学位論文要旨



No 213540
著者(漢字) 勝藤,拓郎
著者(英字) Katsufuji,Takuro
著者(カナ) カツフジ,タクロウ
標題(和) ペロブスカイト型チタン酸化物の金属-絶縁体転移の研究
標題(洋) A study on the metal-insulator transition in perovskite-type titanates
報告番号 213540
報告番号 乙13540
学位授与日 1997.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13540号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 今田,正俊
 東京大学 助教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 高木,英典
 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 教授 上田,和夫
内容要旨 1

 電子相関による電子の局在化(モット絶縁体)は、3d遷移金属酸化物などに見られる現象である。ある場合には、パラメーターの変化によって絶縁体から金属への転移(モット転移)が見られる。有名なV2O3においては、バンド幅(あるいは電子相関強度)の制御によってこのモット転移が起こるが、超伝導をおこす銅酸化物においては、電子数(あるいはバンドフィリング)の制御によるモット絶縁体から金属への転移が見られる。このように、電子相関の強い系においては、電子相関強度とバンドフィリングという2つのパラメーターが重要であり、この2つのパラメーターの変化によって様々な電子相が現れる。

 本論文の研究対象であるペロブスカイト型チタン酸化物R1-xCaxTiO3+y/2(R=La,Ce,Pr,Nd,Sm,Y)は、この電子相関強度とバンドフィリングという2つのパラメーターを独立に制御できる3次元強相関系である。母物質RTiO3はTi3d1の電子配置をとり、希土類Rのイオン半径の大きさを変えることによって、格子の歪みの変化を通じて伝導帯の1電子バンド幅(W)を変えることが可能である。さらにCaドーピング(あるいは過剰酸素の導入)によってバンドフィリングを1から減らすこと(形式的なホールドーピング)ができる。このため、電子相関の強い系の系統的な研究に適したシステムである。

 本研究では、この系を用い(1)2つのパラメーターを系統的に変化させて物性測定を行うことにより、強相関電子系の電子相図の決定(2)金属-絶縁体転移近傍の物性測定(3)光学測定によるより定量的な電子構造の研究等をおこなった。

2輸送現象と磁性

 母物質RTiO3はRによらず3d1のモット絶縁体であり、抵抗率の温度依存性は熱活性型である。活性化エネルギーEgは電子相関強度U/W(Uは同一サイトのクーロン反発エネルギー)に対して、Eg∝U/W-(U/W)cのように振る舞う。(U/W)cは、仮想的なn=1でのモット転移点である。一方、ホールドーピングによって系は金属的になるが、その絶縁体-金属転移に必要なホール濃度cは電子相関強度の増大によって増加し、ほぼc∝U/W-(U/W)cの関係にある。

 磁性は、母物質RTiO3においてR=La-Smで低温で反強磁性を示し、Rのイオン半径の減少(U/Wの増加)とともに転移温度は減少する。YTiO3は低温で強磁性を示す。これらの磁性の変化の説明には、3d軌道の縮退を考慮する必要がある。ホールドーピングとともに、この反強磁性転移温度は減少し、金属に転移したところでほぼ反強磁性相は消える。このような実験結果から、温度-電子相関強度-バンドフィリングの3次元電子相図を得た。

 金属-絶縁体近傍の試料は、(1)高温金属-低温反強磁性転移や(2)高温絶縁体-低温金属転移のような特徴的な振る舞いを示す。(1)に関しては、低温の反強磁性相では、温度の低下とともに抵抗率が上昇するものの最低温でも有限の値にとどまっており、反強磁性金属と考えられる。一方(2)の実験結果に関しては、無限次元ハバードモデルの計算において同様の結果を再現している。この系の金属相は300K以下という広い範囲において抵抗率が温度の2乗にスケールするが、転移に近い試料においては、そのような転移の揺らぎによる温度の2乗の関係からのずれが見られる。

3光学スペクトルの電子相関強度・バンドフィリング依存性

 反射スペクトルを測定し、クラマース-クローニッヒ変換によって光学伝導度スペクトルを求めた。モット絶縁体であるRTiO3においては、モットギャップ間の遷移に由来する構造が見られる。これから見積もったギャップの大きさ2は、電子相関強度U/Wに対して2/W∝U/W-(U/W)cで変化し、無限次元ハバードモデルの計算結果と一致している。

 一方、ホールドーピングによってモットギャップはつぶれ、ギャップ内状態が成長する。このギャップ内状態のスペクトル強度Ningapは、形式的なホール濃度に対して、Ningap/N0=Cで変化する(N0はWに比例した規格化因子)。さらに、ギャップ内状態スペクトルのに対する成長速度Cは、電子相関強度に対してC∝[(U/W)-(U/W)c]-1で変化する。これは、電子相関強度がn=1のモット転移点に近づくにつれて、ギャップ内状態の成長速度が発散的に増大することを意味する。

 さらに、ホール濃度を増やしたときに起こる絶縁体から金属への転移は、ギャップ内状態のスペクトル強度が、電子相関強度によらずある一定の値に達したときに起こることを見出した。これは、有限のにおける絶縁相の原因が電子格子相互作用、あるいはランダムネスによるものであることを示唆する。

4光学スペクトルの温度依存性

 金属-絶縁体の相境界付近に位置する物質の電子構造を知るために、(1)70K以上では常磁性金属であり、70Kで反強磁性転移を示すCeTiO3+y/2、(2)最低温まで常磁性金属であるCe0.95Ca0.05TiO3+y/2の2つの試料に関して、光学スペクトルの温度依存性を測定した。有効質量m*と散乱確率1/依存性を考えた拡張ドルーデモデルで解析すると、常磁性金属相においては、有効質量は温度変化せず、散乱確率1/()が温度に対して平行移動する(すなわち、1/の温度変化はに対して一定)という結果になる。これは、フェルミ液体論と一致する結果であり、1/(T)のT2係数と1/()の2係数の大きさの関係もほぼ理論どおりであるがわかった。一方、高温超伝導銅酸化物においては、低ドープ領域の常伝導相において1/()の異常な(非フェルミ液体的な)温度変化が観測されており、金属-絶縁体転移近傍の金属相までフェルミ液体的なチタン酸化物とは対照的である。

 一方、反強磁性相では、温度低下とともに低エネルギーの伝導率の減少が見られるものの、通常の反強磁性金属で見られるようなギャップ的構造は見られない。拡張ドルーデ解析によれば、やはり有効質量は温度変化せず、低エネルギーの1/()のみが温度の低下とともに増大すると結論される。

5ラマン散乱

 ペロブスカイト型チタン酸化物のラマン散乱を測定した結果、(1)金属相でのみフォノン構造が観測されること、(2)そのフォノン強度は、金属-絶縁体の相境界が近づくにつれて減少することを見出した。これらのことは、金属-絶縁体転移のcが異なるすべてのRに関してなりたつ。この結果は、格子構造の変化、共鳴条件の変化では説明されず、このフォノンがフェルミ面をはさむ電子-ホール対と結合していると解釈される。これらの結果は、Millsらの金属のラマン散乱理論から導かれたI∝(n/m*)2(Iはフォノン強度、nはキャリアー数、m*はキャリアーの有効質量)の式に、電子比熱係数から求めた(電子相関の効果を繰り込んだ)m*を代入したものと、定量的によい一致を示す。したがって(2)の実験結果は、金属-絶縁体相境界へ向けての有効質量の増大によるものであると解釈できる。また、モード計算との比較から、この金属相のフォノンスペクトルにおいては、TiO6八面体のtilting modeが大きな強度を示すことがわかった。これは、このモードによって伝導帯のバンド幅を変調する効果が大きいことを意味する。

6結論

 ペロブスカイト型チタン酸化物R1-xCaxTiO3+y/2を用い、電子相関強度、バンドフィリング双方を制御した系の電子相図、電子構造を調べた。その結果、多くの物理量が(U/W)-(U/W)c[(U/W)cはn=1におけるモット転移点]にスケールすることを見出した。また、金属-絶縁体転移近傍の試料の詳しい測定の結果、金属相はフェルミ液体であること、低温で反強磁性金属への転移があることを示した。さらに、ラマン散乱が、金属相の電子状態のよいプローブになることを示した。

審査要旨

 理学修士勝藤拓郎提出の本論文はペロブスカイト型チタン酸化物の金属絶縁体転移を実験的に研究したもので、英文で6章からなる。

 遷移金属酸化物のモット絶縁体と金属の間の金属絶縁体転移および、その近傍の金属相は、標準的な金属や金属絶縁体転移に比べて多くの特異な性質を示し、強い電子相関効果が多様な揺らぎや相転移を引き起こしている。このため、近年さまざまな角度から集中的な研究対象となってきた。

 電子相関効果に伴う特異性や多様性を系統的に研究するにあたって、ペロブスカイト型の遷移金属酸化物には顕著な長所がある。金属絶縁体転移や電子相関効果の系統的な研究のためには、電子のフィリング、およびバンド幅と電子相関の強さの比という2つの重要な制御パラメタを自在にコントロールできることが望ましいが、ペロブスカイト型の遷移金属酸化物では、電気伝導に直接は関わらない希土類元素の置換を通じて、この2つのパラメタを別々に制御しやすいという特長がある。キャリアドーピング(フィリング制御)は母物質の希土類元素サイトを母物質の場合と価数の違うイオンで置換することによって実現され、またイオン半径の違う希土類元素間の置換によってペロブスカイト構造の単位である正八面体構造が傾ぐこと(GdFeO3型の変位と呼ばれる)を通じてバンド幅を制御出来る。本論文はこの特長を利用して、特にチタン酸化物の光学的性質を中心に、電子相関効果によって生ずる、いくつかの顕著な性質を明らかにしたものである。

 第2章ではバンド幅や電子濃度を制御したときの、電気抵抗と磁性の全般的な性質および両者の関係を調べている。第3章ではバンド幅や電子のフィリングを変えたときの光学伝導度の変化、特にモットギャップがモット絶縁体から金属への転移によって消滅して行く様子を十分低温で調べている。第4章ではこの光学スペクトルの温度変化が主題である。第5章では金属絶縁体転移に際してのキャリア濃度の変化などを知る上で、伝導電子とフォノンとの結合から生ずるラマン散乱強度の変化を調べることが有用であることが提案されている。以下に本論文提出者がこの研究によって明らかにした点を述べる。

 第2章ではまず直流電気抵抗の活性化エネルギーEg、すなわち絶縁体のときの電荷ギャップが、金属絶縁体転移に近づくにつれてどのようにゼロになるのかを考察し、GdFeO3型の変形から予測されるバンド幅Wの変化に概ね線形に、すなわちEg∝(W-Wc)となっていることを示した。但し、Wcは金属絶縁体転移を起こすときのバンド幅である。またバンド幅の増大やキャリアのドーピングによって、反強磁性転移温度が急速に減少し、金属絶縁体転移の近くで常磁性相へ転移する様子を明らかにし、これと電気抵抗との間の関係を調べている。

 第3章では光学伝導度のバンド幅依存性、フィリング依存性が主題である。絶縁体の時、光学伝導度に見られるモットギャップはバンド幅の増大によって減少し、概ね∝(W-Wc)の関係が成り立っていること、とEgがよく比例していることを見い出した。またホールドーピングによって成長するギャップ内状態のスペクトル強度Nがドーピング濃度に比例し、その比例係数C(すなわちN=Cで定義されるC)が(W-Wc)の逆数に比例していることを見い出した。これはバンド幅制御型の金属絶縁体転移の臨界指数についての重要な情報を与える。また経験的にここで調べた一連の物質で、Nがある一定の値に達したときに絶縁体から金属への転移が生じていることを見い出し、局在の機構がこの一連の物質でほぼ一定であることを示唆した。

 第4章では光学伝導度の拡張ドルーデ解析を行ない、その温度依存性を調べている。特に拡張ドルーデ解析で得られた緩和時間の逆数1/が振動数が小さい時に2に比例すること、温度に依存する部分が温度の2乗に比例することを見い出し、フェルミ液体論による予想と一致することが示された。さらに低エネルギー部分でのフェルミ液体的なふるまいがどのようにエネルギーおよび温度の増大によって崩れて変化するか、また低エネルギーでのインコヒーレント部分の寄与はどうなっているのかについても情報が与えられている。

 第5章ではこのチタン酸化物のラマン散乱を測定し、金属相でのみ観測されるフォノン構造があること、その強度が金属絶縁体転移点に近づくにつれて減少することを見い出した。この結果はこのフォノンモードがフェルミ面近傍の電子空孔対励起と結合し、その強度が広い意味でのキャリア濃度nと比熱測定から求めた有効質量m*の比の自乗、(n/m*)2にほぼ比例することを示した。測定されているラマン散乱の共鳴振動数がコヒーレント部分(真のドルーデ部分)からはずれていることも考慮するとこのキャリア濃度はインコヒーレント部分を含んで、バンド内の運動エネルギーにほぼ比例する量であると推定される。比熱によって決まる有効質量とインコヒーレント部分の光学的有効質量のあいだの関係を与えている点でラマン散乱が興味あるプローブとなっていることが示されている。この共鳴振動数領域は光学スペクトルの振動数依存性の直接の解析が難しい領域に相当しており、ラマン散乱による手法を見い出したことは高く評価される。

 以上のように論文提出者は金属絶縁体転移近傍で転移の性格を明らかにする上で、重要な光学的測定による研究手法を開発するとともに、それをチタン酸化物に対して応用し、現状で可能な範囲で精度の高いデータを得た。特にフィリング制御とバンド幅制御のそれぞれの場合にこの化合物での金属絶縁体転移の性格を広い周波数範囲での光学伝導度の測定結果から定量的に明らかにしており、この分野での研究の進展に大きく寄与している。

 以上の成果について議論した結果、本論文審査委員会は全員一致で本研究が博士(理学)の学位論文として合格であると判定した。

 なお本研究は、指導教官十倉好紀教授、筑波大学有馬孝尚助教授、沖本洋一氏、田口康二郎氏、岡田吉美氏との共同研究の部分があるが、上に述べた成果の主要部分について論文提出者が主たる寄与をなしたものであることが認められた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50692