学位論文要旨



No 213553
著者(漢字) 梶原,浩一
著者(英字)
著者(カナ) カジワラ,コウイチ
標題(和) ピエゾアクチュエータを用いたアクティブ微振動制御システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 213553
報告番号 乙13553
学位授与日 1997.10.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13553号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 大野,進一
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 助教授 金子,成彦
内容要旨

 本研究は,これから益々高まると考えられる,半導体製造施設等の超低振動環境の要求に対応する,アクティブ微振動制御システムに関するものである。アクティブ微振動制御の研究は,直接外乱に対する速やかな制振と低周波数帯域からの高い除振が可能であることにより,本研究を開始した1990年以前から様々なアクチュエータを用いて行われてきた。近年に至っては,更なる高性能化と装置の大型化,軽量化が望まれている。

 本研究には二つの特徴がある。一つは,微振動制御装置に要求されるアクチュエータに,高変位分解能,高速応答性,高発生力を持ち,漏洩磁場問題の無い積層型ピエゾ素子を適用し,それを用いた装置が実現可能であることを示した点にある。

 もう一つの特徴は,テーブル系あるいは,機器・テーブル系の弾性振動に現実に対応できる制御手法を示した点にある。微振動制御装置の実用では,テーブルの大型化や複雑な機器の積載が要求され始めている。しかし,これまでの微振動制御に関する研究の多くは剛体とみなせるテーブルを対象としており,現実的なテーブルの弾性振動や積載される機器の弾性振動による問題についてはほとんど検討されていなかった。

 本研究では,まず弾性振動による不安定化現象を実験により検討している。モード空間で制御を行う場合には,物理加速度をモード加速度に変換するマトリクスとモード操作量を物理操作量に変換するマトリクスが必要となる。これらのマトリクスのサイズはセンサとアクチュエータの個数によって制限されるため,モード分離時に考慮していない弾性振動がモードプラントに必然的に連成してしまう。従来の制御器設計手法では,制御性能,いわゆる感度低減性能を高めると,これらの弾性振動により安定性能が損なわれスピルオーバ不安定と呼ばれる発振現象に至るため,安定性能を確保できる時点を感度低減性能の限界としてきた。

 次に,モードプラントへの弾性振動の連成を明確にするために,各モードプラントの周波数特性を実際に取得している。モード空間での制御であるために,取得には若干の工夫が必要となる。ここでは,DSP(Digital Signal Plocessor)を用いて,モード操作信号とモード加速度信号を外部出力することで取得を可能としている。しかし,これらを単に正確に求めるだけでは意味がなく,分離モードに連成するダイナミクスを何らかの方法で制御器設計に生かさなければ,低感度,ロバスト安定な制御系は構築できない。

 そこで本研究では,実際のプラントと制御器設計に用いるモデルの誤差縮小に,取得した連成弾性振動を考慮する制御手法の検討を行なっている。

 第2章以降の内容の要旨は以下の通りである。

 第2章は「3次元6自由度アクティブ微振動制御装置」と題し,剛体系の制御システムの開発について述べている。ここでは,700mm角のアルミ製テーブルを制御対象としたプロトタイプモデルを製作し,微振動制御装置のハードウェアー構成と制御系の構成,制御器設計法であるモデルマッチング手法と共に,始めてピエゾアクチュエータを用いた3次元6自由度微振動制御を可能としたことが示されている。

 第3章は「弾性テーブルの動特性を考慮したアクティブ微振動制御手法」と題し,テーブルの大型化に伴う弾性振動を考慮した制御手法について述べている。ここでは,長さ2000mm,巾1400mmのアルミ製テーブルの鉛直方向6点,水平方向4点をピエゾアクチュエータで支持した実験装置を用いている。

 従来,非連成化制御に於いては制御対象を,テーブルの同定により得られたモード振動数と減衰により表現される理想的なモードプラントとし,これを用いて制御器を設計してきた。通常モデリングでは連成弾性振動とアクチュエータ(ドライバーを含む),センサ系の動特性は除かれている。しかし,本研究のようにテーブルの大型化により弾性振動が問題となる場合,従来手法では良好な制御性能が獲得できない場合がある。

 第3章における制御手法は,連成弾性振動を含む実際のモードプラントを取得し,その低次元化モデルを制御器の設計に用いることで,従来考慮していなかった弾性振動に対する安定性能と制御性能を向上するものである。ただし,低次関数でのモデル化では高周波数帯域で残存誤差を生じるため,これについては従来どおり制御器のロバスト安定性にまかせるものとしている。本手法により,従来の制御手法より高い制御性能を獲得できることを実験により示している。また,剛体とみなせる積載機器モデルに対して,ロバスト安定な制御系となっている。第3章では,次数拡大モデルを用いても制御器算出が容易となるように,モデルマッチング手法の一般化もおこなっている。

 第4章は「機器・テーブル系の弾性振動を考慮したアクティブ微振動制御手法」と題し,テーブルの大型化と同時に積載する機器の大型化,複雑化による制御手法について述べ,その手法の実験による有効性を示している。ここでは,第3章で用いた実験装置にカンチレバー型の機器モデルを積載し実験を行なった。

 装置の実用上の問題として,テーブルに積載した機器の弾性振動が制御系に連成しスピルオーバの要因になることが予想される。機器の動特性を把握することは一般に難しく,またその特性をつかんでも制御器の設計への適用は困難である。そこで本研究では,機器・テーブル系の弾性振動を把握するために,機器を積載した状態でモードプラントの同定を行なうことを提案している。これにより機器そのものの動特性は未知であっても制御対象としてその特性を把握することが可能となる。

 次に,研究では機器積載による除振性能の低下を回避することを目的に,制御対象に連成する機器・テーブル系のダイナミクスを前置補償器により成形し,その既約分解プラントにより制御器を設計する手法を検討している。これは,実プラントをシンプルなモデルへ近づけモデル化誤差を小さくするという視点から,前置補償器を用いて実プラントの連成ダイナミクスのキャンセリングを行ない,この理想化されたモデルを用いてコントローラを設計するものである。実機で使用するコントローラは設計したコントローラに補償器を乗算したものを用いる。これにより閉ループ系の整合性が保たれる。ただし,本手法は第3章の手法より前置補償器作成とコントローラを再構築する手順が増える。

 第4章で前置補償器の適用を検討した理由の一つは,第3章で示したテーブルの連成弾性振動をモデル化する方法では,積載機器により連成する弾性振動が増加するほどモデルの次数が拡大し,制御器の算出が容易にならないためである。もう一つは,積載機器とテーブルの弾性振動の連成があるプラントを低次関数によりモデル化した場合,主に高周波数帯域で位相とゲインの誤差が拡大してしまう理由による。このため,どうしても高周波数帯域での安定性能は制御器のロバスト性能に頼らざるを得なくなり,高い制御性能の獲得が困難となる。そこでここでは,高周波数帯域にあるテーブルの弾性振動の連成にも前置補償器の適用を行い高周波数帯域での誤差低減を図っている。

 第4章では,モデルマッチング手法とH(x)制御理論による制御性能の差を調べるために,実験による比較検討を行なっている。本研究では,両者の差異は見られなかった。

 第5章は「大型アクティブ微振動制御装置の半導体製造装置への適用」と題し,長さ3000mm,巾1800mm,質量約4000kgのテーブルをピエゾアクチュエータで支持した,大型微振動制御装置を製作し,現実に振動障害が生じているクリーンルーム内の半導体製造装置に適用している。微振動制御装置の適用以前,質量約2600kgの半導体製造装置はグレーチング上に直接設置されていた。このため室内の振動により半導体描画時に振動障害を生じ,描画装置本来の性能が確保できない状況にあった。そこで,本ピエゾアクチュエータを用いた大型微振動制御装置を適用したところ,ほぼ装置本来の描画性能を獲得することが可能となった。

 第6章は「結論」であり,以上の結果を総括したものである。

 本研究により,大型・複雑化した積載機器にも高い微振動制御性能を持つ,ピエゾアクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置が適用可能となり,今日その確保が難しい超低振動環境の提供が可能になるものと考える。

審査要旨

 本論文は、「ピエゾアクチュエータを用いたアクティブ微振動制御システムに関する研究」と題し、6章から構成されている。

 第1章は「序論」で、半導体製造設備等において要求される超低振動環境実現のためにアクティブ微振動制御システムが必要であること、また、そのシステム実現のためにピエゾアクチュエータの使用が有利であることを述べている。

 第2章は「3次元6自由度アクティブ微振動制御装置」と題し,機器・テーブル系を剛体として取り扱える場合のアクティブ微振動制御装置について述べている。700mm角のアルミ製テーブルを制御対象とした実験モデルを製作し,モデルマッチング法によって設計された制御器を用い、ピエゾアクチュエータによって高性能な3次元6自由度微振動制御が可能であることを示している。

 第3章は「弾性テーブルの動特性を考慮したアクティブ微振動制御手法」と題し,テーブルの大型化に伴う弾性振動を考慮した制御手法について述べている。長さ2000mm,巾1400mmのアルミ製テーブルの鉛直方向6点,水平方向4点をピエゾアクチュエータで支持した実験装置を用いて、第2章の剛体系を対象とした制御手法ではスピルオーバー不安定を生じる場合にも、高次の連成モードと制御ディバイスの動特性を反映した低次元化モデルを用いることによって,剛体とみなせる積載機器に対して,ロバスト安定な制御系となることを示している。

 第4章は「機器・テーブル系の弾性振動を考慮したアクティブ微振動制御手法」と題し,テーブルの大型化と積載機器の大型化・複雑化に伴う弾性振動を考慮した制御手法について述べている。実験は第3章で用いた実験装置に機器モデルを積載して行い、以下の制御手法の有効性を示している。

 機器を積載した状態で同定した機器・テーブル系の動特性を前置補償器により成形し,その既約分解プラントにより制御器を設計する。すなわち,実制御対象の動特性を前置補償器を用いて単純化モデルに変換し、そのモデルに対して制御器を設計する。ただし、実際に使用する制御器は設計した制御器に前置補償器を乗算したものとなる。なお、第4章では,制御器設計にモデルマッチング法とH無限大制御理論を用いて、実験による比較検討を行なっているが、本研究では両者の差異は見られていない。

 第5章は「大型アクティブ微振動制御装置の半導体製造装置への適用」と題し,長さ3000mm,巾1800mm,質量約4000kgのテーブルをピエゾアクチュエータで支持した大型微振動制御装置を製作し,クリーンルーム内の質量約2600kgの電子ビーム描画装置に適用し、良好な結果を得ている。すなわち、パターン描画に振動障害が生じていた電子ビーム描画装置に本微振動制御装置を適用することにより、描画装置本来の性能を発揮させることに成功している。

 第6章は「結論」であり,以上の結果を総括したものである。

 以上を要約すると、本論文は,今後ますます要求が高度化する超低振動環境を実現するためのアクティブ微振動制御システムとして、ピエゾアクチュエータを用いたアクティブ微振動制御装置の有効性を示すとともに、大型化・複雑化した機器・テーブル系の弾性振動を考慮し得る実用的な制御手法を開発し、その制御手法を用いたアクティブ微振動制御装置を実際の半導体製造設備に実用化させたものであり、本論文は、振動制御工学に寄与するところ大と思われる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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