審査要旨 | | 本論文は,Pr1+xBa2-xCu3単結晶の超伝導デバイス基板への応用を目的として,単結晶の育成,凝固機構のモデル化,ヘテロエピタキシャル成長界面の構造評価とその電気的特性の評価を行ったもので,全7章よりなる. 第1章は序論であり,本研究の目的と構成を述べた. 第2章では結晶育成条件を検討するためPrBaO3-BaCu3O4擬二元系相平衡状態図を作成した.溶液成長では液相線の正確な知見が必要であり,熱平衡状態の液相を直接抽出し,ICPで組成分析を行う方法により,液相線を測定した,RE2BaCuO5-Ba3Cu5O8(RE;Y,Yb,Sm,Gd,Dy)擬二元系相平衡状態図上の液相線の作成も同様に行い,(1)包晶温度の高い元素ほど包晶温度における溶質濃度が高く,液相線勾配が緩やかになる.液相線勾配が緩やかなものほど,123相の結晶成長速度が速くなる.(2)熱力学モデルによりRE123,RE211,Pr110の溶融エンタルピーを評価し,イオン半径の大きな元素ほど溶解エンタルピーが大きくなる傾向を示した.Prに関しては(2)の関係から逸脱した. 第3章では固溶体単結晶の組成制御を行うための基礎実験としてPr123の育成に必要な領域のPrOy-BaO-CuO三元系相平衡状態図を作成した.第2章での液相線の作成法を展開し,溶媒組成を変えることによって三元系相平衡状態図での液相面を作成した.次に固液二相共存領域のうち液相面近傍組成の試料を高温安定相の取り込みのない均一なPr123相と液相を共存させ,これを急冷し,晶出結晶組成をEPMAで定量分析した.その結晶組成と初期粉末組成を通る線がタイラインであり,これが液相面と交わる点を共存する液相組成とした.タイラインデータのカーブフィッティングにより,数式化近似した. 第4章では三元系相平衡状態図におけるタイラインを利用した改良型溶液引き上げ法によるPr1+xBa2-xCu3単結晶の育成および組成制御を行った.本実験で得られた結晶中のPr-Ba置換量はx=0.06〜0.40であり,第3章で得られた三元系相平衡状態図の結果と一致し,また実験の再現性も良いことから,Pr1+xBa2-xCu3単結晶の組成制御は可能であると結論した.更に1%酸素分圧雰囲気下で成長させることにより,Pr-Ba置換のほとんどない単結晶の育成を可能にした. 第5章では従来の凝固モデルでは説明できなかった三元系固溶体の凝固モデルを構築した.Onsager理論を基に液相中の各原子の流束を記述し,最終的に希薄成分に対しては自己拡散係数を,濃厚成分に対しては相互拡散係数を適用した.これら拡散係数の比により成長界面での元素の固液分配が異なることを示した.育成した結晶組成と初期組成との関係は,三成分の拡散係数が等しいとしたときの計算結果と良く対応し,拡散係数の比にあまり依存しないことから,結晶育成の際の初期組成および結晶育成温度条件がわかれば,モデル計算による晶出結晶組成の予測は可能であることを示した. 第6章ではPr1+xBa2-xCu3の物性とヘテロエピタキシャル成長用基板への適用について述べた.まず単結晶X線回折による各格子サイトの原子の占有率の解析により,PrとBaサイトでの相互の置換量およびMgの置換サイトを明らかにした.これにより,Pr-Ba間では,PrサイトへのBa置換はほとんどなく,BaサイトへのPr置換が支配的であることが明らかになった.また,るつぼから結晶中に混入したMgはCu-chainサイトに置換されることを確認した.次にPr1+xBa2-x(Cu1-yMgy)3単結晶の抵抗率の温度依存性を測定した結果,Pr-Ba置換率xが減少するにしてがって抵抗率は小さくなり,温度変化は半導体的な振る舞いから金属的な振る舞いに移行することが分かった.Pr-Ba置換の生じなかった単結晶に対しても超伝導特性が得られなかった原因は,結晶中に取り込まれたMgの影響が大きいと結論した. Pr123単結晶の応用の一つの試みとして,LPEによるヘテロ界面構造を評価した.Pr123より包晶温度の高いY123を基板としてPr123を育成した場合では,Y123からPr123への組成変化が非常に急峻な界面構造が得られ,逆にPr123単結晶を基板としてY123を育成した場合は,その界面で組織の乱れた領域が形成された.Y123よりPr123に格子定数の近いNd123を基板として用いた場合,界面に生じるミスフィット転位間隔はY123を基板として用いた場合より1桁以上大きくなり,界面での整合性の良さ,および界面を利用した応用の可能性の高さを示した. 7章は,本論文の総括である. 以上を要するに,本研究は,結晶成長にかかわる状態図の作製,組成制御された単結晶の育成,凝固モデルの構築,ヘテロエピタキシャル成長用基板への適用等にそれぞれの指針を与え,これによりPr1+xBa2-xCu3系材料の高品質単結晶作製の基礎技術を確立したもので,凝固・結晶成長工学の進展に寄与するところ大きい.よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる. |