ゼオライトをはじめとする結晶性マイクロポーラス化合物(マイクロポーラスクリスタル)は結晶構造に由来する一定サイズの細孔を持ち、モレキュラーシーブとしての機能を有するため、固体触媒、分離・吸着剤等、幅広い分野で用いられている。これらの化合物の物性は細孔の形状、大きさ、細孔壁の性質によって大きく支配されるものと考えられる。近年に至るまで知られているマイクロポーラスクリスタルでは、細孔壁を構成しているのはほとんどの場合、酸素、カルコゲンや骨格外のカチオンであり、他の元素を用いて細孔を構築できればこれまでの材料に見られない分離・吸着特性が期待される。 本研究では、酸化物骨格に有機基を導入することにより有機基で覆われた細孔壁を有するゼオライト類似の無機有機複合体を作ることを目指した。このためにアルミノリン酸塩モレキュラーシーブ(AlPO4)をモデルとし、リン酸をメチルホスホン酸に変えることにより骨格への有機基導入を試みた。一般に金属ホスホン酸塩の構造は母体であるリン酸塩の構造と関係があることが知られており、ほとんどの化合物は相当するリン酸塩の構造と類似した層状構造をとっている。しかしながら、AlPO4では種々のマイクロポーラスな三次元骨格が知られており、これまで報告例のなかった有機ホスホン酸アルミニウム塩でも同様の骨格構造をとることが期待された。本研究において水熱合成法により得られた3種類のメチルホスホン酸アルミニウム化合物について単結晶X線構造解析を行ったところ、その内2種類の化合物はマイクロポーラス化合物であり、これまでに類例のない、メチル基で覆われた一次元チャンネルを有していることが明らかになった。これらの新規化合物のキャラクタリゼーションを行ったほか、ガス吸着特性についても検討した。本論文は7章から構成されている。 第1章【序論】ではマイクロポーラスクリスタル、及びホスホン酸塩に関する既往の研究について概説するとともに、本研究の目的と概要を示した。 第2章【メチルホスホン酸アルミニウム化合物の合成】では、原料、添加物、それらの混合条件、水熱合成反応条件が生成物に及ぼす影響について検討した。擬ベーマイト、メチルホスホン酸、適当な添加物を加え水と混合した後、ステンレス製オートクレーブで160℃、48時間熱処理を行うことにより得られた結晶性生成物をXRDにより同定した。添加物を加えない場合、低角に大きな回折線を与える針状結晶[Al2(O3PCH3)3・nH2O]が得られ、この生成物をAlMepO-と称した。カルボン酸、鉱酸等の酸性添加物、及びアルコール、エーテル等の中性添加物はほとんどの場合をAlMepO-を与え、生成種に変化はなかったが、結晶の成長には大きく影響を与えることがわかった。アルカリ、アミン類の添加では別の板状結晶生成物[Al(OH)(O3PCH3)・H2O](AlMepO-と称する)を与えた。AlPO4の合成においては四級有機アンモニウム塩は構造指向剤として種々の構造の生成物を与えるが、本合成系ではこうした効果は見られなかった。さらに、原料混合物を撹拌せず静置した後反応を行ったり、水の代わりにグリコール系溶媒を用いて反応させることによりAlMepO-と異なる針状結晶生成物のAlMepO-[Al2(O3PCH3)3・nH2O]が得られた。これらの生成メカニズムについても考察を行った。 第3章【メチルホスホン酸アルミニウム化合物の単結晶X線構造解析】では、第2章で得られた3つの生成物について単結晶生成条件を見出し、単結晶X線構造解析を行った。AlMepO-及びAlMepO-はいずれも三次元酸化物骨格によって形成された一次元チャンネル構造を有しており、大口径AlPO4として知られるVPI-5と同じく、(Al及びP)18員環を含んでいた。AlMepO-の細孔断面はほぼ一辺7Åの正三角形、AlMepO-でもほぼ同じサイズのやや丸みを帯びた三角形であり、両構造ともチャンネルの壁はメチル基で覆われていることが明らかとなった。両構造は共に6配位のアルミニウムを骨格内に含み、既知のAlPO4とは大きく異なっていた。両構造は異なった基本構造ユニットを有し、AlMepO-では6343多面体ユニットのスタッキングにより構造が構築されているのに対し、AlMepO-でははしご状縮合4員環鎖が絡み合い構造が形成されていた。一方、AlMepO-はAlMepO-及びAlMepO-とは異なり、既知のVO(O3PC6H5)・H2Oと同型で、酸化物シート構造の上下にメチル基が突き出しているラメラ型構造をとっていることが明らかとなった。 第4章【メチルホスホン酸アルミニウム化合物のキャラクタリゼーション】では、第2章で得られた化合物の熱分析、IR、MAS-NMR等による同定を行った。両化合物とも不活性雰囲気下では約500℃まで安定で、それ以上の温度ではメチル基の分解とともに結晶構造が崩壊し、細孔構造も消失することが明らかとなった。また、IRでは両化合物とも3600-4000cm-1のO-H伸縮領域に4本ずつの吸収が観測され、理想的には存在しないはずの表面水酸基の存在が確認され、これらの帰属を行った。13C、27Al、31PMAS-NMRはX線回折より求められた結晶構造を裏付けた。AlPO4等では、31PMAS-NMRの化学シフトとPサイト周りの平均Al-O-P結合角との直線相関が成り立つことが報告されている。各Pサイト周りの環構造の違い等を参考にして31PMAS-NMRピークの帰属を試みた。この結果、異なる2つの化合物からのデータを用いているにもかかわらず化学シフトと平均Al-O-P結合角との間に良好な直線相関を示す妥当な帰属が得られた。 第5章【メチルホスホン酸アルミニウム化合物のガス吸着特性】では、種々のプローブ分子を用いて第2章で得られたマイクロポーラス化合物のガス吸着特性を調べた。併せて合成方法の違いによる吸着特性の違いについても調べた。窒素吸着においてAlMepO-はマイクロポーラス化合物に典型的なI型の吸着等温線を与えるのに対し、AlMepO-では低相対圧部において2段階の吸着を示した。この理由については細孔の形状が影響しているものと考えられる。炭化水素ガスの吸着ではいずれの化合物も分子径6.2Åのネオペンタンを吸着した。水蒸気吸着等温線において、AlMepO-では、第4章で明らかになった表面水酸基の存在のために表面への吸着及びヒステリシスが存在する他には、細孔内への明確な吸着は見られなかった。これに対しAlMepO-では相対圧0.8で急激な吸着が観測された。この現象も細孔内に吸着される水クラスターの大きさと細孔の形により説明された。さらに有機添加物及び有機溶媒を用いて合成された両試料は添加物を加えずに水のみで合成されたものよりも吸着容量が大きかった。これは添加物を加えなかった場合、合成過程で生成したオリゴマー状生成物によって一次元チャンネルの一部が塞がれているためと考えられた。 第6章【AlMepO-のスチーミング処理によるAlMepO-への結晶相転移】では、AlMepO-の水蒸気気流中での熱安定性について調べた。その結果300℃以上でのAlMepO-への結晶相転移が見出された。特に500℃においては短時間の間に完全に相転移が完了した。第3章で明らかにされた両結晶構造の比較より、AlMepO-はその4つのAlサイトのうちAl4の移動、及び周りの2つのAl-O-P結合の組み替えによってトポロジー的にAlMepO-に変換されることが明らかとなった。相転移前後で結晶のモルホロジーに変化が見られないことからも、この反応がトポタクティックな転移反応であることが示唆された。Al4サイトの歪みが他のサイトに比べて大きいことから、高い水蒸気圧のために疎水性チャンネル中に吸着した水がAl4に配位し、6配位の遷移状態を経ることにより結合の組み替えが起こるメカニズムが提唱された。スチーミングによって得られたAlM0epO-は第2章で合成されたいずれの試料よりも純度が高く、大きな吸着容量を示した。 第7章【総括】では各章で記述した研究結果を総括すると共に今後の課題を示した。 |