本論文は「熱プラズマ蒸着法によるYBa2Cu3O7-X膜の作製と結晶成長機構に関する研究」と題し、圧力2.6x104Pa以上において4000-6000Kの高温酸素雰囲気を容易に形成しうる熱プラズマを用いたYBa2Cu3O7-X(YBCO)膜の作製プロセスに関して、主として結晶成長機構の観点からまとめたものである。特に、成長過程の詳細な観察に基づき新たな結晶成長モデルを構築し、エピタキシャル成長の制御指針を示したことは特筆に値する。また、高速成膜や多結晶基板および多結晶テープ上への成膜を行い、膜構造・組織や超電導特性を評価することによって超電導線材、磁気シールド材などへの適用に関しても検討している。論文は6章から成っている。 第1章では酸化物超電導体発見までの歴史的な経緯とその意義について述べるとともに、多様な酸化物超電導体薄膜プロセシングをまとめ、気相成膜プロセスにおける熱プラズマ蒸着法の位置付けを行っている。 第2章は実験装置、及びプロセス評価に関する。基板直上のプラズマからの発光スペクトル解析から、酸化物の形成を促進する原子状酸素の存在を確認するとともに、Baイオンの発光強度の分布から基板直上約5mmの境界層領域に急激な温度、プラズマ密度の勾配が存在することを明らかにしている。又、基板-トーチ間距離と初期成長様式の関連から蒸着種はクラスターであり、プラズマからの距離が短いほどクラスターサイズが小さくなることを見い出している。更に、成膜後の大気中でのクエンチ実験により、1050-1130Kで成膜中のYBCOはYBa2Cu3O6.4組成の正方晶であるが、冷却過程で斜方晶に変態することを確認し、変態過程での酸素プラズマアニールが高Tc化に有効であることを示している。 第3章では核生成から成長過程に至る堆積過程のAFMによる詳細な観察結果をまとめている。堆積開始後30秒までの初期過程では2次元核の粗大化に伴って核中央部における過飽和度が増大し、粒同士が完全に合体する前に2次元核が連続的に発生すること、30秒から180秒の間では互いに傾斜をもった結晶粒同士が合体し、2次元核発生型の成長からスパイラル成長に成長様式が変化することを見い出している。更に、(100)面から10°傾斜したSrTiO3基板上の成膜ではステップ上での2次元核発生により、スパイラル成長からステップフロー型の成長に変化すること、NdGaO3(100)基板上では核形成に必要なエネルギーが小さくなり、臨界半径の小さな核が高い頻度で発生し、2次元的に平坦な膜が得られること等を示している。 第4章では前章の結果を踏まえ、BCF理論に基づく新たなクラスター結晶成長モデルを構築し、クラスターからのスパイラル成長における過飽和度とステップ間隔および成長速度の関係を導いている。又、本モデルにより、基板温度や原料供給速度とスパイラルステップ間隔との相関を過飽和度により統一的に説明しうることを示すとともに、堆積速度に関する基板温度や原料供給速度をパラメータとした実験結果も矛盾なく記述できるとしている。 第5章では熱プラズマの高速成膜、大面積成膜といった特長を検討するため、単結晶基板、多結晶基板、テープ状基板を用いた高速成膜を行い、得られた膜の構造・組織および超電導特性について評価している。特に、SrTiO3(100)基板では、1.5〜3.5nm/sの高速成膜においても、臨界電流密度が109A/m2(77K,0T)をこえる膜を得ている。しかし、ZrO2-8mol%Y2O3多結晶基板やそれを円筒状にまいたテープ状基板ではc軸配向は示すものの、臨界電流密度は前者で約3.5x107A/m2(77K、0T)、後者では更に約一ケタ低い値しか得られておらず、本法の線材化プロセスへの適用にはさらなる検討が必要であるとしている。 第6章は総括であり、本論文全体の成果がまとめられている。 以上を要約すると、本研究はYBCOの応用分野の一つである超電導線材の作製を念頭におき遂行され、他の気相成長プロセスとは大きく異なる特長を有する熱プラズマ蒸着法によるYBCO膜の成長機構を実験と理論の両面から検討し、高品位YBCO膜を高速で成膜するためのプロセスパラメーターを明らかにしたものである。本研究の成果は単に酸化物超電導体の高速成膜プロセス開発のみにとどまらず、気相プロセシング全般に寄与し、材料工学への貢献が大である。 よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。 |