今日の半導体デバイスの高速化、高集積化のスピードは目覚ましく、デバイス構造を微細化するにもかかわらず、チップサイズは増加している。そのため、ウェハーサイズを大口径化することが必要になり、この傾向は半導体デバイス作成プロセスに対しても大きな影響を与えた。特に、CVDプロセスでは、数十枚から5、6枚のウェハーを一度に成膜するバッチ式の反応装置が従来から広く使用されていたが、ウェハーサイズの大口径化により、反応装置の巨大化、ウェハー面内、反応器内部における均一性の低下等の問題が顕在化した。そのために、枚葉式と呼ばれるCVD反応装置に置き換わっていった。 しかし、CVD反応装置が高価で大型になっても、その設計開発は、製造現場における試行錯誤的な手段に大きく依存しているのが現状であり、莫大な時間と労力が必要とされている。しかし、本来、反応装置とは、それぞれの反応系にふさわしく設計されるべきであり、反応機構の理解を伴った、合理的なCVD反応装置の設計手法の確立が求められている。 本研究では、WF6/SiH4系及びWF6/Si2H6系のWSix-CVDプロセスを対象として、反応機構の解析に適した円管型反応器を用いて、反応管内部の製膜速度分布、膜組成分布を測定し、その反応工学的解析から反応機構を明らかにすることを目的とする。その結果から、反応スキーム、及び、そこに含まれる気相および表面での反応速度定数を決定する。基本的には、こうして得られた反応スキームと流れ、物質移動、エネルギー移動を表す基礎式群と組み合わせることにより反応装置のシミュレーションを行うことができる。CVD装置の設計をこうした合理的な方法で行うための最も重要な要素である反応スキームを実験的に求める方法を提示することも本研究の目的とする。 第2章「円管型反応器及びミクロトレンチを用いた解析方法」では、円管型反応器、ミクロトレンチを用いた速度論の解析法について論じ、その解析にもとづく律速段階の推定法、拡散種の分子径の算出法、表面反応速度の算出法などについて論じた。 第3章「WF6/SiH4を原料としたWSix-CVDプロセスの反応機構」、第4章「WF6/Si2H6を原料としたWSix-CVDプロセスの反応機構」では、それぞれ、WF6/SiH4プロセスの反応機構、WF6/Si2H6プロセスの反応機構を検討し、以下のような結論を得た。 (1)WF6/SiH4プロセス、WF6/Si2H6プロセスともに、150℃以上の広い温度領域で拡散律速であることを示した。その時の分子拡散係数を拡散種の分子径に換算すると、拡散種は原料分子(WF6)と同じ5Å程度の分子径であると推測された。 (2)WF6/SiH4プロセス、WF6/Si2H6プロセスともに300℃以下の低温領域で、ステップカバレッジが改善できることを見いだした。 WF6/SiH4プロセスでは、120℃の時にはアスペクト比2.0のトレンチ上でもほぼ均一な(ts/tb=80%程度)製膜を実現できた。製膜種の付着確率の温度依存性はアレニウス型で表すことができ、対応する活性化エネルギーは約4kcal/mol程度であった。また、WF6/Si2H6プロセスでは、120℃の時ではアスペクト比2.0トレンチ上でもほぼ均一な(ts/tb=90%程度)製膜を実現でき、製膜種の付着確率の活性化エネルギーは約6kcal/mol程度であった。 また、WF6/Si2H6プロセスは、低温領域でWF6/SiH4プロセスよりも付着確率が小さいために、良好なステップカバレッジを得ることができることを明らかにし(図1)、WF6/Si2H6プロセスの方が、よりアスペクト比の大きなトレンチの埋め込みに対して適切な系であることを明らかにした。 図1 WF6/SiH4プロセス及びWF6/Si2H6プロセスの付着確率のアレニウスプロット (3)WF6/SiH4プロセス、WF6/Si2H6プロセスともに、100℃前後の低温領域において、アレニウス型の温度依存性で予測される以上に薄膜形成反応が突然進行しなくなる現象があることを発見した。言い換えれば、この反応系には反応消失温度(Extinction temperature,Tex)というものが存在すると言える。このTexが円管型反応器の内径に対して変化することから(表1)、Texの存在理由について、爆発、燃焼などの分野で良く知られている、反応器内部の活性種の生成及び反応器内壁における活性種の失活などが並列して進行するという、連鎖反応的機構により支配されているものと推測した。 表1 反応管内径とTexとの関係 (4)WF6/Si2H6プロセスで、膜組成の温度依存性を検討した結果、膜組成の温度依存性の検討を行った結果、80℃から150℃までの温度領域で膜中のシリコン含有量はWSi2と一定の値に収束し、150℃以上の温度で徐々に増加していくことが分かった。 結論(3)で推測した、「連鎖反応的機構により支配されている」ということを利用して、基板表面温度と気相温度とを独立に制御し、気相で進行する連鎖反応を促進させて、低温に保持した基板上に薄膜を析出させるプロセス(予備加熱プロセス)を提案し、その有効性について検討した。その結果、以下のようなことを明らかにした。 (5)WF6/SiH4プロセスでは、360℃の予備加熱により、40℃以下のほぼ室温の基板温度でも膜形成反応が進行することを見いだした。また、予備加熱温度を130℃まで低下させても40℃以下の基板温度でも膜形成反応が進行するという結果を得た(表2)。このように、一旦、上流で反応が開始すると、下流の温度に大きな影響を受けないことは、ラジカル連鎖反応に特徴的なものであると推察される。 表2 予備加熱温度と反応進行温度との関係〇は膜形成反応が進行したことを意味する。×は膜形成反応が進行しなかったことを意味する。 360℃の予備加熱を行うと、同一基板温度上に通常の均一加熱方式で堆積させた薄膜よりもシリコン含有量が増大した(図2)。また、ステップカバレッジは予備加熱の有無に依存せず、基板の表面温度のみに依存した。例えば、180℃でもWSi2.5という組成を持ち、低温成長の利点である、70%以上のステップカバレッジ(ts/tb=70%)が得られた。以上より、予備加熱法により、低温で、高シリコン含有量、良好なステップカバレッジを同時に実現できた。 図2 WF6/SiH4プロセスにおける膜中シリコン含有量の温度依存性 (6)WF6/SiH4プロセスでは、予備加熱法でSi含有量が増加する理由として、壁面に析出したWSix薄膜の自己触媒的な効果ではないことを明らかにした。 (7)WF6/Si2H6プロセスでは、360℃で予備加熱を行うことにより、基板温度150℃と180℃では、同一基板温度上に通常の均一加熱方式で堆積させた薄膜よりもシリコン含有量が増大した。しかし、基板温度120℃の場合には、膜中シリコン含有量の差がみられず、WF6/Si2H6プロセスではWF6/SiH4プロセスほど顕著な差が見られないことがわかった。 (8)WF6/Si2H6プロセスにおいて、反応管内部の膜組成とステップカバレッジの滞留時間依存性について検討した結果、滞留時間の増加に従って膜中シリコン含有量が増加するのに対して、ステップカバレッジには滞留時間の依存性がないことを見いだした。これらの結果を合理的に説明する気相反応モデルの構築をを試みた。第一に、W製膜種とSi製膜種とがそれぞれ独立に堆積する並列反応機構モデルにより解析したが、モデルと実測値との間に良好な一致が見られなかった。第二に、反応管入口で連鎖反応が進行し、そこで生成した分子種が気相でSi2H6分子を徐々に取り込みつつ堆積していく、逐次反応モデルの検討を行った(図3)。 図3 本論文で採用した逐次反応モデル その結果、W種へのSi種の逐次挿入反応が残留フッ素数に比例するという唯一つの気相反応速度(kg)によって記述されるモデルが実測値と良好な一致を示した(図4)。この逐次反応モデルにもとづいて、気相反応速度と気相での衝突確率を算出した、それらの温度依存性をアレニウス型で表すと、対応する活性化エネルギーは約6kcal/molであり、小さな値であった。(図5) 図4 反応管内部の膜組成分布の実測値と逐次反応モデルにもとづく計算値図5 逐次反応モデルにもとづく気相反応速度定数 これらは、いずれも、WF6/SiH4を原料としたWSix-CVDプロセス、及び、WF6/Si2H6を原料としたWSix-CVDプロセスの反応機構を明らかにしたものである。特に、本反応系が反応開始時における急激な連鎖反応を経由したW製膜種の生成と連鎖反応開始後の逐次反応による製膜種への緩やかなシリコン含有量の増加という、二つの大きな過程を基本にしていることを提示したことは、新規な反応装置の設計、プロセスの改善などに結びつく知見である。実際に、本論文において、予備加熱プロセスという新規なプロセスの提案を行い、その有効性を確認した。 CVD反応装置内部の基礎現象は気相反応、製膜種の拡散、及び、表面反応から成る。結論(8)は、単純な反応器を用いた工学的モデル化にもとづいて、気相反応スキームを確立し、その中に含まれる気相反応速度定数、拡散係数、表面反応速度定数を定量化したものである。これらの基礎現象を総合的に明らかにした研究はあまり類を見ないものである。以上より、単純な反応器での実験にもとづく工学的モデルの構築から、計算機によるシミュレーションによる合理的な反応装置の設計につながる可能性を開いたと思われる。 以上、本論文ではこれまで十分に解析が行われてこなかったCVD-WSixプロセスに対して、WF6/SiH4プロセス、WF6/Si2H6プロセスを例にして工学的なモデル化を行ったものである。この結果、気相反応、拡散係数、表面反応を含む反応モデルを提案するに至ったものである。 |