学位論文要旨



No 213554
著者(漢字) 大森,良太
著者(英字)
著者(カナ) オオモリ,リョウタ
標題(和) レーザーマニピュレーションの特性と応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 213554
報告番号 乙13554
学位授与日 1997.10.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13554号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 高橋,浩之
 東京大学 助教授 岡本,孝司
内容要旨

 レーザーマニピュレーションはレーザー光の光放射圧を利用して、対象を遠隔的に操作する手法である。特に、Single-beam Gradient-force Optical Trap(以下では三次元的光トラップと呼ぶ)は、高開口数のレンズで集光された一本のレーザー光の光放射圧により、対象をビーム焦点近傍に三次元的に捕捉する手法であり、焦点位置を動かすことで、捕捉した粒子のマニピュレーションも可能である。本手法の特徴としては、非接触性や選択性などが挙げられ、対象の大きさは数十nmから数十mの範囲である。現在、細胞工学、マイクロマシン工学、マイクロ化学、微粒子の配列・加工などの分野における応用が活発に研究されている。

 本研究の内容は、1)三次元的光トラップ力の実験的および理論的解析、2)新しいレーザーマニピュレーションの手法と応用の開発、の2つのテーマに大別され、本論文の第2章から第4章は三次元的光トラップ力の特性解析に、一方、第5章と第6章は新しいレーザーマニピュレーションの手法と応用についての研究に充てられている。以下、各章の内容と主要な結果をまとめる。

 第1章は序論であり、レーザーマニピュレーションの基礎事項をまとめ、さらに本研究の背景と目的を明らかにした。

 第2章では、各種媒質中で粒径が2〜15mのポリスチレン粒子に作用する三次元的光トラップ力の測定を行い、粒径や媒質の屈折率の影響を解析した。これまで、三次元的光トラップ力の測定例は少なく、媒質は水に限定されていた。図1に示すように、d≧7mの領域では、光トラップ効率Qmin(負で小さいほど光トラップ力は大きい)は粒径にほぼ依存せず、幾何光学モデルによる予測と定性的に一致する傾向を示したが、d≦7mの領域では、粒径が小さくなるにつれ光トラップ力は急激に低下した。また、Qminの媒質の種類による大きな差は見られず、d≧7mの粒子の場合、光トラップ効率は5%以上の値が得られた。

図1 各種媒質中でのQminの粒径依存性

 第3章では、幾何光学モデルによる三次元的光トラップ力の数値シミュレーション解析を実施した。本モデルは、回折の効果を無視しており、粒径が波長よりも十分に大きい場合に妥当する。透明粒子に対する解析に加え、本モデルを粒子が吸収をもつ場合に拡張し、非透明粒子の三次元的光トラップ力の解析を実施した。図2にd=5mの粒子の水中でのQminの複素屈折率依存性を示す。また、ミクロンオーダーの金属微粒子に対しては、紫外から近赤外の入射レーザー光による三次元的光トラップの可能性は示されなかった。一方、幾何光学が十分妥当する粒径範囲において、三次元的光トラップ力の実験値は本モデルによる理論値の37〜55%であった。この比は、媒質が高粘度であるほど高く、光トラップの安定性に対する熱運動の影響が示唆された。

図2 水中でのQminの粒子の複素屈折率依存性

 第4章では、近年、光トラップ力の計算への適用が報告された一般化ローレンツ・ミー理論に基づき、透明粒子の三次元的光トラップ力解析を行った。さらに実験値や幾何光学モデルによる理論値と比較することにより、本モデルの有効性を検証した。図3に示すようにQminの大きさは、Rayleigh領域(粒径が数十nm程度)では粒径の3乗に比例し、また、ミクロンオーダーの領域ではほぼ一定になり、それぞれRayl eigh散乱理論、幾何光学理論による予測と定性的に一致した。またQminの媒質や粒子の屈折率への依存性に関しては、ほぼ幾何光学モデルによる結果と定性的に一致した。本モデルによる光トラップ力は、幾何光学モデルによる計算値や実験値よりも低かった。これは入射ビームを高開口数のレンズで絞った場合、本モデルで計算されるビーム拡がり角は実際の値よりも小さくなるためである。したがって、高開口数のレンズで絞ったビームが焦点近傍に形成する電磁場をより正確に記述する理論の開発が求められている。

図表

 第5章では、空気中での三次元的光トラップ手法を開発した。さらに、この手法を利用して、空気中での微粒子配列を実施した。三次元的光トラップは、これまで空気中では実証されておらず、その応用も液体中に制限されてきた。これは、空気中では微粒子を安定に分散させる方法がなく、微粒子が壁面に強く吸着するためである。本研究では圧電性セラミックスの音響振動を利用し、ガラスプレート表面に吸着しているシリカ粒子を浮遊させることにより、空気中での三次元的光トラップに初めて成功した。d=3.0-5.0mのシリカ粒子に対し、30分以上安定なトラップが確認された。また、粒径が5.0mの粒子に対して光トラップ効率はQmin<-0.01と評価された。さらに、対物レンズの焦点位置や顕微鏡ステージを動かすことにより、光トラップした粒子の三次元的な移送にも成功した。空気中では、移送の際に粒子に作用する粘性力が水中より小さく、移送は比較的容易であった。一本のレーザー光の光放射圧のみに依存する本手法は、既存の空気中での光トラップ手法と比較し、操作性や光トラップの安定性で優れていると考えられる。さらに、本手法を用いたシリカ粒子の二次元的および三次元的配列に成功した。配列中の粒子は互いに強く吸着し、図4に示すような三次元的配列も非常に安定であった。

図4 シリカ粒子の空気中での三次元的配列

 第6章では、レーザーマニピュレーショシの核燃料粉末の遠隔操作への応用についての研究を実施した。核燃料粉末やその他の放射性物質は作業員被ばくの低減の観点から遠隔的な操作が望まれている。そこで二酸化ウランおよび二酸化トリウム粉末を含む種々の金属酸化物粉末の水中での光トラップ実験を実施した。さらにレーザー光の散乱力による核燃料粉末の遠隔的回収の基礎研究として、空気中での模擬粉末を用いた回収実験及び二酸化ウラン粉末に作用する光放射圧の数値シミュレーション解析を実施した。以上の結果、三次元的光トラップはヘリウムネオンレーザーを用いた場合には二酸化トリウム粉末を含む屈折率が2.2程度の粉末まで観察された。また、レーザー光の散乱力を利用した空気中での粉末の回収原理を二酸化マンガン粉末と銅粉末に対して実証した。この現象は開口数が比較的小さいレンズで照射ビームを絞ったときにも観察された。さらに、一般化ローレンツ・ミー理論に基づく数値シミュレーション解析の結果、焦点距離の長いレンズで入射レーザー光を集光した場合でも、二酸化ウラン粉末に作用する光放射圧はビーム中心軸方向を向くと予想され、これにより、焦点距離の長いレンズを用いた広範囲に及ぶ二酸化ウラン粉末の効率的回収の可能性が示された。

 以上をまとめると、本研究では、実験と数値シミュレーションにより、三次元的光トラップ力に関する定性的および定量的な知見を得た。また、空気中での三次元的光トラップに成功し、微粒子の配列への応用を実証した。さらに、核燃料粉末の遠隔的操作システム構築のための基礎的な知見を得た。これらは、レーザーマニピュレーションの物理の解明とその工学的な利用に役立つものと期待される。

審査要旨

 本論文は、微粒子や生体細胞などの非接触的操作手法として近年大きな注目を集めているレーザーマニピュレーション、特に、最も活発に研究がなされ、多くの応用が期待されている三次元的光トラップ(Single-beam Gradient-force Optical Trap)の特性解析と応用に関する研究の成果をまとめたものである。

 レーザーマニピュレーションを応用したシステムを設計する上で、対象に作用する光放射圧を定量的に把握することが重要であるが、三次元的光トラップ力の実測例は少なく、高精度かつ系統的なデータの取得が必要とされている。また、三次元的光トラップ力の解析モデルについては、その適用妥当性やモデル間の相補性を明らかにする必要がある。一方、新しいレーザーマニピュレーションの手法や応用の開発研究も現在活発になされているところであるが、特に、空気中での三次元的光トラップの成功例はなく、このためレーザーマニピュレーションの応用が制約されている。以上の背景をふまえ、本論文は、1)三次元的光トラップ特性の実験的および理論的解析、2)新しいレーザーマニピュレーションの手法と応用の開発、の2つのテーマを扱っており、全7章で構成されている。

 第1章は序論であり、レーザーマニピュレーションの概要、応用分野、既往の研究、さらには本研究の目的を述べている。

 第2章では、各種媒質中におけるミクロンオーダーのポリスチレン粒子に作用する三次元的光トラップ効率の測定結果を示し、粒径や屈折率の影響について論じており、光トラップ効率は粒径の増加とともに向上した後、徐々に一定になり幾何光学モデルによる予測と一致すること、媒質の種類による顕著な相違は見られないことなどを主な知見として示している。本測定値は種々の条件下での三次元的光トラップ力を見積もる上で有益なものである。

 第3章では、幾何光学モデルによる三次元的光トラップ力の数値シミュレーション解析を扱っている。本モデルは幾何光学に基づいており、粒径が波長に比して十分に大きい場合に妥当する。従来の幾何光学モデルを粒子が吸収を持つ場合に拡張し、透明粒子のみならず金属や半導体などの非透明粒子に対する三次元的光トラップ力を解析し、各種パラメータの影響を議論している。さらに、三次元的光トラップが可能な粒子の複素屈折率の範囲を明らかにし、空気中におけるシリカ粒子などの三次元的光トラップの可能性を示唆している。

 第4章では、近年提唱された一般化ローレンツ・ミー理論に基づく三次元的光トラップ力の数値シミュレーション解析を扱っている。本理論は波動光学に基づいており、原理的には量子論的取り扱いを必要としない限りいかなる大きさの粒子に対しても適用可能である。本章では透明粒子の三次元的光トラップ力に対するビームスポット径や粒径などの影響を解析するとともに、実験値や幾何光学モデルによる理論値との比較を通じ、本モデルの適用限界ならびに幾何光学モデルに対する包絡性を考察した結果、強く集光したガウシアンビームの焦点近傍に形成される電磁場をより正確に記述する理論の開発を今後の課題としてあげている。

 第5章では、空気中での三次元的光トラップ手法の開発と微粒子配列への応用について扱っている。空気中での三次元的光トラップの実証をこれまで阻んできた問題点を述べた後、本手法の概要や観察された光トラップ特性についてまとめている。さらに本手法を用いたシリカ粒子の二次元的および三次元的配列を実証している。本手法は重力など光放射圧以外の力に依存しないこと、対象粒子にはビーム焦点位置に向かう復元力が働くことなどから、既往の空気中での光トラップ手法と比べ、操作性やトラップの安定性において優れていると考えられる。

 第6章では、レーザーマニピュレーションの核燃料粉末の遠隔的回収への応用について扱っている。はじめに、二酸化ウランおよび二酸化トリウム粉末を含む種々の金属酸化物粉末の水中での光トラップ特性を実験的に解析している。さらに、これまでに得られた知見を総合し、レーザー光の散乱力による核燃料粉末の遠隔的回収の方法を考案し、これを模擬粉末を用いて実証している。また、想定される回収条件下において二酸化ウラン粉末に作用する光放射圧を一般化ローレンツ・ミー理論により解析し、焦点距離の長いレンズを用いた広範囲に及ぶ二酸化ウラン粉末の効率的回収の可能性を示している。

 第7章は結論であり、本研究で得られた新しい成果がまとめられている。

 以上を要するに、本研究は、三次元的光トラップ力の特性を実験および理論解析により明らかにし、空気中での三次元的光トラップおよび本手法による微粒子配列を初めて実証し、さらに、光放射圧による核燃料粉末の遠隔的回収の可能性を示したもので、レーザーマニピュレーション技術の利用を促進する上で有益な知見を提供しており、システム量子工学、特にシステム設計工学の発展に寄与するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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