数々の優れた抗菌剤の登場により、一般細菌感染症に関する問題は解決されたと思われていたが、その後の耐性菌の出現によって従来使用されていた薬剤が効果を示さなくなり、臨床上問題となっている。そのなかでもメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による院内感染は、最も深刻な問題である。MRSAにはバンコマイシン系の薬剤が効果を示すが、毒性が強いため新しい薬剤の開発が求められている。 このような背景に基づき、MRSAを含むStaphylococcus aureusに対して選択的に抗菌活性を示す新規抗生物質を探索した結果、インドネシア西カリマンタン島の土壌から分離した細菌の代謝産物より、MRSAに対して強い抗菌活性を示す3種の新規化合物を発見した。本論文は、これら新規抗MRSA抗生物質の生産菌の分離、同定、発酵生産、ならびに新規抗MRSA抗生物質の単離精製、構造決定、生物活性の検討を行ったものであり、3章より成る。 第1章は、カリマンタシン(KM)生産菌の分離、同定、発酵生産、ならびにKMの単離精製、生物活性、理化学的性状及び構造決定について述べている。生産菌YL-02632S株はその分類学的性状によりAlcaligenes属に分類した。本菌株を28℃、2日間培養し、各種クロマトグラフィーによりKM-A、KM-B、KM-Cを精製した。KM-Aは、MRSAに対して強い抗菌力(MIC=0.2g/ml)を示した。またKM-BおよびKM-Cは、KM-Aに比べて1/4ないし同程度の活性を示した。マウス腹腔内感染症に対して、KM-Aは腹腔内投与した場合、バンコマイシンと同等の効果を示したが、皮下投与における効果は、バンコマイシンに大きく劣っていた。KM-Aの構造は、各種NMR実験及びFAB-MSのB/Eリンクドスキャンにより、図示するように決定した。KM-B及びKM-Cは、KM-Aの構造をもとにして、マススペクトルと各種NMRスペクトルの解析からその構造を決定した。 第2章は、YM-30059物質の生産菌の分離、同定、発酵生産、ならびに単離精製、構造決定、生物活性について述べている。生産菌YL-02729S株は、その分類学的性状からArthrobacter属に分類した。本菌株を28℃、3日間培養し、各種クロマトグラフィーによりYM-30059物質の精製を行った。YM-30059物質は、MRSAに対してMIC=6.25g/mlの抗菌力を示した。マススペクトルおよびHMBC実験による遠隔スピン結合の解析から、その構造を図示するように決定した。 第3章は、YM-32890物質の生産菌の分離、同定、発酵生産、ならびに単離精製、生物活性、構造決定について述べている。生産菌YL-02905S株はその分類学的性状からCytophaga属に分類した。本菌株を27℃、2日間培養し、各種クロマトグラフィーを用いて精製を行った。YM-32890AはMRSAに対して選択的に抗菌活性を示したが(MIC=0.05-1.6g/ml)、YM-32890Bはいずれの菌に対しても抗菌活性を示さなかった。YM-32890A及びBの構造は、各種のNMR実験により、図示するように決定した。 以上、本論文は、MRSAに対して選択的に作用する抗生物質カリマンタシン、YM-30059及びYM-32890物質の生産菌の分離、同定、発酵生産、ならびにこれら物質の単離精製を行ない、生物活性及び構造について明らかにしたものであって、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |