学位論文要旨



No 213532
著者(漢字) 田上,稔
著者(英字)
著者(カナ) タガミ,ミノル
標題(和) Pr1+xBa2-xCu3固溶体の単結晶成長に関する研究
標題(洋)
報告番号 213532
報告番号 乙13532
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13532号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨 1.はじめに

 1986年にLa-Ba-Cu-O系の酸化物超電導体が発見されて以来、酸化物超電導体の物性研究や応用に向けた研究が盛んに進められて来た。

 高温超電導体の応用で常に問題とされるのが臨界電流密度Jcの低さと電子デバイスの微細化・集積化の難しさである。前者を克服するため、多くのバルク作製プロセスが開発された。開発の指標理念は結晶の高密度(単結晶)化と第二相の微細分散による磁束ピンニングセンターの導入である。現在、これらのプロセスによりJcについは実用可能なレベルに達しているといってよい。一方、後者のデバイスの微細化・集積化は、まだ未解決の問題である。主な原因は適切な基板材料がないことにある。

 本研究では、単結晶基板への応用を目的としたPr1+xBa2-xCu3単結晶を改良型溶液引き上げ法を用いて育成し、その電気的特性の評価、凝固機構のモデル化、YBa2Cu3、Nd1+xBa2-xCu3とのヘテロエピタキシャル成長界面の構造評価を行った。

2.擬二元系相平衡状態図の作成

 結晶育成条件を検討するためPrBaCuO3-BaCu3O4擬二元系相平衡状態図を作成した。Y系酸化物超電導体の相平衡状態図は数多く報告されていたが、Prの状態図は非常に少なく、特に液相と固相が共存する温度領域の報告はほとんどなかったためである。

 各温度で平衡する相の同定は、あらかじめDTAによって相変態温度を調べ、その温度付近でのペレットの加熱保持急冷実験および粉末X線回折により行った。

 溶液成長では液相線の正確な知見が重要となる。そこで熱平衡状態の液相を直接抽出し、ICPで組成分析を行う方法をとった。ここで得られた液相線には970±5℃で折れがみられ、その温度はPr123の包晶温度に対応することからも、本実験で得られた液相線は信頼性の高いものであるといえる。

 RE2BaCuO5-Ba3Cu5O8(Y,Yb,Sm,Gd,Dy)擬二元系相平衡状態図上の液相線の作成も同様に行い、比較した結果以下のことがわかった。

 (1)種々の希土類元素に対する液相線にもPr同様に折れがみられ、この折れが現われる温度はRE123の包晶温度と良い一致を示した。

 (2)包晶温度の高い元素ほど包晶温度における溶質濃度が高く、液相線勾配が緩やかになる。

 (3)従来の成長モデルによると、123相の結晶成長を行う場合、液相線勾配が緩やかなものほど、結晶成長速度が速くなる。

 (4)熱力学モデルによりRE123、RE211、Pr110の溶融エンタルピーを評価した結果、イオン半径の大きな元素ほど溶解エンタルピーが大きくなる傾向を示した。

 (5)Prに関しては(4)の関係から逸脱した。

3.PrOy-BaO-CuO三元系相平衡状態図

 ここではタイラインを利用した固溶体単結晶の組成制御を行うための基礎実験としてPr123の育成に必要な領域のPrOy-BaO-CuO三元系相平衡状態図を作成した。

 包晶反応を伴う系で等化学ポテンシャルタイラインを実験結果として得ることは、結晶中に高温安定相を取り込む可能性が非常に高いため、一般に困難である。そこで本実験では、まず第二章での液相線の作成法をさらに展開し、溶媒組成を変えることによって三元系相平衡状態図での液相面を作成した。次に固液二相共存領域のうち液相面近傍組成の粉末を作成し、加熱・溶融後、目的とする温度で保持することにより、高温安定相の取り込みのほとんどない均一なPr123相と液相を共存させることに成功した。これを急冷し、晶出結晶組成をEPMAで定量分析した。その結晶組成と初期粉末組成を通る線がタイラインであり、これが液相面と交わる点を共存する液相組成とした。さらに、実験データのカーブフィッティングにより、数式化近似した。これにより、三元固溶体の凝固モデルの検証が可能となった。

 REOy-BaO-CuO三元系相平衡状態図のうち液相と共存する温度領域での三元系相平衡状態図を実験によって作成したのは本実験結果が初めてであり、この方法により、他の酸化物超電導体の三元系相平衡状態図の作成が可能となった。

4.改良型溶液引き上げ法によるpr1+xBa2-xCu3単結晶の育成

 3.「PrOy-BaO-CuO三元系相平衡状態図」で作成した三元系相平衡状態図におけるタイラインを利用した改良型溶液引き上げ法によるPr1+xBa2-xCu3単結晶の育成および組成制御を行った。

 本実験で得られた結晶中のPr-Ba置換量はx=0.06〜0.40であり、第三章で得られた三元系相平衡状態図の傾向と一致した。また実験の再現性も良いことからPr1+xBa2-xCu3単結晶の組成制御は可能であると結論した。更に1%酸素分圧雰囲気下で成長させることにより、Pr-Ba置換のほとんどない単結晶の育成を可能にした。

 二元系相平衡状態図を用いた従来の凝固モデルによる成長速度の評価では拡散係数、動粘性係数に一般的な酸化物の値を用いて計算したにもかかわらず、実験結果と比較的良い一致を示した。しかし、育成された結晶の組成は擬二元系相平衡状態図上の組成から逸脱したことから、従来凝固モデルでは本結晶の成長を記述するのに不十分であり、三元系の凝固モデルの構築が必要であることを示した。

5.固溶体単結晶の凝固機構

 ここでは、従来の凝固モデルでは説明できなかった三元系固溶体の凝固モデルを構築した。その概略は、液相中の各原子の流れをOnsager理論を基に記述し、最終的に希薄成分に対しては自己拡散係数を、濃厚成分に対しては相互拡散係数を適用した。これら拡散係数の比により成長界面で成立する元素の固液分配が異なることを示した。

 本実験結果からはその拡散係数の比を求めるまでには至らなかった。この原因は、まず状態図の実験および測定誤差、タイラインの数式化の際に生じる誤差、モデルの構築の際に導入した種々の仮定による誤差がその原因と考えられる。

 第四章で育成した結晶組成と初期組成との関係は、三成分の拡散係数が等しいとしたときの計算結果と良く対応したことから、結晶育成の際の初期組成および結晶育成温度条件がわかれば、モデル計算による晶出結晶組成の予測は可能であることを示した。

6.Pr1+xBa2-xCu3の物性とヘテロエピタキシャル成長用基板への適用

 ここでは、単結晶X線回折による各格子サイトの原子の占有率の解析により、PrとBaサイトでの相互の置換量およびMgの置換サイトを明らかにした。これにより、Pr-Ba間では、PrサイトへのBa置換はほとんどなく、BaサイトへのPr置換が支配的であることが明らかになった。また、るつぼから結晶中に混入したMgはCu-chainサイトに置換されることを確認した。

 Pr1+xBa2-x(Cu1-yMgy)3単結晶の抵抗率の温度依存性を測定した結果、Pr-Ba置換率xの減少にしてがって抵抗率は小さくなり、温度変化は半導体的な振る舞いから金属的な振る舞いに移行することが分かった。Pr-Ba置換の生じなかった単結晶に対しても超電導特性が得られなかった原因は、結晶中に取り込まれたMgの影響が大きいと結論した。

 Pr123単結晶の応用の一つの試みとして、LPEによるY123/Pr123、Pr123/Y123、Pr123/Nd123結晶を作製し、界面構造を評価した。

 Pr123単結晶を基板としてY123を育成した場合は、Y123の育成温度条件をPr123の包晶温度まで低下させるために溶媒組成をBa-Cu-Oの共晶組成としたにもかかわらず、その界面で組織の乱れた領域が形成された。

 逆にPr123より包晶温度の高いY123を基板としてPr123を育成した場合では、Y123からPr123への組成変化が非常に急俊な界面構造が得られ、LPE基板として有用であることが示された。また、界面に生じる格子不整合によるミスフィット転位間隔は、界面に生じる弾性歪を完全に解放するよう導入されることを示した。

 Y123よりPr123に格子定数の近いNd123を基板として用いた場合、界面に生じるミスフィット転位間隔はY123を基板として用いた場合より1桁以上大きくなり、界面での整合性の良さ、および界面を利用した応用の可能性の高さを示した。

7.まとめ

 本研究では、単結晶基板への応用を目的としたPr1+xBa2-xCu3単結晶を改良型溶液引き上げ法を用いて育成した。まず育成条件を明らかにするため、PrBaCuO3-BaCu3O4擬二元系相平衡状態図およびPrOy-BaO-CuO三元系相平衡状態図を作成した。これらの結果を基に改良型溶液引き上げ法での育成条件を決定し、Pr1+xBa2-xCu3固溶体単結晶の連続育成・組成制御に初めて成功した。さらに、改良型溶液引き上げ法におけるPr1+xBa2-xCu3固溶体の凝固モデルを新たに構築した。最後に基板としての応用の一例として、液相成長法により、Pr1+xBa2-xCu3とYBa2Cu3、Nd1+xBa2-xCu3とのエピタキシャル成長を行い、格子整合性と界面構造の評価を行った。

 以上により、本作製法によって組成制御した単結晶は超電導体薄膜のエピタキシャル成長用単結晶基板としての応用や、物性研究用単結晶としての使用が可能であると結論された。

審査要旨

 本論文は,Pr1+xBa2-xCu3単結晶の超伝導デバイス基板への応用を目的として,単結晶の育成,凝固機構のモデル化,ヘテロエピタキシャル成長界面の構造評価とその電気的特性の評価を行ったもので,全7章よりなる.

 第1章は序論であり,本研究の目的と構成を述べた.

 第2章では結晶育成条件を検討するためPrBaO3-BaCu3O4擬二元系相平衡状態図を作成した.溶液成長では液相線の正確な知見が必要であり,熱平衡状態の液相を直接抽出し,ICPで組成分析を行う方法により,液相線を測定した,RE2BaCuO5-Ba3Cu5O8(RE;Y,Yb,Sm,Gd,Dy)擬二元系相平衡状態図上の液相線の作成も同様に行い,(1)包晶温度の高い元素ほど包晶温度における溶質濃度が高く,液相線勾配が緩やかになる.液相線勾配が緩やかなものほど,123相の結晶成長速度が速くなる.(2)熱力学モデルによりRE123,RE211,Pr110の溶融エンタルピーを評価し,イオン半径の大きな元素ほど溶解エンタルピーが大きくなる傾向を示した.Prに関しては(2)の関係から逸脱した.

 第3章では固溶体単結晶の組成制御を行うための基礎実験としてPr123の育成に必要な領域のPrOy-BaO-CuO三元系相平衡状態図を作成した.第2章での液相線の作成法を展開し,溶媒組成を変えることによって三元系相平衡状態図での液相面を作成した.次に固液二相共存領域のうち液相面近傍組成の試料を高温安定相の取り込みのない均一なPr123相と液相を共存させ,これを急冷し,晶出結晶組成をEPMAで定量分析した.その結晶組成と初期粉末組成を通る線がタイラインであり,これが液相面と交わる点を共存する液相組成とした.タイラインデータのカーブフィッティングにより,数式化近似した.

 第4章では三元系相平衡状態図におけるタイラインを利用した改良型溶液引き上げ法によるPr1+xBa2-xCu3単結晶の育成および組成制御を行った.本実験で得られた結晶中のPr-Ba置換量はx=0.06〜0.40であり,第3章で得られた三元系相平衡状態図の結果と一致し,また実験の再現性も良いことから,Pr1+xBa2-xCu3単結晶の組成制御は可能であると結論した.更に1%酸素分圧雰囲気下で成長させることにより,Pr-Ba置換のほとんどない単結晶の育成を可能にした.

 第5章では従来の凝固モデルでは説明できなかった三元系固溶体の凝固モデルを構築した.Onsager理論を基に液相中の各原子の流束を記述し,最終的に希薄成分に対しては自己拡散係数を,濃厚成分に対しては相互拡散係数を適用した.これら拡散係数の比により成長界面での元素の固液分配が異なることを示した.育成した結晶組成と初期組成との関係は,三成分の拡散係数が等しいとしたときの計算結果と良く対応し,拡散係数の比にあまり依存しないことから,結晶育成の際の初期組成および結晶育成温度条件がわかれば,モデル計算による晶出結晶組成の予測は可能であることを示した.

 第6章ではPr1+xBa2-xCu3の物性とヘテロエピタキシャル成長用基板への適用について述べた.まず単結晶X線回折による各格子サイトの原子の占有率の解析により,PrとBaサイトでの相互の置換量およびMgの置換サイトを明らかにした.これにより,Pr-Ba間では,PrサイトへのBa置換はほとんどなく,BaサイトへのPr置換が支配的であることが明らかになった.また,るつぼから結晶中に混入したMgはCu-chainサイトに置換されることを確認した.次にPr1+xBa2-x(Cu1-yMgy)3単結晶の抵抗率の温度依存性を測定した結果,Pr-Ba置換率xが減少するにしてがって抵抗率は小さくなり,温度変化は半導体的な振る舞いから金属的な振る舞いに移行することが分かった.Pr-Ba置換の生じなかった単結晶に対しても超伝導特性が得られなかった原因は,結晶中に取り込まれたMgの影響が大きいと結論した.

 Pr123単結晶の応用の一つの試みとして,LPEによるヘテロ界面構造を評価した.Pr123より包晶温度の高いY123を基板としてPr123を育成した場合では,Y123からPr123への組成変化が非常に急峻な界面構造が得られ,逆にPr123単結晶を基板としてY123を育成した場合は,その界面で組織の乱れた領域が形成された.Y123よりPr123に格子定数の近いNd123を基板として用いた場合,界面に生じるミスフィット転位間隔はY123を基板として用いた場合より1桁以上大きくなり,界面での整合性の良さ,および界面を利用した応用の可能性の高さを示した.

 7章は,本論文の総括である.

 以上を要するに,本研究は,結晶成長にかかわる状態図の作製,組成制御された単結晶の育成,凝固モデルの構築,ヘテロエピタキシャル成長用基板への適用等にそれぞれの指針を与え,これによりPr1+xBa2-xCu3系材料の高品質単結晶作製の基礎技術を確立したもので,凝固・結晶成長工学の進展に寄与するところ大きい.よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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