について評価している。特に、SrTiO3(100)基板では、1.5〜3.5nm/sの高速成膜においても、臨界電流密度が109A/m2(77K,0T)をこえる膜を得ている。しかし、ZrO2-8mol%Y2O3多結晶基板やそれを円筒状にまいたテープ状基板ではc軸配向は示すものの、臨界電流密度は前者で約3.5x107A/m2(77K、0T)、後者では更に約一ケタ低い値しか得られておらず、本法の線材化プロセスへの適用にはさらなる検討が必要であるとしている。

 第6章は総括であり、本論文全体の成果がまとめられている。

 以上を要約すると、本研究はYBCOの応用分野の一つである超電導線材の作製を念頭におき遂行され、他の気相成長プロセスとは大きく異なる特長を有する熱プラズマ蒸着法によるYBCO膜の成長機構を実験と理論の両面から検討し、高品位YBCO膜を高速で成膜するためのプロセスパラメーターを明らかにしたものである。本研究の成果は単に酸化物超電導体の高速成膜プロセス開発のみにとどまらず、気相プロセシング全般に寄与し、材料工学への貢献が大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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