学位論文要旨



No 213561
著者(漢字) 武内,巧
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,タクミ
標題(和) 末梢性免疫寛容におけるTh2様効果細胞の選択的活性化
標題(洋)
報告番号 213561
報告番号 乙13561
学位授与日 1997.10.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13561号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 原澤,亮
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 講師 瀧,伸介
内容要旨

 近年、マウスT helper細胞がサイトカイン産生パターンによりTh1/Th2細胞に分けられた。Th1細胞はIL-2.IFN-を産生し、抗腫瘍作用、移植片拒絶を初めとする細胞性免疫の発現に重要である。またTh2細胞はIL-4.IL-5.IL-6.IL-10を産生し、おもにB細胞ヘルプを行い、アレルギー疾患と深く関与している。Th1/Th2細胞間のおそらくTh1/Th2サイトカイン放出によるであろう相互拮抗作用が示されている。即ちTh1はTh2を抑制し、Th2はTh1を抑制する。Th1 CD4+細胞やCD8+T効果細胞によって局所に引き起こされる遅延型過敏反応(DTH)はアログラフトに対し障害をもたらす。DTHの選択的抑制によりアログラフトが生着することから、アロ抗原に対する末梢性寛容はTh2細胞の選択的活性化と関わっているという考えを想定しうる。今回移植寛容の誘導及び維持への相互拮抗的活性を示すTh1,Th2 T細胞バランスの関与を検討した。

1.DST、抗CD4抗体、CsA投与によるアログラフト生着延長/寛容導入

 イソグラフトの心移植(C3H→C3H)では200日以上拍動していた。一方無処置C3H/HeJレシピエントにおける組織非適合性のC57BL/10の移植心の平均生着期間は6.75±0.5日であった。移植2週間前に、ドーナーのヘパリン化血0.3mlを輸血したC3HにてはC57BL/10移植心は100日以上拍動し続けた。同様に抗CD4抗体投与(10g/匹x5日間)により移植心の生着が100日以上に延びた。CsAを投与したレシピエントでは14日間の観察期間中に拒絶されたグラフトはなかった。

2."寛容誘導"の移植心、脾臟におけるサイトカイン発現に対する効果

 IFN- mRNAは、イソグラフト移植心から得たRNAのノーザンブロットでは検出されなかったが、移植後5日目の拒絶されつつあるアログラフトで最も強く、移植前DSTを受け寛容導入されたレシピエントや高量(100g/匹x5日)抗CD4抗体投与を受けたレシピエントの移植心では減少していた。CsA投与されたマウスでは移植後4日目にはIFN- mRNAが検出されたがその後は検出されなくなった。IFN- mRNAのin situでの発現には低量(10g/匹x5日)の抗CD4抗体投与は影響しなかった。このレシピエントのグラフトでは移植後14日間にもIFN- mRNAが検出された。すべてのレシピエントの脾臓ではIFN-やIL-2 mRNAの誘導は認められなかった。

 イソグラフトRNAでのRT-PCRではIL-2は検出できなかった。移植後4-7日のアロ移植心RNAでのRT-PCRでは、IL-2mRNAが豊富に検出された。DSTを行ったレシピエントの移植心のRNAからは無処置のアロ移植心より少量のIL-2 mRNAが検出された。サイクロスポリンは移植後のアロ移植心IL-2 mRNAの発現を抑制した。同様に高量抗CD4抗体投与ではアロ移植心のIL-2 mRNA発現を抑制したが、低量投与では抑制しなかった。

 IL-4 mRNAはRT-PCRによりイソグラフト及びそのレシピエント脾臓では検出できなかった。移植後5-7日の急性拒絶反応期にアロ移植心では検出されたがレシピエントの脾臓では検出されなかった。DSTにより寛容となったレシピエントの移植心と脾臓でのIL-4 mRNAは、移植後14日目まで経時的に増加した。CsA投与、低量抗CD4抗体投与レシピエントでは移植心、脾臓ともIL-4の相対的量は増加した。高量抗CD4抗体投与レシピエントから得たアロ移植心では、移植後5日目にIL-4 mRNAを検出できなかったが脾臓では検出できた。

 IL-10 mRNAはイソグラフトでは検出できなかったが、急性拒絶反応期にアロ移植心とそのレシピエントの脾臓において認められた。IL-10 mRNAはDST施行レシピエントのアロ移植心および脾臓に存在した。CsAを投与されたレシピエントのアロ移植心および脾臓では早期にはIL-10 mRNAが豊富に検出されたが、14日目には移植心ではそのままのレベルを維持したが、脾臓では検出されなくなった。低量抗CD4抗体投与レシピエントではIL-10 mRNAは特に脾臓で増強された。高量抗CD4抗体投与ではアロ移植心では抑制したが、脾臓ではIL-10 mRNAは維持された。

3.移植寛容におけるFcR陽性細胞の関与を検討するための細胞移入実験

 C57/BL10の移植心は無処置C3Hレシピエントにおいて6.75±0.5日で拒絶された。移植心生着は680rad照射された同様の組み合わせでは69±36日に延長したが、正常C3Hからの脾細胞を注入し再構成したものでは18.2±1.1日で拒絶された。DSTにより50日以上C57/BL10の移植心が機能している寛容C3H(C3HT)からのMCと共に正常C3Hからの細胞を移入されたレシピエントでは、グラフト生着は100.8±12.4日と延長した。しかしFcR陽性細胞を除去したC3HTからの脾細胞と正常C3Hからの脾細胞にて再構成した場合は11日でグラフトが拒絶された。正常C3Hの脾細胞とFcR陽性細胞除去をされたC3HTの脾細胞にて再構成した場合は移植心生着はさらに短縮された。DSTにより寛容となった移植心レシピエントの脾細胞を抗Thy1.2mAbを用いて補体によりT細胞を除くことにより、移入実験においてグラフトの生着はほとんど消失した。

 我々はマウス心移植実験に引き続き、移植とともに泌尿器科領域においてT細胞の関与が常に重要である腫瘍を接種した時の局所ならびに全身的なTh1/Th2サイトカインの反応に関心を持った。従って腫瘍のモデルとして免疫療法のモデルとしても用いられる自然発生マウス腎細胞癌(Renca)モデルにおいてTh1(IL-2、IFN-)、Th2(IL-4、IL-10)サイトカインおよび免疫抑制性のサイトカインであるTGF-1を検出し、明らかなサイトカイン発現パターンが認められるかを検討した。

Renca細胞、Renca腫瘍、ホストBalb/c脾臓におけるサイトカインmRNAの発現:

 ナイーブなRenca細胞(RencaN)はin vitroではTGF-1 mRNAを発現するものの、IL-2、IFN-およびIL-4、IL-10サイトカインは発現しなかった。Balb/cマウスの左腎被膜下に形成されたRenca(RencaN)腫瘍においてはIL-2、IFN-、IL-4は発現されないが、IL-10、TGF-1は発現されていた。RencaN腫瘍のホストの脾臓においては、IL-4、IL-10、TGF-1 mRNAは発現されるが、IL-2、IFN-はほとんど検出されなかった。正常Balb/cの脾臓においてはいずれのサイトカインも検出されなかった。

抗マウスIL-4抗体投与のRenca腫瘍増殖への効果:

 RencaN細胞接種時に500gの抗マウスIL-4抗体を腹腔内投与したBalb/cにては、2週後においてコントロールに比べて腫瘍体積は縮小したが腫瘍生着率の低下はなかった。同様にRencaN細胞接種時に抗マウスIL-4抗体を投与したマウスの生存もコントロールより軽度に延長した。CD4+またはCD8+細胞を抗体により除去したBalb/cやBalb/cヌードマウスにてRencaN細胞を接種した場合は抗IL-4抗体の抗腫瘍効果は消失した。RencaN細胞接種のみのコントロールマウス、抗マウスIL-4抗体投与マウスともRenca腫瘍、脾臓においてCD4+.CD8+が認められた。

Renca細胞へのマウスIL-4の強制発現とその効果:

 マウスIL-4cDNAをトランスフェクトしたRencaクローンのうち、42.9%のRencaH(高IL-4産生renca)はBalb/cにおいて拒絶されたが、RencaL(低IL-4産生renca)およびコントロールのRencaCは100%生着した。Balb/cマウスにおいてはRencaH腫瘍の体積はRencaC腫瘍に比べて有意に抑制されていたがRencaL腫瘍では腫瘍体積の抑制は見られなかった。RencaH細胞のBalb/c nudeへの接種ではこの腫瘍形成能と腫瘍体積の抑制はなかった。RencaH腫瘍においてはRencaC腫瘍に比べてCD4+細胞やCD8+細胞はほとんどなかった。C3HマウスにおいてはコントロールのRencC、RencaH、RencaLのいずれも、FK506投与やDSTを施行しても生着しなかった。

 マウス心移植モデルにおけるDST、短期間CsA投与、抗CD4抗体投与によるアロ抗原に対する末梢性寛容にはTh2様効果細胞の活性化が関与していると考えられる。Syngeneicなマウス腎細胞癌モデルにおいては、Th2様サイトカインおよびTGF-1 mRNAのRenca担癌マウスにおける増強が認められた。Renca接種時の抗IL-4抗体によるIL-4のブロックはBalb/cにおけるRenca腫瘍の増殖をCD4、CD8細胞依存性に抑制し、Balb/cマウスの生存も軽度ではあるが延長した。マウスIL-4を強制発現したRencaクローンのうち、高IL-4産生Renca細胞はT細胞依存性にBalb/cマウスにおいて拒絶され、増殖が抑制される傾向にあった。

審査要旨

 本研究は移植および腫瘍免疫においても重要な役割を演じている可能性のあるTヘルパー細胞のTh1/Th2サブセットの関与を明らかにするため、マウスアロ心移植モデルおよびsyngeneicなマウス腎細胞癌(Renca)モデルにおけるTh1(IL2,IFN-)/Th2(IL4,IL10)サイトカインの発現の解析を主に検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.無処置のアログラフトではグラフト内にTh1/Th2サイトカインとも発現されるが、ドーナー特異的輸血(DST)、抗CD4抗体、サイクロスポリンAにて移植寛容、移植片生着延長を導入した場合にはグラフト内、脾臓にTh2サイトカイン優位の発現がみられ、グラフト内のTh1サイトカインは抑制されていた。

 2.DSTにより移植寛容を導入されたレシピエントマウスの脾臓のうち、FcR T細胞に寛容誘導能力があることが細胞移入実験により示された。

 3.Renca腫瘍が生着したBalb/cマウスにおいては腫瘍内にはIL-2,IFN-、IL-4は発現されないが、IL-10,TGF-1は発現されていた。Renca腫瘍のホストの脾臓においては、IL-4、IL-10、TGF-1 mRNAは発現されるが、IL-2、IFN-はほとんど検出されなかった。

 4.Renca細胞接種時に抗IL4抗体を投与するとRenca腫瘍の増殖抑制が見られたが、この抑制効果にはCD4およびCD8細胞の存在が必要であった。

 5.IL4を強制発現させたRenca細胞のBalb/cへの接種では腫瘍体積の減少および腫瘍生着率の低下が見られた。

 以上、本論文は移植拒絶におけるTh1およびTh2サイトカインの共発現と移植寛容におけるTh1に対するTh2サイトカイン優位の発現を明らかにした。またマウス腎細胞癌モデルにおいては免疫抑制性のTGF-1およびTh2サイトカイン優位の発現を明らかにした。本研究は移植拒絶、寛容や腫瘍におけるTh1/Th2サブセットの関与の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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