学位論文要旨



No 213559
著者(漢字) 上桐,和磨
著者(英字)
著者(カナ) カミギリ,カズマ
標題(和) 新規抗MRSA抗生物質に関する研究
標題(洋)
報告番号 213559
報告番号 乙13559
学位授与日 1997.10.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13559号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 助教授 片岡,宏誌
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 早川,洋一
内容要旨

 数々の優れた抗菌剤の登場により「一般細菌感染症はもうほとんど片づいた」といわれる一方で、高度医療の普及から白血病や癌等の免疫機能の低下した患者、高度熱傷の患者、寝たきり老人、あるいは未熟児等、いわゆる"compromised host"が増加しており、逆に複雑性、難治性感染症がますます重要視されてきている。こうした院内感染の中で現在、発生率が最も高いものがメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(ethicillin-esistant taphylococcus ureus)、いわゆるMRSAである。

 広範囲な抗菌スペクトラムをもつ抗菌剤が、これまで数多く上市され、臨床において安易に使用されてきたことが今日のMRSAを生み出したという教訓から、我々はMRSAを含むS.aureusに対して「選択的に」抗菌活性を示すような新規抗生物質を探索した。インドネシア西カリマンタン島の土壌から分離された微生物の2次代謝産物を探索源としてスクリーニングを行った結果、多剤耐性MRSA含むS.aureusに対して強い抗菌活性を示す3種の新規化合物を発見するに至った。

1.カリマンタシン

 インドネシアの西カリマンタンの土壌より分離されたYL-02632S株の培養液より、多剤耐性菌を含む黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)及び表皮ブドウ球菌(S.epidermidis)に対する抗菌活性を見いだした。YL-02632S株はその分類学的性状によりAlcaligenes属に分類した。カリマンタシンの生産に際しては、ジャーファメンターを使用して本菌株を28℃、2日間培養した。カリマンタシンの精製に関しては、培養上清液18LをダイヤイオンHP-20カラムクロマトグラフィーに供し、溶媒分画を繰り返した後、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー、ODS高速液体クロマトグラフィーを用いて単離を行った。その結果、純品のカリマンタシンA、B及びCがそれぞれ20、2及び1mg得られた。カリマンタシンAは、多剤耐性菌を含むS.aueres及びS.epidermidisに対して強い抗菌力(0.2g/ml)を示した。カリマンタシンBは、カリマンタシンAに比べて1/4倍程度の活性を、カリマンタシンCは、カリマンタシンAの1/2-1倍程度の活性をそれぞれ示した。また、P388細胞及びHeLa S3細胞に対するカリマンタシンAのIC50値はそれぞれ35、50g/mlであった。カリマンタシンAのS.aureus 209Pに対する抗菌様式は、静菌的であった。マウス腹腔内感染症に対するカリマンタシンAの治療効果は、薬剤の腹腔内投与においてバンコマイシンと同等の効果を示したが、本化合物の皮下投与においては、バンコマイシンに大きく劣った。この原因は、カリマンタシンAの血漿タンパクへの結合率が高いためと判断した。カリマンタシンAの構造解析においては、高分解能FABマススペクトルよりm/z549.3535に(M+H)+のピークが観測されたことから分子式をC30H48N2O7と決定した。赤外吸収スペクトルにおける3365cm-1の吸収より水酸基或いはアミノ基の存在が、また1640cm-1の吸収よりアミド基の存在が示唆された。1H-1H DQF COSY、HOHAHA、HMBC実験及びFAB-MSのB/Eリンクトスキャンにより、カリマンタシンAの構造が明かとなった。カリマンタシンB及びCは、カリマンタシンAの構造をもとにしてマススペクトルおよび各種NMRの測定結果からその構造を決定した。

 

2.YM-30059

 インドネシアの西カリマンタンの土壌より分離されたYL-02729S株の培養液より、多剤耐性菌を含むS.aureus及びS.epidermidisに対する抗菌活性を見いだした。YL-02729株は、その分類学的性状からArthrobacter属に分類した。YM-30059の生産に際しては、本菌株を三角フラスコにて28℃、3日間振盪培養した。YM-30059の精製に関しては、培養上清液2.5Lを溶剤抽出後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー、ODS高速液体クロマトグラフィーを用いて単離を行い、純品を14mg得た。YM-30059は、多剤耐性MRSA及びMRSEを含むStaphylococcus属及びBacillus属に対して6.25g/mlの抗菌力を示した。一方、HeLa S3細胞に対するIC50値は0.59g/mlであった。YM-30059の構造解析においては、高分解能FABマススペクトルより/z300.1964に(M+H)+のピークが観測されたことから、YM-30059の分子式をC19H25NO2と決定した。赤外吸収スペクトルにおける3418cm-1の吸収より水酸基の存在が、また1729cm-1の吸収よりカルボニル基の存在が示唆された。HMBC実験による遠隔スピン結合からYM-30059の構造が明かとなった。

 

3.YM-32890

 インドネシアの西カリマンタンの土壌より分離されたYL-02905S株の培養液より、多剤耐性菌を含むS.aureus及びS.epidermidisに対する抗菌活性を見いだした。YL-02905S株はその分類学的性状からCytophaga属に分類した。YM-32890の生産に際しては、本菌株を三角フラスコにて27℃、2日間振盪培養した。YM-30059の精製に関しては、培養液2.5Lをアセトン抽出し、続けて酢酸エチル抽出して、シリカゲルカラムクロマトグラフィー、ODS高速液体クロマトグラフィーを用いて単離を行い、YM-32890A及びBの純品をそれぞれ70、30mg得た。YM-32890Aは多剤耐性MRSAを含むS.aureus及びS.epidermidisに対して選択的に抗菌活性を示した(0.05-1.6g/ml)。一方、YM-32890Bはいずれの菌に対しても抗菌活性を示さなかった(>100g/ml)。またL1210細胞に対するYM-32890A及びBのIC50値は、それぞれ15.7、70.0g/mlであった。YM-32890A及びBの構造解析において、高分解能FABマススペクトルより分子式をC33H48O6と決定した。赤外吸収スペクトルにおける3368cm-1の吸収より水酸基の存在が、また1721cm-1の吸収よりカルボニル基の存在が示唆された。さらに1H-1H DQF COSY、及びHMBC実験を行い、YM-32890A及びBの構造を明らかにした。

 

 以上述べたように、MRSAに対して選択的に作用する抗生物質の探索を目的としたスクリーニングの過程で3化合物を発見した。いずれの化合物も新規物質であり、特にカリマンタシンとYM-32890はこれまでに報告されたことのない新規骨格を有していた。カリマンタシンとYM-32890は選択毒性に優れ(100倍程度)、抗MRSA剤の有力なリード化合物になり得ると考えている。また、YM-30059に関しては、他の生理活性が期待される。

審査要旨

 数々の優れた抗菌剤の登場により、一般細菌感染症に関する問題は解決されたと思われていたが、その後の耐性菌の出現によって従来使用されていた薬剤が効果を示さなくなり、臨床上問題となっている。そのなかでもメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による院内感染は、最も深刻な問題である。MRSAにはバンコマイシン系の薬剤が効果を示すが、毒性が強いため新しい薬剤の開発が求められている。

 このような背景に基づき、MRSAを含むStaphylococcus aureusに対して選択的に抗菌活性を示す新規抗生物質を探索した結果、インドネシア西カリマンタン島の土壌から分離した細菌の代謝産物より、MRSAに対して強い抗菌活性を示す3種の新規化合物を発見した。本論文は、これら新規抗MRSA抗生物質の生産菌の分離、同定、発酵生産、ならびに新規抗MRSA抗生物質の単離精製、構造決定、生物活性の検討を行ったものであり、3章より成る。

 第1章は、カリマンタシン(KM)生産菌の分離、同定、発酵生産、ならびにKMの単離精製、生物活性、理化学的性状及び構造決定について述べている。生産菌YL-02632S株はその分類学的性状によりAlcaligenes属に分類した。本菌株を28℃、2日間培養し、各種クロマトグラフィーによりKM-A、KM-B、KM-Cを精製した。KM-Aは、MRSAに対して強い抗菌力(MIC=0.2g/ml)を示した。またKM-BおよびKM-Cは、KM-Aに比べて1/4ないし同程度の活性を示した。マウス腹腔内感染症に対して、KM-Aは腹腔内投与した場合、バンコマイシンと同等の効果を示したが、皮下投与における効果は、バンコマイシンに大きく劣っていた。KM-Aの構造は、各種NMR実験及びFAB-MSのB/Eリンクドスキャンにより、図示するように決定した。KM-B及びKM-Cは、KM-Aの構造をもとにして、マススペクトルと各種NMRスペクトルの解析からその構造を決定した。

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 第2章は、YM-30059物質の生産菌の分離、同定、発酵生産、ならびに単離精製、構造決定、生物活性について述べている。生産菌YL-02729S株は、その分類学的性状からArthrobacter属に分類した。本菌株を28℃、3日間培養し、各種クロマトグラフィーによりYM-30059物質の精製を行った。YM-30059物質は、MRSAに対してMIC=6.25g/mlの抗菌力を示した。マススペクトルおよびHMBC実験による遠隔スピン結合の解析から、その構造を図示するように決定した。

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 第3章は、YM-32890物質の生産菌の分離、同定、発酵生産、ならびに単離精製、生物活性、構造決定について述べている。生産菌YL-02905S株はその分類学的性状からCytophaga属に分類した。本菌株を27℃、2日間培養し、各種クロマトグラフィーを用いて精製を行った。YM-32890AはMRSAに対して選択的に抗菌活性を示したが(MIC=0.05-1.6g/ml)、YM-32890Bはいずれの菌に対しても抗菌活性を示さなかった。YM-32890A及びBの構造は、各種のNMR実験により、図示するように決定した。

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 以上、本論文は、MRSAに対して選択的に作用する抗生物質カリマンタシン、YM-30059及びYM-32890物質の生産菌の分離、同定、発酵生産、ならびにこれら物質の単離精製を行ない、生物活性及び構造について明らかにしたものであって、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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