学位論文要旨



No 213558
著者(漢字) 執印,康裕
著者(英字)
著者(カナ) シュウイン,ヤスヒロ
標題(和) 土壌水分変化が樹木根系の土質強度補強効果に与える影響評価に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 213558
報告番号 乙13558
学位授与日 1997.10.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13558号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,猛彦
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 助教授 鈴木,雅一
 東京大学 助教授 芝野,博文
内容要旨

 本研究は、降雨を誘因として発生する表層崩壊に対して発揮される樹木根系の土質強度補強効果に関して、実験的に検討したものである。

 これまでの自然斜面における表層崩壊に関する研究は大きく以下の3種に分類される。

 1)降雨による表層崩壊発生予測に関する研究,

 2)土壌水分変化が土質強度に与える影響の研究,

 3)樹木根系の崩壊防止機能評価に関する研究

 1)の研究は主として斜面土層内の地下水位変動を予測することを主眼として、飽和-不飽和浸透の数値計算技法を用いて行われる。この種の研究では表層崩壊発生を予測するのに必要な土質強度特性の変化を、地下水位の上昇による有効応力の減少として捉えているものが多い。この背景として降雨の飽和-不飽和浸透の数値計算が強度の非線形性を有しているため、土質強度に関しては単純な線形問題として処理されることが挙げられる。その意味において、1)の研究の大半は表層崩壊の発生予測の研究というよりは寧ろ,飽和-不飽和浸透の数値計算技法の研究として位置づけられるものである。土の強度特性が有効応力原理と一致すべきものであれば、1)の研究で表層崩壊発生時間を予測する問題の殆どは解決されるが、実際の土質強度特性は水分状態の違いによって変化する。この問題を解決するために2)の研究が従来より土質工学の分野において「不飽和土の強度問題」として研究されてきている。しかしながら実験的に不飽和土の強度を評価する場合、従来の試験条件の大半が高拘束圧条件下で実施されているために、表層崩壊に対応した低拘束圧条件下での評価が未だ充分になされていないのが現状である。3)の研究に関しては、樹木根系等を含んだ土質強度試験の殆どが飽和水分条件で行われているため、崩壊発生時での根系の土質強度補強効果の評価は可能なものの、表層崩壊発生予測に不可欠な不飽和から飽和状態に向かう土壌水分変化が根系の土質強度補強効果に与える影響評価が行われていない。

 そこで本研究においては、上記の問題点を解決するための新型一面せん断試験機(図1参照)を開発し、本試験機によって

 1)土壌水分変化が土質強度特性に与える影響

 2)土壌水分による土質強度特性変化が根系による土質強度補強効果に与える影響

 についての評価を行った。開発された新型一面せん断試験機は以下の性能を有する。

 (1)表層崩壊に対応した低垂直応力条件下でのせん断試験が可能

 (2)せん断面の土壌水分制御が可能

 (1)においては通常のせん断箱サイズよりも大型のものを採用し、箱側面の摩擦の影響を極力少なくすることで実現した。垂直応力範囲は約40から150g/cm2である。またせん断箱サイズを大型化することにより、1)摸擬根系等の挿入が容易であること,2)自然斜面におけるせん断試料の不均一性をある程度まで排除出来ること,の利点を有する。(2)に関しては定水位タンクの位置によって自由水面位置を調整させることで、せん断面でのサクション制御を実現した。

図1 新型一面せん断試験機

 最初に新型一面せん断試験機の性能評価を目的として、豊浦標準砂をせん断試料に用いて既往のせん断試験機との比較を行った。その結果、両者は良好な適合度を示し本試験機で土質強度定数を取得することの妥当性が確認された。またせん断面のサクションが土質強度定数に与える影響を評価した結果、以下のことが確認された。

 (1)内部摩擦角はサクション変化の影響を受けず、ほぼ一定であること。

 (2)みかけの粘着力はサクションに対して鋭敏に反応し、標準砂の限界毛管水頭である-29cmH2O付近で最大となること。

 (3)サクションの増加に伴うみかけの粘着力の増分変化は、有効応力原理を不飽和域に拡張した場合に評価される増分よりも大きく、砂粒子の集合体としての土体の物性が変化している可能性が示唆された。

 次に、本研究で開発された新型一面せん断試験機を用いて、森林地斜面の土壌水分変化が土質強度定数に与える影響評価を行った。結果を次に示す。

 (1)内部摩擦角はサクション変化の影響を受けず、ほぼ一定であること。

 (2)みかけの粘着力はサクションの増加に対して増大し、試料土の限界毛管水頭である-2.5cmH2O以上のサクションにおいても減少傾向にないこと。

 (3)みかけの粘着力のサクションに対する変動は標準砂によるものよりも大きく、粘性土としての性質が強く表れていることを確認した。

 次に、土壌水分変化が樹木根系による土質強度補強効果に与える影響を評価することを目的として、豊浦標準砂中に摸擬根系としての竹串24本(直径2.6mm,長さ10cm),及びナイロンネット5枚(厚さ0.5mm,幅10cm,長さ15cm)をせん断面に対して鉛直に挿入し、新型一面せん断試験機による土質強度試験を行った。結果を以下に示す。

 (1)竹串,ネットを挿入することによる土質強度補強効果は、土質強度定数のみかけの粘着力,内部摩擦角の両成分に出現した(図2参照)。

 (2)竹串,ネットの土壌水分変化に対する土質強度補強効果は、みかけの粘着力成分に影響を与え内部摩擦角に対しては一定の増分を示した。(図2参照)。

 (3)土壌水分変化に対応したみかけの粘着力成分に対する補強効果は、竹串の場合、標準砂の限界毛管水頭付近で最大となり、以後減少傾向を示した。ネットにおいては限界毛管水頭付近までみかけの粘着力成分は直線的に増加し、以後ゆるやかな上昇傾向を示した(図2参照)。

 (4)竹串,ネットの土質強度補強効果に及ぼす影響の違いは一面せん断試験における水平変位-せん断応力増分の出現過程の違いとして認識された。すなわち竹串では、水平変位の初期段階からせん断応力の増分が出現するのに対し、ネットの場合、一定の水平変位(5-6mm)に達してはじめてせん断応力の増分が出現した(図3参照)。

図2:摸擬根系の土質強度補強効果にせん断面のサクションが与える影響

 最後に一面せん断試験結果より得られる摸擬根系としての竹串,ネットの土質強度補強効果の土壌水分依存性に対してモデル化を行った。本モデルは基本的に摸擬根系の挿入による水平変位-せん断応力増分過程を説明するものである。また従来の根系補強モデルは根系の引張応力及び根系と土粒子との接線摩擦力によって補強効果を説明しているが、従来型モデルでは、水平変位初期段階におけるせん断応力増分過程を説明しえないこと等を考慮して、従来型モデルとは異なる機構でせん断応力増分が生じている可能性をモデルによって考察した。本モデルは、以下に示す側方流動を示す軟弱地盤中に挿入されたタワミ性のクイ挙動の理論式を基本としている。

 

 である。ここで上式中の地盤変形係数Esyに応じて指数関数的に減少するとの単純な仮定をもうけて

 

 としてモデル計算を行った。モデルによる計算結果は、水平変位-せん断応力増分過程の実測値と良好に適合するものであった(図3中の実線部分)。

図3水平変位-せん断応力増分関係の実測値とモデル計算値との比較

 また摸擬根系の土質強度補強効果の土壌水分依存性に関しては、

 (1)土の物性を反映しているモデルパラメータEs0の変化によって説明されること,

 (2)一面せん断試験においては、モデルパラメータEs0の変化が、垂直応力,及びサクションの関数として表現されること,

 から、土の物性と摸擬根系の物性(弾性係数)との相互作用の結果として,土質強度補強効果が表れることを本モデルより明らかにした。

審査要旨

 本論文は、降雨を誘因として発生する表層崩壊を樹木根系が防止する機能に関して、(1)土壌水分変化が斜面の土質強度特性に与える影響と、(2)土壌水分による土質強度特性変化が根系による土質強度補強効果に与える影響について、実験的に検討したものである。

 第2章においては、これまでの降雨による表層崩壊発生予測に関する研究、土壌水分変化が土質強度に与える影響の研究、樹木根系の崩壊防止機能評価に関する研究をレビューし、表層崩壊発生機構の解明のためには低拘束圧条件下での土質強度試験が必要であることと、表層崩壊発生予測に不可欠な不飽和から飽和に向かう土壌水分変化が根系の土質強度補強効果に与える影響の評価が行われていないことを指摘した。

 第3章では、本研究の目的を達成するため、表層崩壊に対応した低拘束圧条件下で、しかもせん断面の土壌水分制御が可能な大型一面せん断試験機を開発し、豊浦標準砂を用いてせん断試験を行い、従来のせん断試験機と同様の試験結果が得られることを示すとともに、せん断面のサクションが土質強度定数に与える影響として、(1)内部摩擦角はサクションの影響を受けない、(2)みかけの粘着力はサクションに対して鋭敏に反応し、標準砂の限界毛管水頭付近で最大となる、等を示した。さらに、(3)サクションの増加に伴うみかけの粘着力の増加量は、有効応力原理を不飽和領域に拡張した場合に評価される増加量より大きく、砂粒子の集合体としての土体の物性自体が変化している可能性が示唆されるという極めて重要な事実を指摘した。

 第4章では、上記大型一面せん断試験機を用いて、森林地斜面の土壌水分変化が土質強度定数に与える影響の評価を行い、(1)内部摩擦角は標準砂の場合と同様にサクションの影響を受けず一定である、(2)みかけの粘着力はサクションの増加とともに増大し、限界毛管水頭付近で最大となるが、その後も減少しない、(3)みかけの粘着力の増加は標準砂の場合よりも大きく粘性土としての性質が強い、等の結果を見いだした。

 第5章では、土壌水分変化が樹木根系による土質強度補強効果に与える影響を評価することを目的として、豊浦標準砂に模擬根系としての竹串とナイロンネットを挿入して行った、大型一面せん断試験機を用いた実験により、(1)竹串とネットの土質強度補強効果は、共に、みかけの粘着力と内部摩擦角の両成分に発現した、(2)竹串とネットの土壌水分変化に対する土質強度補強効果は、みかけの粘着力成分に影響を与え、内部摩擦角に対しては一定値の変化にとどまった、(3)そのみかけの粘着力成分に対する影響は、竹串では標準砂の限界毛管水頭付近で最大となり、以後減少し、ネットでは同付近まで直線的に、以後緩やかに上昇した、(4)竹串とネットの土質強度補強効果に及ぼす影響の違いは、一面せん断試験における水平変位に対するせん断応力増加分の出現過程の違いとして認識できる、すなわち、竹串では最初からせん断応力の増加が認められるが、ネットでは一定の水平変位に達した後増加が現れる、等の知見を得た。

 最後に第6章では、模擬根系として挿入した竹串とネットの土質強度補強効果の土壌水分依存性を、側方流動を示す軟弱地盤中に挿入されたタワミ性のクイの挙動を記述する理論式を基本としてモデル化し、模擬根系の水平変位に対するせん断応力増加過程を明快に説明した。

 以上要するに本論文は、新たに開発した大型一面せん断試験機を用いて、土壌水分変化による土質強度特性変化が樹木根系による土質強度補強効果に与える影響を実験的に解析し、初めて、土壌水分変化、樹木根系特性、土質強度特性の関係を一体として明らかにしたものであり、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、博士(農学)の学位論文として十分な価値を有するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51061