学位論文要旨



No 213533
著者(漢字) 中野,加都子
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,カヅコ
標題(和) リサイクルの環境影響の定量的評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 213533
報告番号 乙13533
学位授与日 1997.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13533号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 佐藤,純一
 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 助教授 森,実
内容要旨

 地球環境問題が認識されるにつれ、材料や製品の設計にはリサイクルを前提とすることが求められるようになっている。

 しかし、現状の高度な機能を持つ材料及び製品の分離、分解等の処理困難性がリサイクルを阻み、環境負荷を高める原因となっているにもかかわらず、それらの処理(リサイクルを含む)、処分過程で環境に与える負荷についての定量的な研究はほとんど行われていない。そのため、製品等が廃棄後に環境に与える問題、あるいはリサイクルによる環境影響面の効果から生産技術を見直すことがあまり行われていない。

 一方で、わが国で循環型社会に転換するための重要な課題はリサイクルシステムに関するものである。すなわち、これまでの大量生産・大量廃棄型社会では生産から廃棄に至る一方向の効率性のみが考慮されてきたために、市場に散財した製品を回収するシステムが非効率的であり、それが循環型社会全体の環境負荷を高める要因になっている。

 このようなハード、ソフト両面における問題に対処するには、材料や製品のライフサイクルの下流プロセス(リサイクル-処理-処分)で環境に与える影響を定量的に分析・評価する必要がある。本論文はLCAを用いて下流プロセスの環境負荷分析を中心に、リサイクルが環境に与える影響の定量的評価を行ったものである。

 第1章ではこれまでの大量生産・大量廃棄型社会とこれからの循環型社会の環境問題の違いについて述べた。第2章では本論文の基本的な手法として用いたLCAの歴史、一般的な方法などについて述べた。

 第3章ではLCAは本来、製品等の全ライフサイクルの環境負荷を分析、評価する手法であるため、本論文においてリサイクルの環境影響の評価にLCAをどのように用いるか、その適用方法について述べた。第一に、現状ではリサイクルによって環境負荷を減らす効果があるのかを明確にするために、リサイクルによる環境負荷の損益を定量的に分析・評価する方法を示した。第二にリサイクルにおいて環境負荷の高いプロセスを特定する方法について述べた。第三にリサイクルシステムを対象にLCAを適用する方法を述べた。本論文では平成9年4月から実施されている容器包装リサイクル法を考慮して、自治体の収集・再資源化システムに焦点を当て、収集・再資源化システムを自治体が行うサービスと位置づけたSLCA(Service Life Cycle Assessment)を行う方法を示した。

 第4章では、処理・処分段階の環境影響評価の方法について述べた。処理・処分段階は、各プロセスについての公表データが少なく、その分析方法も確立されていないために現状のLCA手法で最も不確定な部分が多いところである。このことは、現在の多くの製品が下流プロセスで環境問題を発生させているにもかかわらず、定量的な分析・評価が行われていない理由でもある。本論文では処理・処分段階の分析方法について述べ、実際の施設の調査から得られたデータに基づいた環境負荷原単位を示した。特に最終処分では、1埋立作業に必要な機器の稼働に伴う環境負荷、2埋立物から排出される物質による環境負荷、3最終処分場建設による環境資源の喪失による環境負荷を「最終処分による環境負荷」と考え、代表的な施設における調査による環境負荷原単位を求めた。

 第5章ではリサイクルによる環境負荷の損益の評価を、PSPトレイ、自動車バンパ、建設廃棄物に適用した事例について述べた。最も一般的な大量消費財であるPSPトレイ(4.4g/枚)1,500枚分の事例では、マテリアルリサイクルによって再生ペレットを製造する方が、トレイを廃棄物として処理処分し、新たなペレットを製造するよりも、資源(原油)消費量を約6kg削減でき、エネルギー消費量を約1/3、CO2排出量を約1/3〜1/4にできることを示した。また、このリサイクルで環境負荷の高い工程は「輸送」であることを明らかにした。さらに、容器類のリサイクルは最も関心の高い問題であることから、トレイtoトレイのリサイクルが近い将来において実現可能かどうかを法律、食品に対する安全性、意識、コストの面から検討した。その結果、このようなトレイリサイクルの実施が十分に可能であることを明らかにした上で、その実現にLCAがどのように関与できるのかを示した。

 樹脂材料としてのリサイクルが試みられている自動車バンパ(小型乗用車のリアバンパとフロントバンパの6.49kg)の事例では、マテリアルリサイクルによって再生PPペレットを再生する方が、バンパを廃棄物として処理処分してから新たにPPペレットを製造するより資源(原油)を5.41kg削減でき、エネルギー消費量を約1/3、CO2排出量を約2/5、SOx排出量を約1/8にできることを示した。

 また、この場合もリサイクルで環境負荷の高い工程は「輸送」であることを明らかにし、バンパの減容化により積載量を増やす、かつ、帰り便を利用することによって移動距離を1/2にする対策等により、環境負荷を大きく減らせることを定量的に示した。

 製品と比べて発生量の規模の大きな建設廃棄物の事例では、アスファルトコンクリート廃材を路盤材、骨材、アスファルト混合物の3種に再資源化する場合の環境負荷低減効果を定量化した。それらに重み付け係数を掛け合わせて指標化し、地球環境に与える影響度を比較した。環境影響度項目は資源消費、エネルギー資源消費、温室効果、大気汚染、酸性化を取り上げた。

 この事例では、路盤材への再資源化のように単純な用途への再資源化ほどリサイクルによる環境影響度低減の効果が大きく、再資源化のために複雑なプロセスを要するアスファルト混合物では新たな資源からの製造とほとんど差がないことを明らかにした。

 第6章では、1同一都市内で異なる収集・再資源化システムでリサイクルを行った場合、2ある都市内で収集頻度と収集ステーション数を変更した場合、の環境影響度の評価を実際の都市の条件を用いて行った。これらの結果、収集・再資源化システムにおいて環境影響が高くなる要因を示し、それをできるだけ少なくする方法を具体的に示した。

 総括では本研究における今後の課題について述べるとともに、今後あるべき循環型社会におけるマテリアルフローを具体的に示した。ここでは特に、大量生産・大量廃棄型社会において下流プロセスで発生している問題への対策がほとんど行われてこなかったのと同様、循環型社会への転換期にある現状においても下流プロセスの問題の十分な調査が行われていない問題点を指摘した。これに対応するために、本論文で行ったように下流プロセスの問題が地球環境とどのように関わっているのかを定量的に明らかにし、それを生産段階にフィードバックして循環型社会を構築する必要があること、同時にこのことを含めて今後の環境負荷の少ない循環型社会の構築にLCAがどのような役割を果たせるかについて述べた。

審査要旨

 大量生産、大量廃棄は最終処分場の容量の逼迫、廃棄物の処理・処分に伴う環境負荷の発生等の問題を顕在化させているだけでなく、資源枯渇化や地球規模の環境問題を引き起こす要因にもなっている。この問題を解決するためには現在の大量生産、大量廃棄型社会を循環型社会へと転換してゆく必要があり、そのためには資源のリサイクルを積極的に進めなければならない。しかしながら資源回収、中間処理、リサイクルプロセス、最終処分そのものにも環境負荷が伴うため、全体として環境に与える負荷のより小さなリサイクルシステムを選択する必要がある。この問題は、社会的需要がありながら問題の複雑性、データの収集の困難さなどのために、従来ほとんど研究がなされて来なかった。本研究はリサイクルに伴う環境負荷をライフルサイクルアセスメント(以下LCAと略記)によって詳細に分析したものである。LCAとは、製品やサービスがそのライフサイクル全体を通して環境に与える影響を分析、評価する一手法である。ライフサイクルを通しての物質、エネルギーの消費量、排出量の評価はインベントリー分析と呼ばれるのに対し、地球温暖化、オゾン層破壊などの環境影響項目毎にどの程度の寄与をしてるのか、あるいは全体としての環境影響度を評価することはインパクト分析と呼ばれている。インパクト分析については異なる環境影響の総和をどのように取るべきかなど困難な問題があり、広く合意された手法はまだ無い。本研究もインベントリー分析を中心に行っている。本論文は材料利用の下流プロセスである処理・処分に伴う環境負荷データの収集を行い、それを用いてリサイクルに伴う環境負荷の低減効果を論じたものである。

 論文は全7章より成っている。

 第1章は序論であり、リサイクルの環境影響評価の社会的必要性について論じ、本論文の目的と構成について述べている。

 第2章はLCAの歴史、LCAの一般的方法論、従来の研究成果の詳細なレビューを行っている。

 第3章はリサイクルへのLCAの適用について述べている。その目的としてリサイクルによる環境負荷低減効果を明らかにすること、リサイクルにおける環境負荷の高いプロセスの特定、回収及び再資源化システムの違いによる環境負荷の評価を挙げている。

 第4章は処理・処分段階の環境負荷の評価について詳しく述べており、本論文の主要な内容の一つを構成している。

 中間処理としては破砕選別処理と焼却処理を、最終処分としては埋立処分を取り上げている。中間処理については人口100万人規模の都市の代表的焼却施設について、最終処分については同じく2つの処分場についての実地調査を行い環境負荷の原単位を計算している。例えば埋立処分のゴミ1kgあたりのCO2排出の原単位は3.0×10-4kg-C/kgである。

 第5章はリサイクルによる環境負荷の評価の具体的な事例としてPSPトレイ、自動車バンパ、アスファルトコンクリート廃材を取り上げている。

 PSPトレイ(4.4g/枚)の1世帯あたりの年間使用枚数1,500枚分について、マテリアルリサイクルによって再生ペレットを製造する方が、トレイを廃棄物として処理・処分して新たなペレットを製造するよりも、資源(原油)消費量を約6kg削減でき、エネルギー消費量を約33%に、CO2排出量を30%に減少できることを示している。一方サーマルリサイクルの場合にはリサイクルによる環境負荷の低減効果は顕著でなく、著者はその理由を現状のゴミ発電の発電効率が15%と低いこと、また発電には焼却処理を伴うためにCO2排出量が大きくなるためであるとしている。またマテリアルリサイクルの際、使用済PSPトレイの回収に伴う環境負荷をモデルを用いて論じ、リサイクル工場は二次回収拠点より30〜40km以内の場所に立地していないと再生によるCO2排出削減量よりも、輸送に伴うCO2排出量が多くなると論じている。同様に、小型普通乗用車のPP製フロントバンパとリアバンパ6.49kgについてもリサイクルによる環境負荷低減効果について論じている。リサイクルを行えばエネルギー消費量で33%、CO2排出量で40%、SOx排出量では13%ですむと結論している。この場合もバンパの回収の際の輸送に伴う環境負荷が問題になるが、著者は部品納入の帰り便を利用した回収と、破砕機で減容化して大型トラックで輸送するという手段を取ればリサイクルによる環境負荷を大幅に低減できることを示している。

 第6章では回収・再資源化システムの違いによる環境負荷の差の評価を行っている。スチール缶、アルミ缶、ビンの回収・再資源化の方式の異なる2つの地方都市について環境負荷を減少させるための望ましい方式を論じている。輸送に伴う環境負荷が相対的に高いことから、廃材の収集頻度を週1回以下にすること、市民が減容化してから排出すること、中間処理での省エネルギー化等を提案している。

 第7章は総括である。著者は今後の課題として最終処分の環境負荷の評価について、廃棄物の種類、降雨状況、浸出水処理方法、埋立工法、跡地利用計画などをデータベース化すべきであると提案している。

 以上要するに、本論文は従来ほとんど研究が行われて来なかった材料利用の下流プロセス、すなわち処理・処分に伴う環境負荷を実地調査し、そのデータを用いることによって材料のリサイクルによる環境負荷低減効果を詳細に論じたものであり、材料工学に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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